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おかしな二人  作者: マオ
11/22

二・意外な以外・5

 ジト目になってピピの背のゲイボルグを眺める。幼馴染みは気がついていないようだが、背中の包みと会話しているのは、はっきりと怪しいのだ。無機物と会話すること自体がすでに、ある意味で危険な人物とみなされておかしくない行為である。

 それがたとえ伝説の武器で、とんでもない力と、とんでもない知恵と意思を示すものでも、知らない人間から見れば『うわ、武器と話してる。へんなの、近寄らない方がいいわよね……』な人にしか見えないだろう。

 存在を信じられていない妖精に語りかけるのと同レベルで、奇人変人扱いされそうだ。

「なんで?」

 きょとんとしているピピに真実を告げるのははばかられた。ピピにとってゲイボルグやハウルディアが喋るのは至極当然のことなのである。

 天然娘は素直なのだ。

「いいの、ピピは気にしないで」

「うーん、分かった」

 雪白の言葉にも素直に頷くピピだ。彼女は疑うと言うことを知らないのではないかと、長い付き合いの雪白でさえ時々思う。

 これで魔王なのだから、世の中間違っている。

 自分が勇者の家系なのも間違っていると思う雪白だ。もっとふさわしい人物がいるだろう。たとえば、何の苦難にもめげない高尚な精神の持ち主だとか、歴戦の戦士とか、戦いが好きで好きでたまらない変人とか、無職になろうがかまわない、魔王を倒して名声を得たいと思う人とか。

 そこまで考えて、雪白はダメだわ、と、ぐったり首を落とした。

 そもそも、魔王がピピなのである。幼馴染みで、親友とも言っていい少女が魔王なのだから、彼女を討伐されると、とても悲しい。

「やっぱり隠し通さないとならないわよね……」

 自分が勇者の家系であることも、ピピが魔王であることも、全てを隠し通して普通の女の子として生きていくのだ。

 雪白は改めて決意した。

 素敵な男の人と結ばれて幸せな結婚生活を送ることを。

 ついでにピピにも素敵な相手が見つかることを。

 そして、ゲイボルグもハウルディアも永遠に封印してやるのだ。普通の女の子に仰々しい武器など必要ないのだから。

 ふにゅうと欠伸をして、雪白は背中のノノを揺すりあげた。とにもかくにも、この少女をどこかに送り届けないと次の行動に移れない。ノルンコルの貴族、次男坊にアタックをかけるためにも、少女を送り届けなくては。

 雪白の背で、ノノがわずかに身動きした。起きたのかなと思ったが、そのまま何も言ってこないので雪白はノノも眠いのだろうと判断して、声をかけるのを止めた。

「さ、ピピ、寄り道しないで進もうね」

「うん。あ、雪白ちゃん、あそこに人魂が飛んでるよ。魔物かな?」

「見ないフリしてっ!!」


 ――結局、村に着いたのは朝方になってからだった。


 ついたところはノノの住んでいた村ではなかったが、幸いにも近辺だったので、嫁に来ている叔母がいるとのこと。目覚めたノノに案内されて、雪白はピピと手を繋いでノノの叔母の家に泊めてもらうことになった。何せ小さい村なので宿のような施設も無いのだ。本来なら旅人は村長の家に泊めてもらうところだが、ノノの叔母がいるので今回はそちらに甘えさせていただくことになった。眠くて考えたくないというのもある。

 完徹で歩き通した。いくらなんでも眠い。ピピなど雪白が手を引いていないと倒れこんで眠りそうな感じだ。歩きながらも半分以上眠っている。

「ピピぃ、もうちょっとよー、頑張ってー」

「う〜ん……」

 返事というのか寝言というのか。言っている方も言われた方もぼんやりとしているのでよく分かっていない。よろよろ歩いて家にたどり着いて、ノノと叔母が何やら挨拶しているのを聞いたような気もするし、叔母さんに挨拶をしたような気もする。

 しかし、記憶は定かではない。確かに覚えているのは、案内された先にあったベッドに倒れこんだことだけだった。


          ***


 ぴよぴよちちち。鳥の鳴き声で目が覚めた。ボケた頭で窓を見る。日の高さから察して昼を少し過ぎたころかと見当をつけた。眠気が(マブタ)にこびりついている。こしこし目をこすって起き上がり、気がついた。

 ――隣のベッドに寝ていたはずのピピがいない。先に起きたのだろうか? それならば起こしていって欲しかった。何せピピから目を離すと何かが起こりそうで不安なのだ。心配しすぎかもしれないが、何せ相手はピピなのだ。心配しすぎということもないはずである。

