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おかしな二人  作者: マオ
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一・魔王と勇者・2

 脱力しながら雪白が答えるとおり、彼女に抱きついているのは王子様どころか性別も違う、

 雪白やピピよりも年下の少女だった。十代の始めといったところか。赤い髪が印象的な、なかなかに可愛らしい顔をしていて、なるほど野盗が言っていた『結構上玉』という言葉は嘘ではない。成長すればと、期待してしまう可愛らしさだ。

 娘は安心したのか雪白にしがみついたまま泣きじゃくり始めた。相当恐い思いをしたのだろう。野盗にさらわれたのなら当然の反応だ。

「恐かったの? 何が?」

「ピピ、ちょっと黙ってて」

「はぁい」

 素直に頷いたピピに苦笑して、雪白は泣いている娘の背中を慰めるようにポンポンと優しく叩いてやる。王子様でなかったとはいえ、泣いている女の子を放って置けるような性格ではないのだ。

「もう大丈夫だから、泣かないで?」

 くすんくすんとしゃくりあげる娘に話しかけ、落ち着くようにと笑いかける。娘は雪白の腕にしがみつくようにして恐かったと小さく訴えた。ピピも背を撫でてやると、かなり落ち着いたようだ。

「大丈夫?」

「はい……大丈夫です」

 頷くしぐさが可愛らしい。妹がいたらこんな感じかな、などと思いながら雪白は娘の名前をまず尋ねた。

「あたしは雪白。こっちはピピ。あなたは?」

「あ、ノノ・ミンティアと言います」

 名乗ってから、娘、ノノは周りを見渡した。その辺の地面にはノノが怯えていた相手、野盗の男たちが倒れている。

「あの……これ、おねえさんたちが?」

 ノノは不思議そうだ。彼女からは外の騒動は音しか聞こえなかったのだろう。格闘の音を聞いても、怯えのあまりに外へ見に出ることも考え付かなかったのだ。

 訊かれた雪白は数回目を瞬かせ、それから首を振った。

「ううん、えっと、これは、あっちのピピがね」

「え、わたし?」

 指されたピピはきょとんとしている。大半の野盗を倒したのは間違いなく雪白なのにと首をかしげた。

「そう、ピピの持ってる背中の包み。あれは女の子の二人旅を心配してくれた家族が持たせた護身用の武器なの。魔法がかかってて、ピンチになると助けてくれるのよ。それのおかげ」

 にこやかに、雪白は嘘をつく。バーサーカーのように暴れて、大の男をど突き倒したとは答えたくなかったので。それに、全部嘘というわけではない。ピピの背の包みに魔法がかかっていて、ピンチに発動すると言うのは事実だ。

 ノノはそれでも納得した様子だった。どう見ても強そうに見えない雪白やピピが、屈強な野盗たちを倒したとは思えないだろうし、魔法の道具が勝手に発動したことにしておけば説得力があるだろう。

「すごい物を持ってるんですね」

「ピピがね」

「雪白ちゃんだってハ」

「あーっ! ……っと、ノノちゃんはどうして野盗に捕まったの?」

 ピピの言葉を遮って、雪白は話を変えた。ノノは顔を歪め、恐怖を思い出したようだった。それでも雪白とピピに安心しているらしく、ぽつりぽつりと話し始める。彼女はこの近くの村に住んでおり、たまたまこの森の中に果物を摘みに入ったところを野盗に捕まったのだと言う。彼女を捕まえる前に、野盗らはほかの人間を襲っていたようで、血のついた剣先を見ただけでノノは腰をぬかしてしまい、あっけなく捕まり、今に至るという。

「じゃあ、他にも襲われた人がいるんだ?」

「だと思います」

「……その襲われた人、雪白ちゃんの王子さま?」

 ひょっとしたら襲われたのは王子で、だから会えなかったのではないのかと、ピピは言う。

「! そ、そんなことないわよ! 王子様は無事! 行き違いになっただけ!」

 襲われたのは違う人だと主張してから、息をついた。王子様はともかく、森の中で遭難しかかっていることは事実だ。しかも、天然の幼馴染みだけでなく、野盗に捕らわれていた娘まで加わってしまった。念のために道を知っているかとノノに尋ねてみたものの、彼女も怯えで固まっていたので道筋が分からないと言う。森の中を案内してもらうことも不可能だった。

