四・魔王と勇者と妖精と・1
「みんなあんたらも悪いのよ!!」
継承の記憶から現実世界に戻った雪白の第一声が、それだった。しっかりとハウルディアを握り締めて、消えつつある牙煉に剣先を向け、彼女は思い切り叫ぶ。
「もうちょっとこっちの都合も考えて行動しなさいよね!!」
「そっちの都合など知ったことか!」
牙煉が言い返してくる。魔王扱いされたハーツイーズの家系、その継承者はまだ目覚めない。過保護な魔族の腕の中でお休み中だ。しかし、その姿は徐々に引き戻されていた。
雪白がハウルディアの力を振るっているのだ。剣先を向けるだけで魔族の力を封じてしまうあたり、さすがに神の創った聖剣と言えよう。
空間移動しようとしてもできず、牙煉は顔を歪めた。雪白が聖剣を継承したことを感じ取ったのだ。
「き、さま……ハウルディアを!」
「そうよ、継承したわよ。今この一瞬で、あたしはこの剣の主になったわよ。なりたくなかったけどね!!」
「ならば、貴様はこの瞬間から魔王様の友ではなく、敵だ!!」
再び牙煉の魔力が青い光となって雪白を襲う。
少女は迷わなかった。恐れもなかった。
「違うわ。あたしはピピの友達よ。何があっても」
ハウルディアを真横に振るい、牙煉の魔力を薙ぎ払う。ハウルディアの力を何処まで引き出せるかはまだ雪白にも分からない。それはこれから雪白自身がハウルディアと触れ合って自覚することだからだ。相棒として信頼を培わなくてはならない。ピピとゲイボルグのように。
しかし、不十分なものでもハウルディアの持つ力は強力で、牙煉程度に苦戦するとは思えなかった。
「ピピを離して。アンタと戦う気はないのよ。アンタはピピを護りたいだけだもん。あたしだってそうだから、あたしたちは敵じゃない」
「戯言を……っ」
悔しそうに牙煉が呻く。ハウルディアに敵わないと自覚しているのだ。雪白自身と戦うのであれば負けないくらいの自信はあるのだろう。しかし、そこに女神の作り出した聖剣の力が上乗せされると、牙煉程度の魔族ではどうしようもない。
魔王の持つゲイボルグと同等の力を持った武器である。端役の魔族程度で相手になるシロモノではないのだから。
雪白は牙煉を逃がさないように全神経を集中している。彼を逃せば、ピピは今までのハーツイーズと同じ道を歩みかねない。
「というか、いい加減起きてくれないかなぁ、ピピ……無理か。薬盛られたんだもんね」
即効性の薬物のようだったが、そんな簡単に目覚めるようなものを魔王に盛ったりするわけもないだろう。
ちらりと手に握ったハウルディアを見る。これが解毒の魔法でも使えればいいのだが、そこまでの力を持つかどうかすらも見当がつかない。継承しただけでは使い手とは呼べないのだと痛感した。
ハウルディアが手の中で唸りをあげる。それは宣言に聞こえた。雪白が継承をしたこと、それによって種の継承者であると自覚したこと。世界を護るためにお互いを護らなければならないことも。
ピピの傍らで、ゲイボルグが唸りを返した。雪白に内容までは理解できなかったが、魔槍は彼女に対する怒りを解いたようだった。
要するに自覚しろと言いたかっただけのようだ。コリアンダーの末裔が死ねば、ハーツイーズの末裔も生きる意味を失う。世界すら存在の意味を消失するのだから。
人間の肩に乗せられた世界の存亡。いまや華奢な少女たちの肩に乗っている。
冗談じゃないと言うのは簡単だった。否定して生きていくのも簡単だった。
否定すれば、待っているのは滅亡だ。己だけでなく、世界そのものの。
雪白はハウルディアを握りなおす。否定はしない。今までの先祖たちの努力を見たからだ。血を繋ぎ、子孫にかかる負担を心配しながらもそれでも、世界を護ろうとしたからだ。
いい加減だと思っていた祖父や父も、世界を護ろうとしていた。
冗談じゃないとは、思う。『勇者』になるのは、それでもイヤだと感じる。
でも、否定はしない。生きていくために努力をしよう。幸せになるために生きていこう。ひとりではなく、皆で。ついでに世界を護ってあげよう。雪白とピピが幸せになることが、世界を護ることに繋がるのだから。
「さぁ、ピピを返して! あたしたちは素敵な男の人と幸せな結婚をして、可愛い子供を産んで、すんごく可愛い孫の顔まで見なきゃならないんだから!!」
