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怪獣とロボットの競演<コンピート>  作者: ルト
第一章:GZ<すべてのはじまり>
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第三話:『接続』

「おい」


 ごん、と後頭部を蹴られた。

 振り返ると、鉄板を仕込んだゴツいエンジニアブーツの滑り止め模様が浮いている。

 それは細長いデニムカーゴにつながって伸びて、もう一方と接続し、胴体を乗せて両手を組んで俺を見下ろしている。

 女の子だった。


「ボーっとしてる場合か。あんたでしょ、この『雪虫』の搭乗者。やることいくらでもあるんじゃないの」

「マニュアルはだいたい頭に入れたぞ。誰だ、お前」


 顔をしかめて言い返しながら、俺は、帰ってくる答えを知っていた。


「私は――澪。ここの整備士」


 彼女はキッと柳眉をつりあげて、俺に傲然と言い放つ。


「私が整備した雪虫で、ヘマをしたら許さないから」


 とんでもない少女だった。

 呆気に取られる俺の内側で、俺は今、自分の記憶を見ていると気づく。

 どうせまたショック症状のフラッシュバックだろう。

 しかし、昔の澪は今の彼女とは全く違う強烈さがあった。

 それも無理はない。

 身長が二倍も違う黒人整備士に対し、果敢に意見を飛ばしている情景を遠巻きに眺める。

 自分の抱える量産HUD一体型ヘルメットを見下ろして、自嘲が浮かんだ。

 適性を言い訳に赤札を貼り付けられた俺とは立場が違う。

 彼女は将来を嘱望された一技術者として、機躰の整備を任せるためだけに招聘されたのだ。

 情景は飛ぶ。


「また装備が刷新されたのか……おい? 大丈夫か、顔色悪いぞ」

「……あぁ? ああ……平気よ。あんたこそ、今度の新装備のマニュアルもきっちり覚えてきてよね」


 人を殴り殺せそうな分厚いマニュアルを俺の腕に投げつけて、澪は生あくびとともに立ち去った。

 シートに腰掛けたまま、操縦士たちがゴトリと機躰の装甲を下ろす姿を見る。両手にも巨大な機材を抱えて、機躰の内側を覗き込んでいた。

 振り返って、ハンガーのハッチに寄りかかる澪を見やる。

 澪の細い体には、いかにも過酷そうだ。

 だがそれは杞憂だった。半分だけ。


「相変わらず眠そうだな。また遅くまで勉強か?」

「人のプライベートに首突っ込む気? いいから、あんたは新しい装備を覚えてよね。装備刷新に間に合わせてくれるのが、あんたの唯一の取り柄でしょ」


 南極基地特有の、日々刷新される技術とその発見によって生み出される試作兵器。彼女はそれを五度も乗り越えた。見た目より遥かにタフな少女だ。

 整備というのは、結局は体力勝負だ。技術力が高くても、出撃と帰還を繰り返す機躰を毎回正確に整備できなければ意味がない。

 計器を整備する手を休めた澪は、ハンガーの分厚い壁を見上げて顔をしかめた。


「たまには日差し浴びたいわね。時間感覚が狂っちゃいそう」

「日サロ行ったら?」

「バカ、そーゆーんじゃないの」


 俺は反論しなかった。

 スパナで脛を殴られて、それどころではなかったからだ。


 ……慣れない環境と日々刷新される技術、南極大陸特有のピーキーな機躰『雪虫』は、それでも澪には重荷だった。

 いや、まだ肉体的に未熟な若年だったからこそかもしれない。

 また情景が飛ぶ。

 俺はシートに押し込まれていた。出撃直前の最終調整。今度は新しい推進器のテストも兼ねていた。

 ごつん、とヘルメットに軽い衝撃。

 見上げれば、澪が顔を押し付けている。


「どうした? 無事を祈るキスでもしてくれるのか?」


 反応がない。


「澪?」

「こら、――! なにボサっとしてんだい! 接続ユニットの配線は終わったのか!?」


 がば、と澪は跳ね起きた。


「は、はい!」


 スパナを握り締めたまま顔をこすって、がつりと自分の側頭部を打った。よろめきながら機躰を降りて、コックピットハッチを閉める操作をする。

 ハッチが閉まる直前、澪はキッと俺をにらみつけたから、俺が笑っていたことに気づいたのだろう。

 出撃シークエンスに乗せられて、カタパルトに機躰が立つ。


「接続」


 五感が千切れてつなぎ直される衝撃――が、特にこなかった。

 視界がぼやけている。


「……浅い?」

『二号機、どうした? 何か問題か?』


 この違和感を口にするか迷って、


「……いや、問題ない。二号機、射出!」


 そして、着地の衝撃で接続が切断され、俺の意識は消し飛んだ。


 澪は、とても簡単な配線ミスをした。

 その機躰で出撃した俺は、吹雪の只中に取り残された。三日間だ。

 射出直後なのだから、基地は目と鼻の先に違いない。

