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時偽師  作者: サトウ
3/3

阿部 隆〈後編〉

阿部さん編はこれで完結です。

「……ねぇ、ねぇってば!あなた?聞いてるの?」

「えっ?あ、あぁ、ごめん。なんだったかな?」


 妻の遙はムッとした表情でもう一度しか言わないからねと同じ言葉を口にする。


「だから、今日は貴方が一生の思い出に出来る様に伝えなきゃいけない事があるの! 楽しみにしててね、って言ったの!」

「そっか、でもそれは今じゃダメなのか?」

 `

 遙はうーんと小首を傾げてみせるがすぐに、


「やっぱり、今はダメ。もっとタイミングがいい時が良いな!」


 と言ってさぁ行きましょうと私を引っ張って歩いていく。

 やっぱり遙には真っ白なワンピースがよく似合う。

 颯爽と歩く姿についていくようになびくワンピースのリボンがとてもよく似合っていると感じた。


 しばらく行くと、目的の店が見えてきた。

 目的の店まではあと少し。

   店を目前にして、思ったよりいい店だと言う印象を受けた入口とその佇まいに緊張してしまい、突然もよおした私は、すぐ近くにあるコンビニに寄る事にした。

   妻は早く行きたそうに店の方をチラチラと横目で気にしている様子だった。

   それあ可笑しくて子供っぽいなと思いながらも、先に行っててもいいよと言ってやる。


 だが、ここで何故か不意に既視感が襲う。

 まて、前にも一度こんなことがあった気がする。

 その後どうなる?いや、気のせいか……

 そもそもここには初めて来るのだし、来たことがあってもたまたま通ったくらいの道だろう。


 不意に考え込む私の様子にどうかしたの?と遥が聞いてくるが、なんでもないよと答え、先に行ってもいいよと再度促す。

 妻はでもと始めは行かなかったが、少しするとやっぱり先に行ってメニュー見てるねっと駆け出して行った。

 だがまたここで猛烈に嫌な予感が脳内を支配する。

 走り出す遥を咄嗟に呼び止める。

 なによ!とでも言いたげな不満そうな顔をして振り向いた瞬間だった。

 けたたましいブレーキ音が聞こえると、遥が今にも渡ろうとしていた横断歩道を人を轢きながら車が横切って行った。

 辺りは騒然として、悲鳴がこだまする。

 私は急いでコンビニから出ると妻の下へ向かう。

 目の前で轢かれた人を目の当たりにして硬直する遥。


「遥っ!」


 この時呼んだのがいけなかったのだ。



 次の瞬間、遥は私の目の前から消えていた。




 先ほどの事故を起こした車と人を避けようとした別の車がスリップし、そのまま横断歩道間際に居た遥を弾き飛ばした。


 嘘だ……嘘だ!なんで遥が。

 真っ白いワンピースを真っ赤に染める程の血を流して倒れる遥。

 うっすらと開く目に遥の名前を呼ぶ。

 また、あの時の様に・・・・・・にっこりと笑う遥。


「あなた、なんで泣いてるの?ダメだよ?今日は特別な日にするんだから」

「なんで、なんで遥が……さっき呼ばなければ、私のせいで、」

「違う……よ。誰のせいでも無いんだよ、多分私は今日、こうなるのが……決まって、たんだよ」

「そんなわけない!そんなわけ……」


 遥はふるふると震える手で、私の頬を撫でる。

 笑顔はそのままで……

 また、またなのか・・・・・・・・……また同じなのか?

 混乱する頭の中に何処からか声が聞こえた気がした。


 そこではたと気がつく。

 そうだ。遥は何かを伝えたい言っていた!

 言っていた……だがそんなこと今はどうでもいい。

 今は少しでも助かる事を考えないと。

 そう思うが、どうしたらいいかわからない。

 慌てふためく私を見て、最後の言葉とばかりに遥は口を開く。


「私は多分もうすぐ逝っちゃう……ね」

「まだだよ!まだダメだ!この先ずっと一緒に居るんだろ?俺を一人にしないでくれ!お前を一人で逝かせたくないんだよ……」

「でもなんだか少し眠くなってきたの……」

「ダメだ!ダメだダメだっ!クソっ! まだ逝かせない!誰かっ!救急車を呼んでくれ!妻をっ…遥を助けてくれ!」


 叫ぶ、ありったけの声で叫ぶ。

 この混乱の中でどれだけの意味があるのだろうかと言うほど、声は何処へも響いていかない。

 あまりにも周囲がうるさく、その音にかき消されてしまう。

 だが、そんな羽虫が飛ぶような声でも思いが通じたのか、救急隊員が駆けつけてくれた。

 

「事故にあったと思われる生存者を確認!2名のうち1名は女性で自重症、男性は見た目外傷はなし! 立てますか?」


 駆けつけた五人の隊員のうち、若い隊員が状況報告後に手を差し伸べてきた。

 だが私はその手を取らずに立ち上がり、隊員に懇願する。


「お願いしますっ!妻を、妻を救ってくださいっ!!」

「最善は尽くします。ですがここまでの怪我だと、素人判断になりますが本人の意思も大きく関わってきます。これから奥さんを運びます。その間あなたは声をかけ続けて下さい。それが奥さんを繋いでくれるはずです」

