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おかしな二人  作者: マオ
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一・魔王と勇者・4

 魔王ハーツイーズ。その単語を聞いて雪白の眉がピクリとした。ピピはきょとんとしている。

 『境界』に棲むと言われている魔物・魔族。人間とは違う異種生命体。ほんの些細なきっかけでこの世界に現れる魔物ならまだしも、それより強力な存在である魔族は他者との契約なしではこちらの世界に具現できない。しかし、その(コトワリ)を覆す存在があった。

 それが、魔王ハーツイーズだ。契約無しで具現することができる魔の王。

 幾度となく復活を繰り返す魔の長。世界を危機に陥れる力を持つ圧倒的な存在。伝説の武器、魔槍ゲイボルグを携え、一振りごとに山をも砕くと言う。

 何度倒されても、決して滅びることのない、恐怖の王……伝承はそう伝えている。この世界の誰もが知っている恐怖の話だ。

 前回、魔王ハーツイーズが復活したのは二十年ほど前だ。

 そう、魔王の話は昔話などではない。ごく近い過去の話なのである。

 しかし、人々は怯えていない。

「大丈夫ですよ!」

 ごく普通の村娘であるノノですら、魔王の名にはびくりとしたものの、その瞳には希望が宿っている。彼女は知っているからだ。この世界の住人の全てが知っていることでもある。

「魔王が何度復活しても、その度に勇者コリアンダー様が甦ってきてくださいますもの!」

 魔王を打ち倒すもの。何度でも倒す、勇者。

 必ず世界を護る存在が、知られているのだ。

 勇者コリアンダー。その単語を聞いて、雪白は眉間にしわを寄せた。ピピは微笑を浮かべている。

 圧倒的な力を持つ伝説の勇者。世界の希望の証。伝説の武器、聖剣ハウルディアを携え、一振りごとに星をも落とすと言う。

 何度苦難にぶつかっても、決してくじけることのない、勇気の人……伝承はそう伝えている。これもまた世界の誰もが知っている希望の話だ。

 前回、勇者コリアンダーが現れたのはやはり二十年ほど前。

 魔王ハーツイーズを倒し、コリアンダーは人知れず姿を消した。

 おそらく、勇者コリアンダーは人間ではないのだ。遠い昔から何度でも現れることから、勇者は神の使いなのだと人々は信じている。魔王も勇者も、知られているのは最初に現れたときのその名だけだ。しかし、魔王が復活するたびに魔物の行動は活性化するし、勇者が魔王を倒せば魔物は沈静化するので、人々はそれで魔王の復活と勇者の行動を判断していた。

 魔王も勇者も存在するのは確かだ。魔物は魔王を崇めるし、勇者はその魔王を倒す唯一の存在なのだから。

 何度も復活し、何度も戦いあう、絶望の化身・魔王ハーツイーズと、希望の灯火・勇者コリアンダー。

 前回魔王が復活したときより二十年あまりの時が流れ、各地では再び魔物が活性化し始めていた。これは魔王復活の前兆――あるいは、すでに魔王は復活を遂げている。

「私は魔物の動向を探るために忍びの旅に出ていたのだが……魔王ハーツイーズはすでに復活しているのかもしれないな……」

 レングスは考え込むようにして呟いている。雪白たちは彼の背後を歩いているので表情は窺えないが、きっとうれいた表情をしているのだろう。

 魔王復活に心を砕き、民を心配する強く優しい王子様。

 なんて素敵な人なのだろう。雪白は心からうっとりと彼の背を見つめた。真剣な呟きが聞こえてくる。

「コリアンダーが復活したら、魔王ハーツイーズは倒される……急がなくては」

 世界の危機に悩む後姿もカッコイイ。幸せそうに微笑む雪白に手を引かれて、ピピは小首をかしげた。隣の楽しそうな幼馴染みに話しかける。

「ねぇ、雪白ちゃん」

「なに? あたし、今、王子様の素敵な後姿に見惚れたいんだけど」

「そう? じゃあ後で良いよ」

「うん、後にして♪」

 嬉しそうに王子の背を眺めている雪白に、ピピも可愛らしく微笑んだ。


 夜の暗闇の中を、松明を掲げて歩くことしばし。道らしい道ではないところを通っている。雪白は何の疑問も持っていなかった。レングスが近道でも知っているのだろうと。

 牙煉も何も言わずについてくるのでなおさらそう思った。

 だから、森の茂みを透かして明かりが見えたとき、彼女は安心したのだ。

「さぁ、もう少しだ」

 レングスが彼女たちをはげます。彼は道中何度も彼女らを気遣ってくれた。足は疲れていないかとか、辛くはないかとか。

 本当に優しい人なんだと、雪白はそのたびにうっとり。やっぱり彼と結ばれたい。隣のピピを後ろの牙煉とくっつければ今後も安心だし、自分の運命の相手はやはりレングスしかいないとまで思い始めていた。

 もう少しとはげまされて歩き、明かりに近付くにつれ視界も徐々に開けていく。未来が開けていくような気分になった。明るい希望に満ち溢れた未来だ。

 レングスと結婚式を挙げる雪白。少し離れた場所で牙煉に寄り添うピピ――これこそ幸せというような想像である。そういう未来を確信して雪白は足を進めた。王子と結ばれることを疑ってもいない。

 彼女は王子の隣に並んで、綺麗な赤いじゅうたんの上を真っ白なドレスを着て歩くのだ。手には大輪の花で作られたブーケを持ち、薄い、でも精緻な刺繍の入ったベールをかぶって、ゆっくりと歩くのだ。

