三・世界の真実・3
瞬く。何が起こったのか。
目の前には虹色に輝く光がある。暖かく強い力を感じた。
一体なんだろう? そう思ったときだった。
“『これ』ハ『アークライトの灯』”
頭の中に流れ込んでくる『言葉』。まるで昔から知っていたかのような勢いだ。確かに知らない言葉なのに、理解している自分がいることに、雪白は驚いた。
虹色の光の傍に、人影が見えた。
一人は女性。銀色の髪に穏やかな緑の目、肌の色は褐色の、ふくよかな女性だ。
一人は男性。金色の髪に黒い瞳、真っ白な肌をした、鋭い目つきをした男性だ。
優しげな女性は、体の輪郭に沿って、わずかに光を放っている。
逞しい男性は、体の輪郭に沿って、わずかに闇を背負っている。
“『彼の方』ハ『カラミンサ』”
“『彼の方』ハ『カトルエピス』”
片方は知っている。女神の名だ。ルバーブを守護する、豊穣の女神カラミンサ。
しかし片方の名は知らなかった。カトルエピス――初聞きなのに、知っている名前。
“『大陸ルバーブ』ヲ作リ出シタ御二人”
自分の頭の中の言葉に、雪白は絶句する。世界を作り出した二人だということは、もう一人の男性も神様か。カラミンサと微笑みあっているこの男性が。
“『彼の方』ハ魔王”
言葉が告げる。カトルエピス。男性は魔王だと。
うそ。だって魔王はハーツイーズのはず。雪白は言葉についていけずに呆然と考える。確かに自分の中にある言葉だが、思考が追いつかない。理解している言葉を、知らない。だから咄嗟に魔王はハーツイーズだと考えた。彼女の中の常識は魔王=ハーツイーズなのだから。
ハーツイーズの名を思い浮かべたとき、カラミンサとカトルエピスから少し離れたところに、ぽっと人影が現れた。
長い髪の、気の強そうな女性。
“彼女ガ『ハーツイーズ』”
はい? ハーツイーズ?
……思って見れば、どことなくピピに似た容姿かもしれない。緩くウェーブを描く髪の色などが似ている。しかしピピとは雰囲気が真逆だ。
『彼女』のほうは遥かに気が強そうである。のほんとした雪白の幼馴染みとは正反対の女性だ。年頃は二十代半ばといったところか。
知らない人なのに、雪白は理解している。『彼女』はピピ――ハーツイーズの祖だ。
ピピは間違いなく、『彼女』の血に連なる者だ、と。
ならば、コリアンダーは?
そう思ったとき、ハーツイーズの横にまたぽっと人影が現れた。
髪の短い、おとなしそうな女性だ。
“彼女ガ『コリアンダー』”
うわぁ。思わずそんな単語が頭に浮かぶ。
……自分の祖先だということはすぐに分かった。今の雪白には似ても似つかない女性だが、それでも理屈ではない何かが、事実を伝えている。
これはハウルディアの記憶なのだろうか。
では、この言葉もハウルディアの言葉なのか?それにしては自分の中にある言葉という意識がする。
カラミンサ、カトルエピス、ハーツイーズ、コリアンダー。
神と魔王と、魔王と勇者。
カラミンサは神、カトルエピスは魔王、ハーツイーズも魔王、コリアンダーは勇者……魔王が二人いるのか。
しかし、今現在までカトルエピスの存在を聞いたこともない。世界を創世したのがカラミンサとカトルエピスならば、存在くらいは伝説にでも残っていておかしくないはずなのに。
何一つ残っていない魔王。
魔王の名を関しているのは現在の世でハーツイーズのみである。
カラミンサ神とカトルエピス魔王の間に何かあったのか。ハーツイーズとコリアンダーはどうしてこの二人の間にいるのだろう。湧いた疑問に、雪白の中の言葉が応える。
“何モナイ。『カラミンサ』ト『カトルエピス』ノ間ニハ争イハ何ヒトツナカッタ”
神と魔王の間に争いは何一つなかったと。
どういうことなのか。魔王と神ならば、相容れない存在なのではないのか。
ハーツイーズが世界の敵であるように、カトルエピスも世界に生きる者全ての敵ではないのか。
“ソモ、『魔王』トハ『魔物』ノ長ニ非ズ”
言葉は否定した。魔王は敵ではないと。魔物の王とする定義そのものが違うのだと。
“『魔王』トハ『魔力』ノ『王』。『カラミンサ』ガ『世界安定・守護』ヲ司ルヨウニ、『カトルエピス』ハ『世界に満ちる魔力』ヲ司ル”
神話の話になってきた。しかし、雪白にとっては無視できない話だ。魔王は魔物の王ではない。魔力の王であると。
ならばピピ・ハーツイーズは何故に魔王なのだ? 何故に魔族に傅かれる? どうして魔族に愛される?
