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怪獣とロボットの競演<コンピート>  作者: ルト
第一章:GZ<すべてのはじまり>
8/20

第八話:ガラスグラウンド

『どうする。逃げるか?』


 アンジェリカに問いかける。

 神妙に浮揚する機躰からは、静かな声が返ってきた。


『ガラスグラウンドって、知ってるか?』


 唐突な話題に戸惑う。


『あ、あぁ。オーストラリアに現れた熱量系怪獣の被害だろ。砂漠の三割がガラス化したっていう』


 凄まじい高熱にプラズマ化した気流で、空が緑色に曇ったらしい。

 砂と風に浸食されたガラスの粉で、オセアニアは今も壊滅的な被害を受けている。


『その、砂漠をガラス化させるほどの高熱を持つ怪獣こそが、GZ型だって言われてる』

『……嘘だろ』


 その怪獣は国連軍の多大な犠牲と国費を引き換えに撃退した、というのが公式発表だ。


『撃退したのは本当だ。でも怪獣は死んだわけじゃない。むしろ、見逃してもらった、ってのが本当のところだ』


 GZ型の特殊捜索隊は、そんな機密を滔々(とうとう)と語る。

 今そんな話をすると言うことは、他でもない。


『あれが……、GZ型だって?』


 ゆらゆらと水底に見える影は、恐ろしく大きい。

 そしてこの場は、真冬の南極において唐突に、真夏のように晴れている。

 GZ型が熱量系の怪獣だというなら、充分にありうる話だった。


『隼人。怖いだろ?』

『怖いな。そりゃ怖いさ』


 砂塵がプラズマ化するような、恒星級の高熱だ。

 まともにさらされれば、機躰も無事では済まない。


『怖いなら基地に戻ってこのことを報せてくれ』


 ふわり、とアンジェリカが前に出る。


『あたしは行く! たのんだぞ、隼人!』

『待てっ、アンジェリカ!』


 アンジェリカは左右にジェットを吹かし、ふらふらと不安定な突撃を仕掛ける。

 安定をジェットのみに頼るのは、推進器の操作だけで機躰の姿勢全てを操るためだ。

 無軌道な動きとは裏腹に、彼女の機躰は迷いなく突撃銃を腕に構える。

 あの綱渡りのような動きは、見覚えがあった。

 血気盛んで勝負に逸る単細胞。

 ……確かに、俺はアンジェリカとよく練習試合で立ち合っていたらしい。

 水面が爆発したように弾ける。

 機躰を傾げ、速度を保ったままぐるりと三回後転したアンジェリカは、海面から飛び出した蛇の顎をすり抜けていた。

 放たれた氷柱の銃弾が、蛇の頭から胴へ薙ぎ払われる。

 頭に無数の穴を開け、蛇はくるくると揺れて氷に倒れた。


『やっ、やっつけた!』

『ひとつ目はな』


 機躰の――“ステラ”の肩を引いて、バランスを崩す。

 すっ飛んだ彼女は、はるか後方で姿勢を整えた。


『な、なにすん』


 顎を空振りさせた二つ目の蛇を照準し、トリガー。銃撃をフルバーストで浴びせる。

 身をよじった蛇は射線から逃げて、再び氷河に隠れてしまった。

 ……なるほど。

 アンジェリカの対GZ型精鋭部隊という自称は確かなようだ。

 ちょっと悔しい。


『は、隼人……?』

『悪い、逃がした。あの頭、いくつあるんだろうな』


 アンジェリカが氷山に縫い付けた蛇頭は、ず、ず、と血の跡を引いて少しずつ動く。

 どうやら群生ではなく、多頭蛇の類いらしい。


『待て、隼人っ! オマエ……コイツに頭が複数あること知ってたのか!?』

『んなわけないだろ。それなら最初から本体の胴を探してる。こんなヒュドラみたいな怪獣、見るのも聞くのも初めてだ。……まさか、本当に頭が再生したりしないよな?』

『あたしが知るかっ!』


 そりゃそうか。

 見たところ潰された頭の組成が再生される気配も、自切する気配もない。


『そんなことより訊きたいのは、どうして隼人は蛇の頭が複数あるって気づいたのかってことだ!』

『簡単だ。こいつはGZ型じゃないからな』

『はっ……?』


 アンジェリカがカクリと銃口を下げる。


『気づかないか? 海水温は、今ゆっくりと下がっている。この怪獣が熱源なら、全力の高熱を発していないにしても、温度が下がるのはおかしい』


 氷を溶かし、壁のような気圧差を生じさせる怪獣だ。

 天文学的な高熱に耐える体組織が、氷点下への温度変化にまで耐えうるとは考えにくい。

 人間の体ならば、45℃を超えれば酵素が死ぬし、20℃を下回れば命が危ないのだ。

 虫や魚などの変温動物ならば体温の変化は大きいが、彼らは自ら熱を生み出さない。GZ型は該当しないだろう。

 つまり、温度を保つことはあれど、下がることはあり得ない。

 そして、ここから先の推論がアンジェリカへの回答となる。


『二つ目、これは後出しの理由だけどな。アンジェリカを襲った蛇。機躰の腕くらいしかない太さってのは、どうにも不自然だ。何せ、海上から影が視認できるほど巨体な怪獣だぞ?』


