二・意外な以外・2
勇者と魔王ゆえに、幼馴染みと旅に出る前から恐れていることが雪白にはひとつだけある。
――ピピとはぐれたら、この幼馴染みは雪白との友情を深めるために本当にセカイセイフクをやってのけ、自分が勇者として魔王討伐に立つことになるかもしれない、ということ。
討伐が恐いのではない。ピピと争うことが恐いのでもない。自分たちが争うことになったら、周りの被害が尋常ではなくなることを恐れているわけでもない。
名実共に勇者になったら、嫁の貰い手がなくなることが恐いのだ。
『素敵な男性と結ばれて可愛いお嫁さんになる』勇者の家系に生まれた雪白の願いはそれだけだ。断じて筋骨ムキムキな勇者になどならない。
魔物と戦い、危険な上に不安定な生活。しかも魔王がいなくなったら一転無職。そんな生き方真っ平ごめん。
ピピだって可愛い女の子なのだから、すさんだ魔王業などではなく、もっと穏やかに暮らすことだってできるはずだ。
「――何故だ」
黙って膝をついていた牙煉が、雪白を見上げた。殺意を交えて睨みつけてくる。
「幾度も魔王様を打ち滅ぼす存在であるコリアンダーが……何故同行している? 幾代も幾代も魔王様を滅ぼしたのはコリアンダー……貴様の一族だというのだろう!?」
敬愛する魔王を何度も倒すのはいつの時代もコリアンダーだ。それが気に食わないと言うのはわかるが、この場にいる雪白とピピ以外の全員が重大な勘違いをしている。
「滅ぼしてないわよ」
大きく息をついて雪白は言い切った。大体、そこからが誤解だ。
「あのね、代々のコリアンダーがハーツイーズを滅ぼしていたら、ピピはここにはいないでしょ。滅ぼしてないの。今までの話、聞いていたでしょ?」
腕を組んで、少女勇者は説明する。コリアンダーはハーツイーズを滅ぼしたりしない。
『こらしめる』だけなのだ――いろいろな方法で。
「前代のハーツイーズも前々代のハーツイーズも生きてるわよ。ピピの親父とじーさまだもの。殺しても死なないくらいにピンピンしてるわ。あたしの親父とじーさまと、仲良く遊んでるわよ」
苦いものをまとめて噛み潰したかのような表情で、雪白は続ける。
「……あの親父ども――ううん、ハーツイーズ一族にとって、セカイセイフクなんて遊びなの。コリアンダー一族と『楽しく』遊ぶための手段でしかないの。本当に、何考えてるのか理解不能だわ。山吹っ飛ばして湖作って、それでも本人たちには遊びなんだから」
ちらりと、ピピを見る。この幼馴染みも、世界征服を雪白と遊ぶための手段としか考えていない。
「じーさま方が懐かしそうに昔のことを話すから、小さい頃からピピまでセカイセイフクとか言い出すし……」
「えー、だっておじいさまたち、とても楽しそうだったよ?」
「楽しくないのよ! 巻き込まれる人達には災難でしかないんだからっ!! 楽しいのは当人たちだけ!! 丸三日戦って、山消したり湖作ったりしたあげくに、勝負がつかなかったからってチェスしたり野球したりして決着つけたりするのよ!? 迷惑以外の何者でもないわ!」
雪白の言うとおり、巻き込まれる人々はたまったものではない。気楽に親友と遊ぶためだけに世界を征服されるなど、冗談でもありえないことだろう。
が、それを実際にやってのけるのが魔王ハーツイーズ……ピピのご先祖たちだった。
そして、その遊びに嬉々としてつきあうのが勇者コリアンダー……雪白のご先祖たちだった。
自分と血が繋がっているとは思いたくない雪白である。
ピピは確実にハーツイーズの血筋だとも思うが、幼馴染みはまだ矯正が効くと信じたい。
素直な幼馴染みは、にこにこと嬉しそうに雪白を見て言う。
「雪白ちゃんは真面目だから。困った人を見捨てられないんだよね。とっても優しくて強い勇者だもん」