 もっとも、昨晩ノノを背負って歩いた雪白に気を使って寝かしてくれたのかもしれない。そういう優しいところがある幼馴染みだ。

「本当に、なんでピピが後継者なのか疑問だわ」

 心底から呟いて、雪白は身支度を整えた。年頃の女の子として、ぼさぼさの頭、寝ぼけた顔で人前に出ることだけは避けたい。髪に寝癖がついていないかどうか手ぐしでチェックしてから部屋を出た。小さな農家なので、ちょっと歩いたらリビングだ。リビングにはノノと、彼女の叔母らしいおばさんが座っていた。テーブルにお茶のカップがあるところを見るとお話中だったのか。

「おはようございます〜、すみません、急に押しかけて寝室お借りしてしまって〜」

 まず先に挨拶だろうと雪白はにこやかにノノとおばさんに話しかけた。

「あ、雪白さん……おはようございます」

「おはようございます。いいんですよ、ノノがお世話になったようですから」

 ノノもおばさんも笑顔で挨拶を返すものの、どこか表情が固い。

 やっぱり迷惑だったよね、と、雪白は内心で苦笑した。イキナリ押しかけて、ほとんど挨拶もしないまま寝室を借り、熟睡してしまった。押しかけられた方から見てみれば、迷惑以外の何者でもないだろう。

 これは早く退散するに限る。向こうだって気を使うだろう。食事でも、なんて言い出される前に辞退しようと雪白は考えた。逃げるように去るにしても、とにかく御礼だけはきちんと伝えなければ。

「あの、本当にありがとうございました。ご迷惑だったでしょうが、ゆっくり眠れてとても助かりました。女の子だけだったんで野宿は恐くて」

 か弱い女の子を演じる。万が一にでも怪物を素手で撃破できると勘繰(カング)られてはいけない。あくまでもあたしはか弱い女の子。ピピもか弱い普通の女の子。押し通そうとして、はたと気付いた。

 幼馴染み兼親友、天然ボケの魔王はどこに行ったのか。てっきりノノと話でもしているものだと思っていたのだが。

「あの、あたしの連れの子、どこに行ったか知りませんか?」

 ひょっとして、また蝶でも追いかけて外に出て行ったのか。だとすると探すのはとてもとても面倒だ。ピピ自身が気付いて戻ってきてくれればいい。しかし今までの経験からしてその確率は非常に低い。

「え、あ、あの……ピピさんは、出かけられました。どこに行ったのかは……分かりません」

 おずおずとノノが教えてくれた。やはり外に出て行ったのか。雪白は頭を抱えたくなった。

「あー、そう……分かったわ。探しに行かなきゃ……絶対どこかで迷子になってるから」

 今度は何を見つけたのだろう。チョウチョか鳥か、それとも馬か牛か。虚ろにそんなことを考えながら雪白はため息をついた。全く、幼児と変わらない。

「あの、あたしピピ……連れの子を探しに行かなきゃならないんで、ろくに挨拶も片付けもしないで申し訳ないのですが、ここで失礼させていただきます、すみません。早く見つけないと、あの子どんどん迷子になっちゃうんで」

 はぐれることだけは本当に避けたい。雪白のいないところでピピが魔物に襲われてゲイボルグが発動するのを見られたら、ピピだけでは上手にごまかせないだろう。

 天然な上に素直な彼女だ、あっさりとゲイボルグのことを口にしかねない。そうなったら、ピピが魔王ハーツイーズであることがばれてしまう。

 まず第一に、魔王であることを信じてもらえないだろうとも思うけれど、それでも心配だった。ばれたとしても、ピピに危害を加えることなど並の人間にできはしないだろうが、それにしても万が一ということもある。

 心配なのはピピではなくて周りのことなのだ。

 ノノとおばさんにぺこりと頭を下げて、雪白はドアに向かった。眠たくてぼんやりしていても、出入り口くらいは覚えている。

「あ、あ、雪白さん!」

 ノノが呼び止めた。

「はい。なに? ノノちゃん」

 きょとんと振り返る。ノノは何か言いたげな、それでいて不安そうな表情で雪白を見、口を開いては閉じた。明らかに何かを伝えたい様子だ。しかし、

「ノノ、ダメよ。雪白さんは大事な用事があるのだから」

 おばさんがそう言って遮った。

「気にしないでください、雪白さん」

「え、はぁ……それじゃあね、ノノちゃん。すみません、お世話になりました」

 もう一度頭を下げて、雪白は家を出た。ノノの態度は気になったけれども、先にピピを探さなければ。

 多分にどこかで動物か虫を眺めて、のほほんとしているのだろう。あるいは天気がいいからひなたぼっこをしている可能性もある。ひなたぼっこをしてくれていると探し出すのはラクだ。日の当たる箇所を探せばいい。しかし、動物か虫だと途端に探す難易度は上がる。動物も虫も、動くのだ。対象物が動けば、ピピも動く。

