第2話 日常…?
金曜日。
この3文字にはどれくらいの学生が心踊らされるか。
休みという甘美な時間を過ごす為の最後の儀式。
その為に学生達をいつも思う。
今日が金曜日だったらなぁ、と。
そう、今日は金曜日。
普段は無気力な彼らも次の日の休みを前に浮き足立つ日。
だが、そんな日に限って水を差すように雨が降っていた。
放課後になっても雨は止まず親に車で送ってもらおうと電話する者、傘を持ってきていた人がいてすぐに帰っていった者。
皆の反応は様々だった。
ちなみに俺は……。
『うぐぐ……』
『何唸ってんだ?頭でも痛いのか?』
大我は相変わらず制服をだらしなく着ており、雨が降ってジメジメするのかボタンを全部外している。
『雨が降るといつも頭痛がすんだよ……。ズキズキする』
『それ、アホッターで見たことあるぜ。それは気圧の変化による頭痛ではないかね、モルダー』
『お前気圧の変化とか意味分かんのかよ。後俺モルダーじゃないから。宇宙人とか興味ないから』
バレたか、と言って苦笑する大我。
こいつはいつもアホッターで仕入れた情報を鵜呑みにして信じてしまう。
このままいけばいつかワンクリック詐欺とかに引っかかるんじゃないかと危惧しているのだが……。
『どうするよ?外は全然雨が止みそうにないけど俺傘とか持ってきてないんだけど東雲は持ってきたか?』
『いや、俺はお天気お姉さんに騙されたから持ってきてないや』
『朝のニュースとか見るんだな〜。俺星座占いしか見てないぞ。ちなみに今日の俺の運勢は3位だ!ラッキーアイテムは段ボール箱だってよ』
いつも思うが星座占いのラッキーアイテムってめちゃくちゃ変なの多くないだろうか?
この前のラッキーアイテムにデミグラソースとか洗濯機とかあったような気がする。
しかも常に身につけていろとか言っているからもはやラッキーアイテムの存在価値は0に等しい。
『こっから雨強くなるのも嫌だし今のうちに急いで帰るか?』
『そうだな。あ、お前は休みの日って暇か?』
『んー、特に仕事が入ってるわけでもないから暇っちゃ暇だな』
『それじゃあ明日あたり出かけようぜ?最近あそこで安くて美味しいラーメン屋見つけたんだ!』
『そいつは良いな。うっし、じゃあ明日は外出だな』
◇◆◇◆
雨の勢いはどんどん強まって目の前の景色の色素を薄めていく。
俺たちは結局、学校の近くの駄菓子屋に避難していた。
『どっひゃあ〜。これ雨止むのかぁ?』
『いっそ止むまでここで雨宿りしてくか?……つつ』
『いや、しかしだなモルダー……』
『モルダーじゃないって。何?モルダー呼び流行ってんの?』
俺の言葉を無視して大我は外を眺めている。
俺は軽くため息をついてベンチに座り足をプラプラさせる。
この調子だと明日の天気も怪しいかもしれないと思いポケットに突っ込んでた携帯を取り出そうとする。
『……なぁ、東雲ちょっといいか?』
『?』
大我が外を眺めながらちょいちょいと手招きをしている。
俺はため息をつきながらポケットから手を離し、大我に近づいていく。
どうせ珍しいカエルでも見つけたのかと思ったが違った。
『あれ見てくれよ。雨で見難いけどあの路地歩いてるやつなんか持ってないか?』
大我が指を指す先には見難いが確かに誰かが赤い物体を持って歩いている。
何を持っているかは分からないがこの雨の中荷物を持って歩くとは不運としか言いようがないな。
『……こんな雨の中何してるんだか……』
『んー、なんか見覚えが……』
『お、見覚えのある人だったか?』
『いや、そうじゃなくてだな……』
大我の要領を得ない答え方に疑問を覚える。
『お前が見覚えあるのは人か?物か?』
そう問いかけると大我は何かを思いついたのか、ああ!と大声をあげる。
『思い出したぞ!』
『結局何なんだ?何を思い出したんだ?』
『さっきの人が持ってた赤いやつだよ!あれって確か灯油缶だったと思うんだ!』
◇◆◇◆
次の目的地は決まっている。
そこに向けて歩くがやはり満タンに入った灯油缶は重たい。
歩くたびにトポ、トポ、と微かに音が聞こえる。
その音が尚更僕を興奮させる。
ああ、ああ!ああ!ああ!!!