 不幸中の幸いか、野盗たちが焚いていた焚き火が残っているので、このままここで一夜を明かすことにした。夜の中を歩くのは危険だ。しかも森の中である。火の傍で動かない方がいい。明るくしていれば獣も魔物も早々は寄ってこないはずだ。

 ひょっとしたら野盗たちが戻ってくるかもしれないが、ピピを前に押し出せばいい。彼女の背の物が追い払ってくれるだろう。

「野宿なんてイヤよね。あーあ、お風呂入りたかったなぁ」

 年頃の女の子らしいことを呟いて、雪白は火の中に木切れを放り込んだ。どこかの宿に泊まって、綺麗なお湯に浸かりたかった。

「そうだね、お風呂入ってゆっくりしたかったね」

 ピピの呟きに、いろいろと言いたいことはあったが、とりあえず口をつぐんだ雪白である。

「ノノちゃん、おなかすいてない? 簡易食で良ければあるよ?」

 ピピは幼馴染みの様子に気がついているのかいないのか、のほほんとノノにそう話しかけている。恥かしそうに頷いたノノのために、焚き火で干し肉をあぶり始めた。気は利くのよね、と、雪白はちょっと苦笑する。天然でよく困ったことを引き起こすピピであるが、基本的にとても優しく穏やかで、お人好しなのだ。

 顔も可愛いし、性格も良いし、これで時々の『突飛な行動』さえなければ最高のパートナーなのだが。

 一緒に旅をしている仲としては、もう少し考えて動いて欲しいとも思う。大好きな幼馴染みだけに、なおさらそう感じる。理不尽な行動に巻き込まれることが多い身としては、切実な願いだろう。

 もう一度焚き火に木切れを放り込んだとき、一心に干し肉を焼いていたピピが顔を上げた。

 空色の瞳が、少しだけいつもと違う雰囲気を宿している。敏感にそれを感じ取って、雪白はさりげなく立ち上がって重心を整えた。いつもぼーっとどこを見ているのか分からないようなピピが、少しだけ鋭い光を瞳に宿していた。ならば何かが近付いているのだ。幼馴染みの感覚の鋭さは誰よりも雪白がよく知っている。彼女に感じ取れないことも、ピピは感じ取れるのだ。

 何かが来る。

 獣か。

 それとも、魔物か。

「?どうかしたんですか?」

 何も感じ取れないノノは不思議そうだ。

「うぅん、別に」

 安心させるために笑いかけた。野盗に捕まって恐い思いをしていたノノにこれ以上不安を感じさせたくない。火も焚いているのだから、じっとしていれば危険はこちらには寄って来ないだろう。

 思いながら、雪白はピピに目線を向けた。炎の照り返しを受けて、幼馴染みの瞳は淡いオレンジ色を湛えている。雪白の視線を受けて、ピピはちょっとだけ微笑んだ。あまり警戒している様子ではない。

 危険なものじゃないのかな。

 そう思ったときだった。


 がざり。


 茂みが音を立てる。ノノが息を呑んだ。怯えた表情でピピの上着に掴まっている。ピピは恐がりもせず、立ち上がりもしていない。雪白は音のしたほうに視線を向け、軽くこぶしを握りこんだ。いつでも迅速に動けるように精神を集中する。


 がさ、がざ。


 音は近付いている。間違いなく、彼女たちのいる方へと向かっているのだ。意思ある行動だろう。焚き火を恐れているような様子もない。獣ではなさそうだ。

 では、火を恐れない魔物だろうか。だとすればかなりの強さを誇る魔物だろう。

 ひょっとしたら素手では対抗できないかもしれない。ならば、魔法か。しかし雪白は魔法の類が苦手だった。けっこう勉強はしたのだが、どうにも向いていないようで、器用には扱えない。その点ではピピのほうが魔力の使い方は上手なのだ。

