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おかしな二人  作者: マオ
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三・世界の真実・4

 叫ぶ雪白の視線の先で、虹色の光が瞬いた。アークライトの灯とかいう『知っていた』光だ。そこに、ぽっとまた人影が現れた。

 カラミンサとカトルエピスのちょうど間、彼らと三角形を描くような位置に、アークライトの灯の傍らに浮いているのは、透き通った赤、青、黄色の三色の羽根を持つ人影だった。トンボのような印象の輝く羽を持つ、口ひげをたくわえた威厳ある老人だ。

()レハ『アジョワン』”

 それもまた、カトルエピスと同じように現在では聞かない名前だった。

“今ハ世界ヲ追ワレタ『妖精』ノ『王』”

 言葉を聞きながら、雪白はぞわりとした悪寒を背に感じた。アジョワンという名を、その姿を見た瞬間、言い知れぬ予感のようなものを感じたのだ。理由を、知っていると直感してもいる。

 何故ならばアジョワンはアークライトの灯を見つめているのだ。ひと時も目を離さずに、鬼気とした瞳で。

 止めなければ。止めなきゃいけない。雪白は走っていた。

 ダメ、あなたはそれに触れちゃいけない!

 手を伸ばした。羽のある老人を引きずってでもアークライトの灯から引き離そうと思った。しかし、雪白の手はアジョワンをすり抜けたのだ。彼女は顔をしかめる。視線の先にいた『コリアンダー』が顔をしかめた雪白を見て、悲しげに首を振ったのが見えた。それでようやく実感することができた。

 これは、『記憶』なのだ。遥かな過去にあった、事実。

 昔の出来事。だから触れられないし、止められない。

 アジョワンをアークライトの灯に近付けたくない理由を知っているのは、『記憶』していたからだろう。

 これは、この世界は、コリアンダーの血を引く者の中に、眠っている記憶。ハウルディアはそれを引き出すのだ。

 おそらくは、ゲイボルグを継ぐときもそうなのだろう。同じものを見るかどうかまでは分からないが。

 雪白はアジョワンを見た。老人の姿の妖精の王は、アークライトの灯を掴んでしまった。そうして、彼は魔王カトルエピスを見た。

 世界創生の一柱。

 女神カラミンサの片割れ。

 魔力の王。

 妖精の王の視線は、カトルエピスを射抜く。そこには、揺るぎない自信があった。同時に、欲と打算も存在している。アジョワンが何を考えているのか、雪白は『知っていた』。これから妖精の王が何をするのかも。

 目を閉じたかった。

“『アークライトの灯』ハ世界ニ魔力ヲ注グモノ。魔力ノ(イシズエ)。『カトルエピス』ト『カラミンサ』ノ双方ノ力ヲ得テ創ラレタモノ。多大ナ『力』ノ固マリ……”

 アークライトの灯がどういう代物なのか、『知っている』。

 それが創り出した魔王と女神以外の手に渡ってしまえばどうなるのかも。

 妖精の王アジョワンは、アークライトの灯に手を出した。奪い取った。己が世界を牛耳るために。

 妖精の世界を作るために。

 アジョワンは知らなかった。

 魔王が魔物の王ではなく、魔力の王であることを。

“灯ヲ手ニ、『アジョワン』ハ『カトルエピス』ニ戦イヲ挑ンダ。己ト『カラミンサ』ノ『力』ヲ込メタ『アークライトの灯』ヲ人質ニ取ラレテイタ『カトルエピス』ハ、ホトンド抵抗モデキナカッタ”

 雪白の目の前から、カトルエピスの姿が吹き飛んだ。後には狂気に似た笑みを浮かべるアジョワンと、悲しみに沈むカラミンサ。

 アジョワンの目が、カラミンサに向いた。

 ダメだ。雪白は直感する。アジョワンはカラミンサを自分のものにするつもりだ。世界を豊穣に導く女神。彼の女神なくては世界に恵みはなくなる。その恵みすらも、己のものにするつもりなのだ。全てを妖精のものに、と。

 ふざけてる、こんなの! 力ずくで女の人をどうこうするなんて絶対に間違ってるし、世界はあんた一人のものじゃないわよ!!

