二・意外な以外・4
脱力をこらえ、ピピが魔物を吹き飛ばすのを認め、雪白は足を進めた。すっかりと夜が更けており、暗いのだが、ピピが作り出した魔力光が森の中を照らしてくれているので不便は無い。
問題は、疲れてきており、眠いと言うことだ。レングス王子に付き合ってかなりの距離を歩いたし、王子が魔王崇拝者だと分かって疲労は倍増した。座って休みたいが、座った途端に眠り込んでしまいそうなので我慢している。のしてきた連中に追いつかれたら面倒だからだ。
もっとも、早々すぐには動けないくらいには張り倒してきたので、追いかけてくることもないだろうとも思う。
「はー、早く人里にたどり着かないかなぁ……」
ため息混じりにそう呟いて、雪白は隣の幼馴染みを見、それからもう一度息をついた。
ノノを背負うのを交代してくれとは言えない。ピピにはそれほど力が無いのだ。魔力は雪白を遥かにしのぐと言うのに、腕力では遥かに劣るのである。おそらくノノを背負えばピピはくにゃりと潰れる。
旅をできるだけの基本的な体力はあるのに、筋力が無い。
先代、先々代のハーツイーズ――つまりピピの父や祖父は、それこそ化け物みたいな体力腕力筋力の持ち主なのだが、ピピ本人は腕力や筋力に劣る。多分、生まれてきたときに全部魔力の方に行ったのだ。
息ひとつで光どころか轟炎を生み出すような魔力の持ち主だが、少女一人おんぶもできない魔王である。
対する雪白のほうは、少女を背負うなんて簡単どころか大木でもなぎ倒し、熊でも素手でど突き倒せる筋力の持ち主だが、明かり作りの魔法を唱えるのがやっとな勇者。
魔力自体はそこそこにあるのに、呪文を覚えられないのである。
長ったらしい呪文を覚えることが面倒で、いつも途中で放棄するからだ。
何せ仲良く育った幼馴染みが、吐息ひとつで炎や吹雪、雷までも自在にするのに、自分はちんたら呪文を唱えなくてはならないとなったら、途中で止めたくもなるだろう。
勇者の家系ならば、そこにしか伝わらない秘儀、奥義の魔法が一つ二つはありそうなものだが、雪白は全く知らない。
祖父母や両親が教えようとはしてくれていたけれど、それも強制的にではなかったので、なら覚えなくてもいいやと思っている。
かわりにピピが覚えたようだが、勇者の家に伝わる魔法を魔王が覚えると言うのも変なことだろう。
それだけお互いの家が仲良しだということだ。魔王と勇者だというのに、奇特な関係としか言い様がない。
代々続いた互いの家系の中で、疑問に思う人はいなかったのかと雪白は思った。
普通、魔王と勇者は敵対関係にあるはず。巷ではコリアンダーとハーツイーズは、死闘を繰り広げている敵同士と信じられている。
まさしく、正しく、敵であるべき関係だろう。
だからこそ魔王であり、だからこそ勇者なのではないのか。
しかし育った環境はお互いを敵とは認識できないようなものだった。魔王と勇者がチェスをしていたり野球をしていたり、互いの妻は趣味仲間だったりして、仲が良いことこの上ない。 家族ぐるみの付き合いをしている魔王と勇者。
……どう考えてもおかしいと思う。しかし雪白は別にピピと戦いたいわけではない。仲良しならばそれでいい。しかし、ピピ・ハーツイーズが魔王であるという事実を消したい。
ハーツイーズが何故魔王なのか。何故魔族に愛されているのか。
魔王を辞めることはできないのか。
ノノの重みを感じながら、雪白は考える。普通、魔物は恐れられる存在で、魔族なんてなおさら恐怖の対象だ。
現にノノは正体をあらわした牙煉を見て失神した。一般人からすると、魔族はそれほど恐ろしいものなのだ。
しかし、ノノはピピを見て失神していない。知らなかったからともいえるが、知っていてもピピの姿を見て気絶はしないだろう。
それくらいピピは恐くないのだ。ごく普通の可愛らしい少女である。
欠伸をかみ殺して、雪白はピピに話しかけた。ノノの体温が暖かく、眠り込みそうだ。いくらなんでもこのままここで寝るのはまずい。
「ピピ」
「なぁに、雪白ちゃん」
「あのさ、なんでハーツイーズって魔王なのか、知ってる?」
とても今更な質問だと、我ながら思う。生まれたときからの付き合いなのに、こんなことも知らないと気がついた。
「どしたの、急に?」
「うん、眠気覚ましに。歩き疲れて眠いの」
正直に雪白は白状した。何か話していないと眠り込みそうなのだ。かみ殺しきれない欠伸が洩れる。
「そうだね、眠いね」
欠伸が移ったのか、ピピも小さく欠伸する。やっぱり彼女も眠いのだ。
「だから、話をしてようよ。なんでピピの家って魔王なの?」
「雪白ちゃん、知らないの?」
「知らない。親父からもじーさまからも聞いてないもん」
先代、先々代の勇者から聞いているのは、とにかく体を鍛えてピピと仲良くしなさいということだった。
魔王と勇者は仲良くなくてはいけないと。
「じゃあ、雪白ちゃんのおうち――コリアンダーがどうして勇者なのかも知らないの?」
「うん」
ピピに言われた言葉に、雪白は虚空を見上げた。考えてみれば、自分の家系がどうして勇者となったのかも知らない。これだけお互いに仲が良いのに、なぜに魔王で、なぜに勇者なのだろう?
