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おかしな二人  作者: マオ
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三・世界の真実・5

 『ハーツイーズ』が数人の人間と対峙たいじしていた。何代目かは分からないが、ゲイボルグを抱きかかえるように手にしているのではっきりと分かる。その『ハーツイーズ』は男性だった。気弱そうなオドオドした男性なのに、彼に向いている人間たちは殺気立っていた。

 人間たちの態度の理由は、彼の前だ。

 同じように殺気立った――魔族たちが彼の前に立っている。彼を護るように。

“『陰』ノ『種』が消失すれば『魔力』ガ失セ『魔族』タチモ存在デキナイ。同ジヨウニ『陽』ノ『種』ガ消失シテシマエバ『カラミンサ』カラノ加護ガ消エル”

 陰の種は魔力の存在を、陽の種は加護を司っているようで、双方のいずれかが消えると、世界に多大な影響を及ぼすことになる。どちらが欠けても世界は成り立たない。

 次代を残さずにうっかりと死んだりして『種』を消滅させてしまえば、とんでもないことになるのだ。それゆえにコリアンダーとハーツイーズには必ず聖剣と魔槍が守護につく。

 次代の継承者=『種の宿主』なのだから。

 なるほど、と雪白は納得する。どうりで彼女が継承する前からハウルディアがしつこく護るはずだ。

 種となってもアークライトの灯の力は強力だった。だからこそコリアンダーもハーツイーズも強力な力を持つ家系となっているのだと理解する。

 彼女の視界で魔族が人間を吹き飛ばした。背後で『ハーツイーズ』が怯えている。そのうち彼は魔族たちに止めてくださいとかなんとか言ったようだ。魔族たちが動きを止め、彼を見た。視線を向けられただけで彼は怯えて竦んでしまった。どうやら見た目だけでなく性根も気弱らしい。そんな気弱な青年に魔族を止められるわけもない。

 場面が変わる。魔族が人間を吹き飛ばす。気弱な『ハーツイーズ』には止められない。

“魔族ノ焦リノ理由ヲ、定命ノ生キ物デアル人間ハ、長イ時間ガ過ギル中デ忘レテシマイ誤解シタ”

 神話の時代から長い年月が過ぎて、いつの間にか人間と魔族の間の仲間意識は消えてしまった。

 魔族たちは自身の存続のためにハーツイーズを護る。

 人間は魔族に護られているハーツイーズを恐れる。

 やがて――ハーツイーズは魔王と呼ばれるようになった。魔族ががむしゃらに陰の種の宿主を護ろうとするせいで、ハーツイーズが魔王扱いされるようになったのだ。

 そして、人間の中で唯一、種のことを忘れないコリアンダーが、魔王と呼ばれる盟友ハーツイーズの身を危惧した。このままでは友が、いずれ子孫同士で伴侶になるはずの相手が人間に殺されてしまうと。片方でも種が消失してしまえば、いずれ世界は崩壊する。

“一旦魔王トサレテシマッタ以上、簡単ニハ払拭ふっしょくデキマイ。ナラバ、盟友めいゆうノタメニデキルコトハ?”

 命を護るために、しかし人間に無事が気付かれないようにするためには。

 何度目かの場面の転換。今度は『ハーツイーズ』と『コリアンダー』が対峙している。互いに聖剣と魔槍を手にしているものの、『ハーツイーズ』は困った表情で、『コリアンダー』は苦笑を浮かべていた。青年たちは何事かを話し合っている。内容も理解できた。

 それは雪白とピピの父や祖父が実際にやったことだからだ。

 魔王と勇者が仲良しであることを世間に知られないように、わざと暴れる。互いに死闘を繰り広げるフリをして、頃合いを見計らってハーツイーズは死んだフリ。魔王と呼ばれることを辞めるのだ。そしてコリアンダーと共に田舎に引っ込む。人間に狙われなければ魔族も過剰にハーツイーズを護ることもなく、平穏な日常を送ることができる。

