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おかしな二人  作者: マオ
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四・魔王と勇者と妖精と・4

 眠気を訴えるピピに、レングスがにやりと微笑んだ。

「ねぇ、ピピさん。人間は嫌いだろう?」

 毒を吹き込むように。

「人間のせいで貴女たちハーツイーズは魔王にされたんだ。人間から嫌われているんだよ。人間なんて嫌いだよね?」

 悪意を植えつけるように、今はそれぞれの末裔しか知らない謂れを言ってのける。

「だから、変わろうよ。私のようにチェンジリングで世界を変えてやろう?」

「ちょっと、なに変なことピピに吹き込もうとしてるのよ!」

 遮ろうと雪白は声を上げた。ハーツイーズは勇気ある人々だ。たとえ同じ人間たちから迫害されようとも、世界を護ることを選んでいる勇気ある家系だ。今まで決して投げ出しては来なかった。コリアンダーと共に世界を護り抜いてきたのだ。

 それを、わけの分からない存在になったレングスに台無しにされるわけにはいかない。これから先、雪白とピピはお互いに伴侶を見つけて幸せになるのだ。

 今までのハーツイーズとコリアンダーのように。

「雪白さんだってそうだろう? 勇者なんてイヤなんだろう? 最初会ったとき、私に家名を名乗らなかったのはそのせいじゃないのかな?」

 確かにその通りだったので雪白は一瞬黙った。今でも『勇者』になるつもりはない。ピピを『魔王』にさせるつもりがないからだ。

 壮大な『勇者と魔王』詐欺を行うつもりもない。

「確かにイヤよ。あたしは世界を騙しきる詐欺師になるつもりはないから。でもそれは世界を護らないと言うことじゃない。何もかも嫌っているわけじゃない!」

「ゆきしろちゃん、かっこいいー」

 ぱちぱちぱち。ピピが拍手した。雪白は思わず眉間にしわを寄せる。

「ピピ……あんたね、状況分かってる?」

 まだ眠そうな幼馴染みに訊き返す。代々の詐欺共犯者はにょほんと笑った。

「うん。ちぇんじりんぐさせないし、しないよ」

 ピピはレングスを見上げた。とろんとした瞳のまま、告げる。

「だいたい、ちぇんじりんぐって、あかんぼうのころじゃないとできないでしょ」

「! あんたチェンジリングって何のことだか知ってるの!?」

「しってるー。せかいのはてからとびだしたようせいがもどってこれるゆいいつのしゅだんだよ。おじいさまがいってたー」

 舌足らずな幼児のような話し方で、寝ぼけたピピは説明してくれた。

 『チェンジリングは、世界から追い出された妖精が戻ってこれる、唯一の手段』だと。

「なんでそんなことまで知ってるの、あのじーさま……」

 前々代の魔王は、魔物のことだけではなくそんなことにまで詳しかったらしい。

「なんかね、おとうさまがちぇんじりんぐされそうだったんだってー、されてたら、いまごろはわたしうまれてなかったぞってわらってたー」

 にょへーっととんでもない事実を言い出す幼馴染みに、雪白は目を丸くする。幼馴染みの父親、前魔王がチェンジリングの的になったというのか。

「ちょっと待って! おじさま、チェンジリングされそうになってたの!? どんな儀式なのよ一体!?」

「儀式じゃないよ? すり替えなの、魂の入れ替えなんだって。だから『取替えっ子(チェンジリング)』って言うんだよ」

 目が覚めてきたのか、ピピの声はさっきより活舌かつぜつがよくなった。はっきりと喋るようになったからといって、物騒な内容に変わりはない。

「入れ替え……魂の!?」

「うん。妖精たちも還りたいんだって。でもそのままでは還って来れないから、人間の子供と魂を交換しないとならないの。赤ん坊と魂を入れ替えて、それからゆっくり体を妖精に変えていくんだって。だから」

 レングスを指差し、ピピは断言する。

「あのひとはね、雪白ちゃんの王子さまじゃなくて、妖精のひとりだよ。王子さまはずっと昔に妖精に魂を取られちゃって、いなくなったんだ。妖精の羽根を持っているってことは、『取替えっ子』されちゃったってことだもん」

