表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おかしな二人  作者: マオ
4/22

一・魔王と勇者・3

 何か納得がいかない様子ではあるが、ピピは頷いた。あどけない仕草で頷く彼女に、牙煉がじっと視線を向けている。王子レングスは三人いる娘のどれにも平等に視線を向けているというのに、牙煉の視線は最初のかすかな挨拶の仕草以降、ピピから外れていない。

 ぴんと気付いて雪白は王子の視線から隠れてにんまりした。ちょいちょいとピピの二の腕辺りをつつく。

「ピピぃ」

「なぁに?」

「あんたもなかなか捨てたもんじゃないからね、うん。あたしの次くらいに可愛いし、無理もないわよね」

「なにが?」

「うっふっふ、そうよ、あたしが王子様、あんたがお付きの人……それなら一緒にいられるから、何の問題もないわよね」

 ひとり盛り上がる雪白だ。王子と自分が結ばれても、ピピを置いていくわけにはいかないのだから、ピピもお付きの彼とイイ仲になればいいのである。それならば離れる心配をしなくてもいい。

 目を離すとどこに行くか、何をしでかすか分からない幼馴染みにも、ちゃんと幸せになってほしいのだ。

 そう、『誤った道』を歩んで欲しくないのだから。

「ねぇ、雪白ちゃん。どーしたの?」

「なんでもない。なんでもないのよ〜、うふふ、これで心配しなくて済むわ」

 旅の途中でピピと離れることが何よりも恐かった雪白である。レングス王子の心を射止めても、ちゃんとピピを連れて行くつもりだった。しかも、お付きの牙煉がピピを意識していると言うのなら、大手を振って幼馴染みを同行させられる。

 くるんと振り返って、雪白は両手を組み合わせ、レングスを見上げた。

「送っていただけるのですか。それは何より嬉しいですわ。こんな森の中で女の子だけで野宿するのは心細かったんです」

「はい! 心細かったです!」

 ノノが声を上げる。彼女の目は牙煉にぴったりと固定されていた。玉の輿よりも見た目を取ったらしい。見た目で言えば牙煉はレングス王子よりも美形だ。その牙煉の目は先ほどからひたりとピピに向けられたままである。表情もあまり浮かべずにいるのだが、瞳には熱のようなものが浮かんでいた。

 ピピに対して、熱く求めるような目だ。

 ちらりとそれをうかがい見て、内心でガッツポーズを取る雪白だった。牙煉はピピに一目惚れをしたのだろう。ならばなんの問題もない。あとはレングス王子が雪白に恋をすればいいだけである。同行するだろうノノも牙煉に好意を抱きつつあるようだが、それは牙煉本人の対応に任せればいいことだ。

 雪白は牙煉がピピに好意以上の感情を抱いていると確信していた。あの目は間違いなく恋する目である、と。

 あとは、レングス王子をオトすのみ――ここからが女の見せ所だ!

 心で力を入れる雪白に、レングス王子が話しかけてきた。牙煉が無言で焚き火に手を伸ばし、その辺に落ちていた枯れ木で簡単な松明を作り始める。雪白たちのために明かりを用意してくれているのだ。松明が出来上がるまで待ってから、レングスが改めて少女たちに声をかけた。

「ここから離れよう。人のいるところに出なくては。少し歩くけれど……大丈夫かな?」

「はいっ」

 背後に花を散らしているかのように満開の笑顔で答えておく。少しでもアプローチは忘れない。

「何処まででもお供いたしますわ」

「それはありがたいな。貴女のような可愛らしい方についてきていただけると、視界が華やかになって嬉しい」

 レングス王子はそんな軽口を返してきた。イタズラっぽく笑っているので、冗談だと言うのは分かる。なかなか冗談も言えるらしく、頭でっかちのお堅いタイプではないようだ。なおさら好みだと思う雪白である。そんな彼女の横で、ピピが首をかしげた。

「え、でも、夜の森は歩くと危ないんじゃ」

 だからここで火を焚いていたのにと言おうとした口を、雪白はあわてて塞いだ。余計なことを言われて王子の機嫌を損ねたら大変だ。玉の輿どころの話ではない。

 しかし、予想に反してレングス王子は気を悪くした様子もなく、

「大丈夫。何があっても私と牙煉が貴女たちを護るよ」

 にこやかにそう言い切った。危険な夜の森でも、平気で歩けるほどの度胸と実力を持っているようだ。

 はっきり言って非の打ち所がない。

 これぞ理想の王子様だ。浮かれた笑みの形になりそうな唇を引き締めて、雪白はレングスの後に続いた。彼女の手はしっかりとピピの手を掴んでいる。ピピにはノノが引っ付いていた。彼女らの後ろに牙煉が続く。前後を美形の男性にはさまれて歩くと言うのはなかなか気分がいいものだ。お姫さまのような気持ちになる。