 こうして、魔王は滅び、コリアンダーは勇者になったのだ。

 ハーツイーズが魔王と呼ばれ、コリアンダーが勇者と呼ばれる理由は、壮大な、自作自演ならぬ共作共演。


 つまりは世界中を相手にした、壮大な嘘。ある意味で詐欺である。


 代を重ねるごとに、ハーツイーズもコリアンダーもノリノリになっていく。どうせ魔王と呼ばれて同じ種族の人間から追われ狙われることになるのだ、命を狙われてしまうくらいだから、死んだフリをするときにはハデでなくてはならないと。

 結果、湖ができたり、山がなくなったり、した。

 雪白の瞳は半眼になったまま戻らない。先祖が詐欺師。しかも世界中を騙している。以前から知っていたこととはいえ、こうやって目の前にすると、どういう表情をしていいか分からない。

 世界中を騙している詐欺師の子孫……ゲンナリしてしまう。

 救いはハーツイーズの子孫たちが、魔王と呼ばれても決して人間を害したりはしていないと言うことだった。地形を変えるくらいのことはするが、それも天候などには影響しない程度で、被害を受けた人間は皆無。ハーツイーズを護ろうと暴走した魔族が、人間を害することはあったが、それまでハーツイーズのせいにするのは酷だろう。全ては迷走する魔族が悪いのだ。彼らを創り出したのは真の魔王・カトルエピスで、ハーツイーズではない。ついでに言えば、厄介なことをしでかしたのも妖精の王・アジョワンで、ハーツイーズとコリアンダーに責任はないのだ。

“時間ガ過ギル中デ、魔族タチモ忘レテシマッタ。『陽』ノ『種』モ在ルコトヲ”

 言葉が示すとおり、場面が変わるにつれ、魔族たちの行動と態度も変わっていった。始めはコリアンダーと共にハーツイーズを護る態度を見せていたのに、コリアンダーがハーツイーズを連れて彼らからも姿を隠すこと数十回、そのうち顔ぶれが変わっていき、やがて彼らは完全にコリアンダーを誤解した。

 魔王を連れて護るために逃げているのではなく、魔王を滅ぼす相手だと。

 ハーツイーズが人間の敵と誤解されたように、コリアンダーも魔族たちの敵だと誤解されたのだ。

 こうして、ハーツイーズは人類の敵、世界を滅ぼすもの、魔族たちの王となり、コリアンダーは魔王の敵、世界を救うもの、人間たちの希望となってしまったわけだ。自分たちの家系に関する雪白の疑問は、完全に紐解けた。

 同時に、過ぎ去る時間というやつはなんとも性質が悪いと思った。

 ハウルディアとゲイボルグが記憶を伝えてくれなかったら、コリアンダーもハーツイーズも本当に勇者で魔王になっていたかもしれない。

 何も知らなかった雪白は、ハーツイーズを本当に魔王だと思っていたのだから。

 それにしても。

 なんで親父もじーさまもこのことを黙っていたのよ!? 知っていたらもう少し行動の取りようがあったのに!!

 ふつふつと怒りを感じている雪白の視界が、何度めか、切り替わった。そこには現在のコリアンダー・雪白と、ハーツイーズ・ピピがいる。昨夜の光景らしく、雪白はノノを背負っていた。眠気覚ましにピピと家系のことで話をしていたときの光景だ。

 何故魔王で、何故勇者なのか。

 訊いた雪白に幼馴染みは、ハウルディアに触れば分かるよと教えてくれた。雪白自身が知ろうとしなければ意味はないと。

 だから、雪白の父や祖父は黙っていたのだ。娘が孫が、本人が知ろうと決心するその瞬間が訪れるまで、誰が何を言っても説明には意味がないのだと、父や祖父は知っていたのだ。

 本人に理解する意思がなければ、自覚もできないのだから。

 気がついた雪白の中から、父や祖父に対する怒りが薄れたとき、見えた。

 昨夜ピピと雪白が交わした、その、会話を。

 ――雪白の背のノノが聞いていた。目を見開いて、驚いている。

 彼女が起きていたことに初めて気がついた雪白である。聞かれていたのだ――自分たちがコリアンダーとハーツイーズだということを。

 ノノは、ピピが現在の世で魔王と呼ばれる存在であることを知ってしまった!

