三・世界の真実・1
轟音の元は村の中心に近い家があったところだった。音の原因がなんだったのかは見た瞬間に理解できた。
焼け焦げた壁――屋根はなく、家の大半が吹き飛んでおり、残っているのは半分以下の面積だろう。一体何があったのか。
火が出ていないことを考えると、ちょっと見では魔法の暴発のようにも思えるが、こんな小さな村に魔法使いがいるだろうか。いたとしてもここまでのことはできないような気もする、実力のある魔法使いならば、普通、大きな町に出て行って修行や勉強をするからだ。
幼馴染みの魔王ならばこのくらいのことは軽いのだが、何の意味もなくこんなことをしでかすような子ではないと知っている。
周りには村の人々が集まり始めていた。皆、雪白と同じように不思議そうな表情をしている。話している言葉に耳を澄ましてみると、やはり何が起こったのか分からない様子。
この家は村長の家らしく、魔法を使えるような人は住んでいないらしいことも分かった。
では、なんだろう。雪白はぽかんと焦げた壁を見た。
「ひ、ひぃいいいい」
彼女が視線を向けた場所から、黒い人影が転がり出てきたのはそのときだった。真っ黒く焦げた人物は、地面に転がりながら見つめている人達のところまでやってきて、近くにいたおじさんに抱きついた。
「助けてくれっ!」
「あ、その声……村長?」
おじさんがいぶかしげに声を発した。どうやら焦げた人はこの村の村長さんのようだ。声からすると美形な感じではないので、雪白は駆け寄りもせず状況を見守った。夢見る乙女は美形意外には結構冷たいのだ。
「ま、まおう、まおうがっ」
「魔王蛾? 夏に飛ぶあのでっかい蛾がどうかしたのかい? 季節はずれの魔王蛾が出たってか? 追っ払えばいいじゃないか。叩いて潰すのは、宿ってる魔王の魂に呪われるから止めた方がいいよ」
「ちがうっ。まおうだっ!!」
「マオーダ? 新種の花でも見つけたのか?」
……この場で、村長の言いたいことを明確に理解しているのは雪白一人だったろう。あわてる村長の言葉を聞くなり、彼女は即座に焼けた家の裏手に回りこんだ。
何でか分からないが、ピピはこの家の中にいるのだ。
そして、この家を吹き飛ばしたのはどうやら雪白の親友らしい。何の理由もなくこんな真似をするピピではない。それははっきりと断言できる。ならばピピが力を振るう理由があるのだ。
「何があったのよ……」
呟いて雪白は走った。小さな家だ。今は壁も壊れてしまっており、侵入はなおさら簡単だ。入ろうとした瞬間、嫌なものを感じ取って雪白は後方に飛んだ。
直前まで彼女が立っていた空間に、青い光が突き刺さった。体に刺さったらきっとタダでは済まないだろう魔力を感じさせる光だ。
「誰っ!?」
ピピではない。それだけは信じている。幼馴染みが自分に攻撃を仕掛けてくることなどない。
では、誰が。声を上げた雪白に、再び青い光が飛んだ。彼女の反応速度でも対処しきれないくらいの数が、様々な角度から。
雪白は息を呑んだ。これだけの多様な角度からの攻撃はかわせない。魔法で防御しようにも、ろくな勉強をしていない雪白の魔力では防げないだろう。
――うそ、死ぬっ。
目を見開いたまま、光が自分の体を貫くのを想像した。このままこんなところでわけも分からず死ぬのか。ピピともはぐれたままなのに。
わずかな間にそこまで考えて、直後、目の前に溢れた光に目を見張った。
弾ける音がする。青い光がクリーム色の淡い光に弾かれたのが分かる。何故ならば、その淡い光を放つ物の次の主になるのが、自分だからだ。
「……ハウルディアぁ……」
がくりと膝をつきそうになった。目の前に浮かぶ聖剣に救われた。自分の意思に関わらず現れるこの剣を、今まではうっとおしいとしか思ったことはなかったが、この瞬間に初めて感謝する。
「ありがと。でもあたしはアンタの主にはならないわよっ。それよりピピはっ!? 今の誰がやったの!?」
明確に敵意を感じたあの魔力。魔法かとも思ったが、詠唱は聞こえなかった。
「……ハウルディア……こざかしいコリアンダーめ……」