 王子と結ばれたならこの気分がずっと続くのだ。どんなに幸せなことだろう。

「ああ……そう言えば、貴女たちのお名前を聞いていなかった。失礼でなければ教えていただけないだろうか?」

 振り返ったレングスに尋ねられ、雪白はあわてた。言われてみればレングスと牙煉は名乗ったのに、雪白たちは名乗っていない。

「あ、私は雪白と言います。こっちの子は幼馴染みのピピです」

「私はノノ・ミンティアです!」

 ノノが声を張り上げた。彼女に安心させるかのように笑いかけ、レングスは雪白を見、軽く首をひねった。

「家名は?」

 ノノはミンティア。レングスはニタ・リュングリング。牙煉はルグ……おのおの家名、苗字がある。それは貴族平民種族問わずに当然持っているもので、雪白とピピにもあるはずだ。

「あ、わたしの家名は」

「あああああっ、あの、王子様、ごめんなさい、あたしたちちょっと家名は名乗れないのですっ。事情がありまして! 家の決まりで、お婿さんになる人にしか教えちゃいけないことになっているんです!」

 ピピの口を押さえて雪白は叫んだ。

 無論のこと、家の事情というのは嘘である。婿になる人にしか教えてはいけないなどと言うむちゃくちゃな決まりなどない。

 雪白個人が口にしたくないだけなのだ。あまり知られたくない。

 『どうしても知りたいのなら結婚して♪じゃないと教えてあげない』というニュアンスを込めてみたのだが、レングス王子の反応は、

「そうか。家の事情ならば無理強いはできないな。名を教えてくれただけで充分だよ」

 優しくそんな風に退いてくれただけだった。何か事情があるのだろうと察してくれたのだろうが、じゃあ結婚するから教えてくれという流れを期待していたので、雪白はちょっとがっかりした。しかし、この程度でめげてはいられない。諦めるという選択肢は選ばないことにしている。

「あのぅ、レングス様には婚約者とかいらっしゃるんですか?」

「いや、私のような未熟者にはまだ早いと考えているよ。まぁ……いずれはそういう話も出るだろうけれどね」

「レングス様のお好みの女性像なんて、伺ってもよろしいです?」

「私の理想の女性? 難しいな……あまり考えたことが無くて。でも、貴女のような女性も可愛らしいとは思いますよ」

「やだ、レングス様ったら♪じゃ、じゃあ、あのっ、ご結婚とか、考えたこと、あります?」

「先ほども述べたとおり、まだ早いと思っているよ。雪白さんこそ、そういう相手はいないのかな?」

「私もまだ……レングス様みたいな素敵な人ならいつでも、今すぐにでも結婚したいです♪」

「ははは。私も雪白さんのような可愛らしい女性なら考えたいな」

「やだ、レングス様ったら……本気にしちゃいますよ?」

 と、言いながら、雪白は本気だ。レングスの方は彼女に背を向けて歩いているので、瞳が真剣な色を湛えていることに気がついていないだろう。

「レングス様には理想の家庭像なんておありですか?」

「いやぁ、まだそこまではとても、ね。でも、話が通じる家庭を作りたいとは思いますよ。こういう立場だと、妻にするためにはいろいろとありますから」

「お子様は何人欲しいとか、考えたことはあります?」

「希望なら、たくさん欲しいですね。今後のためにも」

「じゃあ、丈夫な女性がいいですよね! ちなみに私、とても健康ですよ!」

 ちゃくちゃくとリサーチとアピールを重ねていく雪白。意識した様子もないレングス。

「ははは。さぁ、もう少し歩きましょうか。早く人のいる場所につかないと」

 おちゃらけた風を装った会話に含まれている雪白の意図に感付いているのかいないのか、レングスはのらりくらりと名言を避け、かわしている。

 なかなか上手くはいかないものね、なんて考えながら歩く。さすが王族、外交に長けているらしく言質(ゲンチ)を取られるのを避ける。

「しかし、こんなところに野盗が出るなどと……物騒極まりない」

 先頭を歩いているレングスが呟いた。

「魔物の動向も激しくなっているから、野盗もこのあたりにまで移動してきているのだろうが……やはり、魔王ハーツイーズの復活が招いている事柄なのか……」


ファンタジーにありがちな魔王が出てきました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