偽りの使徒
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あれからどの位時が経ったのか。
生前居た世界は始まりと終わりを何度繰り返しているのだろう。
人としての生を終え肉体が朽ちた時、記憶は消失し生前語られていた輪廻や別次元の世界へ転生、もしくは天国や地獄へと転送される。そう思っていた。
だが私はそうはならなかった。
肉体が朽ちても意識は消えず、それどころか生前気にも留めなかった日常の出来事すら一秒単位で記憶は蘇ってしまう。
寝たい。食べたい。飲みたい。泣きたい。笑いたい。会いたい。抱きたい。別れたい。目を背けたい。生きたい、そして死にたい。
このような人としての欲求も蘇った。
今は欲求を解消する術は無い。何しろ肉体はとっくに朽ち果て、有る物といえば欲求に対し耐えるという思考だけ。
最初は耐えるという思考が支配するならば、他の欲求は薄れ消えるものだと思っていた。だがその様な甘い期待は絶望に塗り潰される。
蘇った記憶から様々な場面が思考に映し出されたのだ。不確定な時系列で無作為に映し出される人生と言う名の一枚絵。
その絵から連想する様々な感情。それは連動するように数多の欲求へと繋がっていく。
いっそ気が触れた方がまだましなのだが、気が触れる事すら許されない。冷静に思考が巡ってしまうのだ。
終わりの見えない欲求の連鎖は私を追い詰め考えさせた。
何故この様な事になったのか。
私が歩んできた人生が間違えだったのか?
この時欲求に耐える気持ちとは別に、生前の人生を振り返りたい思考が生まれた。
初めて欲求の一つを解消できる。そう思い私は嬉々として人生を振り返った。幸い人生の記憶は全て蘇っている為、時系列を順に追うだけの作業だ。
貧しくも無く裕福でも無い平凡な家庭に生まれ、大きな起伏も無く少年期を過ごし、成人してからは公務の職に就き、好き合う女性と結婚して子を儲ける。
私は家族へ自分が出来る精一杯の愛情を注いだ。結果裕福ではないが貧しくも無い家庭を築く。
子供は独り立ちして結婚、私が定年を向かえる頃孫を連れてくる様に。
愛する妻や成長した子共、孫等に看取られ八十年の生涯を閉じる。
絵に描いたように凡庸な人生だった。そして思う。
──なぜこの様な人生に苦しむ要素があるのだ
客観的に見れば幸せな一生。だがその一生が今の私を苦しめる。ある種の矛盾を感じた私は更に思考を深めた。
幸せな一生に見合わない死後の苦しみ。いや、むしろ均衡したというのか?
それはない。
何故なら今の苦しみは良き人生の何倍も続いているからだ。
消えない記憶は現在進行形で続いている。その中で時間経過は映し出される人生の一枚絵が教えてくれた。
八十年の人生を秒単位に変換すると二十五億二千四百六十万八千秒。
一枚絵の枚数は生前学んだ数の最高単位を遥か昔に越え、今尚増殖している。
つまり圧倒的に苦しみの大きさが勝っているのだ。
それから何度も人生を振り返る。だが原因を見出せ無かった。
その度に挫けそうになるが、私は考える事を続けた。強制的に思考させられるのではなく自発的に。
◇
そして私はたどり着いた。原因は直近の八十年に渡る凡庸な人生では無かった、その事に気付いたのだ。
考えられるのは前世というヤツだ。
この瞬間、欲望の連鎖を断ち切ることが出来た。なぜなら記憶にある八十年の人生は粗無用の長物と化したからだ。
今思考を巡るのは未知なる前世への思い。
まずやるべきことは最年少時の記憶を映し出し、ゆっくりと時間を遡らせる作業だ。
産声を上げる前、産道、母体の中、そして──
──
───
────
私は途中から不思議な感覚を憶えた。
私の思考の中に、現状とそっくりなもう一人の私が居るのだ。否、映像として認識しているといった方が近い。
視覚的には何も無いのだが、確かに私がそこにいる。
只違う点が一つ。
私の他に何かが存在しているのだ。
思考の中に居る私と繋がり全容を解明したい。私はそう思う一心で集中する。
すると徐々に聞こえ始めたではないか。
もう一人の私と、そこにいる別の存在のやり取りが。
──汝を器として認めるには現状では足りぬ
『!”#$%&’様私を導いてください──』
──なればこの後送る世界で凡庸なる生を全うし
──女神と対峙せよ。そして
──殺せ
やり取りを聞いた私の思考は加速していく。そして理解した。
この者が幾多の輪廻を経て私を導き──
私が無明に墜ちた元凶だと言う事を。
八十年の人生を終えた後、私は女神と対峙しその存在を喰らおうとする。
だが力及ばず、思考の世界たる無明へと堕とされた。
全ての記憶が蘇った。あぁ……あぁ……
ならばどうする。私はどうしたい?
それは決まっている。
まずはもう一人の私を乗っ取り同化する事にした。
対話していた者と離れ、世界へ産み落とされる直前まで時間を進める。
そして──
「オギャア! オギャア! 」
私は歓喜の声を上げた。そんな私を何も知らず感涙しながら見守る両親。
せっかくだ。このまま同じ名前を付けられても面白みに欠ける。
そう考えた私は両親の思考に潜り込み以前とは真逆の名前へ改ざんさせた。
──私の名前は 【良所 外人】 きど とうと
神々に仇なす偽りの使徒成。