「ちっがーう!! あたしは勇者なんてイヤなのッ!!」
勇者になることだけは認められない。ピピが魔王として世界征服に乗り出すことも認めない。
ごく! 普通に!! 女の子として幸せになるのだと、雪白は心に誓っている。
「でも、雪白ちゃん」
ピピは倒れているノノを視線で示した。
「ノノちゃん、放っておくの?」
「う」
「でもって、このひとたち」
少女の魔王は自分を信奉する崇拝者たちを眺めた。間違った魔王像を作り出し、勝手に崇めていた連中。『可愛い女の子』を魔王のイケニエにしようとした。もし、ここで見逃したら、もっととんでもないことをするかもしれない人達。
「……放っておくの?」
「うう」
気絶している少女。周りにいる魔王崇拝者たち。魔王本人が『のほほん娘』でも、間違った魔王像を崇拝していた人物はまともではないだろう。
真面目に一生懸命日々を生きている人間は、間違っても魔王を崇拝したりはしない。
オゥン。宙に浮きっぱなしのハウルディアが啼いた。
「ううぅ」
雪白は頭を抱えたくなった。ノノを放っておくのは絶対にいやだし、魔王崇拝なんてアホなことを本気で考えている王子がいる国、リュングリングにはかなり同情してしまう。
「……やっぱり、こんなあほなことを考える王子は教育のしなおしをしなくちゃね……どんな環境で育ったのよ、レングス王子……」
リュングリングへの輿入れは諦めた。他にも王子様は国の分だけいるだろうし、別に王子様でなくても素敵な男性ならそれでいい。
「と、いうわけで、あたしはいろいろと大事なことを諦めました。そういうことで、レングス王子、おとなしく矯正されてね、あなたの国の人のために♪」
にこやかに微笑んで、雪白はこぶしを握る。バラ色の未来をあきらめた代償は、きっちり支払ってもらうつもりだ。
「ピピは牙煉をお願いね。『境界』に戻しちゃって」
争うつもりはない。そもそも、牙煉と争う理由がない。コリアンダーとハーツイーズは仲良しなのだ。ならば魔王を敬愛する魔族とも戦う理由がない。
「はぁい。じゃあ、牙煉ちゃんは『境界』に還ってね。ここで暴れちゃダメよ? 暴れたら、わたし、怒るからね」
微笑む魔王は全く恐くない。
「ま、待て! 牙煉! け、契約はどうした!?」
レングス王子が叫ぶ。魔族との契約は絶対だ。その契約なくして魔族はこちらの世界に具現化できないのだから。
「契約は解約ー。魔族にとってハーツイーズの言うことは契約以上に絶対だよ。ね、牙煉ちゃん?」
「はい」
小首を傾げたピピに、牙煉はためらいなく頷く。彼らには具現化できる契約よりも、魔王の言葉の方が絶対だ。
「では、戻ります」
「はぁい。じゃあね〜」
「ち、ちょっと待てぇ!!」
レングスの悲鳴よりも早く、牙煉の姿が薄れていく。
「なんでこんな魔王に従うんだぁっ!!」
威厳はなく、迫力もなく、恐怖もなければ緊張感もない――そんな魔王。
だが、ピピは魔王だ。だからこそ魔族は無条件で従う。
彼女が魔王ハーツイーズだから、だ。人間の理屈は通じない。それは彼らにしか通じない種族の絶対的理由。
「まぁねぇ、そう叫びたくなるのはあたしもよく理解できるけど」
雪白は肩をすくめた。見た目だけではとても魔王とは思えない幼馴染み。
それを言うのなら雪白も同じだ。見た目ではとても勇者には見えない。
しかし、やはり彼女は勇者コリアンダーの家系の生まれ。
弱者が虐げられているのを見過ごすことはできず、また、平気で弱者を犠牲にするような連中を放っておくこともできなかった。
「ピピが魔王だって納得できない気持ちは理解できるけど、あんたたちの行動は理解できないわ。可愛い女の子をイケニエにしようなんて、言語道断よっ!!」
玉の輿を諦めた雪白・コリアンダーのこぶしが、レングス王子の頬にめり込んだ。背後の数人を巻き込んで王子はキリモミしながら床に転がった。
