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怪獣とロボットの競演<コンピート>  作者: ルト
第一章:GZ<すべてのはじまり>
7/20

第七話:吹雪の夏

 今日も吹雪は荒れていた。

 常より早く回ってきた哨戒任務にハンガーへ向かう。

 怪獣との戦闘があったチームの代わりに宛がわれたものだ。俺たちも代わりに出てもらっているので、持ちつ持たれつだろう。

 ハンガーに足を踏み入れた途端。


「隼人、おそいぞ! ぼさっとするなっ!」


 金髪ツインテールの一喝が、わんわんとハンガーに反響する。

 金髪童女アンジェリカはパイロットスーツをぴっちりと身にまとい、一体型HUDヘルメットを脇に抱えて仁王立ちしていた。

 唖然としてしまった。


「……なんで、アンジェリカが出撃準備してるんだ? 拓也は?」

「拓也なら、はらいたで休んでる。代わりを頼まれたから出てやる。感謝しろ!」


 むん、と胸を張って胴と同じ細さを強調する。

 この場合感謝するのは俺じゃなくて拓也だろう。

 しかし、不気味だ。

 拓也は仮病でサボり。それは間違いない。さっき別れるまで元気だったから。

 ただ、なぜこのタイミングなのか分からない。

 新しいゲームを買ったなら、届く前から自慢してくる。アニメも漫画も、今である必然性はない。

 交代して任務の時期をずらすメリットは、何もないはずだ。


「隼人、どーした?」


 アンジェリカが心配そうに俺を窺っていた。


「いや、何でもない。じゃあ行こうか」

「おうっ! なんならあたしに全部任せて、後ろで見てるだけでもいいぞ!」

「あんまり楽できてないな、それ」


 通常の哨戒任務なら、見て回るだけが仕事だ。索敵は任務の主眼じゃない。

 苦笑する整備士と挨拶を交わし、眠る機躰に乗ってカタパルトまで運ばれる。

 管制官と通信を交わしながら規定の起動シーケンスを辿って、機躰の楔を少しずつ外していく。

 バイザーに映る暗闇の向こうは何も見えない。


『二号機、接続』

「接続」


 ばつん、と耳鳴りが弾ける。思わず瞑った目を、少しずつ開けていった。

 遠い出口の向こうで、雪の破片がカタパルトに舞い込んでいる。

 手足の感覚をなぞり、グリップやペダルを確かめる。


「接続成功。ショック症状なし」

『ショック症状なし。二号機の接続を確認。一号機も成功だ。慣れないコンビだ、気を付けろ』

「了解」


 答えつつ、密かに胸を撫で下ろす。

 ショック症状はいつでも怖い。

 それでも、機躰に乗らないわけにはいかない。


『射出準備完了』

「了解。二号機、射出」


 ペダルを踏み込む。

 シートが体を突き上げて、電磁に機躰が浮いた感触を覚える頃には、既に吹雪で囲まれている。

 手足と指で、機躰のバランスを整える。

 ノイズの塊として表現される地吹雪の地面に着地。盛大にしぶきが上がる。


『隼人、どこだー!? まっしろで何も見えないー!』


 悲鳴が上がって、上空を駆け抜けていく。通信範囲から外れてしまった。

 しばらく待っていると、正面に再び友軍反応が灯る。


『隼人! 勝手にうごくな! はぐれたらどうすんだ!』


 苦い笑いがこぼれてしまう。

 アンジェリカも雪中訓練は積んだはずだが、ここではそれが仇になる。


『アンジェリカ。この吹雪の中だと、レーダーの実用走査範囲は十パーセントだ』


 例えば、五十キロメートル先まで地形探査できるレーダーを機躰が搭載していれば、五キロメートル以遠はノイズで埋め尽くされる。

 亜音速運用が可能な機躰にとって、無意味に等しい。

 アンジェリカは絶句した。

 知らなかったらしい。

 しばらく沈黙した後、悲鳴のように叫ぶ。


『そんなんで、どうやって哨戒するんだ!』


 本来なら、それを説明しながら部隊単位で馴らしていくのだろう。

 が、この金髪童女はそこを安請け合いしてくれた。


『はぐれないように動くだけだよ。予定は厳守だ。見失っても焦っちゃいけない。予定通りに動いてるなら、その航路を追いかけて合流する』


 拓也は自らこの原則を無視した。報告したら営倉入りものの危険行為だ。


『視界もレーダーも使えないんだ。内部マッピングと速度と姿勢、何よりも方位。この計器だけ見て動け』


 言うと、なんだか職人技のようだ。目隠しをしてモーターボートを動かす。

 沈黙するアンジェリカの機躰を叩き、ジェットの吸気を開始する。


『習うより慣れろ、だ。動いてるうちに分かる』


 果たして、一緒に雪原を走って間もなくアンジェリカはぴったり並走できるようになった。

 なんだか肩透かしだ。

 そんな思いを見透かしたように、アンジェリカから得意げな通信が届く。


『ふふん。当てが外れたか? あたしの“ステラ”は分析が得意なんだ。断片からだって解析できる。意地悪しようっても、そうはいかないぞ!』

『意地悪のつもりはないけども、なるほど。特殊部隊に編成されるわけだ。……ところで“ステラ”ってのは?』

『あたしの機躰! 前の機躰から雪虫に組み換えたんだ』


 思わず、言葉に詰まった。

 機躰に『接続』する危険性は語り尽くした通りだ。

 にもかかわらず。

 新たな名前を与えて、もし、その音の連接が自分を表すと気づかれてしまったら?

