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怪獣とロボットの競演<コンピート>  作者: ルト
第一章:GZ<すべてのはじまり>
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第六話:傷痕<スカー>

 アンジェリカの昼食がまだと言うので、食堂の案内ついでに遅い昼食を囲むことにした。

 拓也の正面に俺が座ると、当たり前という顔で右隣にアンジェリカが座り、さも当然という所作で澪が左隣に座ったことは、どう扱っていいか分からないので脇に置く。


「でも、なんで金髪っ娘はメシまだなん? 正午前には着いてたはずだろ?」


 拓也の指摘に、アンジェリカは澄まし顔で答えた。


「食堂がわからなくて隊の昼食会に出れなかった。到着してすぐ別行動を取って隼人を探……ゲフン! 基地を見て回ってたからな」

「ムムッ!」


 アンジェリカの口走った不穏な固有名詞に、澪が眉をひそませる。

 ムムッ! じゃない。


「それと」


 アンジェリカはキッと縄張りを守る獣のように拓也を睨む。


「金髪っ娘じゃない。私はアンジェリカ・アンジェリカだ!」

「あー……」


 拓也が気まずそうに頭を掻いた。澪も顔を歪めてしまう。

 二人の様子に、アンジェリカのほうがたじろぐ。


「な、なんだよ? あたしがアンジェリカで何か文句あるのか」

「本当は着任後のブリーフィングでまとめて教えられるんだろうけどさ。……“傷痕(スカー)”なんだよ、俺」


 自分を指差して教えた。

 傷痕――つまり、ショック症状の後遺症を降機後に残している搭乗者のことだ。

 息を呑むアンジェリカに、肩をすくめて見せる。


「氏族出自を示す記号……苗字(ミョウジ)、が認識できないんだ。それだけで、実害はほとんどない。かわいいもんさ」


 食事を認識できなくなって、泥を食べてるのかどうかも分からなくなる、といった症状に比べれば幸せなものだ。

 全体の呼び名こそ分からないが、家の概念も父や母のことも覚えている。なにも問題はない。

 みんなが妙な表情になってしまった。強引に話題を変える。


「アンジェリカ。二時間も基地で迷ってたなら、腹も空いたろ。もうちょっと頼んでもよかったんじゃないか」


 アンジェリカの前にはナポリタンのハーフが置かれている。

 小柄な彼女が小さな皿を前にしていると、盛り付けの中央に旗を立てたくなる。

 任地に配属されている以上、十六歳未満はあり得ない。分かっていても不思議な話だ。

 ちなみに拓也はきつねうどん、澪はオムライスで、俺は土手煮定食を頼んでいる。

 娯楽に乏しい南極基地は、食事のバラエティが過剰に豊かだ。

 アンジェリカはナポリタンにフォークを刺しつつ口を尖らせ、


「アタシそんなに大食いじゃない。オマエこそ、趣味がジジくさいんじゃないか」

「機躰に乗ったあとだから、重いもの食いたくないんだよ」


 ふん、とソッポを向いたアンジェリカは、ふと動きを緩める。

 閑散とした食堂を見渡してつぶやいた。


「それにしても、気前がいい基地だな」

「そりゃ、外は氷の世界だからな。基地から一歩も出られない以上、少しでもストレスを和らげる工夫は惜しみないさ」


 空間は広く、電灯は明るく、娯楽は豊かに。

 映画館やカラオケ、プールやグラウンドなどは当然のように設置してある。

 アンジェリカは青い目を呆れたように細めさせた。


「そのことだけど、そこじゃない。……半年に一度しか補給がないのに、これだけの施設を運営、維持できてることだ。世界各国のメニューを揃えるなんて、食材の冷蔵室もかなりの規模だろう」


 そう言ってアンジェリカは胡散臭そうにナポリタンをつつく。


「鋭い着眼点だね」


 澪が笑って、俺の前に体を割り込ませる。

 腕に当たっている、澪の胸の飾りボタンが。


「ヒントは、ここが南極ってことだよ」

「地下に巨大な発電タービンがあってな。水を浴びると激しく発熱する器官の応用だ。何しろここは南極だからさ、雪と水には困らない」

「たっくん答え速い!」


 ズビシと指差す澪に拓也は目を丸くする。話を半分くらい聞いてなかったらしい。

 土手煮のインゲン豆を口に放り込んで、拓也を補足する。


「他にも基地全体の断熱材や照明なんかに怪獣由来の技術が使われてる。なんといっても南極だ。誰もいないから、誰にも迷惑がかからない。この南極基地は、機躰を初めとする怪獣技術の最先端実験場でもあるんだよ」

