汚嬢様の友人。
終業のチャイムが鳴ると、私は大急ぎで三年の教室へ向かった。
沙羅ちゃんに直接会うためだ。
「お嬢様。そこが仲間沙羅さんの教室です」
「了解♪ すいませーん」
私は教室に行くとドアの近くにいた女子に話しかける。
たしか彼女はこのクラスの委員長のはずだ。
お嬢様は全校のボス猿クラスの生徒のツラは全ておぼえているのだ。
沙羅ちゃんと話すためにまず、許可を取ろうと思ったのだ。
いきなり上級生の教室にズカズカ入るのはさすがにためらわれたからだ。
「お嬢様、賢明なご判断です」
修ちゃんは冷静に言った。
一周目だったら空気を読まずに突入したけどな。
私が胸を張っていると委員長はとてつもなく偉そうに答えた。
「なんですか?」
けんもほろろとはこういう状態のことを言うのだろう。
しかも露骨に迷惑そうな顔をしている。
これが三年の振りかざす権力だというのか!?
さすが三号生。
シルクハットに学ランが許されているだけある。
でも腹を立てても仕方がない。
私は大人しく用件を言う。
「ごきげんよう。一年の武藤です。仲間さんに用があって来ました」
「まったく……あの子は……みんなに迷惑をかけて」
委員長は忌々しいとばかりに吐き捨てた。
沙羅ちゃんがてめえにかけてる迷惑なんてねえ!
てめえ喧嘩売ってんのかコラ!
と、反射的にキレそうになったが大人しくする。
ここは我慢だ。
私がキレたら沙羅ちゃんに迷惑がかかる。
それになんで怒っているかはわかる。
おおかた自分の受験に不利になるとか勝手に思い込んで、被害者ぶっているのだろう。
……殴っていいですか?
「いらっしゃます?」
私はぎりぎり我慢した。
ただ少し声が大きくなった。
少々ムカついたのだ。
私は人間の弱さを非難できるほど上等な人間ではない。
だけど友達の悪口を言われたら、そりゃ腹が立つ。
「汚嬢様落ち着いてください。あなたはサバンナの猛獣ですか」
うるせえ!
ここで怒らないでどこで怒るんだよ!
「猛獣でなにが悪い!」
幸いなことに、このやりとりは委員長には伝わらなかった。
委員長はぶっきらぼうに答える。
「いるわ。まったくめんどうくさい。呼んで来てあげるわ。」
偉そうだなおい!
「仲間さんは大事お体ですから、私が行きますわ。」
「いいのよ、あんな子なんて! 目障りだから外で話して、呼んでくるから。戻さなくてもいいわよ」
沙羅ちゃんは妊娠中なので私が行くと言ったのに、なにその態度。
お前マジでこの場で殴るよ。
後でおぼえとけよ!
私が偉そうな委員長に腹を立てていると沙羅ちゃんはやってきた。
「あ、あの……なんのご用ですか?」
大きなお腹。
優しそうだけど、要領の悪そうなボヤッとした印象。
でもやはり沙羅ちゃんは変わらない。
後輩にも敬語を使う優しい女性だ。
でも彼女はまだ私のことは知らない。
約2年後に同じ職場で働くなんて思ってもいなかっただろう。
でもそれは一周目の話だ。
私は初対面だと頭を切り換え挨拶をする。
「一年の武藤亜矢です。この学校の運営に関わっている武藤の娘です」
「あ、はい……」
沙羅ちゃんは下を向いた。
そりゃそうだ。
沙羅ちゃんから見れば私は沙羅ちゃんを学校から追い出そうとする連中の仲間だ。
警戒するのは当たり前だ。
だからまずは誤解を解かねば。
「仲間さん誤解なさらないで。私は貴方を学校から追い出す気はありませんわ。むしろお力になりたいと思って話をお聞きしようと伺ったのですわ」
お嬢様言葉はつかれるにゃー。
「そ、そうですか」
「ええ。裏で余計な事をしたクソバ……じゃなくておばかさんをぶっ殺……じゃなくて『めっ!』しなければなりませんわ」
「お嬢様。キャラが崩れていらっしゃいます」
今日も修ちゃんのツッコミはキレッキレッだ。
「あ、あのね武藤さん。でいいよ。無理しないでね」
被った猫は役に立たなかった。
ぐすん。
「んじゃ沙羅ちゃん。はっきり言うとね気にくわないのよ。万引きやイジメは隠蔽してかばうくせに、妊娠くらいで放り出す学校も、そんなバカなことに手を貸す実家と子会社もね!」
「でも……」
「世間体なんて犬に食わせろ! 今貴方がどうしたいか。それを言って。大丈夫。何があっても私が守るから!」
私は胸を張った。
私は今回の人生ではこのラインだけは譲らない。
私は私が正しいと思ったことをするのだ。
「……うん」
小さく沙羅ちゃんは頷いた。
次の瞬間、沙羅ちゃんの目から涙がこぼれた。
「あ、あれ……私」
「いいから」
私は沙羅ちゃんを抱きしめた。
「ひぐっ。今まで誰もが私が悪いって言ってた」
「沙羅ちゃんは悪くない。そんな連中放っておけばいいよ」
「みんな私がバカだって……」
「沙羅ちゃんはバカじゃない」
本当のバカっていうのは一周目の私みたいなやつのことだ。
私は知っている。
この三ヶ月後に子どもを産んで、そして家も学校も追い出されて、それでも一人で働いて子どもを育てていた姿を。
私は不器用だなあって思いつつも彼女の姿を尊敬していた。
沙羅ちゃんは私なんかより何倍も上等な人間だ。
それが針のむしろにされ、孤独を味わっていたのだ。
その苦痛は同じ目にあった私だからわかる。
「ひっひぐ……ありがとう。」
私は沙羅ちゃんが泣き止むまで抱きしめていた。
結局、話はなにも聞けずじまい。
でも後悔はしていない。
……アホどもにはこれから地獄を見せるけどな!!!