 そのままどこまでも行ってしまいかねない娘である。追いかける雪白も大変なのだ。

 早く追いつかないと。少し焦って外へ出た彼女の背を、ノノがなんとも言えない表情で見送っていたことに、雪白は気がつかなかった。



「ピピーーっ、どこまで行ったのーー?」

 声を上げながら周りを見渡す。小さな村の中、幼馴染みの姿は視界内には見当たらない。これはかなりの距離を言ってしまっているような気がする雪白だ。近くにいるのなら、雪白の呼び声に返事をしてくれるピピだ。今の声にピピからの返事はないので、雪白の声が聞こえる範囲内にはいないということ。

 どこまで行ったのか、考えると気は滅入る。すぐに分かるところにいてくれるといいけど。苦笑に似た感情を抱いて、ある意味で達観している少女は足を進める。はぐれてしまったことが悔やまれた。

「あたしが起きるまで待っててくれてもいいのに」

 唇を尖らせて不満を表す。いつもなら待っていてくれるピピなのに、今日はどうして待っていてくれなかったのだろう。『雪白ちゃんといることが楽しくて嬉しいから、一緒にいるの』と言ってくれているのに。よほど珍しい生き物でも見つけたのか。

「……ユニコーンとか見つけたのかな……伝説の生き物でも見かけなかったら、ピピがあたしから離れることなんかないはずだから……でも、ユニコーンなんてこんな村の中にいるわけないし……」

 ぶつぶつ呟きながら村の中を歩いた。あれほど自分から離れないようにと何度も言っているというのに。

 魔王だと言うことが下手に知られたら、ピピは世界中から追われかねないのだ。危険な存在と思われてしまう。それが心配で言うのだ。そうなってしまったら、のんびりいい男探しの旅などできない。

 もともと素直なピピだから、雪白の心配と忠告を無視したりせずに、いつも離れないようにしていた。珍しいチョウチョを見つけた時だって、必ず雪白の手を引くのだ。そうやって引きずられていって、大抵道に迷ったりするのだから。

 ある意味世間知らずである幼馴染みには、世慣れた自分がついていなくてはいけないと思う。

 本当ならピピにも恋人ができて、その人に護ってもらうのが一番いいだろう。しかし、ピピは雪白と違って、まだ恋にも結婚にも憧れてはいない。多分精神が子供なのだ。素敵な男性と結ばれることこそ幸せだと、雪白は思っている。友情を深めるために友人と殴りあう幸せなど、断じてごめんだ。それこそ幸せなんだぞと、満面の笑顔で祖父や父親からは教え込まれたが、絶対に認めたくないし認められない。

 ごく普通に、平和に、幸せになりたいのだ。勇者などイヤだ。親友を世界の敵にもさせたくない。普通が一番だ。

「……ピピぃ、どーこー?」

 そんなことを考えながら相方を探す。姿が見えないまま村の外れまで来てしまった。ひょっとして村の外に出てしまったのか。

 いくらピピでもそれは無いと雪白は思った。一人で外に出ても何の心配もないほどの実力を持っているけれど、いたずらに友人を心配させるような真似はしない。それは断言できる。

村の中に戻り、親友の姿をもう一度探す。探しているうちに逆方向の村の外れに出てしまった。そこで初めておかしいと感じる。

 いなくなったとしか思えない。雪白を置いて村を出るわけが無いのだ。

 そんな薄情な女の子ではないと知っている。

「どこ、行ったのかしら……」

 さすがに不安になってきた。不安材料の最たるものはピピが、世界の敵、滅ぼすもの、魔王ハーツイーズであることなのだ。

 もし、バレたら。

「…………ピピーッ!!! どこーッ!?」

 声を張り上げた瞬間、村の中心から爆発音が聞こえた。

 同時に、悲鳴も。

 雪白は即座にそちらの方向に走り出していた。頭で考えるよりも先に体が動いている。

 迷いもためらいもそこにはなかった。

 いくら言葉でも態度でも否定していようと、やはり彼女はコリアンダーなのだ。


武器と話すのって、どう考えても変な人ですよね。

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