 今朝目覚めたとき、彼女の態度がおかしかったのはそのせいか!

 痛恨のミスだ。決して知られてはならなかったのに。

 知られた結果がどうなったのか、ハウルディアはそれも伝えてきた。これはコリアンダーの血の記憶だけでなく、ハウルディアが感じ取った記録も伝えてくる空間なのだろう。聖剣は普段、己で創り出した異空間の中にいる。いつもそこから雪白の周囲に気を配っているのだ。剣に気を使うなどという感情があるのかどうかは定かではないが。

ハ ウルディアの感知した光景――雪白とピピが眠った後、ノノは叔母に話したのだ。ピピが魔王、雪白が勇者の家系であることを。

 叔母はあわてて走り、村長に知らせた。

 魔王ハーツイーズの復活、存在を。

 知った人間たちがどういう行動を起こすか。今までの血の記憶を見た雪白には充分に理解できた。

 何も知らずにピピが目を覚ます。隣のベッドに眠っている雪白を起こさないように身支度をして室内に出て行く。

 ぎこちないノノに挨拶を交わして、叔母が出してくれたお茶に口をつけ――薬でも入っていたのか、幼馴染みはコトンと眠ってしまった。眠る彼女のまわりに、村長が現れる。ピピを見下ろす目が、とても怯えていた。こんな年端もいかない少女が魔王なんて、と、戸惑いながらも数人の男とピピを連れて室内から出て行く。雪白が眠っている間に、村長はピピを殺そうとしていたのだ!

 ざわりと総毛立つ雪白である。何も気付かずに寝こけていた。護らなきゃいけないのに。

 世界のためだけでなく、自分の友人だから、ピピを護ろうと思っているのに。

 幸いだったのは、茶に仕込まれた薬が毒ではなかったことか。一緒に旅をしている雪白が眠っていた同じ家の中で、ピピを害するのはさすがに気が引けたらしい。

 おかげでピピは助かったのだが、危機が去ったわけではなかった。

 また、視界が変わる。

 村の中央の家まで移送されたピピに、村の屈強な男が切れ味の鈍そうな剣先を向けた。

 買ってからしまいっぱなしだったろう少し錆びた武器。少女に向けることになるとは考えたこともなかっただろう。

 状況も分からず、すこすこ眠るピピ。その傍らに放り投げられた荷物と、ゲイボルグの包み。錆びた剣が向けられた瞬間、『種』の継承者を護るために魔槍は唸りを上げた。

 コリアンダーと同じく、魔王を護るもの――魔族の召喚を行ったのだ。

 この場に雪白がいなかったので、ゲイボルグとしてもほかに選択のしようがなかったのだろう。魔槍が力をふるっても良かったのだが、おそらく、ゲイボルグは怒ったのだ。

 魔力を支える『種』の継承者を襲う人間に対して。

 ピピの危機にちんたらしていた雪白に対して。

 そうして、現れたのは昨夜出会った牙煉だったというわけだ。

 雪白に敵意満々だった魔族。コリアンダーもまた世界を支えている『種』の継承者だと忘れてしまっている種族。

 魔族たちが己の存在を護るために『種』を護っているのは分かるのだが、あれだけ人間とは違う異種であり、しかも敵意満々で向かってこられたら抵抗するしかないだろう。

 彼らに護られているハーツイーズが愛されていると判断されたのなら、魔王と称されてもある意味で仕方がないと言える。

 確かに、愛してもいるだろう。魔力の王、カトルエピスが滅んだ現在、魔族の存在を支えているのはハーツイーズなのだ。

 呼ぶ相手も選べばいいでしょうがっ! なんでよりにもよって牙煉なのよっ!?

 雪白は脳内で叫んだ。牙煉のことを思い出すと、あのしょうもない王子、レングスのことまで思い出して気分が悪い。

 とにかく現世に戻ってピピを牙煉の手から取り戻さないといけない。このままでは過去の『ハーツイーズ』たちの二の舞だ。ピピも魔王にされてしまう。

 周りの人間が彼女を魔王にしてしまう。そして雪白を勇者に仕立て上げてしまうだろう。

 それだけは、イヤ! むっきむきの筋肉女になるのだけはいやっ!