◇
「で、お嬢様どうなさるので?」
放課後。
電車の中で修ちゃんがニコリと微笑みながらそう言った。
これは『てめえ、アホなプランだったら拳骨落とすぞゴラァッ!』という脅しなのだが、私はあえて気づかないふりをする。
修ちゃんは怒らすと怖いのだ。
「うん。摩郷島工業に乗り込んで白瀬乃恵瑠ふん捕まえて説教する」
沙羅ちゃんに聞きそびれたし。
「言うと思った……あの……今のお嬢様は妙に男前ですね」
「女子に男前って……」
褒め言葉じゃないよね?
「でも……今のお嬢様の方が私は好きですよ」
ぼそっと修ちゃんは言った。
私は突然耳が聞こえなくなるキャラじゃなくてよ!!!
ばっちり聞こえたもんねー!!!
「それってライクじゃなくてラブの方?」
やべフラグ立った!!!
「なんでもないです!」
「え、ちょっと修ちゃん! そこをはっきり! もう一度プリーズ!」
「うるせえ! 忘れろ!」
「ちょっと待ってね。今携帯出すから! 録音するから」
未来永劫それをネタにするから!
「うるせえって言ってんだよ!」
ぎりぎりぎりぎり。
うごごアイアンクロー!
ちょ、死ぬ。死んでしまう!
ちぇー。
どさくさ紛れに修ちゃんゲットならず。
そうこうしていると摩郷島工業のある駅に着いた。
うちの学校ではトラブルになるので近づいてはいけないと注意されている。
うむ、こういうときは……
「修ちゃん。ダンプカー借りなきゃ!」
「なんの話だ?」
「本宮ひ●しのマンガで見たの! 腹にダイナマイト巻いてダンプで突っ込むの!」
「そのマンガ以外入っていない腐りまくった脳をどうにかしてくれませんか?」
酷い話だ。
マンガ以外にはラノベもBLもアニメもゲームも入ってるよ。
あんまりぞんざいな扱いしてるとすねるよ。
スねちゃうよ?
そんなバカなやりとりをすること10分。
摩郷島工業が見えてくる。
有刺鉄線もなく壁も特に汚くはない。
って刑務所とは違うのか。
「ここが摩郷島工業?」
「そうですね。では知人に電話しますのでお待ちください」
「うん?」
知人?
誰だろう?
修ちゃんはそのへんのヤンキーを捕獲する。
ヤンキーゲットだぜ!
「おう、俺だ。白瀬乃恵瑠に話を聞きたい」
なんだかいつもと修ちゃんの態度が違う。
はて。なんだろう?
「お嬢様わかりました」
「え? 終わったの?」
はやくね?
「ええ。友人が案内してくれるそうです」
そう言う修ちゃんは少し嫌そうな顔をしていた。
しばらくすると、髪の毛を真っ赤に染めた男子学生がやって来た。
声色は軽そうだが頬に傷がある大男だ。
強面だが女性には紳士的なタイプだろう。
なぜならキャバクラによく来ていたヤクザと同じ目をしている。
ちなみに好物はチーカマに違いない。
「お、修一さん久しぶりっす」
『さん』づけ?
「お嬢様、こちらは剣持悠斗。友人です」
「あははは! 修一さん。これが中学時代に暴れた原因になった彼女さん? 相手にされなくなって寂しくて喧嘩に明け暮れ……」
言い終わらないうちに修ちゃんは無言で剣持さんの胸倉を掴んだ。
そのまま片手で持ち上げる。
そしてそのまま迫力のある笑顔で言った。
「死にたくなければ余計な事を言うな? わかったな?」
「は、はい……」
剣持さんが黙ると修ちゃんは笑顔のまま彼を下ろした。
こ、怖い!
修ちゃんは怒らせないようにしよう。
うん。
とりあえず『フラグが立ったー♪』とか余計な事を言うのはやめよう!
「とにかく白瀬乃恵瑠に会わせろ」
「へ、へい」
こうして私たちは白瀬乃恵瑠と会うことになったのだ。