 すでに『レングス王子』当人ではなく、ここにいるのはほかの存在――妖精。

 レングス王子その人が妖精になってしまったのではなく、魂を取り替えられ、その上、体まで変えられてしまったのだと。

 生まれたときはレングス王子だった。しかし、ここにいるのは本人ではないのだ。

「じゃあ、王子様は……魂は!?」

「分かんない。取り替えられた人間の魂を、妖精が大事にするとは思えないって、おじいさまは言ってたけど……」

 残酷な現実だ。王子だと思っていたその人が、すでに別の存在でいるとは。誰も何も知らないまま、王子だと思って敬い、育てていったのだ。

 育った果てに魔王崇拝者になったのはちょっとどうかと思うが。

「でも、あたしのおかげで目覚めることができたよって言われたんだけど」

「なんで?」

「わかんない……殴ったから?」

 きょとんとするピピに、雪白は心から分からないといった心細げな表情で言い返す。

「……雪白ちゃん、王子さま叩いただけだよね?」

 昨夜の行動を思い返してみる。王子に触れたのは殴りつけた一瞬だけだ。

「うん」

「それかなぁ」

「なんでっ!?」

「雪白ちゃん、ハウルディア持ってるってことは、見た?」

「え、う、うん」

 過去の血の記憶のことだろう。確かに継承したので見た。

「じゃあ、『種』のことも聞いたよね?」

 ハーツイーズとコリアンダーに超人的な力を与えている『アークライトの種』。雪白には怪力を、ピピには尋常で無い魔力を与えている種の力。

「うん」

「それじゃないかなぁ。種の力に一瞬だけど触れたから、ちょっと妖精としての覚醒が早くなったのかも。でも雪白ちゃんのせいじゃないよ。どっちにしろ、そこまで来ていたのなら、種に触ったとか関係なく妖精として覚醒していただろうから」

 雪白に責任はないと幼馴染みは断言した。

 レングスの体を奪い取った妖精は、遠からず人間の皮を破り捨てていただろうと。頭上で聞いていたレングスは楽しそうに笑いだした。

「はは、ピピさんは賢いね。雪白さんとは大違いだな。それとも種の力なのかな?」

 またもや馬鹿扱いされて雪白はムッとした。昨夜はこんな物言いをする人ではなかったのに、妖精というのはこんなに腹の立つ種族なのか。

 それは世界から弾き出されて当然かもしれない。大体王からして、世界創生の魔王と女神に反発したひねくれものだったのだから。

「そこまで分かっているのなら、チェンジリングはしてもらえないかな」

 さほど残念そうでもなく、レングスは笑っている。

「眠っている間にしてしまおうかと思っていたんだけど、ね」

 彼はまだピピを見ている。諦めている様子はなさそうだった。雪白はピピに駆け寄り、彼女を背にかばうように立った。ピピを妖精に変えられるなど冗談でも嫌だ。

「これじゃ、無理そうかな」

 雪白の態度を見てレングスは楽しそうに笑っている。そこに危機感は見受けられない。

 絶対的な自信があるようだった。妖精としてなのか、ほかの理由なのか、はたまた単純に楽しんでいるだけなのか。判断できない雪白の背中で、ピピはぴしりと拒否をした。

「しないよ。大体『取替えっ子』って赤ちゃん相手じゃないとできないでしょ。無垢で抵抗を知らない魂じゃないと『糸』が繋がらないから交換できないって、おじいさまが教えてくれたもの」

 ピピのじーさまってナニモノ。雪白はレングスに剣を向けながら心の底から不思議に思った。魔族ですら知らないことを知っているピピの祖父。ある意味魔族より恐いかもしれない。普段はにこにこしていて孫馬鹿なおじいちゃんにしか見えないのに、実は相当の知識を持っているようだ。

「さすがハーツイーズの末裔、かな? チェンジリングのことまで知っているなんて。でも、これまでは知らなかったみたいだね――」

 レングスの言葉尻に重なって、ピピと雪白の足元にオレンジの光が広がった。

「――瀕死の相手とも、チェンジリングは可能なんだよ?」

 激しい音を立てて、魔力が、爆裂した。

 衝撃。視界が急激に回ったような気がした。


 雪白はハウルディアをしっかりと手にしたまま地面にへたり込んでいた。自分の横には似たような体勢でゲイボルグを抱きかかえているピピが転んでいる。彼女たちには怪我ひとつなかった。人間の反応速度以上で動き、彼女らをレングスの企てから護ったのは。