「……わかりました」


 若い隊員だからだろう。

 青臭いセリフで一生懸命に励ましてくれているのだ。

 誰が見てももう助からないと分かるのに、私でさえも分かるのに。

 だが、どんなに青臭くてもいい。

 頼むからどうか、どうか妻を救ってくれ。



 それから、すぐのことだ。

 野次馬を避けながら到着した救急車に妻を運び込み、そこに私自身も乗車する。

 呼吸用のマスクにチューブ、腕にはなにか投与しているのか針を刺し、乗り合わせた医者が懸命に応急処置を施しているが、意識が戻らない。

 荒かった呼吸が嘘のように細い、まるで糸のように細い息遣いになっていた。

 いつ途切れてもおかしくは無い。

 だが、それをさせまいと呼吸器で空気を送り込み続ける。



 しばらくすると、市内の中でも大きな病院に運び込まれた。

 タンカに移され、医師たちに囲まれる妻を見送り、私は処置室前の椅子にゆっくりと腰掛ける。

 そのタイミングを見計らったかのように事務の女性に一枚の紙を渡たされる。

 病院ではこういうことは普通なのだろう。

 だが私はその書類になかなか名前を書けずにいた。

 書類には処置による死亡のことについて同意をするというようなことがつらつらと書かれていた。

 書けない。

 これを書いてしまったら死んでもいいと言っているような気がして。

 しびれを切らした事務の女性は、書かなければ処置を進められない、このままでいいのですかと言ってきた。

 その一言で私は名前を書いた。


 今まで神に祈ったことなどただの一度も無い。

 だから、今回だけは祈った。

 私の命を今すぐ持って言ってもいいから妻……遥だけは助けてくれと。


 それから、3時間が経った頃だ。

 一人の医師が処置室の扉の向こうから出てきて、まっすぐ私のところへやってきた。


「旦那様ですか? 」

「はいっ! 妻は、遥は無事ですかっ!!」

「最善は尽くさせていただきました。しかし、お亡くなりになられました。誠に申し訳ありません」


 声が出なかった。

 怒りすらも湧かなかった。

 ただただ、なぜだと頭の中をその言葉だけが回り続けた。

 だが、医師の次の言葉に私は更に混乱する。


「このような時に言う言葉では無いのかもしれませんが、この度はおめでとうございます」

「は?すみません、あなたは何を言ってるのですか?妻が死んでおめでたい奴だと、そう私に言ってるのですかっ!!」


 掴みかからんばかりの勢いで激昂する。

 医師は更に続ける。


「ち、違います!私の言葉が足りませんでした。奥様から事情をお聞きかと思いまして、ご存知かと」

「だからなにをです! これ以上あなたが口を開けば私はあなたを許せなくなります!」


 騒がしくなる処置室前。

 私が大きな声でわめき立てたからだろう、処置室からこの手術を取り仕切ったと言う高齢だがしっかりとした人が出てきて頭を下げる。


「この度は私の責任で奥様を助けられませんでした。申し訳ありません、そしてそこの若い医師がお伝えすべき事を十全にお伝えできなかった事をお詫び申し上げます」

「…………」


 私が何も言わずただ黙っていると、その高齢の医師はマスクを外すとにこりと優しい笑みを浮かべて、「女の子です」と一言、はっきりとそう言った。

 私は素っ頓狂な声だっただろう、そんな声をあげて問い返した。

 高齢医師は続けて答える。


「多分無意識だったのでしょう。車からの衝撃をお腹に伝わらないように抱えたのでしょう、だからこそ無事だったと思われます。おめでとうございます、まだ生まれるのは早いですが1250gの元気な女の子ですよ」


「は?え?あの………私の……ですか?」


「はい、そうです。今は呼吸があ安定していないので保育器にい入れているため抱くことはできませんがある程度経てば問題ないと思われます。今のところは目立つような障害などは見受けられません。奥様に感謝しなくてはいけませんね 」


 その時、初めてわかった。

 妻が伝えたかった事がなんなのか。

 私の一生の思い出になると言った意味がようやくここでわかった。


 言葉よりも何よりも、妻への感謝が溢れてきた。

 涙が止まらない。

 あの時、妻が事故にあった瞬間に流し尽くした涙がまた流れ出す。

 ありがとう、ありがとう。

 そう何度も呟いた。


 そしてその後、まだ涙も乾かないうちに2人と対面した。


 遥は、綺麗な寝顔で眠っている。

 顔には多少の傷は有るが綺麗なままで残ってくれたのが救いかもしれない。

 安心したようなそんな顔をしている気がする。

 そこから少し先に、産まれたばかりの子供が大きな透明の容器に入れられ、小さなベットの上に眠っている。


 いまだ実感がわかない。

 本当に自分と妻の子供なのかもわからない。

 ただ、近くでその子をみると、やはり妻の子供なのだと、自分の子供なのだとわかった。

 寝顔がまるで今の遥の様に穏やかで安心させてくれるような柔らかなものだったからだ。


 この子をこの先守らなければ。

 その為に、生きなければ。

 だから遥、私と一緒にこの子を守ってくれ。

 そう願い、冷たくなった妻の手をぎゅっと握った。



 **********


 阿部が処置室に入ってからおよそ10分。


「よかったですね、あなたの選択は間違いじゃなかった」


 そうポツリとつぶやいて時田は病院を後にした。

如何でしたでしょうか?

是非ご感想・ご意見よろしくお願い致します。


次回もお楽しみに!!

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