 ブーケはピピに放ってあげよう。ちゃんと幼馴染みが取れるように投げてあげなくては。ピピはちょっと鈍いところがあるから、牙煉と結ばれるのは雪白とレングスよりは後だろう。レングスと結ばれた後に橋渡しをしてやったほうがいいかもしれない。

 そんな風に考えながら、開けた場所に出た。

 そこは、村でも町でもなかった。

 あるのは石で組まれた建物だ。一見したところ神殿、だろうか。一神であるカラミンサを奉っているところかもしれない。そんな場所は各地にいくらでもある。ここもその一箇所だろう。迷い子を連れてくるには確かな場所である。ここに雪白たちの保護を申し出るつもりなのか、レングスの足はまっすぐに神殿のような建物に向かっていた。迷わず王子の背に続こうとする雪白に、ピピがくんくんと手を引いてくる。

「ねぇ、雪白ちゃん」

「なに? あたし、今、王子様とのバラ色の未来を考えてて忙しいんだけど」

「そう? じゃあ、後で良いよ」

「うん。後にして♪」

 にこやかにそう言うと、ピピはちょっと首を傾げたが、それ以上何も言わずについてきた。 ノノが続き、牙煉も黙ってついてくる。

 神殿の門をくぐり、中に入る。

 そうして、目にした光景に雪白は絶句した。

 かがり火が焚かれており、怪しい色合いの煙が立ち込めている室内。そこにいる覆面を被った人々。

 そして、真正面にある大きな像……優しい表情を浮かべた女性神カラミンサのものではなく、男性像だ。頭には大きな角が生えていて、顔の側面からはウロコのような耳が突き出ている。手は七本で、アグラを組んで座っているが、尻の部分からは大蛇のようなしっぽが流れている。

 どう見ても、魔王。どこまで頑張って好意的に見ても邪悪で恐ろしい邪神像だ。

「ええと、これって……」

 レングス王子を窺う。リュングリングの王子は振り返ってさわやかに微笑んだ。

「……素晴らしいだろう? 魔王ハーツイーズ様のお姿は」

 ぐらり。雪白の頭がかしいだ。にこやかな王子の言葉に事態を把握してしまった。

 考えたくなかったし、予想もしていなかったが、彼はアレなのだ。

 ――魔王ハーツイーズ崇拝者。

「うそぉおおおっ!? あたしの王子様がぁぁあああっ!!」

 思わず絶叫する雪白である。信じたくない。けれどこの神殿内の様子からして、穏便なカラマンサ信仰とはとても思えない。

 一国の王子が、魔王崇拝者。

 ぐわんぐわん。ショックが頭の中を回っている。さきほどまで考えていた幸福な未来が、音を立てて壊れていくのを感じている雪白だ。よりにもよって、素敵な王子様がなんでハーツイーズ崇拝者なのだ。

「そんな……だって、だって! さっきコリアンダー様の話をしていたじゃないですかっ!」

 ノノも蒼白になって声を上げた。王子が魔王崇拝者であるのならば、彼女らの後ろにいるお供の牙煉もそうなのかとショックを受けている。まともな人間であるのならば、魔王を崇拝したりはしないのだから。

「ああ、コリアンダーが復活すると困るから。魔王様がまた倒されても困るし、アレが復活するその前に、魔王様に力をつけていただこうと思ってね」

 微笑んだまま、レングスは周りの連中に合図をした。覆面を被った人々が、雪白たちを包囲する。意図は明白だ。

 可愛らしく純真な少女が三人。魔王崇拝者たちがそんな少女を見つけたのなら、考えることは大体ひとつだろう。

「君らには、魔王様への尊いイケニエになってもらうから」

「が、牙煉さん……」

 ノノが救いを求めるように牙煉を振り返る。彼は無言のままだった。ノノには特に興味もないと言いたげで、視線は少女を通り越してピピだけを見ている。

「ふふ、牙煉に言っても無駄だよ。彼は私と契約を交わしている魔族なのでね」

 レングスは楽しそうに笑ってそう告げた。ノノは愕然としているようだった。

 魔族。魔物よりもはるかに魔王に近く、強力な存在と言われている。契約無しではこの世界に具現できないほど、世界に力を及ぼす存在。

「牙煉、君の本当の姿を見せておやり」

 レングスからの要求に、赤銅の瞳をわずかに細め、牙煉は魔力を解き放った。瞳の色だけはそのままに、彼は異形の姿へと変じる。三対の枯れ木のような羽が生え、黒色の髪の色が全身に広がり、黒の間に赤銅の紋様が広がる。

 美しい顔はそのままに、黒と赤銅の魔族は本性を表した。

「あ、ああ……っ!」

 怯えの声を上げてノノが気を失った。ふらりと倒れた少女を見てレングスは満足げに頷く。畏怖を覚えさせるために牙煉の姿を見せたのだ。魔族は恐いだろう?魔王はもっと恐い存在なのだから、もっと畏怖いふしろ、と。

「ああ……」

 雪白は頭を抱えた。ノノと違って彼女が感じているのは恐れではない。

「恐いだろう? 偉大な魔王様の配下、魔族は。喜ぶといい。これから君たちは魔王様の力の一部となるのだから」

「ええと」

 呟いて、ピピは小首をかしげる。彼女も恐れを感じている様子はない。がっくりと肩を落としている雪白を心配しているようだ。

「雪白ちゃん? 大丈夫?」


ありがちな魔王と勇者のお話。そして白馬の王子様、魔王崇拝者であることが発覚。乙女の憧れ・玉の輿はどうなる!?

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