ブルマについてのいくつかの思い出 高校編 1話 青春は青かった
ブルマはほとんどの女子に嫌われている。
ブルマは女子にとって恥ずかしいものだ。
「ブルマは男子がいやらしい視線で見るもの」と決めつける女子もいる。
しかしブルマに嫌悪感を持たない女子も極少数だが存在する。
そんな爽やかなだがちょっと天然な女子の思い出を書き残そうと思う。
90年代ブルマは広く普及していた。
しかし意外と学校生活で目にする機会は少なかった。
わずかに体育の時間と放課後に遠くに目にするくらいだった。
僕のような帰宅部はアニメやゲームのようにブルマ女子との会話はほぼなかったのだ。
高校2年生の夏前だったと思う。
その日僕は放課後担任のI藤先生に呼ばれて職員室に向かった。
大した用事じゃなかったと思う。
職員室の入り口で僕を出迎えた先生は
「青峰、すまないがF原を呼んできてくれないか?」と言った
「部活で体育館にいると思うんだ。ちょっと急ぎの用事でな。」
僕は少しドキッとしたが
「はい、すぐ行ってきます。」と答えた。
F原さんは同じクラスの女子だ。
すごく美人ではない。
でもショートカットが似合っており肌が白い。
声は少しハスキーでいつも笑顔だった。
新体操部に所属しているがTVで見る選手のようなモデル体型ではない。
競技の実力は個人戦で県大会に出る程らしい。
特に声は印象的だった。
休み時間などに笑い声が聞こえるとF原さんがどこに居るのかすぐにわかった。
しかし僕にとって一番好感が持てたのはオタクや日陰者を差別しないことだった。
美人タイプでクラスの人気の女子というのはお高く留まっている。
僕のような底辺の男子が話しかけたりするとそれだけでイラついてしまうものなのだ。
ところがF原さんは朝、目が合えば「おはよう」と言ってくれた。
帰るときにすれ違えば「バイバイ」など当然のように話しかけてくれる女子だった。
高校時代の僕はそんな気さくなF原さんにすら話しかけられないほど赤面症だった。
とにかくI藤先生のお蔭で今日はF原さんに話しかける大義名分ができた。
「わかりました。すぐ行ってきます。」
「走っていくほど急ぎじゃないからな。」
僕は体育館に向かった。
僕の高校の造りはU字型になっていてる。
職員室と体育館はお互いがUの字の一番遠い端に位置している。
その間にある教室や下駄箱の前を通っていかなくてはならない。
このままだと短い時間ではあるがF原さんと一緒に帰って来ることになる…。
(女子と一分以上話すのは初めてかもしれない。)
期待と不安を整理する時間もないまま体育館の一番近い入り口に着く。
6ヶ所ある重い鉄の扉は全部開放されていた。
新体操部は手前の1/4面を使って練習を始めようとしたところだ。
ざっと見回して……F原さんがいない…いや新体操部自体がほとんどいない。
しかたなく近くにいた顧問の先生に要件を伝える。
「F原さん?ああ千明ね。」
「今着替えてるからちょっと待ってね。」
よかった。体育館には居るみたいだ。
F原さんに合う事を期待している僕がいた。
しかも運がよかったらブルマに着替えているかもしれないのだ。
新体操部の女子だけの空間に学生服で割り込んでいった僕は明らかに異質で居心地が悪かった。
しばらくすると体育館内の奥のドアが開いて新体操部の一段がぞろぞろと出てきた。
みんな色違いの華やかなレオタードを着ている。
レ、レオタード!?
顧問の先生が大きな声で体育館の奥に向かって叫んだ。
「千明!! ち・あ・きー!青峰くんが伝言だって!」
一団の中にいたピンクのレオタードの女子が顔を上げてこちらに向かって走り出した。
先生に呼ばれ走ってきたF原さんが会話できる距離まで駆け寄ってくる。
僕は一瞬でパニックになった。
テレビやパレードなんかで見たことはある。
学内でも遠目に見ることはあったと思う。
でもレオタードの女子が30m以内に近づいたことなんて今までなかった。
ブルマでもドキドキして直視できないのに人生初の眼前リアルレオタード。
「青峰くん、ありがとう。何の伝言?」
僕はのけぞりそうになりながらF原さんから目をそらした。
レオタードなんてとても直視できない。
「た、担任のI藤先生が…す、すぐ職員室に来てほしいんだって…。」
チラチラとF原さんの足元を見ながら要件だけを伝える。
90年代前半の新体操用のレオタードは今と違いシンプルだった。
スパンコールもスカートも飾りもついていない機械体操と同じようなデザインが多かった。
F原さんの着ているそれも光沢のあるオフピンクの長袖のシンプルなものだった。
身につけているのはレオタードと新体操用のシューズだけだ。
おでこが出るように前髪を結び肩にスポーツバックをかけている。
しばらく考えてF原さんは言った。
「そうなんだ!何のことだろう?ちょっと待ってね。すぐ準備するから。」
彼女はスポーツバックからメガネを取り出してかけた。
そう言えば彼女は授業中も赤い縁のメガネを使っていた。
そしてもう一回バッグの中を見て少し戸惑いながら僕にこう言った。
「ブ、ブルマはいてもいい?」
「ぇ…え?」
思ってもいない一言に思わず固まる。
わかんないかな?という笑顔で首を傾げるとF原さんはもう一度
「レオタードで校舎に戻るのってちょっと恥ずかしいの、ブルマはいてもいい?」
今考えると恐らく「ブルマをはくから待ってて。」という意味だ。
でも言葉だけ聞くと僕がブルマをはく許可を特別に与えているようだ。
そもそも「先に行ってて」とだけ言って何も気にせずに一人で職員室に向かえば良かったのではないだろうか?
