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怪獣とロボットの競演<コンピート>  作者: ルト
第一章:GZ<すべてのはじまり>
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第十五話:神ならぬ

 ばぐん、と壁面が響いた。


「なんだ!?」


 空気が弾む。耳が痛い。衝撃に一瞬だけ壁がたわんで見えた。

 船の装甲で音がバウンドする。

 音は振り払われ、彼方で爆撃された。

 装甲を震えさせた音の揺らぎが遠退いていく。


『艦内、だいじょうぶか?』


 無線がつながれ、砕氷船を守った童女の声が流された。

 アンジェリカだ。

 息が詰まった。

 衛生兵が、どこかにあるマイクへ叫ぶ。


「大丈夫、問題ない! 迎撃を続けてくれ!」

『わかった!』


 排気音。機躰が屋根のどこかから離れていく。

 それを耳に感じながら、ぼんやりとつぶやく。


「アンジェリカは戦ってるのか」

「ああ。急に怪獣が活性化して、方々から集まってるみたいでな。こっちに回された整備士は少ないから、大忙しだ」


 問いのつもりはなかったのだが、衛生兵が返事をした。

 怪獣が活性化している。

 思い浮かべて、思考が何かにつまずいた。

 立ち去ろうとした衛生兵を見上げる。


「……なあ。怪獣は、お互いに争ってないのか?」

「あ? そんな話は聞いたことないな。あぁ、共食いはない。急にどうした?」

「気にするな、もう行ってくれ」


 怪訝そうな衛生兵を気にかけている余裕はなかった。


「ああ、そういうことかクソッタレ」


 立ち去る衛生兵に聞こえないよう、毒づく。

 彼に聞かれたら、きっと止められる。

 泥のような腕を伸ばし、芋虫のように機躰に這い上がる。

 怪獣が人間たちを襲うのは、原則的に、自衛のためだ。

 どこからともなく自然発生しておいて、彼らはテリトリーを持ち、侵入したものを過剰に攻撃する。縄張りの外に逃げたくらいでは許してもらえないほど徹底的に。

 それはマーキングなどを行わない彼らの示威行為であり、先制的防衛手段だ。

 毒虫が独特の姿を持つように、蜂が羽音で威嚇するように。

 怪獣は己の攻撃性をもって、縄張りに寄るなという叫びを刻む。

 ただ生きていく、そのために必要な行為として。

――ならば、なぜ怪獣は互いを敵に取らないのか?

 一つには絶対数が少ないこともあるだろう。縄張りが重なることは稀だ。

 これまでは、それだけだと思われていた。

 ぐっ、と足に力を感じる。拓也が何も言わず、肩で俺を押し上げてくれていた。

 彼にうなずいて、顔を上げる。

 機躰を這う。


「見落としてた。勘違いしてたんだ、俺たちは」


 シートのベルトに指が届いた。

 手首に巻き付け、命綱と手掛かりに使う。足に力が入らない。足が上がらない!