 しかし、地吹雪に閉ざされた南極では、その数秒の距離が致命的に遠かった。

 あと一日、いや数時間も吹雪が続いていれば、完全に埋没して発見は不可能だっただろう。

 といっても意識がなかったから時間感覚はない。ごく一部を覚えているだけだ。

 その二時間。

 暗闇に閉ざされ、右を見ても左を見ても、瞬きをしても景色が変わらない。

 吹き飛んだ機躰のおかしな重力に晒され、じっとしていると頭がおかしくなりそうだった。

 しかし何一つとして手段はない。

 無線は届かず、発煙筒は意味がなく、基地の方角さえ定かではない。

 基地が見えないかとコックピットハッチを開け、


「――いッてェ! くそッ!!」


 寒い、という感覚を超越した冷気が吹きつけ、閉鎖ボタンを拳で何度も殴りつけた。

 開きかけたコックピットハッチが閉じる。

 しかし、手遅れだった。

 小さな空間は、吐息すら凍るほど冷えきってしまった。

 その後の悪あがきは、どうだったか覚えていない。ただただ、無限のような二時間が過ぎた。

 そうして俺はようやく悟る。

 帰る手段は一つだけ。

 機躰と再び『接続』し、再起動させること。


 ……奇跡的に吹雪が和らぎ、雪原から飛び出した機躰の一部が発見されたとき、既に三日が過ぎていた。




「バカ隼人」


 横たえたミサイルポットにも似た望遠鏡が鎮座する、広大な半球状の空間。

 隣でベンチに座る澪が、俺を見上げて吐き捨てた。

 展望台。

 天文図は剥がれかけ、コンソールは埃をかぶり、閉ざされたドームが空を灰色に覆う。

 目は開いている。

 何が起こったのか分からない。

 澪は怒ったと分かりやすいよう頬を膨らせて、俺をにらむ。


「なに、ボーっとしてるの?」

「あぁ……えっと、遭難したときのことを思い出して」


 咄嗟に、正直に答えてしまった。

 澪の顔色がさっと暗くなる。


「……あのとき。ごめんね」

「いや、仕方ないって」

「そうじゃなくてさ。……あのとき、私は隼人を恨んで、けなしてた。私の整備した機躰で遭難した間抜けって」

「知ってる。俺に対する悪口のネタは、あの時に出尽くしたってよく言われたよ」


 今さら小さくなる澪を、笑い飛ばす。そんな過去は、もう拘泥すべきものではないのだと。

 しかし澪にとって、それは簡単なことではないらしい。


「……怖かった。私、初めてショック症状を見たから」


 カフェオレの入ったタンブラーを握る細い指先に、力が込められる。

 思い出す。

 救助されて最初に覚えている光景は、雪まみれで立ち尽くす自分の肉体だ。

 目は虚ろにどこも見ておらず、手足に力はない。左肩の一部が引き裂かれて、中身が覗いていた。

 そんな自分の体を見る俺自身は、痛みの一つも感じない。

 体感覚の大半が、ごっそりと失われていた。

 人伝の話だが、俺は喚き散らしながらひどく暴れたそうだ。怪我人も出た。鎮静剤を打ち込まれて強制的に眠らされた。


 三日後に目覚めたときに見えたのは、天井に吊るされたバカでかい鏡と、鏡面の俺に貼られた三十六ヵ国語に及ぶ俺の名前だ。

 ハッキリ言ってめちゃくちゃ怖かった。

 俺が俺以外の何かにされようとしていた。そう思った。

 事実は逆で、機躰を自己と同一化していた俺に、俺自身を再認識させる試みだったという。正直、ナンセンスだと思う。

 遭難を含め、災難の大半を気絶して過ごした俺にとっては、その程度の話だ。

 しかし、すべてを正気で過ごした澪のほうこそが、気が狂いそうな自責の重石に苛まれていた。


「原因が判明したのに、誰も口に出して私を責めなかった。みんな、私が隼人をどう言ったか知ってたのに」


 九死に一生を得た人間が真っ先にしたのは、血を吐きそうな勢いで機躰に手を伸ばす、気の触れた姿だ。

 原因は自分。

 自分が整備ミスをしたせいで。

 自分が基地で暖を、食料を安眠を酸素を供与される担保である『機躰整備』での過失で。

 自分のせいで人が極寒の死地に放逐されている間、自分はのうのうと、彼に供与されるべき貴重な生存資源を貪っていた。

 あろうことか、死ぬ間際にいる相手を嘲笑し、愚弄した。

 適正のない機躰に接続しようと――遠回りな完膚なき自殺を――試みて、謹慎処分を食らった。

 なんの不便も恐怖もない暖かい場所に取り残された。

 地獄のほうがまだマシだ……と、彼女は滔々と語ったものだ。

 この観測台で。

 俺が眠ってから目を覚ますまで閉じこもっていた、この部屋で。


「ねぇ。なんで私を恨まないの?」


 澪を探しに来たあのときと、同じ質問。

 もちろん全く恨んでいないわけではなかった。しかし、それをぶつける気にならなかった。

 それはまったく単純な話だ。


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