 名前を呼ばれて、ほんのわずかであっても、『正気付いて』しまったら?

 アンジェリカの無邪気さは、猛獣を前に餌で遊ぶような迂闊さに等しい。

 口を開こうとして、


『――なにもいうな』


 アンジェリカが遮った。


『危ないのは分かってる。メリットがないことも。でもあたしは、あたしを守ってくれるコイツのことを信じたいんだ。相棒だって思いたい。きっといつか、争う以外の関わり方もあるって思える気がするから』

『……アンジェリカ』


 それ以上の言葉は来ない。

 間違いなく“ステラ”のことは隊の仲間にも言っていないだろう。

 営倉入りどころではない。

 直ちに改めなければ、除隊すらあり得る。


『オマエも、あたしはへんだと思うか?』

『思う』


 つい即答してしまった。

 シュンと落ち込む気配が無言からも伝わる。


『変とかどう以前に、危なすぎる。それでお前や他の隊員が危険にさらされるかもしれないんだ。賛成なんてできるわけがない』


 言うなといわれた警告が、つい口を突いて出る。

 分かりきったことだ。

 無鉄砲で純粋で、どこまでも無垢な願いの前には、理性的な抵抗など意味がないということも。


『……だからこそ、な。うまくいくと、いいな』


 アンジェリカの浮かべる、ふわっと明るい笑顔が目に見えるようだ。


『うんっ!』


 その相槌ひとつに、素直な喜びを弾けさせていた。

 ちくり、と胸が痛む。

 声に出さない胸の内で思う。

 機躰がアンジェリカの願いを余さず受け取っていたとしても、彼女の希望を信じることは、俺にはできない。

 アンジェリカの願いを知ったとき、きっと叫ぶだろう。

 仲間だと、相棒だと思っていたならば。

 なぜ私は、杭で打たれ、鎧に縛られているのだ、と。


 ふいに。

 目の前に巨大な壁が現れた。

 反射的にペダルを蹴り込み、ジェットの向きを操作する。

 唐突に膨れ上がったGに全身が押し潰される。

 重力を振り切ってくるくると回る機躰は、壁に飛び込み、

 ようやく『壁』が逆だと気づいた。


 晴天。


 氷河を眼下に収め、細くて厳しいばかりの日光が反射して目に突き刺さる。

 周囲には吹き荒れる吹雪が白い壁としてうねっていた。

 まるで台風の目のように、この場所だけがぽっかりと青空まで突き抜けている。

 壁だと錯覚したのは、今まで遮られてばかりだったレーダーが、突然クリアに突き抜けたからだ。

 呆然と滑空する俺の下で、アンジェリカの機躰が水しぶきを上げて翔る。


『わはははは! なにしてんだ隼人! ビビりすぎだ!』


 アンジェリカは暢気に笑っている。

 吹雪に塞がる南極で、ここがどれほど異常なのか分かっていない。


『それにしても綺麗な場所わぁ―――――っ!?』


 流氷に着地しようとしたアンジェリカが、びしゃりと氷を砕いて海に沈む。


『あ、アンジェリカ!?』

『わぁっ! わああ!? わああぁああぁぁぁっ!!』


 水面で暴れる機躰は、ジェットの吸気口に空気と水が入り交じり、ごぼごぼと泡を吹き上げて溺れた。


「あぁもう、仕方ないな!」


 水面まで下降させて腕を伸ばす。

 必死のアンジェリカに腕をふん掴まれ、危うく引きずり込まれるところだった。

 立て直しに要した加速をそのまま利用し、氷混じりの水面を蹴る。

 揚力と流体斥力でアンジェリカの機躰を持ち上げる。


『……ぐぃ。ヒック、うぇぇ……怖かっだぁああ――!』

『お前な、軽率なことすんなよ』


 ぐったりとぶら下がる機躰“ステラ”は、己のジェットから水滴を垂らすままだ。

 再飛行する気配もない。アンジェリカはグリップから手を離しているのかもしれない。

 溜め息をついて、ゆるりと機躰ごと回り、アンジェリカに景色を見渡させる。


『ここだけ吹雪が止んで氷が溶けてる。膨大な上昇気流が、周囲の雪雲を押し退けてるんだ』


 忽然と夏が現れたようなものだ。

 これだけ氷が溶けていると、海水面がどれほど上昇したか分からない。

 天変地異では収まらない規模だ。

 明らかに常識外の、あり得ない異変。

 つまり。


『ここには怪獣がいる』


 鮮明なレーダーが、海中をゆるゆると回遊する巨大な影を捉えた。

 ようやく熱源反応を得て、センサーが警告と自動追尾を始める。

 影に気づいたアンジェリカも、ようやく機躰の水気を飛ばして自力浮上する。


 夏の海に描かれる旋回の中心は、

 当然、俺たちだった。

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