言っていることは小さな幸せを護ることかもしれないが、小さな幸せを護ることができなくてどうして世界を護れるだろう。
これは犠牲ではない。彼女らが自覚して望んでやることだから。
幸せになるために。
生きていくために。
「ゲイボルグ! ピピを起こして。できないのなら牙煉から離して。あたしは牙煉と戦いたくないのよ。ピピを護るためにアンタが呼び出したんだから、傷つけたくないし」
どうしても、雪白は牙煉を敵とは思えない。ピピを護るために必死になっているからだ。
だが、彼女を護るために何をしてもいいと言うわけではないと、魔族たちには理解して欲しい。代々のハーツイーズが人間の間で孤立したのは魔族たちのせいなのだから。
だから、雪白はもう一度叫んだ。
「護りたいならピピの都合も考えて! アンタたちが過剰に反応したから、ハーツイーズが魔王と呼ばれるようになったのよ? 本当の魔王はハーツイーズじゃない! 女神カラミンサと一緒に世界を創った魔力の王、カトルエピスなんだから!!」
言うと牙煉はいぶかしげな表情を作った。記憶の中で教えられたことだが、魔族たちも人間と同じように世界の成り立ちを忘れてしまっているのか。
それとも牙煉は若い魔族で、単に知らないだけなのか。
知らないからと彼を責めることもできなかった。雪白自身も知らなかったからである。おそらくは人間たちのほとんどが知らないことだ。神話にも残らなかった魔王の名。
その存在は書き換えられ、現在では魔王といえばハーツイーズだ。魔族たちの間でもそうなのかもしれない。そう簡単には代替わりしない魔族の間でも、これだけの時間がすぎれば事実も曲がるのか。
「カトルエピス? 何のことだ。ヘタな嘘をつけば騙せると思っているのか」
黒と赤銅の魔族はやはり理解できないと言いたげだ。頭から雪白の言うことをデタラメだと思っている。これは話をするのは難しそうだ。せめてピピが起きていてくれれば、もう少し穏やかに話ができただろうに。
牙煉のほうが殺気立っているので、落ち着いてもらわないとどうしようもない。
「嘘じゃないわ。今ハウルディアに見せてもらったから。ピピだって同じものを見ているはずよ。ゲイボルグを継承したときに、ね」
雪白よりも早く魔槍を継承しているピピは、あの過去を知っているはずだ。彼女がどう受け止めたかは幼馴染みの言動を考えれば分かる。
ピピは素直に受け止めたのだろう。本当にまっすぐに素直に。
そうして『魔王』になってもかまわないと考えたのだ。今までの先祖がそうだったから、きっと雪白と共闘して世界を騙すことになるのだろうと。
おそらくは雪白を信頼してくれているから、人間に追われることになってもかまわないと。
ピピは覚悟していた。
『魔王』と呼ばれることの意味。『種』を護ると言うこと。
何も知らないで『勇者』を拒んでいた雪白を、それでも大好きな友人だと言ってくれた。
のほほん天然娘だけど、ピピは強い。
雪白よりもきっと素直に強い。そして、そんな彼女と友人で良かったとも思う。
「ピピを離して。とにかくピピを目覚めさせたいの。このままここで話をしていて、ほかの人が戻ってくるとまた大変だし」
ピピを魔王と思い込んでいる村長が、助っ人でも連れて戻ってくるかもしれない。そうなると話は余計ややこしくなる。魔族が出現したと言うだけで大騒ぎなのに、その魔族が人間を護っているなんてバレたら、今までの繰り返しだ。
ただでさえ、一部の村人がすでにピピを魔王、雪白を勇者だと誤解しているのに、先祖の二の舞はごめんである。
そのとき、ゲイボルグが吼えた。牙煉に向かって何か命じたようにも感じる。ピピを抱いた魔族は明確に動揺した。
ハーツイーズからの指示には及ばないが、『境界』から召喚されるくらいだから、ゲイボルグの指示にも抗い難い強制力があるようだ。
「何故、だ? 勇者など、この場で蹴散らしてしまえばよいではないか……」
「だから、あたしはピピの敵じゃないの。『勇者』でもないわ。だーれがあんな世界を騙す詐欺師になるもんですか。ご先祖様には悪いけどね、あたしは『勇者』になるつもりはない!」
そこまで言い切ってから、牙煉を睨みつける。
継承が終了しても、雪白は雪白(笑)