華奢に見える雪白だが、腕力は見た目に反している。勇者の資質なのか、生まれつきなのか、知らずのうちに鍛錬を重ねていたのかは不明だが、彼女が力持ちなのは事実だ。だから余計にハウルディアを振り回したくないのである。今も手に取る気は毛頭ない。
このまま強制矯正をするつもりである。
「王子っ!貴様ら!」
倒れて気絶したレングスを見て覆面男たちが声を上げた。頼りにしていた魔族・牙煉はすでに故郷である『境界』に還ってしまっている。
「おのれ! 貴様のような小娘が魔王というのならば、貴様を倒して我らが魔王となろうぞ! コリアンダーの家系も滅ぼしてくれる!!」
なんて、強気な発言を雪白とピピにかましてくれた。見た目で判断しているのは間違いない が、レングスをぶっ飛ばした雪白の力から目を逸らしているのは現実逃避ではなかろうか。
そして、何よりも雪白が痛感するのは、彼らがピピを侮っているということだ。
何の変哲もない可愛らしい少女二人。
しかし――くどいようだが、ここにいるのは『魔王』と『勇者』だ。
「雪白ちゃん家も滅ぼすの? それはだめ。わたし、雪白ちゃんの家族も大好きなんだから」
ほよ〜んとしていたピピの雰囲気が、わずかに固くなった。
「あ、だめ、ピピ!」
声を上げた雪白だが、少々遅い。か弱く見える少女の体から、激烈な魔力が吹き上がる。
轟音と共に、神殿が、揺れた。
「あ〜」
雪白は額を押さえる。頭痛に似た感覚を感じていた。
「ピピ……力使っちゃダメだって言ってるじゃない……あんたの魔力は強すぎるんだから」
呟きながら頭上を見上げる。あったはずの天井が吹き飛んでおり、月と星が彼女らを見下ろしている。寸前で雪白の声を聞いて加減したらしく、ピピの力は天井を吹き飛ばしただけで済んだようだ。
「力抜いたよ? だから屋根だけ」
ピピはこくんと首をかしげた。周囲の男たちは彼女の魔力を感じ取っただけで硬直して動けない。あまりにも強大な魔力だったために、感知しただけで体が恐怖に固まった。そして、一瞬でピピがやったことに萎縮してしまっている。
少女魔王はなんの詠唱もなしに魔法のような力を発動させたのだ。
詠唱もなしで魔力を発動させる――これはハーツイーズの家系でなくてはできないことなのである。その辺の魔法使いや僧侶なら、延々と呪文の詠唱をしなくては魔法の発動などできない。それは周りの男たちも同様だろう。
「わたしが本気出したら、こんなところなくなっちゃうでしょ?」
けろりと当然のことを説明するように、少女魔王は言う。対して少女勇者は息をついた。安堵なのか、ため息なのかは微妙だった。
「それを心配したのよ。森ごと消す気かと思って」
「しないよ? ここ、見たことない鳥さんがいたから」
「ああ、いたわね、そう言えば……あんたが鳥見つけたから迷ったのよ、あたしたち」
そもそもの発端を思い出して、雪白は苦笑いを浮かべた。天然魔王のおかげで、いろいろと苦労する。
「そうだっけ?」
「……いいけどね。これ以上このアホな人達のくだらない企みに巻き込まれる人が増えないようにできるから」
「雪白ちゃん、やっぱり勇者だね。カッコイイ」
「ヤメテ。ハウルディア! 啼かないっ! あたしはアンタの主にはならないんだからねッ!」
空中に浮きっぱなしの伝説の剣を使うことを全身で拒否しておいて、雪白は動けなくなっている男たちに向き直った。
「魔王崇拝なんていいこと無いのよ。ピピを見てよく分かったでしょ? んで、これ以上馬鹿なこと考えないようにあんたたちの考え矯正するから。二度と可愛い女の子をイケニエにするなんて考えられないようにしてあげる♪」
にこやかに微笑む勇者は、隣の魔王より数倍恐かった。
えー、どっちが魔王?(笑)