 アジョワンを睨みつける雪白の前に、立った人物。

 『コリアンダー』と『ハーツイーズ』だ。人間が、女神を護るようにアジョワンの前に立っている。彼女らの手にはハウルディアとゲイボルグがあった。

“『カラミンサ』ガ創リ出シタ『ハウルディア』ト『カトルエピス』ガ遺シタ『ゲイボルグ』ヲ手ニ、我ラハ『アジョワン』ト戦ッタ。”

 女神を護るために、人間は女神と魔王の作り出した武器を手に戦ったのだ。それが雪白とピピの先祖。

 彼女らの後ろには魔族もいた。いつの間にかアジョワンの背後にも羽を生やした妖精たちがいる。

 戦ったのだ。人間と魔族は協力し、己の我を通そうとする妖精たちと戦ったのだ。遥かな昔、魔族は人間の敵ではなかった。知能の低い魔物は己の置かれた環境を理解できずに、変わらず人間も妖精も襲ったが、それは仕方のないことだ。

 敵は、妖精。今は世界から消えたとされる存在。

 激しい戦いが続いた。しかし、アジョワンの手の中にはアークライトの灯がある。魔王の力を宿した、強力な力。あれをどうにかしなくては、魔王カトルエピスと同じように全てが滅ぶ。残るのは女神カラミンサと妖精だけだ。

 上手くいくと思っているのか、アジョワンの目は笑っていた。アークライトの灯を握っている限り、負けることなどありえないと分かっている。

 しかし。

“『カトルエピス』ハ、最期ニ呪イヲカケテイタ。世界ト『カラミンサ』ヲ護ルタメニ、決定的ニ『妖精』ノ負ケヲ引キ起コス呪イヲ。『アジョワン』ハ知ラナカッタ。『カトルエピス』ガ何ヲ司ッテイタノカヲ”

 魔王は魔物の王に非ず。魔力の王なり。

 アジョワンの手にあったアークライトの灯の光が、徐々に弱まっていくことに、雪白は気がついた。

“『アークライトの灯』ハ『妖精』ノ手ノ中デハ輝カナイ”

 それが、魔王カトルエピスの残した呪い。

 いかに多大な力を手中にしていたとしても、やがてその力が使えなくなれば妖精たちに勝ち目はない。

“『カトルエピス』ガ滅ビ、『アークライトの灯』ノ『力』ガ弱マッタトキ、世界ノ『魔力』ハ薄クナッタ。『魔力』ヲ自在ニハ扱エナクナル。『魔族』モ滅ビニ瀕シタガ、『妖精』モ空ヲ飛ベナクナッタ。『魔法』モ、消エタ”

 けれど、人間は魔力がなくても生きていられる。そして、魔族はアークライトの灯さえあればなんとか存在できる。だから、魔族は滅びず、妖精は。

“シカシ『アジョワン』ハ諦メナカッタ”

 雪白の視線の先で、アジョワンはアークライトの灯を憎々しげに見下ろした。その光が薄れていることの意味に気がついたのだ。

 カトルエピスの呪い。魔力が失せれば、脆弱な肉体しか持たない妖精たちは負け、世界から魔法も消える。

 血の中からの声は過去の映像を見せ続ける。

 『コリアンダー』と『ハーツイーズ』が聖剣と魔槍を手に、アジョワンと向かい合う。

 激しい戦いをかいくぐり、敵の王の元へとたどり着いたのは、魔王と女神の意思を継ぐ人間だった。どちらの女性も傷だらけで、しかし瞳には強い意思を感じる。彼女らの背には世界が乗っているのだ。くじけるわけにはいかない。世界を護るために、女神を護るために。