「怪獣由来の真空冷凍で、鮮度そのままいつでも新鮮。そのインゲン豆、三年くらい前のものかも」


 澪がネタバレの意趣返しに嫌なことを言った。あり得るのが困る。

 なるほど、とアンジェリカはうなずく。


「既存の技術では考えられないくらい、省エネで小規模な装置で運営してるんだな」


 ずいぶんザックリしたまとめ方だが、他に言いようがない。

 怪獣とはそれほど常識から逸脱しているのだ。

 しかし、世界の異物というわけではない。

 例えば今日戦ったフブキウオも、重力に抗う揚力をヒレで得ていた。反重力や魔法で飛んでいたわけではない。

 変温動物である魚を模していながらも、あれだけ動けていたのだから、必ず裏にカラクリがある。驚異的に断熱性を持つ鱗か、寒さに強張らない筋肉か。

 それは運び込んだ死体の分析を待つことになるし、判明すれば何らかの技術に転用されることだろう。

 ふと、そこで疑問に気づいた。


「アンジェリカは、今期の補給船で来た交代要員だよな? 南極基地のことをよく知らないまま来たのか?」

「おー。たぶん一回ブリーフィングあったと思うけど、寝た。直前の森林機動訓練はきつかったー」


 ……まぁ、アンジェリカが特別ひどいことを措いても、必要最低限の説明だけで極地に送られたのは確からしい。

 拓也が笑う。


「ブリーフィングもろくにないとか、どんな愚連隊に回されたんだよ」

「逆だ馬鹿! 有能すぎるからブリーフィングは最低限だし、忙しすぎるから細かいことまでやらないの!」


 ガーッ、とアンジェリカは獣のように威嚇して拓也に論駁する。


「あたしは対GZ型を想定した精鋭捜索隊員なんだぞ!」


 胸を張って言い切った。


「でも、機躰の腕は俺と同じくらいなんだろ? 大したことないじゃないか」


 演習の成績が俺と同等とは、彼女自身の証言だ。

 自分の腕を大したことないと言うのも情けないが。


「う、うるさいっ! 知識とか判断力とか機躰特性とか、いろいろ必要なんだ! あたしは『みそっかす』なんかじゃない!」


 顔を真っ赤にしてムキになるアンジェリカも大概だ。みそっかす扱いされているらしい。

 あんまりいじめないようにしよう。

 何せ自虐として跳ね返る。

 それはさておき。

 アンジェリカの弁が正しいなら、それは示唆的な話だ。

 南極基地は、大幅な増員で運営規模を拡張させている。

 俺や拓也、澪は前期からの編入で、大幅増員の波に乗った形だ。どうやら、その流れは今も続いているらしい。

 しかし、最果ての南極に特殊部隊までも投入するとは、ずいぶん思い切っている。

 確かに南極は怪獣との交戦例が豊富だ。

 だが、GZ型に関しては影すら踏めていない。


「こういう派兵は、やっぱり珍しい話なのか?」

「どうだろうなぁ。ここまで長距離長期間の任務は滅多にないし、やるなら準備期間があるもんだけど。でも、普段からGZ型の足跡だ糞だ、ってあちこち飛び回ってるからな」


 アンジェリカはあっけらかんと語る。実際、配属されて日が浅いのかもしれない。

 アンジェリカの興味は、自分たちよりも今いる場所にあるようだ。


「でも、面白いな。南極基地は丸ごと技術実験場か……。何か見てすぐわかる施ふぇふふぉからいもぐ?」

「後で案内してやるから、喋りながら食べるな」


 ましてやナポリタンを。頬までケチャップが引っ付いている。

 ハーフサイズの皿を抱えたまま離さないので、ナプキンで顔をぬぐってやる。怒るかと思ったが、アンジェリカは大人しく拭かれた。

 と、背後でガチャガチャと食器がぶつかる音がする。


「んぐっっっ。……面白い施設といえばね、植物園(プランテーション)が見応えあると思うな!」


 振り返って絶句した。

 澪がオムライスのケチャップで口裂け女みたいな顔になっている。両手で食器を支えたまま、チラチラと俺を窺っていた。


「あ、うん、確かに見える部分が自動化されてるから、怪獣技術のものも分かりやすいな。……澪、頬までついてるぞ」


 視線に応じて同意しつつ、教える声はひそめておく。

 そっと新しいナプキンを彼女の手元に添え置いた。


「なー隼人、どんな所なんだ?」


 アンジェリカに袖を引かれて振り返る。


「えっと効率的に収穫が見込める作物、主に根菜や茸類なんかは、保存するより栽培してるんだ。もとは植物系怪獣の培養と分析が目的の施設だけど、南極には少ないからな」

「くぅ……っ! なんとなく分かってたけどさ……!」


 背後で澪が何かに負けたような呻き声をあげている。


「そりゃ無理だろ、さすがに」

「たっくんの優しさは欲しくないよ……」

「はは、こやつめ」


 何か憎まれ口を叩きあう二人に口を挟む前に、またアンジェリカに袖を引かれた。


「植物園に怪獣技術なんてどう使ってるんだ? 想像できないぞ!」

「例えば土の発酵を早めたり、蒸散した水分を戻したり……いや、まぁ見たほうが分かりやすいな」

「ほう! むふー!」


 好奇心に目を輝かせるアンジェリカは、ナポリタンを口いっぱいに頬張る。

 アンジェリカは怪獣技術肯定派のようだ。

 確かに、怪獣が現れてからの人類は革新した。

 出現する被害に比例するかのように、彼らの持つ抜本的な変化を経た特異な生化学は、皮肉なほど技術を発達させた。

 産業革命、情報革命に続く新たな革命だと呼ばれることもあるほどだ。

 それほどまでに怪獣という存在は、その存在を自らに許すだけの独自の理屈は、人類に莫大な利益と発展をもたらした。

 その裏に、何が隠れているかもわからないまま。


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