チャッカ◯ン売りの少女
むかしのむかしのそのまたむかしのお話。
とある雪の降る寒いクリスマスの夜のこと、
レンガ造りの建物の前で赤いずきんをかぶった裸足の少女が小さなカゴを持ってチャッカ◯ンを売っておりました。
「カチっと押せばすぐに火がつく魔法のような火つけ具はいかがですか?チャッカ◯ンは要りませんか?」
足は霜焼けで赤くなりぼろぼろのワンピースのような布切れはサイズが合わないのか肩からずり落ちている。
しかし、
「そんなことは些事な事」と気にせず必死に声も枯れがれになりながらチャッカ◯ンを売り続けた。
「チャッカ◯ンは要りませんか、チャッカ◯ン……ゲホッ!ゲホ!カハッ!」
喉を酷使したせいで咳が止まらない。
何かせり上がってきたモノを一思いに吐き出した、すると、手のひらにビシャリと音を立てて赤い液体が口から出てきた。
「血だ……そうか私やっとあの暴君な父さんから離れてお母さんやおばあちゃんがいる素敵なところへ行けるのね!」
口の端から血を一筋垂らしながらニコニコと笑う少女は小さい頃のしあわせな思い出にを思い出していた。
お母さんやおばあちゃんがいた頃はあの暴君でわがままで自分勝手で自分をイケメンと思い込んで自惚れていた父さんからよく守ってくれていたっけ…
父さんとお母さんの喧嘩は見てて血が滾ったけど、今はもう見られない……
ショーウィンドウの中のスノードームを「買って買って」とせがむ小さな少年を羨ましげに見ていると、後ろからヒゲを生やした気持ち悪いモッサい男が私の首根っこを掴んで持ち上げた。
「おい!チャッカ◯ンは全部売れたんだろうな!」
「ご、ごめんなさい。まだ1つも売れてなくて…」
と、縮こまっていると私を地面に投げ落とした父さんは足蹴を繰り出した。
狙い違わず父さんの足は私の横腹の骨徒歩のの間にズシンと入った。
「全部売れるまで帰ってくんじゃねぇぞ!このクソ役たたずのノロマなガキが!」
と言い捨て、飲屋街に早足で去って行った。
「なんで偉そうなのさ、チャッカ◯ンを売ってるのはこの私なのに労働賃金はないわご飯も飲み屋のつまみばかりだし、それもたまに…………なんて、居ないところではこんなに強気な事言えるのになぁ」
父さんの前だとついついすくみあがってしまい何も言えなくなる。
ただ言えることは小さな声で謝る事のみ……
「ハァ〜、情けない寒い……そうだ!チャッカ◯ンは何回か連続して使えるし一回くらい温まるのに使っても大丈夫でしょう!」
カチっと音を立ててチャッカ◯ンの先端から暖かい火がついた。
「ほぅ、暖かい……あれ?あれは……なんで?なんでもう居ないはずの2人がここにいるの⁈」
火をつけて暖まっていると、目の前にお母さんとおばあちゃんが現れたのだ、驚くなという方が無理だろう。
「エミリー、エミリー……」
「お母さん!!」
感極まってお母さんの胸に飛びついた。
それを優しく生きていた時と同じようににこやかに微笑み受け止めてくれる。
「お母さん、私、私ね、辛かったんだよ。おばあちゃんもお母さんも居なくて父さんは私を虐めるし…私気が小さいから言いたい事も言えなくて…ねぇこれからは3人で暮らせるんだよね?私もう虐められないよね?」
今まで堰き止めて居たものが、ダムが決壊したみたいに溢れて流れてくる。
しかし、お母さんは沈痛な面持ちのまま、首を横に振った。
「エミリー、私たちはあなたの夢の中に出てきた幻。ずっと一緒には居られないわ」
「やだ!いやだよぉ、ずっと一緒にいたいよ!3人で楽しく暮らしたいよ!」
お母さんに抱きつきいやいやと首を振りながら涙を流す私をお母さんは肩を優しく掴み引き離した。
「だからねエミリー、言いたいことは言っちゃっていいのよ。あの阿呆は一度痛い目見なきゃ分からないわ、それにあなたは相手の気を慮りすぎなのよ、少しは自分に正直に思った通りに行動しなさい」