 妖精の王の最後の瞬間だと、思われた。もはやその手の中のアークライトの灯は、輝きを失いつつある。妖精が手にしている限り、決して光を取り戻すことのない魔力の塊。

 『ハーツイーズ』が何かを叫んだ。おそらくは覚悟とでも言ったのだろう。『コリアンダー』も剣を構えなおす。アジョワンに対抗する術はない。

 しかし、老人の目に宿る執着の狂気は消えなかった。世界は彼のものにはならない。妖精のものにはならない。それどころか、このままでは妖精は絶滅するだろう。それは王の望むこととは正反対だ。ならば。

 『ハーツイーズ』が、『コリアンダー』が聖剣を魔槍を手に、アジョワンに迫る。己に迫る女神と魔王の武器に、妖精の王はけたたましく笑ったように思える。

 どうせ滅ぶのならば、平等に滅びを。女神の加護の元にある人間は無理でも、魔王が死に、魔力が失せかけているこの世界で、道連れを作り出す方法。

 ――アジョワンが、アークライトの灯を握りつぶす。

 虹色の輝きが、小さく散った。

 この光さえなくなれば、少なくとも魔族は道連れにできる。世界から魔法も道連れにできる。

 なんてことしでかしたのよ、この馬鹿妖精王!!

 雪白は思わず叫んでいた。

 あれが、消えたら。

 叫んでから、現在魔法が消えていないことに気がついた。幼馴染みは呼吸をするように魔力を扱うではないか。

 なんで?

 雪白の疑問に、血の中からの記憶は応える。視界からアジョワンの姿が消え、落胆する二人の女性の姿。

“『アジョワン』ハ逃レタ。『アークライトの灯』ヲ破壊シタ衝撃デ、世界カラ弾キ飛バサレ、姿ヲ消シタ”

 妖精の王と妖精たちは世界から追われた。

 『境界』とも違う場所、神話にすら語られない虚空へ。それがアークライトの灯を壊した代償だったのか。あれほど世界を欲した妖精たちは、世界から遥か彼方へと追いやられてしまった。

 だから現在では妖精の存在は架空のものと思われているのだと、理解した。

 そうして、魔力は。魔法は。魔族は。

 解答は雪白のすぐ目の前にあった。

 ハウルディアとゲイボルグを手に呆然としている『コリアンダー』と『ハーツイーズ』に、変化が訪れる。

 きらめく光。弱いが確かに虹色に光る……アークライトの灯の、残り火。

 聖剣と魔槍を手にしていた女性たちに、虹色の光が降り注ぎ、彼女らの体に吸い込まれていく。彼女らは、灯が壊れたときに、妖精ではない存在で一番近くにいた。

 魔王と女神が創り出した魔力の元、その欠片は、彼女らに宿った。

“『コリアンダー』ニハ陽ノ種。『ハーツイーズ』ニハ陰ノ種。『灯』ハ『種』トナッテ我ラノ身ニ宿ッタ”

 彼女らの前に女神カラミンサが光臨する。女神は困った表情だった。彼女と魔王カトルエピスが創り出したアークライトの灯。しかしこのまま『コリアンダー』と『ハーツイーズ』の体から種を取り出しても、合一していない種は消滅してしまうだけのようだ。

 合一させるためにはカラミンサとカトルエピス、双方の力が必要で、カトルエピスが滅びてしまった以上、同じ物は二度と創り出せない。アークライトの灯が消滅してしまえば世界から魔力が消えてしまい、魔族どころか魔法も消え、カラミンサの加護の力も世界に及ばなくなってしまうと知った。最悪、世界(ルバーブ)が滅ぶ。

 どうすれば、魔力を失わずに済むのか。

 しばらく考えていた『コリアンダー』が『ハーツイーズ』の腕を引っ張った。

“宿シタノハ幸イカナ、人間デアッタ。人間ハ魔族トハ違イ、子ヲ作リ、血ヲ繋グ。血ノ繋ガリノ中デ、男女デアレバ合一サセルコトハ可能カモシレヌ”

 ……雪白は眉をひそめた。

 ええと、つまり、どういうこと?