「ピピは知ってるの?」
「うん。聞いてるから」
「む、なんで? あたしは何も聞いてないわよ?」
今代の勇者であるのに、雪白は己の家系のことも知らなかった。ただ、聖剣ハウルディアを見て育ち、いずれこれを継ぐのだと告げられていただけだ。ピピは少し考え、それから首をかしげて訊いてきた。
「雪白ちゃん、ハウルディアに触ったことある?」
「ないけど」
ピピの問いにきっぱりと言い切る。継ぐ立場になったときから、勇者の証・聖剣ハウルディアに触れたことは無かった。
筋骨隆々になりたくないからだ。二の腕に力コブがごん! とできるようになったら、乙女としては絶望的ではないか。
「えっと……じゃあ触ってみたら? きっとハウルディアが教えてくれるよ」
「じゃあ知らなくていいや」
あっさりと雪白は知ることを放棄した。筋肉女になるよりは知らない方がマシだと判断したのである。
「ピピはゲイボルグに教えてもらったってこと?」
「うん。あと、おじいさまやおとうさまにも聞いたよ? ゲイボルグに触ってからだけど」
「……ゲイボルグかハウルディアに触らないと教えてもらえないってことね?」
「そうかも」
「……勇者か魔王を継承しないと教えてもらえないってことね?」
「うーん、そうかも」
伝説の武器二種。継承者が触れれば、己の存在理由を教えてくれる意思ある武器。
「……わざわざ触らなくても、知ってるピピから聞けばいいじゃない。教えて」
なんてことはない。隣を歩いている幼馴染みはお互いが魔王と勇者である理由を知っているのだから、彼女から聞けばいいだけの話だ。ハウルディアを継承するつもりは毛先ほどもない。
「えっと」
ピピが口を開こうとした瞬間、彼女の背のゲイボルグが唸った。『言葉』を理解したのかピピは困ったように首を傾げた。
「……あのね、ズルしちゃダメだって」
「ズルぅ? 何が? ただ訊いてるだけじゃない」
うぉん。再びゲイボルグが『喋る』。
「……ダメだって」
「なんでよっ!?」
反対される理由が分からない。ゲイボルグが唸り、喋ることをピピが通訳する。
「なんかね、雪白ちゃん本人が理解しないといけないことだから、ズルしちゃダメだって」
「どういう意味、それ?」
聞いても理由が分からない。ピピに聞いて理解できればそれでいいのではないのか。雪白は包みに視線を向けたが、ゲイボルグからは何も伝わってこない。あれはピピの物なのだから、雪白に直接語りかけてくることは無いのだ。
「……ようは、あたしが自分の意思でハウルディアに触れば魔王と勇者のことが分かるってこと?」
うぉん、と、ゲイボルグが啼いた。どうやら同意を示したらしい。
「そうだって」
ピピが通訳してくれた。その様子を見て、雪白は固く心に誓う。
「あたし絶対触らない」
「え、なんで?」
「ハウルディアの言葉聞けるようになったらおしまいだと思うから」
勇者になろうとはちぃとも思っておりません。そんでもって、ふんにゃか魔王。大丈夫なのかこの二人(作者が言う)