 まだ雪白の印象は『勇者=ムキムキ』だった。幼少の頃から植えつけられた印象というものはなかなか拭いきれるものではない。いや、それ以上に過去の記憶を見たことが余計に危機感をあおる。

 『勇者と魔王』=『世界中を騙しきっている詐欺師』……その血筋に生まれたことを心底から後悔した。たとえ世界を護るためとはいえ、もう少し他にやりようがなかったのか。

 『種』を護るために騙しきった度胸には感心するが、真似はしたくない。心の底からしたくない。

 やはり『勇者』になるのはごめんだ。そしてピピを『魔王』にするのもまっぴらごめんだ。

 要は彼女が、魔族に護られる存在であるということさえ人間にばれなければいい。同じ人間に追われる羽目になったのは、『種』を護る=自分たちの存在を護ることにやっきになった、魔族の暴走が招いたことなのだ。

 彼らがもっと穏便にハーツイーズを護ってくれていれば、ハーツイーズもコリアンダーも詐欺師にならずに済んだのである。

 貧乏くじを引いたとも言えよう。

 何せアジョワンと戦ったときに『種』を宿すことになったのも貧乏くじだ。本当ならば世の男性がアジョワンと戦うはずだった。しかし、彼らはアジョワンの配下の妖精たちの妨害に遭い、妖精の王のもとまで辿りつけなかったのだ。そして辿りついたのは聖剣と魔槍を手にしていた女性二人だった。

 ご先祖様、本当に貧乏くじだわ。

 心底から思った雪白である。その後、ご先祖様はちゃんと結婚して子孫を残している。聖剣と魔槍の主、そして世界の平穏を保つ『種』の持ち主でも、しっかりと理解してくれる伴侶を得ていた。その後の子孫たちも、ちゃんとハーツイーズとコリアンダーの役割を理解してくれている伴侶を見つけていた。

 雪白の祖父母や両親も例に洩れない。魔王とか勇者とか『種の後継者』と分かっていても結婚したいと思ってくれる相手を見つけている。

 そこだけは見習いたい。

 と、いうわけで。

 雪白は初代の『コリアンダー』を見つめた。

 最初のきっかけを作り出したであろう、貧乏くじを引いた女性に。

 あたしは勇者よりもふつうのお嫁さんを目指します。でも、ちゃんといい男みつけて幸せな結婚もします。玉の輿目指しますので!!

 そして、ピピも魔王にはしません。普通の女の子でいさせます!

 そんであたしたちの子供たちを結婚させて、『種』を『アークライトの灯』に戻して見せます!!

 と、握りこぶしを作って見せた。

 だから、現実に戻って牙煉からピピを連れ戻します。魔族と一緒にいたら、あの子、今までのハーツイーズのように魔王にされてしまうから。

 あくまでも、普通の女の子として。

 『コリアンダー』は微笑んだ。淡く、優しく、頑張りなさいと言うように。叱るのではなく、導くように。

 彼女の姿がぼやけ、『血の記憶』が薄れていく。現実に戻るのだと理解できた。今までのコリアンダーの記憶だけではなく、ハウルディアが見、感じ取り、蓄積された歴史。継承者が知るべきもの。

 けれど雪白は勇者になるつもりはない。それだけは今まで通りだ。

 ハウルディアを継承することは決心した。ピピを護るために使わせてもらう。何よりも先に、幼馴染みを魔族の手から連れ戻すのだ。

 白いでいく視界の中で、雪白は愕然と気がついた。


 あたし、捕らわれの姫を助け出す勇者みたいじゃない……?


 なりたいのは、断固として幸せなお嫁さんなのに!!

 これも全てはアークライトの灯を壊した妖精王アジョワンと、陰の種の継承者を過保護にかばいすぎた魔族たちのせいだ。


勇者&魔王=壮大な詐欺師。やな設定(笑)

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