魔物の王でないのならば、魔族の王でもありえまい。魔物と魔族は同種なのだから。
言葉の続きを待った。説明を、自分が理解しているはずの言葉を。
“『魔王』無クテハ『魔物』ハ存在デキヌ。『魔力』ヲ命ノ源トスルガ故ニ”
……魔王がいなくては、魔族は、魔物は存在できないのだ。
だからか! 雪白は愕然とする。だからこそ魔王は世界の敵なのか!? 存在しているだけで魔物と魔族に力を与えているから!
“非ズ”
言葉は否定した。
“『魔王』ハ『世界ノ敵』ニ非ズ。ソモ『魔王』トハ『魔力』ノ『王』故”
再び同じ言葉が返る。魔王は魔力の王である、と。
雪白は眉をひそめた。意味が……分かっているのに、出てこない。あたしは答えを知っている。確かに理解しているのに、浮かんでこない。頭をかきむしりたくなった。知っているのに思い出せない感覚がもどかしくて腹が立つ。コレが分かればピピに魔王を回避させる方法が分かりそうなものなのに。
幼馴染みの笑顔が浮かんだ。何の心配もしていない、雪白を信頼しきった笑顔。
大事な親友。彼女を世界の敵にしない理由を知りたい。
魔王が敵ではないという証明を!
心の底から強く思ったとき、稲光のように答えが出た。
魔王は魔力の王。魔力を司る存在。
ならば。
……魔力の源……魔王が消えれば、魔法も消える……?
“然リ”
言葉は、応と答えた。その通りである、と。
世界中で使われている魔法。魔物から身を守るための攻撃・怪我を負ったときの回復だけではない。日常生活にも使われているのだ。
たとえば夜の街灯。
たとえばゴミの焼却。
たとえば乾季の時期に水を生み出すため。
――例を挙げればキリがない。そこまで魔法は生活に密接しているのだ。
魔王が魔力の王であるのならば、その存在は魔物だけでなく、魔法も支えていることになる。
魔王さえいなくなれば魔物は消えるだろう。しかし、その代償に世界から魔法も消え失せる。一般生活に切っても切れないくらいに密接している魔法が、消滅するのだ。
うそ……じゃあ、ピピが死んだら。
幼馴染みの身に何かがあったら、世界から魔法が消えるのだ。
うきゃあああああ!!
雪白は絶叫する。それはまずい。ひたすらまずい。世界の在り方から変わってしまうくらいの大事だ。
まずいじゃない! まずいじゃないのよ!! 早く戻らないと!! 牙煉からピピを取り戻さないと!!
何せ幼馴染みは魔族の腕の中にいたのだ。魔王に何かあったら存在が消える魔族である牙煉が、ピピにおかしなことをするとは思えないが、問題は、見た目からして魔族と一緒にいるピピが巻き込まれることだ。
何せピピは見た目人間。その彼女が魔族に大事にされていると普通の人間に見られたら。
ピピまで退治されかねないじゃない!!
ああああああっ!! 戻らないと!! 戻ってピピを助けないと!!
動揺する彼女だが、どうやったらこの空間から戻れるかが分からない。
帰して!! ピピを助けないと!!
じわじわと、魔王と勇者の存在の根底へ。