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怪獣とロボットの競演<コンピート>  作者: ルト
第一章:GZ<すべてのはじまり>
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第五話:『アンジェリカ・アンジェリカ』

「まさか、機躰を雪降ろしに使う日が来るとは思わなかったな」


 タラップを降りると、白いタオルが差し出された。

 澪が苦笑を見せている。


「お疲れ様。温水器が凍結しちゃったら、どうしようもないからね。こう吹雪がひどいと、車両も人も出せないし」

「大した非常事態だよ、まったく」

「苦労したみたいだな?」


 聞き慣れた男の声。

 頭の後ろで両手を組んだ拓也が、無責任に笑っている。


「当たらなくてよかったぜ」

「おのれ。拓也にもっと面倒くさい任務が下りる呪いをかけてやる」

「うおぉ、絶対無敵バリアシールド!」


 うねうねを手首を揺らした念波は、両腕をクロスさせた拓也に阻まれた。

 恥ずかしいことするな、と澪のチョップに断ち切られる。


「ま、仕方ないんじゃない? こういうときのために隼人たち一般パイロットがいるんだから」


 澪は肩をすくめて嫌味をひと刺し。

 負けじと切り返す。


「一般パイロットの機躰に回される澪も相応だけどな」

「残念、逆でした。私は腕に見合った経験を積ませるには若すぎるの。だから一般パイロット用機躰の整備主任が落とし所ってわけ」

「さいですか」


 俺の反撃はあっさりと折られてしまった。

 地力が上の相手に嫌味をぶつけるのは意外とかなり難しい。


「まあ雪降ろしが火急の課題で、苦肉の策だったのは確かだな。補給船のコンテナ搬入も手伝ったけど、ハッチの可動範囲がかなりギリギリだった」


 機躰にマウントされた急造雪かきを整備士たちが取り外している。名前も知らない仲だが、長く世話になっている馴染みの整備員たちだ。

 振り返ると、澪が不自然に口ごもっていた。


「ショック症状は……なかった?」


 恐る恐る、尋ねられる。

 嫌味で返そうか迷って、


「1始まりだよ。ちょっと体が重かっただけだ」


 正確には、体が鋼鉄で覆われているような圧迫感。

 それも雪降ろしに従事している間に消えた。


「もう大丈夫?」

「とっくにな。1始まりは、ないのと同じだ」


 1始まりの症状パターンは、短期的で任務への影響も少ないものを言う。記憶のフラッシュバック、一時的な手足の痺れや色覚の失調などがある。

 澪のときの症状は3始まり……緊急な処置が必要な、後遺症のないもの。

 最大で6まであり、6はたとえ存命であろうと二階級特進と退役が約束されている。


 ショック症状があったという事実に、澪は口を引き結ぶ。

 拓也と顔を見合わせ、どちらとも曖昧に笑った。

 この不安定な安堵は、同じパイロットでなければ分からない。

 と、


「久しぶりだな、隼人!」


 キンキンと高い声が荒っぽく叩きつけられた。

 振り返って、こちらを驚きの表情で見ている整備士を確認する。彼の視線は、俺と、俺の下とを行き来していた。

 視線を下げる。

 金色の毛玉が左右に房を垂らして揺れていた。

 あ、いや違う。

 金髪の女の子だ。

 ツインテールに髪を縛って、新雪に苺の汁を落としたように、白い頬を紅潮させていた。

 金髪童女は眉をひそめ、青い瞳に苛立ちを宿らせる。


「隼人、なんだオマエその顔は? まさか、あたしを忘れたとは言わせないぞ」


 ゾッ、と。

 冷たい手が床から背中をつかんで、奈落に引き落とそうとされている気がした。

 不安と恐怖が指先まで満ちる。背筋が寒い。


――誰だ?


「いや、しかし赴任先にオマエがいるって知ったときはびっくりしたぞ。この基地はずいぶんだな! あんな戦艦みたいな船でないと来られないって、あり得ないぞ」


 浮かれたように語る姿に、恐怖が募る。

 生まれてから今までを脳みその裏側まで爪を立てて検索しても、かすらない。絶叫しそうになった。

 坂道に溢れる下町の住宅街に金髪童女の景色なんて何一つない。見かけただけでも、忘れようがない!

 俺は、

 この娘を、

 知らない!!


「隼人、この子は? 隼人のこと知ってるみたいだけど」


 澪がそっと俺に手を添えて尋ねてくる。


「なんだ、お前こそ誰だ。はやとに馴れ馴れしいな」


 顔を歪める童女が確信的に断言し、俺はひとつ誤解を知る。

 澪は俺を支えるなんて健気なことはしな痛い。腰をつねらないでほしい。

 というか、仮にこの珍しい童女と知り合いだったとしても、澪に責められる謂れはない。

 ないはずだ。

 はずだが、何故かちょっと自信がない。

 金髪童女はムキになったように、ガーと威嚇した。


「おい、まさかほんとにあたしを覚えてないのかっ?  よく一緒になっただろ! 修了式以来だろ!」


 おや? と思った。

 胸に牙を立てていた不安が消える。


「修了ってまさか、練兵の?」

「もちろんだ。厚木の練兵施設で同期だったぞ、学籍番号256番!」


 俺の出身と学籍番号を知ってるってことは、確かに同期かもしれな痛い。

 澪が圧を高めたが誤解だ。俺に後ろ暗いところはない。

 練兵施設は概念としては職業訓練学校が近く、同期でも年齢が離れていることは珍しくない。

 拓也を見た。同じく練兵同期の彼は目をしばたいていた。


「確かに同期だったのかもしれない。けど練兵施設は厳しく男女を分けられてただろ。なにせ、無用に挨拶するだけで罰則だ。そんなんで異性に知り合いなんてできるか。……あれ、女の子だよね?」