しかし。まだ不安そうな顔をした私を見ると今度は優しく微笑んで、
「大丈夫、あなたは勇気ある強い子よ。自信を持って!…ね?」
「それにねエミリー、私達は上からいつでもエミリーを見守っているからね、まだこちらに来てはいけないよ」
お母さんとおばあちゃんに優しく良い聞かせられた私は、また浮かんで来た涙を服の袖で勢いよく拭った。
そして、
「分かったわ、お母さんおばあちゃん。私、勇気を出して父さんに言ってみる!強く生きるわ。そして頑張って頑張って頑張ったあとにそっちに行ったら、その時は優しく褒めてくれる?楽しく3人で暮らせる?」
「もちろんよ、沢山ご馳走を用意して沢山食べましょうね」
「当たり前よ、その時はエミリーを沢山褒めてあげるわ」
そうして、どんどん薄くなっていくお母さんとおばあちゃんに、私も全力で微笑みながら
「私頑張るわ!だから心配しないで大丈夫よ!」
そういうと、スーーーと2人は消えていった。
ハッと寒さに目を覚ますとクリスマスに彩られた街並みが目に入って来た。
「寝ちゃったんだ、さっきのは夢?」
流石クリスマス、不思議な事もあるものだ。
ボーとチャッカ◯ンを見ていると、また後ろから父さんが出てきて私を足蹴にした。
大の大人な男に蹴られたのだ、8歳の私などいともたやすく吹っ飛ぶ。
吹っ飛ばされた先でゲホゲホと咳をしていると、父さんは私に近づいてきて、こう言い放った。
「チャッカ◯ンは売れたんだろうなこのクソガキが!」
「ご……ごめんなさ…」
また謝りかけた私は不意にさっきの夢を思い出した。
「自分に正直に…」確かあの時お母さんはそう言っていた。
そうだ勇気を絞り出すんだ!私は強いから!
「う、うるせぇんだよクソジジイギャーギャー言う前に自分で売ってみろ!今はチャッカ◯ンよりも小型で持久性もあるライターの方が売れるんだよお!このすね毛ジジイがあーーー!」
ハァーハァーと息を荒くしてバクバクとうるさい心臓に無理矢理空気を送り込む。
「んだと、このクソガキがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
さらに蹴ろうとする父さん。
でも、たしかに父さんはすね毛がボーボーだったのだ。
普段から、剃ればいいのに気持ち悪いとか思ってたのがつい口からでてしまいました。
そんな事を考え現実逃避をしていた私は死を覚悟した。
しかし、目を固く瞑って衝撃に身構えていてもなかなかその衝撃はやって来ない。
恐る恐る目を開けると、父さんは警官のお兄さんに動きを封じられていた。
「なにをしているんだ!署で詳しい話を聞かせて貰うよ!」
「うるせぇ!俺はガキに躾をしてただけだあ!離せこのどちくしょうが!」
ズルズルと引きづられていく父さんを私はガクガクと生まれたての子鹿みたいになった足を動かそうとして失敗して地面にぺたんと座り込んでしまった。
ポロポロと泣きながら。
「怖かったよ、怖かった、わぁぁぁ〜ん!」
「もう大丈夫だからね」
と優しい警官に宥めすかされて、私が落ち着くのに丸々15分はかかった。
そのあと詳しく話を聞いて見ると、父さんは児童虐待と無賃飲酒やらで捕まったらしい。
そして少なくとも何年かは表へ出てこられない事になった。
その後の私は助けてくれた警官の家族の養子となり、チャッカ◯ンブームの火付け役ともなり大分幸せな暮らしを送りました。
そして頑張って頑張って生き抜いた少女エミリーは、素敵な場所で素敵な物に沢山囲まれてお母さんとおばあちゃんに沢山褒めてもらい楽しくそれはもう楽しく暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。