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怪獣とロボットの競演<コンピート>  作者: ルト
第一章:GZ<すべてのはじまり>
9/20

第九話:遊びましょ

 不気味な事実だけが残った。

 衛星の監視はまだ世界中をカバーしているわけではない。

 南極という僻地を軌道に取る衛星となれば極端に少なく、俺たちの見た「空の穴」は証言中の文言に留まった。

 俺の雪虫が保持する航路記録は、度重なる衝撃のせいで、心臓発作に襲われた老航海士の海図がごとき奇怪な模様と化している。

 怪獣の死体も回収しそびれ、南極は吹雪に口を閉ざし、事の真偽を確かめる手段は永久に失われた。


 そう。

 海水面の急上昇は起こらなかったのだ。

 あれだけの規模で氷が融解したならば、島の一つや二つ水没してもおかしくはない。北極と南極の氷は、「地球のダム」でもある。

 考えられないことが起こっている。

 それを事実として知っているのは、俺たち二人に限られている――。


「またコースアウトしたっ! 勝手に横に動くなポンコツ!」


 その片割れが思索を引き裂く奇声をあげた。

 ゲーム中最高性能のスーパーカーを罵倒し、アンジェリカはモニターの前にコントローラーを放り投げる。


「こんなの全然面白くなーい!」


 そう言って投げ出した遊びが、すでに部屋中に散らかっている。


「お前なぁ、わがままもいい加減にしろよ」


 レトロゲーム、最新ゲームに体感型ゲーム、直感操作ゲームに携帯ゲーム。マンガや写真集に小説、映像メディアまで。

 すべてアンジェリカがせがんで、拓也に借りてきたものだ。

 もう拓也の部屋を何往復したか分からない。


「だって本当につまんないんだもん」


 アンジェリカは、食べ尽くした骸の残り滓を探すハイエナのようにハイハイで部屋をうろつく。

 思う。

 この片付けは全部拓也にやらせよう。

 拓也にはそれくらいの責任があるはずだ。

 というのも、過日の出撃もこの休日も、彼の謀りによるものだからだ。

 あの男は何を思ったか、俺とアンジェリカを二人にするように動いているようだった。

 拓也に促されたとはいえ、アンジェリカが休日を過ごす相手としてわざわざ俺を選んだことには、困惑する。

 澪のことが頭に浮かばなかったかと言えば嘘になる。

 しかしそれ以上に、俺は澪の何なのかという自問が大きく膨れ上がった。何様のつもりなのか。

 澪はとうに立ち直り、それ以上に躍進している。

 ある意味で、チャンスなのかもしれなかった。

 俺がいい加減に、『澪離れ』をするための。

 同期の友人、という自分の身分を自覚し直すための。


「なぁ隼人ー、他に何かないのかぁー?」


 アンジェリカが百年も生きたような退屈そうな声をあげた。


「何かって言われてもな」


 改めてアンジェリカとの休日という窮状を思い出す。

 アンジェリカは致命的なゲーム音痴だ。

 格ゲーでは俺がやる気のあるフリをするために空振りさせた技へ突っ込んできて死ぬ。

 戦闘機やロボットは言わずもがな、パーティゲームですら自ら失点を重ねて、俺がどう頑張っても負けられなかった。

 クイズは問題を読む前に回答を押し、リズムゲームは五秒でオリジナルロックビートに進化してゲームオーバー。

 レースゲームもご覧の有り様で、苦肉の策で渡したRPGはまさかのセリフ送りに飽きる始末。

 ではアナログゲームはどうだろう。


「ジェンガがあったぞ」

「おー! 初めてやるぞ!」


 アンジェリカは勢いよく箱を振り上げて、塔はあっさりと崩れた。


「……組み立てるぞ」

「えー」


 三段で飽きたアンジェリカを宥めすかしながら俺が全部もとに戻した。

 そして手番を決めるジャンケンのチョキが直撃した。

 崩壊。

 文明の黄昏と栄枯盛衰、盛者必衰の理を感じさせる最期だった。


「こんなのつまんねーよっ!」


 積み木遊びの幼稚園児がごとき蹴りで、アンジェリカはバラバラに蹴散らす。

 遊んですらいない。

 進退窮まるとはこの事だった。

 めぼしい手札は使いきったが……

 あ、トランプにしよう。

 二人で楽しいとは思えないが、箱から取り出しつつどのルールにするか考える。


「あたし切る!」

「あ、こら!」


 ぐしゃあ。ぽいっ。

「ごめん……。なぁ、他なにかない?」

「クソガキめっ」


 これで最後にしようと心に誓い、拓也の部屋へ。

 さしもの拓也もアナログゲームはあまり持っていない。双六やウノはさすがに二人じゃ楽しめないだろう。

 リバーシがあった。これにしよう。


「むむむ……てーい!」

「メンコじゃねーよ!」


 わずか三手目にしての暴挙だった。

 アンジェリカは根本的に「ゲーム」に向いていなかった。

 ゲームとは、互いにフェアに遊ぶための最低限のルールがある。が、アンジェリカはハナからルールを守る気がない。

 しかし、負けん気が強いから、なにをやっても競争したがる。

 勝ち負けを決めるためのルールを全力で蹴飛ばすものだから、問答無用で自ら負ける。


「お前なぁ、少しはルールってものを守ろうぜ。ゲームにならない」

「うぇえええええ」


 アンジェリカはすごい顔をした。


「なんだよ、遊びでまでクドクドと決まりごとに従わなきゃいけないの?」


 斬新な反論だ。

 アンジェリカはもとが奔放なところを、規律の代名詞のような軍に所属してしまったばっかりに、規律規範を義務付けられた。