「あたりまえだっ! みてわかれっ!」


 蹴られた。

 なんだこの理不尽。

 金髪童女はたたみかける。


「練習試合でよく相手になっただろ!」

「いや、あれ互いに相手は明かされなかったぞ」


 試合前後、機躰の乗降を見ていれば分かったかもしれないが、よっぽど執着しないと無理……あっ、童女が気まずそうに口を歪めている。乗降を見てたらしい。


「でもっ! ビバーク演習で同じ組だった!」


 なおも食らいつくが、


「無人島まるごと使った演習だったろ。何十人もいたし、滅多なことじゃ機躰から降りなかった」


 例外は、飲み食いしたモノを出すときくらい……あっ、童女が顔を真っ赤にしている。

 マジか。見られたのか。

 …………マジで、見られたのか?

 金髪童女は持ち直して俺を指差す。


「さ、最後一週間の総合演習! 成績の掲示は全員総合だった! 七回とも隣で見たんだぞ! 結果は私が七戦三勝!」

「同期全員の総合だっただろ。あの人混みで隣を特定する方が無茶だ」


 仮にこの子が正しいとして、俺はその七回ともを逆隣の拓也と話しながら見ていたことになる。

 というか七戦三勝って、俺に負け越してるんじゃないか。


「ところで、そのどれか一回でも俺に話しかけたか?」

「うっ……」


 童女は露骨に狼狽した。


「話しかけて……ない……」


 澪が何事もなかったかのようにツナギの埃を払っている。誤解が解けたようで何よりだ。

 冷えきった胸から溜め息が溢れ出る。

 俺は単に、本当に彼女を知らないだけだった。「奪われた」わけではなかった。

 あと、覚えてるフリをしなくて心底よかった。


「話しかけてないぃ……」


 童女はうつむいて声を震わせる。

 様子がおかしい。


「うえぇぇぇ!」


 泣いたっ。


「話しかけられなかっらんあもん! 話しかけたら罰則らし、みんら怒るんあもん! 話しかけられるの待ってらのいヴェエエオアアアォ」


 最後もう言葉が崩壊して咆哮みたいになってる。


「待て、落ち着け。泣き止むんだ」


 いや俺が落ち着け。泣き止めと言って泣き止む子どもがどこにいる。

 ふわりと花のような残り香が薫った。

 澪が童女の隣に屈み込む。


「髪、綺麗だね」

「……えぐ。おま、ひっく。なんだ、おまえ」


 しゃくりあげながら、童女は胡散臭そうに澪を見た。

 澪は軽やかに、にこり。


「隼人の友達」


 ふぇ、と涙を溜めた顔に、ぐいとタオルを押しつける。童女の涙やら鼻水やら涎やらをぐいぐい拭いながら、


「隼人とはこの基地に来てから仲良くなったんだ。私は澪。ね、あなたの名前は?」

「うぶ、ううぅ……アンジェリカ。アンジェリカ・アンジェリカ」


 何故か三回唱えた。

 澪が俺をちらと見る。

――あぁ、なるほど。

 俺は勘違いをしたらしい。

 澪はアンジェリカに笑いかける。


「アンジー? 覚えられてなかったくらい、泣くことじゃないよ。この基地に配属されたんでしょ? これから仲良くなればいいじゃない」

「ぐすっ……うん」


 言葉巧みな慰めに、こくり、とうなずくアンジェリカ。

 こちらを窺う二人の視線に応じる。


「えーと。自己紹介はいらないのか。改めてよろしく、アンジェリカ」


 アンジェリカは目を丸くして俺を見た。碧い瞳がスノードームのようにくりくりとまばゆい。

 差し出した手を、アンジェリカはじろじろと見た。

 たっぷり間を取ってから、


「ん」


 アンジェリカの細い手が俺の手を握った。

 乱暴に振って、握手を切られる。

 ……仲良くする気、ないんじゃないか?

 アンジェリカはパッと笑顔を華やがせ、澪に振り返る。


「澪! オマエいいやつだな! オマエも仲良くしてほしいぞ!」


 澪は優しく微笑んで、首をかしげた。


「んー……それはちょっと嫌かな?」

「えっ!?」


 アンジェリカと俺と拓也、そして盗み聞きしていた整備士たちの声がかぶった。

 澪の指が、悪戯な笑みを見せる自身の唇を撫でる。


「だって私、隼人のこと好きだから。隼人と仲良くなりたいって言うライバルとは、仲良くできないかなーって」

「好っ、うっ!? えっ!?」


 アンジェリカは茹でた蟹より赤い顔で、ぶわさぶわさと首を振る。金髪がでんでん太鼓のようだ。

 ほわっと笑みを緩めた澪が、アンジェリカを抱き寄せる。


「うーそ! 冗談! こちらこそ仲良くしてね、アンジー!」

「うぇ、おうっ、おうっ……」


 紅潮しすぎて目を潤ませているアンジェリカは、澪の対応どころではなかった。

 恋愛沙汰にまったく免疫がないらしい。


「モテモテだな、隼人」

「うるせぇ」


 からかう拓也の手を肘で払う。

 俺も他人のことは言えない。

 冗談って、一体どこからが冗談なんだ?


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