しかしなんとなく「呼びに来てくれたのだから一緒に行く」と自然に考えるのも彼女の魅力なのだとも思う。
「ぅ…うん。」
僕が真っ白なまま答えると彼女はスポーツバッグから紺色のブルマを取り出しさっとはきはじめた。
その時が僕は女の子がブルマをはくシーンを初めて見た。
体育祭などでジャージをおろしてブルマになる場面でも大興奮なのに。
F原さんにとってクラスメートは家族くらいの距離感なのかもしれない。
はき終わると新体操の演技の決めポーズをとって「おまたせ!」そして
「これで変じゃないよね?」とまた僕に聞いた。
「ぇ?」
どう見ても変だった。
レオタードだけのほうがまだ自然だ。
確かにレオタードのほうがカットがハイレグ気味なので露出はわずかに減る。
しかし非日常感は倍増している。
おしりは隠れるがコーディネイトとしておかしいのだ。
おでこの出る髪型に、メガネに、オフピンクのレオタードにブルマ。
大体、離れて見るとブルマしか身に着けてないみたいだ!
そう思ったがその時はとてもそんなことを口に出せないパニック状態で僕は小さく
「ぅ…うん。」
とだけ答えた。
「じゃあ、いこう!」
F原さんは元気に言った。
体育館から抜けるとU字型の校舎の一番端につながる上り階段がある。
この階段をF原さんの後ろを登れたら最高だ。
もちろん「先に行って」なんてことは言い出せるわけがない。
授業が終わってしばらく時間が立っているが校舎内にはまだまだ人影があった。
階段で部活に向かう女子生徒たち数人が向こうからやって来てF原さんに話しかけた。
「あれ千明?あんたどこいくの?」
同じ学年のT橋さんだ。
このT橋さんこそがネクラ(死語)やオタクを忌み嫌っている人気女子の一人だった。
「先生に呼びだされてるみたいなんだ。今から職員室だよ〜。」
F原さんは立ち止まって言った。
僕はF原さんと一緒の時間を一秒でも長くしたい。
僕にとって立ち止まって話をしてくれるのは僥倖だ。
しかしT橋さんは
「そのカッコで?青峰と?」と言い放ち僕をちらっと一瞥した。
(なんて余計なことを言うんだろう。こいつは!どちらも今気づかれたらすべてが水の泡じゃないか!)
しかしF原さんは
「うん!呼びに来てくれたんだよ。」と答えただけでまた歩き始めた。
あっけにとられた僕がF原さんに続き階段の残り半分を登ることになった。
ブルマだけをまとった妖精が僕の前をひらひらと飛んでいく。
ブルマが左右にリズミカルに動くのをチラチラと盗み見ながら永遠にこの階段が続けばいいのにと僕は思った。
階段を登り終わり校舎に入ると長い教室に面した廊下がある。
開けっ放しの教室の引き戸から出入りする生徒が見える。
初っ端の二年生の教室だ。
開けっ放しの教室の窓から同じクラスで鉄オタ仲間のマッちゃんがと目が合った。
「おう、青ちゃん、今度さあ…」マッちゃんは僕に話しかけようとした。
がほぼ同時に視界に入ったF原さんを見てビクッとして声が出なくなった。
F原さんはニコッとマッちゃんに会釈して僕についてきた。(と思う)
クラスの階層の中間にいる剣道部のオーケンも同じだった。「よお」と言おうとして口を開けたまま目線は僕たちを追っかけていた。
最下層のダメオタクがクラスで人気者の新体操部女子と一緒に歩いている。
しかもレオタードにブルマという変態じみた格好だ。
マッちゃんにいたっては僕がブルマを嗜好をしているのを薄々知っているのだ。
彼女がいるってこういう感じなんだろうな。
僕は思った。しかしこんな興奮に耐えられるんだろうか?そんな気持ちにもなった。
いろいろなことがおこってパニックになった頭ではもはや何も結論は出なかった。
ほんの数分だが僕は誇らしくヒーローのようにF原さんをエスコートした。
(恐らく他人から見たら顔を真っ赤にした猫背の早歩きオタクだ。)
職員室に着くとI藤先生はまず僕に話しかけた。
「悪いけど青峰はそこでちょっと待っててくれ。先にF原の方を終わらせるから」と職員室の入り口に3つほど並べてあるパイプ椅子指差した。
そして自分の椅子に腰掛けるとF原さんを立たせたまま質問を始めた。
進路のコース選択とかの話だと思う。内容はよく聞こえなかった。
他の先生はほとんど残っていない。僕は福原さんの後ろ姿がしっかり見えてI藤先生からは本棚で見えない真ん中の椅子に腰掛けた。
これでゆっくりF原さんを見ることができる。
急にF原さんが振り向いても大丈夫なように進路の本を手にとって適当なページを広げて読書のポーズをした。
実際には何分だったのかはわからない。
会話の身振りに合わせて動く元気なブルマ…。
僕は視界の端でF原さんのきれいなカーブを目に焼き付けようとしていた。
いや実際は恥ずかしくてほとんど見ていなかったと思う。
でも今考えても人生でベストの時間であることは間違いない。
F原さんは用事が終わると
「青峰くん、ありがとね!」と最期にもう一回決めポーズをして職員室を出ていった。
「ぅ…うん」
僕は長い廊下をF原さんが小さくなるまで見続けた。
今度は急に振り返って僕の盗み見がバレても構わないと思った。
むしろ急に振り返ってほしかった。
でもF原さんはブルマだけをまとった妖精のように廊下の角を曲がって消えていった。
しかし20年たった今考えるとあの日見たものは幻だったような気もするのだ。
イラストはゼログラビティ・スタジオ様です。
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