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怪獣とロボットの競演<コンピート>  作者: ルト
第一章:GZ<すべてのはじまり>
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第十八話:つかみ抗い切り開く

 怪獣は消化器官を持たない。怪獣は食事をしないからだ。

 怪獣は生殖器を持たない。怪獣は繁殖しないからだ。

 怪獣は睡眠を取らない。脳の一部を順番に休ませながら活動しているからだ。彼らの高度な脳器官と動物的な行動ルーチンの由来はそこにある。

 なぜ俺は、怪獣を動物と同様に捉えていたのだろう。

 食わず、()えず、休まない。

 つまり、怪獣は生体構造物であっても、生命体ではない。

 卵とは、雛が生存するためのエネルギー貯蔵庫だ。産み出されたときに保持するエネルギーで役目を遂げる。

 自切された蜥蜴の尻尾、あるいは動く無精卵。

 怪獣はそういった『持っているエネルギーが尽きるまで活動する生体構造物』に過ぎない。ただ高度というだけの。

 ゆえに、GZ型はこの定義において『怪獣ではない』。


 左右の武器を捨てる。

 アーセナルから、容量の実に半分を占める巨大な二門の兵器をそれぞれ持った。


『聞こえるか、対GZ型!』

聞こえる(グリーン)。どうしたの、ハヤト?』

『直ちに砲撃を止めろ! それは、GZ型を助けるだけだ!』


 叫ぶうちに、『やはり』怒ったGZ型が、俺に向かって足を蹴り出した。

 粉砕された基地の残骸が、投石機の(つぶて)代わりに降ってくる。

 走行方向を変えて回避。武器が重い。

 それでもなんとか着弾コースから退避できた。


『GZ型の体細胞はすべてが万能細胞だ。怪我は意味を持たない。俺たちの火力で有効な“欠損”を与えることはできない。骨髄がある限り、あの背骨は砕けない!』


 防犯シートを貼ったガラスと同じだ。

 ハンマーで叩いても蜘蛛の巣状のヒビが入るだけで、割ることができない。

 骨髄の粘性が割れた骨の分離を防ぎ、GZ型細胞が瞬く間に癒着させてしまう。

 一撃で剥離させなければ、意味がない。


『GZ型の弱点は、本当の弱点は“体温”だ!』


 GZ型は咆哮を上げ、俺に向かって猛然と駆け出した。

 衝撃だけで地面を響かせ、雪片が吹き上がる。

 ひと蹴りで瀑布のように雪の壁が広がっていく。

 大きすぎるために分からないが、その巨体から生み出される推進力はロケットをすら思わせる。

 咄嗟に、アーセナルに座標情報を叩き込む。逆噴の推力を最大に跳ね上げた。

 ジェット気流に蹴散らされた雪が円錐形に広がっていく。

 加速に体が軋む。

 ベルトのある肩や腿を中心に痛みが発せられることに少し笑えた。自分の本来の体が思い出せそうだ。

 脳みそが前部に偏ったような疼痛(とうつう)とともに視野狭窄(しやきょうさく)が起こる。

 赤黒い視界の向こうで、サーモグラフィーが真っ白に描くGZ型のシルエットがある。温度が高すぎて計測できない。

 そのなかで、わずかに脇の一点が色付いている。


 氷柱の打点。

 氷を当て続けたら体温が下がって当然だ。

 GZ型の特異な点は、あの背ビレ。

 吸熱器官を持つ――エネルギーの補給手段を持つ、という点にある。

 補給するような熱のない南極にあってなお恒温ということは、GZ型にとって吸熱は失ったエネルギーを補填(ほてん)する程度の意味しかないだろう。

 しかし、本体は莫大な熱エネルギーを保持し続ける――保持しなければならない生命活動を行っている。

 感覚(センサ)を切り替えた。

 改める間でもなく、『不自然な放射線は観測されない』ことを確かめた。

 では、もう一つだ。

――核融合。

 俺には、それくらいしか思いつかない。

 巨体でなければ実現できず、巨体を維持するエネルギーを生み出し、それでいて物質的な補給に意味が薄い、恒星級の熱量を生産しうる原理など。


「さぁて。今度はこっちの番だぜ、『GZ型』」


 両手の二門が、きいぃ、と甲高い音を立てて回転する。

 充分な速度に至った瞬間、自動装填装置が稼働し、


 吹雪が伸びた。


 機躰サイズにおいても巨大なガトリング砲が、膨大な氷柱の奔流を吐き出している。

 一つ一つが槍のようなその弾幕は、GZ型をして、その速度を緩めさせるほどのもの。

 鈍った足に追いついた対GZ型部隊が、全方位から氷柱の弾幕を浴びせかけた。

 まるで逆巻くハリネズミだ。

 シルエットの白色が見る間に鈍りを見せていく。

 恒温動物とは『一定の体温が保たれている』ことを前提にする生態だ。

 適した体温のとき臓器が最も効率的に働く。

 逆に言えば、体温を一定以上乱せば、不調を来す。


『効いてるぞ!』

『このまま続けるんだ!』


 誰がそれを叫んだものか。

 もがくように体を揺すり、GZ型が口腔を大きく広げた。

 瞬間、

 雪原がGZ型に殺到する。

――凍っていく。