唸るような声がした。聞き覚えのある声だ。頭上から聞こえてきたその声に、雪白は空を振り仰いだ。
「なんでアンタがそこにいるのよ、『境界』に還ったはずでしょ!?」
叫びながら見上げ、見つけた光景に固まった。何もない空中に浮かんでいるのは見間違いようもない魔族で、昨晩別れたはずの牙煉だ。魔族の本性のままの姿で浮いている。
ピピに命令されて『境界』に戻ったはずの牙煉がここにいるのも不思議は不思議だが、雪白にとってはどうでも良かった。問題は、牙煉が腕に寝こけているピピを抱き上げているということだろう。
いわゆる、お姫さま抱き。ピピを起こさないように気を使っていることは明らかだ。
しかし、どうしてピピが牙煉に抱っこされているのか。美形に抱き上げられているというのは羨ましいことしきりではあるが、そんな場合でもない。
「何してるのよ! ピピを離しなさい!!」
とにかく叫んだ。幼馴染みの無事は確認できたが、彼女が目を開けないことが心配だ。こんな状況なのに、ピピは眠ったままなのである。いくらなんでもおかしいだろう。それに、どうしてここにいるのかが分からない。何か珍しい生き物でも見つけて出かけたと思っていたのだが、それなら他人の家の中にいるはずがないのだ。いくらピピでも、他人の家に不法侵入してまで虫や動物を追いかけるわけがない。
「ピピ! 起きて!! どうしたの、何があったの!?」
声を張り上げる雪白にも、ピピは反応を示さない。どうも薬か魔法で眠らされているような反応だ。しかし、魔王であるピピは魔法にも耐性が高い。少々眠りの魔法をかけられたくらいでは深く眠ったりしないはずだ。牙煉が何かしたのだろうか。
魔族がピピに何かするとは考えにくいが。
すこすこ眠っているピピから事情を聞きだすことは難しいし、牙煉は雪白に答えるつもりがないように思える。
「貴様さえいなければ……コリアンダー!」
牙煉は叫び、再び青い光を放ってきた。景気良くハウルディアがびしばしと弾いていくので雪白には届きもしないのだが。
「ち、ちょっと何の話よ!? 分かるように説明してくれない!?」
「黙れ!」
牙煉は聞く耳も持たず、しかし彼の攻撃は当たらない。どうしてこんな状況になっているのか、雪白にもサッパリ分からない。ピピはお休み中。
……どうしろというのか。大体、牙煉に攻撃される理由などないはずだ。魔王と勇者は親友で、争いあう仲でもない。そのことは昨夜説明したはずで、牙煉はピピの言葉に従って『境界』に還ったのである。納得したはずだ。
コリアンダーは魔王の敵ではない、と。
ならば豹変には相応の理由があるはずだ。何かがあった――牙煉が戻った『境界』で。
魔族たちの間で、何があったのか。魔王に対する意識の変化とは思えない。牙煉のピピに対する態度は、以前と変わらず敬愛を感じさせるくらいに慎重なものだからだ。壊れ物か宝物を扱うかのようにピピを抱えていることが分かる。ならば、勇者の家系に対する認識にだけ、変化があったのか。
「……うー、なんなのよ、もう! わけも分からず攻撃されても困るって!! 何があったの!? ピピに何かしたの!? とにかくピピを離しなさい!!」
かんしゃくを起こして叫んでみた。相手は魔族で、空中におり、しかもピピを抱えているのだ。迂闊な行動はできない。
雪白に空中にいる相手を攻撃できるような特技や魔法が使えたら話は早かったが、あいにくとそんな特技は持ってない。中距離・遠距離にも攻撃方法を持っているのはピピだけで、雪白の攻撃方法はあくまでも近接近用なのである。いろんな人に――特に素敵な男性に――パワーファイターと思われたくないので、雪白自身は頑として認めない事実でもある。
非力な魔法使いを装うという策も考えたが、魔法の勉強はどうやっても眠くなるので諦めた。人には向き、不向きというものがある。
「ピピ! 起きて!!」
向いている人物を起こそうと声を上げてみても、彼女はすやすや。安らかに寝息を立てている。
役に立たない。
牙煉は攻撃を止めない。
雪白の手は空中にいる彼らに届かない。
いきなりバトル!?