「……牙煉……?」

 黒と赤銅の魔族が、さっきまで雪白たちが立っていたところに立っている。

「コリ、アンダー」

 うつむいたまま、彼は雪白に声をかけてきた。

「ハーツイーズ、様を、頼む、ぞ。友人、なのだろう……?」

 切れ切れの声に、彼が受けたダメージを思い知る。今の一撃だけでなく、彼は最初にレングスの攻撃を受けている。かなりの深いダメージを。

「護ってくれ、そして……」

 チリと化し、滅びていく魔族は最後の最後に、こう言った。

「お前も、死ぬな」

 ぼさりと音を立てて崩れる瞬間の、言葉。確かに彼は笑っていた。それは友に向けるかのような笑顔だった。太古に人間が魔族と共に居た頃に、彼らとも分かり合えていたという証のように。

「牙煉ちゃ……」

 ピピが手を伸ばすが、すでに遅い。彼は滅びてしまった。魔族たちに『死』は存在しない。 彼らにあるのは『滅び』だけだ。生まれ変わることもなく、再び復活することもない。一度滅びたものは甦ることがない。だからこそ『復活を繰り返す魔王ハーツイーズ』が恐れられているのだ。一般の人はハーツイーズを人間だと知らないから。

 魔族の王だと思っているからだ。

 しかし、ピピ・ハーツイーズは人間で、そして雪白もまた人間だった。

 そうして、人間は人間でないものの死でも、悼むことができる生き物だ。

 まして、それがついさっきお互いを理解できると実感した相手ならば。

「あーあ、邪魔された。まぁいい。邪魔者が始末できたということで、改めて貴女たちにはチェンジリングをしてもらおう」

 妖精に体も魂も取り替えられてしまったレングスは、ケタケタと笑った。人間でない彼は牙煉の死を悼むこともない。昨夜まで契約を交わしていた相手だというのに、何の感慨も持っていないようだった。

 『レングス王子』という存在はすでにない。王子は赤子の頃に妖精の手によって世界から消え失せた。

 雪白はそれを痛感した。ここに居るのは、妖精だ。


 世界の、敵だ。


「さぁ、チェンジリングだ。貴女たちのように潜在能力(キャパシティ)の大きい種の継承者をチェンジリングしてしまえば、我らの王アジョワン様を呼び戻せるかもしれないからね!!」

 オレンジ色の光が、少女二人の足元に花開いた。

「……雪白ちゃん」

 どん!

 ピピが、ゲイボルグの柄尻つかじりを地面に突き立てた。彼女が注いだ魔力に、オレンジ色の花光は見る間に霧散する。


 ハーツイーズは魔王――魔力の王。


「……分かってるわ、ピピ」

 雪白は応えてハウルディアを握りなおす。騎士が誓いを立てるかのように、まっすぐに。


 コリアンダーは勇者――世界の希望。


 雪白は頭上のレングスを見上げた。自分はまだ上手にハウルディアを扱えない。魔力の宿る光を飛ばすことはできたが、かわされてしまえばそれまでだ。空中にいる『彼』と戦うには、『彼』を引き摺り下ろす必要がある。

「行くよ」

「うん」


 そして――二つの家系は遥かな過去からの盟友。


 雪白が地面を蹴った。とても『彼』に届く距離ではない。『彼』は笑った。隙を突く攻撃は無効化されたが、こちらは宙を飛んでいる。まだ未熟な種の後継者にしてやられるとは思えないのだろう。

 聖剣の力も上手に扱えない少女など、敵ではない、と。

 『彼』がこちらを舐めていることなど、雪白は百も承知だった。しかし、『彼』は失念していることも雪白は知っている。

 先ほどまでは戦えるのは雪白だけだった。瀕死の牙煉はかわいそうだが物の数には入れられなかった。

 しかし。

 ピピが、雪白の背後でゲイボルグを掲げる。少女魔王の手の中で、魔槍は主の意に添い咆哮をあげる。

「炎を! 雷を! 吹雪を! 嵐を!」

 小難しい詠唱など必要ない。彼女の声自体に魔力が集う。四種の力が一斉に『彼』の羽を撃ち抜いた。

「!?」

 『彼』の体が傾ぐ。妖精は魔力で空を飛んでいると、血の記憶は伝えていた。同じか、より以上の魔力でなら、彼らの羽を消滅させることができる。飛ぶ力を奪うことができるのだ。それが『魔王ハーツイーズ』の力ならば、なんの文句もないくらいに圧倒的に奪うことができる。