 規律に対する拒絶反応が全てプライベートに来ているらしい。


「いっそママゴトか人形遊びでもするか?」

「あっはっは」


 冗談ではないのだが、アンジェリカは一笑に付して片付けた。


「じゃあ……そうだな。運動場に行って、スカッシュでもしよう。手でも足でもいい、壁に打ち返してラリーを途絶えさせたら負けだ」


 休養日だから体を動かすのは避けたがったが、もはや四の五の言ってられない。ラケット競技だが、細かいことはもういい。

 ボールを追いかけるだけなら子どもでもできる。これならアンジェリカも大丈夫。

 だがアンジェリカは嫌そうな顔で、


「それ、何が面白いんだ?」


 放言された意味がうまく汲み取れなかった。


「は?」

「壁にひたすら打つだけなんて、意味分からない。あたしはいーや。そもそも休養日だから、体動かしたくないし……あいたっ! なんでぶつんだばかっ! ばかはやと!」


 この場合俺は許されると思う。

 アンジェリカも歴とした就職年齢。さすがに本来のルールを削って無為な運動に堕した競技に楽しみを見いだせる感性はしていない……のだろう、たぶん。釈然としねぇ。

 そもそも、なんで俺が接待しなきゃならんのだ。

 アンジェリカにとっては、俺のせいで拓也に押し付けられた休日だ。

 拓也の手前、何となく義務感があったがもう馬鹿馬鹿しい。


「お前、普段は休日に何して過ごしてたんだ」


「んー」と、散らかしたものを下敷きにゴロゴロしながら、アンジェリカは声をあげた。


「そういえば、機躰の訓練しかしてなかったかなぁ。ホントは無用に機躰乗っちゃいけないんだけど、特別に許してもらってた。ほら、あたし、特殊部隊だから。むふん」

「あぁ……なるほど、納得した」


 特殊部隊のみそっかすから訓練したいと頼まれたら、それは断れないだろう。


「アンジェリカはどんな作戦に参加してたんだ? あ、もちろん話せないところはいらない」

「ウチの部隊はなんも機密とかないぞ。んーとな。世界中飛び回った。めんどくさかったのは、あれだなぁ、小型の怪獣が崖を掘って住み着いたやつ。ロッククライミングさせられてさぁ、機躰にこうワイヤつけて……いてぇ!」


 ゴロゴロしすぎて髪がパッケージに絡まった。

 首を変に曲げるアンジェリカの髪を、腕を伸ばしてほどいてやる。


「変則的な任務を手当たり次第にやってたんだな。GZ型専門じゃないのか」

「建前上は専門だけど。目撃証言にも監視衛星にも現れない相手だもん、追いかけようがない。それで、特殊な状況に対応できる精鋭部隊としてお茶を濁してきたわけだ」


 これを所属する当人が言うのだからひどい話だ。

 ふとアンジェリカが顎をあげて、首をかしげた。


「でも、一応世界中のどこにでも駆けつけられるようにって、用もなく中枢基地から離れたことはなかったんだけどなー」


 辺境の極地に飛ばされたのはやはり不思議らしい。

 そういえば、南極行きは急に決まったと話していたし、南極の馴致訓練も不十分だった。アンジェリカの不真面目さを踏まえても、彼女の部隊にとって例にない動きなのは確かだろう。

 アンジェリカと見た、吹雪をくり貫いた青空。

 ガラスグラウンドの原因がGZ型なら、確かに調査を要するものだ。

 だが、報告書を上げたのはアンジェリカたちが来た「後」だ。

 ここにアンジェリカたちが強引に呼ばれたという事実は、南極にGZ型がいると「すでに確信している」ことを意味する。

 ところが、アンジェリカを含めた誰にもそれを周知していない。

 任務は哨戒だけで、GZ型の捜索が正式に行われたこともない。

 何かがキナ臭かった。


「そういえばアンジェリカ。お前いつも俺たちのところに来るけど、隊員とは仲が悪いのか?」


 もしアンジェリカが仲間外れにされているなら、事情は少し変わってくる。

 同時に、ちょっと本気で気にかかる。

 年の差もあるだろうし、大丈夫なのだろうか。

 俺の心配は、キョトンとした顔で受け流された。


「仲間とは仲良しだぞ。引っ張り回す先輩がいてな、彼女のお陰で隊にすぐ馴染めた。ちょっとえげつない人だけど、優しいんだ」


 えげつないって何だ。

 アンジェリカは体を起こし、少し怒った顔をする。


「別にあたしは、隊をほっぽり出して遊びに来てるわけじゃないぞ。デブリーフィングにも出てる。……まぁ、最近は実のある報告がないから、すぐ終わるけど。みんなも、なんで南極にいつまでも留まるのかって戸惑ってるみたいだ」


 隊員を心配するようにアンジェリカは扉を見る。

 この様子だと、どちらの懸念も杞憂だろう。

 しかしそれでは、なおさらGZ型の存在を秘匿する意味が分からない。

 この基地に、知られていない……知られてはいけないGZ型の関わる事情でもあるのだろうか?


「馬鹿馬鹿しい」


 そんな陰謀論めいた妄想を始めたらキリがない。そもそもが俺みたいな一兵卒にかかわり合いのないことなのだ。


「もうこんな時間か!」


 寝転がっていたアンジェリカが、急に変な声をあげた。

 彼女は俺を見てニカッと笑う。


「あたし、こんなふうに丸一日誰かと一緒に過ごしたの、初めてだ! 隼人すごいな!」


 時計を見ると、確かに夕食の時間が近い。

 休養日特権としての自由時間は使いきった。

 ニコニコと笑うアンジェリカの回りに、死屍累々の様相で散らばる遊びの山を見渡す。

 まぁ。

 戦争は数だよ。


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