 戦慄とともに、砲撃の穂先を足元に変えた。

 砕けた雪と氷が吹き上がって壁になり、

 水蒸気爆発して消し飛んだ。

 機躰の姿勢は辛うじて保てている。尻餅をついた姿勢から立ち上がり、とにかく滑り続けた。

 サーモグラフィーが暗く塗り潰されている。至近の爆発にやられたらしい。

 他にも当てにならない損傷が大小合わせてざっと五十。肝心要の自己診断システムがバカになって、センサが見当たらないと泣きわめいている。

 そいつを黙らせ(どうやってかはよく分からない)、高度計と水平計(だいたいのかんかく)に従って姿勢を微調整。進路を正す。

 次いでようやく、どれほど致命的なことが起きたのか気づいた。

 対GZ型部隊が全滅している。

 いや、違う。

 生死不明、通信途絶。

 吹雪が機躰を覆い、もはやGZ型という巨大な熱源を示すノイズが分かるのみだ。

 そんなの、砂漠で「太陽が出ていることは分かる」と言うのと変わらない。

 警告する暇もなく、GZ型はすべてを終わらせた。


「……ははっ」


 吹雪の向こうで、ノイズは迫り続けている。

 相手の方がわずかに優速。いずれ必ず追い付かれる。

 対GZ型部隊が無事かどうか、確かめる気にもならなかった。どうせ探す術はない。

 辺りを見回す。濁った白が一面にある。


 吹雪。

 断絶と孤独のノイズ。絶望の色。

 色以外に『見える』ものが、切々と俺に絶望を促した。

 気温が『変わっていない』のだ。

 氷が蒸発するほどの熱放射をしておきながら。自身が莫大な熱源でありながら。

 俺は致命的な勘違いをしていたらしい。南極は奪うほど熱がないと思っていたが、GZ型には関係がなかった。


――科学的世界、というものがある。

 空気抵抗ゼロ、摩擦ゼロ、熱損失ゼロ。

 そういう非現実的な、数式の上のありえない世界(ユートピア)

 GZ型は『それ』だった。

『足し算』と『引き算』で出来ている。

 吸熱は温度を体に転化する。

 空気も空間もエネルギー伝達効率も関係ない。一切の遺漏も損失もなく、吸熱は、ただ周りの温度を『引き算』して、自分の体に『足し算』する。

 自分の放熱は多少周囲を暖めても、背ビレに吸熱され、プラスマイナスゼロ。

 熱放射に至っては、蓄えた熱を『引き算』して、場に『足し算』する。熱は拡散することすらなく、電離現象(プラズマ化)を起こすまで、為されるがままに加熱する。

 GZ型は『足し算と引き算』で生きていた。


「こんの、野郎!」


 ガトリング砲をぶっ放す。

 氷柱の怒涛がノイズへ伸びていく。

 反応を追える。

 それは無為に飛び散ったエネルギーが検出されていることを意味する。


「馬鹿にしやがって、ちくしょうが! ふざけんな! 何様だ、てめぇは!」


 涙が出た。

 目の前が歪む。

 拭うことすらできない。

――文明の象徴は、火とされることが多い。

 火を(おこ)し、エネルギーを扱いうることこそが、知性的人間(ホモ・サピエンス・サピエンス)の証明とされたからだ。

 焚き火など。

 いや、電気や電子網ですら。

 なんと幼稚な技術なのだろう。

 あのGZ型の超合理的なエネルギー転換に比べれば、すべてが霞む。

『足し算』と『引き算』という、『数学的に不自然な現象』を意のままに、世界に映しうる能力なんて。

『|神が宇宙を書き示す記号(すうがく)』そのものだなんて。


「そんなの、ほとんど神様じゃねぇか……!」


 馬鹿にしている。

 あるいは、馬鹿にされている。

 ぴん、と微細な信号を感知。

 同期しかけて、吹雪に遮られた。

 アーセナル。

 澪の送り出した手助け。

 まるで眠気に覆われた思考が、すっぱりと目覚めるようだった。


「――あぁ、そうだった」


 昨日の夕飯は何、というクイズの答えを唐突に思い出す、あの感じ。

 俺は澪のところに帰らなければならない。

 そのためにGZ型を、どうにかしなければならない。

 相手が何であろうとも、その責務には何ら関係がない。

 例え相手が破壊神(ゴジラ)であろうと、すべての怪獣の源(グラウンド・ゼロ)であろうとも。

 アーセナルとの通信が復帰する。

 俺が遠回りする間に、カタログスペック通りの速度を発揮して目的地に着いていたようだ。オーバーレイ表示された武装情報を確認して、速度を絞る。


 GZ型は未知の部分が多い、神すら思わせる存在だ。

 だが、情報が何一つ成り立たなかったわけではない。

 アーセナルをハンガーユニットで無理やりにピックアップし、スロットルを開ける。

 減速と重量増加で、GZ型との距離は大幅に縮まってしまっている。

 だが、まぁこのくらいあれば、大丈夫だ。たぶん。

 対GZ型部隊に手伝ってもらえればよかったのだが、通信手段がないのだから仕方がない。


「やってやるさ」


 何かをどうにかして何とかするための、知恵を絞った悪あがきを。

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