 『彼』は舐めていた。ピピの力を、雪白の力を。

 年端のいかない少女でも、彼女らは確かに妖精を世界から追い払った者たちの末裔なのだ。

 静かな怒りを湛えた瞳で向かってくる少女に、『彼』はあわてて腰にしていた剣を抜いた。まだレングス王子の皮を被っていたころの物。おそらくは高価な品なのだろう。抜かれた刀身は磨かれており、手入れも行き届いているようだった。

 振るわれたハウルディアを、『彼』はかろうじて剣で受けた。ぎしっと音を立てる二種の剣。

 人間の手で作られたもので、女神の創り出した聖剣を受け止めようと思うのは、甘い。まして聖剣を振るっているのは、種の継承者――勇者コリアンダーなのだから。

 止まった時間は、ほんの一瞬だけだった。

 ギッ。擦れるような音を立て、『彼』が手にした剣は半ばほどから切り飛ばされた。

「ひわっ」

 情けない声を上げ、『彼』が転ぶ。根本的に妖精も魔族と同じように魔力が必要なのだ。羽根を介した魔力がなくては飛ぶこともできず、力や体力では人間に敵わない。

 魔力がなくとも存在はできるところが魔族とは違うが、特殊な能力は何も使えなくなる。

種の継承者は血の記憶の中でそれを知った。知っている。

 雪白の目の前で転んだ『彼』には人間の赤子ほどの腕力、体力しかないのだ。空を飛べない妖精に、できることは本当に少ない。

「わ、分かったよ。雪白さん。貴女をチェンジリングはしない。私たちはルバーブに戻ってきたいだけなんだ。生まれた世界に戻って来たい。それだけは本当なんだよ。それくらいは許してくれないかな」

 両手を上げて、『彼』はそんなことを言ってきた。雪白は剣先を『彼』に向けたままどう反応していいのか分からずにいる。確かに生まれた世界に戻って来たいと思うのは無理のないことだろう。世界から弾き出されるという辛さは、雪白にも分からない、想像を絶する苦しみなのかもしれない。世界から遠く離れたところで、もと居た場所に戻りたいと思うのは当然かもしれない。

 雪白の剣先に宿った惑いを感じ取ったのか『彼』は一気にまくし立てた。

「分かるだろう? 何もないんだよ、あそこは! 気が狂いそうになるんだ。世界は美しいとあそこに行ってはっきり分かったんだ。還りたいだけなんだよ、私たちは! 分かるだろう、分かってくれるだろう!?」

「分からないよ」

 固く答えたのはピピだった。

「ピピ……」

「雪白ちゃんは優しいから。かわいそうだと思っちゃうんだけど、わたしは思わないから」

 一刀両断するかのように、幼馴染みは言い切る。

「だって、あなたたちが還ってくるために誰かが犠牲になるんだよ。人間の赤ちゃんが……その家族が」

 雪白はハッとした。『取替えっ子』――チェンジリングしなければ妖精はこの世界に戻ってこられない。取替えられる存在がいるのだ。妖精の犠牲になる赤ん坊がいるのだ。

 我が子が取り替えられたことにすら気付けない家族も、いるのだ。

 レングス王子のいた、リュングリングの王家のように。

「そもそも、あなたたちが世界から追い出されたのは、アジョワンがアークライトの灯を独り占めしようとしたからじゃない。アークライトの灯を壊したのもアジョワンで、魔王カトルエピスを滅ぼしたのもアジョワン。対の存在を失って、女神カラミンサがどれだけ悲しんだか、知っている? どれだけ嘆いたか、分かる? わたしは知ってるよ、分かってる。だから」

 ピピは、言い切る。

「わたしは妖精が還ってくる事を認めないよ。少なくとも、あなたたちが誰かに犠牲を強いるような還り方を考えているうちは」

 他者を虐げ、犠牲にするような還り方をする存在でいるうちは、世界に還ることを認められないと、幼馴染みは言い切った。

 その通りだと、雪白も思った。

 やっぱりピピは、強い。雪白よりも早くゲイボルグを継いだだけのことはある。自分の幼馴染みは、強い。強くて、優しい。

 そして、そんな彼女と友人であることを誇れる。


のほほん天然おぽけ魔王は、実は、はっきりとした信念の持ち主なのです。

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