 象の体にハムスターの頭をつけたようなものだ。

 不釣り合いすぎて気持ち悪い。

 だが、そのハムスターが象の鼻先として生えていたら? それ自体の不気味さはともかく、大きさの差に違和感がなくなる。


『だから、この怪獣の正体は、蛇の頭を触手として持つ、イソギンチャクかタコみたいな怪獣だ』


 ざざざざざ、と、まるで正解のファンファーレのように。

 海面を弾いて生えた、数えきれないほどの蛇頭が、ゆらゆらと鎌首を揺らしながら俺たちを取り囲んでいた。


『なるほど』


 危地において楽しそうに、アンジェリカは両手に武器を構える。

 シャコ、と音を立てて銃剣が飛び出した。


『やっぱり隼人は、あたしがライバルとして見込んだだけのことはあるな』

『そりゃどーも。アンジェリカは、この数でもやれるな?』

『|がいしゅういっしょく(鎧袖一触)』


 頼もしい答えだ。

 冷えた空が崩れ始めて、雪の破片が舞い込んでくる。

 瞬間、

 堰を切ったように蛇が殺到した。


 鉄色の嵐が湧き上がる。

 イワシの群れにも似た蛇頭の怒涛を押し返していた。

 自らバランスを崩し、駒のように旋転するアンジェリカだ。蛇を撃ち抜き、銃剣で切り裂き、足で蹴り飛ばして頚をへし折る。

 俺はアンジェリカの背後を撃ち、傾いだ蛇にとどめをさし、目眩ましで銃剣の的を増やす。

 まさに嵐のような暴虐が、数で圧倒しようとした怪獣を、それ以上の手数で蹂躙していく。

 一瞬、

 群れる蛇が『なびく』。

 その瞬間を俺は待ちわびていた。


『アンジェリカ、任せた!』

『おうっ!』


 嵐の少女が舞い上がる。

 蛇が上を向くと同時に、俺は雪虫を氷海に沈めた。

 宝石をばらまいたような水泡が弾けて囲う。

 視界とレーダーが断絶する。

 ジェットエンジンの吸気口が水を吸い、咳き込むように水泡を爆発させる。

 しかし、怪獣を素材とするこのエンジンはこの程度で壊れる代物ではない。

 吸気口はそのまま水を吸い込み続け、エンジン内部に水が充填された。


「行くぞ……!」


 歯を食いしばって、指をスロットルに添える。

 再点火。

 怪獣の器官を利用した発熱構造は、限定的に密集させた空間において驚異的に、燃料の混入を必要とせず空気の容量を膨張させる。

 その威力は、

 突沸した水が行き場を失い、内発した水蒸気を伴って、排気口から噴出する。

 ジェット水流。


「ぐぅ、くッ!」


 爆発的な推進力に蹴飛ばされ、機躰は水中にあって水の壁に衝突した。

 手足が持っていかれそうな抵抗を繊細にさばき、触手の包囲を飛び越えて、その収束点へ。

 レーダー波が乱反射するノイズのプリズム。

 濁った水の向こうに、怪獣の影が見えた。

 氷を身にまとうヤドカリにも似た、イソギンチャクのような、何だろう。

 なんでもいい。

 構えた砲口を中央の口に向ける。

 質量にぶつかって減速する衝撃で、バクンと体が揺れた。揺れながら、トリガーはしっかりと絞る。

 粘弾は水中でも無事に砲口から吐き出され、怪獣にぶつかり、その形状を崩した。


 すべての計器が勝手を示す。

 一瞬で天地が消滅する。

 体が木の葉のようにふっ飛んだ。