楽しみだなぁぁぁ!
早く燃やしたいなぁぁぁ!!
その興奮に僕は気づけば早足になってる。
体も興奮で活性化しているのだ。
心臓もドキドキと高鳴っている。
もう少しだ……。
そこの角を曲がれば目的地だ……。
そうら、見えたぞ……。
目の前には大きな二階建てのここら辺にしては立派な一軒家だ。
実に燃やしがいがある。
僕は思わず笑みをこぼしてしまう。
急いで玄関を開けようとするが、鍵がかかっている。
舌打ちをしながらインターホンへと手を伸ばす。
◇◆◇◆
ガチャン!とドアを無理矢理開けようとした音が聞こえた。
お客さんがドアを開けようとしたのかな?
私はお母さんとお父さんに顔を向ける。
するとお父さんが立ち上がって不思議そうな顔をしていた。
『水道の集金かなぁ?いつもだったら金曜日じゃなくて月曜日に来るのに……』
お父さんはそう言いながらおサイフを手に取り玄関まで行ってしまった。
お母さんもおかしいわねぇ?と言っている。
私はまだ小さいから何がおかしいのか分からないけど、きっといつもの服を着たおじさんが変な紙を渡してお金を貰いに来たのかもしれない。
水道、とまでは読めるのだがその先は難しい言葉ばかり書いてあっていつも読めない不思議な紙だ。
お母さんがこの前教えてくれたのだけれど、そのおじさんのお陰でお水が飲めるらしい。
だからお父さんはありがとうの意味を込めてお金を渡すらしい。
『はい、どちら様で……ヴッ』
お父さんの声が途中で変な声に聞こえた。
お母さんは居間から玄関の方へ向かおうとするが途中で顔を青ざめて急いで私を抱えて襖を開けて隣の部屋に走る。
『お母さん?どうしたの?』
『しっ!静かにして……お口チャックして、ね?』
私は頷くとお母さんはガタガタ震えながら私を抱えたまま二階へ行き、タンスと壁の隙間に私を無理矢理いれる。
『お母さん……?私暗くて怖いよ……どうしてこんな事するの……?』
『いい?お母さんと約束してちょうだい。何があっても声を出さないでここに隠れていてちょうだい』
『……お母さん?』
『お願い、約束してちょうだい』
私は小さい声でうん、と言う。
そうするとお母さんは私の頭を撫でてどこかへ行ってしまった。
足音がどんどん遠ざかっていく。
怖い、寂しい。
雨の音だけが聞こえる。
けど我慢しなきゃ、お母さんとの約束なんだもん。
しばらくしてお母さんの叫び声が聞こえてきた。
ドタン!バタン!と暴れまわる音がしたと思うと静かになり雨の音がまた部屋を包む。
ヒ、ヒヒヒ、キヒヒヒ。
そんな不気味な笑い声と共に足音がこちらに近づいてくる。
私は怖くて両手を口に当てて一生懸命に声が出ないようにする。
足音が私の隠れている場所の近くまで聞こえてくると、足音が突然止まった。
トポポポポと何かを零すような音が聞こえてくるとツンとした臭いが鼻につく。
その臭いがなんなのか分からず混乱していると視界が突然明るくなった。
『キヒヒヒ!!燃えてやがる!!ああ、心地の良い熱だ……』
その言葉で分かった。
どうしてかは分からないが家が燃えているらしい。
どうしよう、どうしよう。
何も出来ない私はただお母さんの言う通り静かにじっとここで待つしかない。
地獄のような時間、雨の音は燃え盛る音にかき消され息苦しくなってくる。
変な笑い方をしていた人はまだ笑ってる。
あまりの恐怖に涙が溢れてきた。
その時だった。
ピーンポーン
チャイムの音が聞こえてきたのだ。
あまりにもこの場には相応しくない場違いな簡素な音。
数秒して再度鳴らされるチャイムの音。
その音に男は———