 しかし、あの通りの性格(・・・・・・・)なので戦闘には向いていない。援護は期待しないほうがいい。

 結局あたしが頑張るしかないのよね。雪白は内心でため息をついて、警戒を強めた。近付いている音は、もう少しで視認できるところまで来ている。

 人間の歩幅で言えば十歩は切ったか。そろそろ焚き火の明かりが茂みを通して向こうの姿を浮かび上がらせる頃だ。息をつめるようにしてその瞬間を待つ。

 そうして、彼女らは見た。

 夜闇の中に浮かび上がった人影、二つを。

「!!」

 つい一瞬前までの警戒をかなぐり捨て、雪白は両手を組み合わせた。怪訝そうだった瞳は、星降るような乙女と化している。

 焚き火の明かりに照らし出されたのは、青年二人だった。どちらも整った顔をしており、片方は気品を感じさせる服装をしていた。白銀の髪、青い瞳の青年は来ている衣服も羽織っているマントもかなりの高級品に見える。止め具に使っている宝石は大人の握りこぶしほどはあろうか。一言で表せば『これこそ王子様』である。

 一歩下がったところに立っている黒髪、赤銅の瞳の青年のほうは、一言で表せば『美青年のお付き』だろう。腰に下げている剣を見ると、お付きの騎士かもしれない。

 ただし、見た目の印象だ。事実とは異なる可能性もある。

「君たち……こんなところで何を? この辺りには野盗が出ると聞いていたんだが」

 『王子様』っぽい青年が口を開いた。

「君たちのようなか弱い女性がこんな危険な森の中を……どのような事情があるのか聞かせてもらえないか?」

「野盗に襲われたんです!」

 開口一番、雪白は断言した。

「幸い、この()が持っていた護身用の魔術武器で追い払うことはできたんですけど、森の中で動き回るのは……だから、火を焚いて、朝になるまで待っていたんです」

 これもまた、嘘ではない。ノノもうんうんと頷いている。ピピだけは首をかしげていた。

 『王子様』っぽい人は信じたようで、沈痛な表情だ。

「そんなことが……さぞ恐ろしい目に遭ったんだろうね」

「はい! 恐かったです」

 今度頷いたのはノノだ。彼女もすっかり目がハートマークを描いている。これほどの美形男性を目の前にしたら、夢見る乙女としては無理もない反応なのかもしれない。ましてノノはさきほど恐い目にあったばかりだ。それもまた嘘ではない。

 野盗に捕らわれ、恐かったのは事実なのだから。

 きょとんとしているのは色恋沙汰に劇的にうといピピだけである。

「ここで野宿を? 女性だけで? それはいけない! 人里まで送ろう」

 真剣な瞳で彼女たちを送ると告げてから、自分たちが怪しい人物ではないことを証明するためなのか、彼らは自己紹介をしてきた。

「私はレングス。レングス・ニタ・リュングリング。リュングリング国の第二王子だ。こちらは私の供であり護衛である牙煉(ガレン)・ルグという」

 一歩後ろに下がっていた青年が、少女たちに軽く頭を下げる。彼にもかまわず雪白はもう有頂天だ。

 目の前に探していた王子様が現れたのである。夢でも幻でもない、本物が。

 しかも、想像通りの美形! 白馬に乗っても文句なし!!

「私も多少剣に覚えはある。この牙煉は私より凄腕だ。なんの心配も要らない。私たちが君たちを護るよ」

 穏やかに笑いかけられて、雪白とノノはうっとりしている。想像通りの優しく、頼りになる美形の王子様なのだ。これでうっとりしない娘がいたらよほど世慣れしているか、変人のどちらかだろう。

 そして、変人の第一候補に上げられそうな娘が、雪白の手をつついた。

「雪白ちゃん、王子さま?」

「そうよ。今おっしゃったの、聞いてたでしょ」

「そう。王子さまなんだ」

「そうよ」

 頷いて、雪白は全くうっとりしていないピピに目を向けた。

「いい? ピピ。邪魔しないでよ?」

「邪魔? なんの?」

「あたしと王子様の邪魔。あたしはこれからレングス王子様のお妃になるんだから」

 ピピは首をかしげている。分かっていないようなので、雪白は幼馴染みに耳打ちした。

「あたしの計画は話したでしょ? あたしの可愛さに王子様が惚れ込んでプロポーズしてくるのよ」

 計画というよりは妄想なのだが、いつもはまともな雪白本人が、色恋沙汰に関しては暴走しているようなものなので、気がつきようがないのだった。

「ええと、雪白ちゃん?」

「だから、邪魔しちゃダメ。いい?」

「……うぅん〜……うん」


天然と暴走のコンビ。

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