 砕けた水が機躰から散らばっていく。

 根本からちぎれ飛んだ触手が絡まって沈み、

 雲は雪崩を打つように倒れ込んで吹雪で押し包み、

 それらを突っ切った、鉄色の砲弾が機躰を直撃した。

 もう何度目かもわからない、運動ベクトルを反故にする激突に、意識は朦朧と揺れる。

 吹雪に閉ざされた中、子を抱くように担がれて、真っ直ぐ基地へと飛翔する。

 機躰ごとそんなふうに運ばれていると気づいたのは、ずいぶん遅かった。


『……アンジェリカ?』

『この、すかぽんたん!』


 懐かしい語彙だ。だが既出だ。


『いくら機躰が頑丈でも、搭乗者は無茶についていけないんだぞ!』

『お前には言われたくないな……』


 苦笑とともにグリップをひねる。

 軽くアンジェリカの機躰を叩いて、下ろしてもらった。

 エンジンを空吹かしして水気のすべてを蒸発させ、再びジェットエンジンとして稼働させる。

 このジェットだけを頼りに、まるで殺陣か舞踏のような、無茶苦茶な機動をして戦うのがアンジェリカその人だ。無茶でなくて何だと言うのか。


『あたしはいいんだよ、それが出来るんだから!』


 確かに、蛇に外した弾は射撃数の半分以下だ。

 直立してなお動体目標に命中させるのは難しいことを鑑みて、超人的な動体視力と制御能力と言えるだろう。

 分析力の高い“ステラ”と併せ、特殊部隊に選抜されるだけの素質は備えている。


『そういえば』


 その辺まで考えて、ふと疑問にたどり着いた。


『なんで俺なんかを気にしてたんだ? 名前を知るだけでも手間だったろうに』


 アンジェリカが言葉に詰まった。

“ステラ”が揺れて機躰が離れそうになったので近寄る。高速機動中は少しの誤差が命取りだ。


『お前が……』

『ん?』

『お前がっ! あたしを、簡単にあしらったからだっ!』


 アンジェリカの怒声が爆発した。


『あまつさえ、あまつさえ試合のあと、言うに事欠いて、あたしを、楽な相手だって……このあたしをッ!!』


 憤慨そのものといった声が通信機から溢れて跳ね回る。

 音量の自動制御がキイキイと音を立てて働いている。

 機躰の制御を保つのに苦労した。


『……えーとそれは、練兵時代の試合のことか?』

『とうぜんだっ!』


 そういえば確かに、アンジェリカとよく試合になって……勝つのは、とても簡単だった。

 もともと機躰を不安定にしているのだ。

 そこを小突いて揺らせば、姿勢の制御が必要になる。立て直すまでは格好の的だ。


『あれはお前が悪い』

『教官にも言われたっ!』


 やっぱりか。

 だいたい、アンジェリカが俺と同じ成績というのはおかしいのだ。彼女のほうが極限まで機躰を制御できる。

 いくら機躰をうまく使えても、使い方を間違えていればうまくいかない。

 単細胞で直情径行、軽率で洞察する前に動く。

 アンジェリカの短所は、長所を多い尽くして余りある。


『……お前、本当に特殊部隊のみそっかすなんだな』

『隼人までそんなこと言うなぁっ!』


 アンジェリカの悲鳴が響く。

 思わず、先ほどの死闘も忘れて笑ってしまった。

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