 『分かっている答え』に、言葉での説明を求めた。

“イズレ我ラハ伴侶ヲ見ツケ、子ガデキル。『種』ハ子供等ニ継ガレルダロウ。ソノ子ラガ男女デアレバ、結ビ付ケテ『種』を合一サセテシマエバイイ”

 雪白はちょっと考えた。とても重要なことを聞いたような気がするが、言葉の伝わり方が遠回りのために、到達するまで時間がかかる。


 ……子供が男女だったら、結婚させちゃえってこと? そんでその子供が子供を作ったら、種がアークライトの灯になって復活するってこと、なの?


“然リ”


 声は応と告げる。雪白の認識は間違ってはいないようだ。

 いつか生まれる双方の子孫に、片方が男、片方が女であればその二人を結婚させ、子が生まれれば、子供の代でアークライトの種は灯となって復活することが可能だと。

“『アークライトの灯』ガ復活サエスレバ、人間ノ体カラ取リ出スコトガデキ、『カラミンサ』ノ加護ノモトデ安全ニ保管デキル。女神『カラミンサ』モソノ時ガ来ルマデ世界ヲ見守ルコトニ決メタ”

 灯さえ復活すれば世界の安全は保たれる。

 そのために、コリアンダーとハーツイーズは協力し合い、いずれ生まれる男女のために、親しい付き合いを続ける必要があった。

 だからうちのじーさまとか親父はピピのじーさまたちと仲が良いのね……。

 思わず半眼になってしまう雪白である。ピピと仲良くしなさいと言われ続けたのはこのためか。

 いつか生まれる、結ばれなくてはならない男女のために。

 ちょっと待って。雪白は首をひねる。何で今まで灯は復活していないのだろう?

 神話の時代から、これだけ長く続いたコリアンダーとハーツイーズの歴史で、男女のカップルが成立した事はないのかとも、思う。どこかの時代で男女のカップルの成立くらいはしそうなものだが。

“『コリアンダー』ト『ハーツイーズ』ハ何故カ必ズ同性同士デ生マレテクル……残念ナコトニ今マデニ異性ガ生マレタコトハナイ”

 酷く残念そうに血の中の記憶は告げる。言葉と共に映像が変わった。切り替わるたびに時代ごとの『コリアンダー』と『ハーツイーズ』の姿が見えるが、必ず同性だった。

 男が生まれれば相手の家系にも男が生まれ、女が生まれれば相手の家系にも女が生まれてくる。実際雪白とピピもそうだし、父や祖父もそうだ。言われてみれば同性同士である。

 決してお互いの間で子をなせる性別ではない。

 てことは、あたしとピピの代でもダメってことよね。女同士だから。

 雪白の代でもアークライトの灯の復活は望めないのだ。コレは次代にかけるしかない。父や祖父もそうだったのだろう。次代に望みをかけるしかないのだ。

 じゃあさっさと素敵な男の人と結婚して可愛い子供を産まないと!! ピピにも元気な子供を産んで貰わないとならないじゃない。

 そうすれば世界の崩壊は回避できる。子供には悪いかもしれないが、親友のピピの子なら良いと思うし、ピピも雪白の子供と結婚させるなら良いと思ってくれるだろう。

 うん、と頷いてから現在の状況を思い出した。

 ピピ!! 助けないと!!

 牙煉の手の中にいる幼馴染みを助け出さないと灯の復活どころの話ではないのだ。

“『魔族』モ、マタ焦ッテイル”

 言葉が継げた。

 焦っている? 眉を寄せると、また場面が変わった。


勇者と魔王、実は異性に生まれていたら婚約者として育っていたことが、発覚。

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