 南極では連日怪獣と遭遇するような、いわば「テリトリーの過密状態」にあった。すべての縄張りが重ならないことはあり得ない。

 怪獣は繁殖しない。怪獣に系統的な繋がりが存在しない。それがこれまでの結論だった。

 だが、そうではないとしたら。

 彼らは彼らなりに同胞を識別し、互いを損なわないような生態系を築いている。

 いや、それどころではない。

 怪獣には社会性もコミュニケーション手段もない。

 にも関わらず、怪獣には仲間意識がある。連携して生きているのだ。

 現に、まるで群れのようにこの船を襲っている。

 怪獣には、個々の特質を越えた連接を、絆を持っているのだ。

 彼らの連帯感を前提に、彼らの高度な脳構造が生み出す判断力を鑑みれば、この砕氷船の位置付けが変わる。


 この船は彼らにとって、分かりやすく敵だ。

 怪獣技術を満載し、仲間の骸をべたべたと全身に飾り付けて、堂々と行進している。

 怪獣に道徳観念や倫理観があるならば、当然。ないとしても、怪獣に比肩する攻撃性を保有する脅威として認識することだろう。

 攻撃性をこそ生存の担保とする怪獣にとって、この『敵』は排除しない理由が存在しない。

 同じことは基地にも言える。

 怪獣技術をふんだんに試用していた基地は、GZ型に拓也を無視させるほどの関心を喚起した。

 その関心は、基地に埋まる二号丸砕氷船にも向かうだろう。


「つまり、」


――よし。

 操縦桿に手が届いた。

 ハイハイを覚えた子どもよりもぎこちなく、身体をコックピットにねじり込む。


「つまり、怪獣は二号丸の破壊に執着する」


 一刻の猶予がどうという地点は、遥かに通りすぎた。

 とっくに手遅れかもしれない。

 それでも、行かなければならない。

 理由も、希望も、合理性も何もない。

 全身から衝動が突き上げる。

 単純にひたすらにひたむきに、行きたいから。それだけだった。

 四肢を操縦桿に預ける。

 機躰の機械部分は幸いにも電源が落とされていなかった。

 生身の部分は――さて、どうだろう。


「拓也。嫌な仕事を頼む」

「気にすんな。お前が何を思い付いたのかはわかんねーけど、行かないと死にそうだってのはわかる」


 拓也は顔を歪めた。笑ってくれたのだろう。

 こんな認識や推測は、生まれてからひたすら続けた人間同士の関わりで経験を重ねて辛うじて成り立つ。他人と関わる社会性は、後天的に馴らされたものだ。

 ゆえに、怪獣が仲間を識別する能力は、怪獣個体に由来しない。怪獣には、仲間と関わる経験がない。

 かといって、先天性に仲間を識別する、例えばフェロモンなど生得的な特性もまた持っていない。

 様々な怪獣を何体も解剖し、細胞の一片まで研究し尽くしたのだ。少なくとも機躰は、友軍識別を機械的に追加してようやく行っている。

 ならば、どうやって?

 残るブラックボックスは、GZ型だ。

 少なくとも、周囲の怪獣を昂奮させる程度の影響力を備えていることは、間違いないのだから。

 コックピットハッチを閉鎖しようとして、警告。拓也の手がハッチに置かれたままだった。


「おい、危ないぞ。なにを――」

「なぁ、隼人。俺は……間違えたのかな」


 拓也は、俺を見上げていた。

 ショック症状が尾を引いて、身動きもままならない体で、その足で立って。


「基地から離れるように誘導していれば、基地に逃げるようもっと早く連絡出来ていれば、こんなことをさせる必要になんか」

「馬鹿言え」


 俺は、強いて笑って返した。


「神じゃないんだ、先のことなんて分かるもんか。GZ型は基地が見えもしないうちから襲うなんて、誰も予想できないだろ」


 拓也の言ったとおりだ。怪獣は目に付いた動体に攻撃すること以外、何も執着しない。食事も睡眠も必要ないのだから。

 そうでない理由は、そうでなかった結果から推測しただけ。

「原因」という概念は、結果が存在して初めて発生するものだ。


「背負っても意味のない重荷(もの)を背負うのは、自己陶酔だ。拓也、お前は背負わなきゃいけないお前の仕事を果たしてる。だから次は、このために待機してた俺たちの仕事だ」


 分かったらその手を離せ、と追い払うように手を払った。

 拓也は苦笑して、降参するように手を上げた。

 敢えて誤魔化されることを選んだように。

 それでいい。

 拓也は、拓也にできることをして、充分以上の成果を出した。それが事実だ。

 たとえ虚勢でも構わない。心に余裕があれば、その事実が彼の心を支えてくれる。

 コックピットを閉鎖し、ベルトを絞めバックルで固定し、搭乗手順を守る。HUDヘルメットを被って、配線の正しさを確かめた。

 ふぅ、と一息入れる。


 拓也のIDが機躰の管制を握っている。

 表示されるその文字列が、じっと機躰を見つめる拓也の姿そのものに見えて、心強い。

 頼んだ仕事を守ろうとしてくれている。

 鈍く頬が持ち上がった。どうやら俺は笑ったらしい。

 拓也には、万が一に備えてもらう。

 俺が接続に失敗して、怪獣の本能を走らせて暴れるようなことがあった場合。

 俺を殺す手配をすること。

 深呼吸して、息を止めた。

 二度と吸わない覚悟のつもりで、盛大に失敗したことに気づく。ならば吸わなければよかったのだ。吐いたらまた吸いたくなってしまう。

 息が苦しくなる前に、体が熱くなる前に、脈拍を上げて己の生存を脳に訴えあげる前に。

 喉から絞り出す。


「――接続」


 意識を爪で掠め取られた。


 意識が戻ったときには、深海に引きずり込まれていた。

 肺の空気が膨張し、爆発する。寸前、体がひっくり返る。

 今度は急激に深海から引き上げられ、水圧を失った肺が空気を気管ごと吸い込んで爆発した。


「がばっ、ぼっ! ごぼぇッ!」


 不気味な咳を吹き出して、目が開いた。

 ハンガーを見渡すバイザーを透かして、コックピットの天井が見える。

 体がシートからずり落ちそうなほど傾いていた。ベルトに抑えられていなければ落ちただろう。


「あれ?」


 自分の喉から自分の声が自分が意識した通りに出て、驚く。

 また幻覚を伴う重篤なショック症状を覚悟していたが、軽いもので済んだ。

 どうやら雪虫は夢も見ない深い眠りに就いたらしい。俺という夢の材料を失ったためか。

 機躰は――動く。操縦が優越している。

 拓也に片手を振り上げて合図し、機躰をトレーラーから下ろす。

 ポッド状の昇降機に入り、マニュアル操作で起動。ミサイルサイロに似たハッチを開けて甲板に上がる。

 基地ならばエレベーターが延長されていてカタパルトまで運ばれるのだが、砕氷船はここが終点だ。

 白い風が吹き荒れる。


『隼人!』


 ぶわ、と噴射の飛沫を撒いて、雪虫が隣に急停止した。

 アンジェリカは俺の隣に降りる。


『隼斗、体は大丈夫なのか?』

『ああ』


 たぶんな、とは続けなかった。

 先ほどのショック症状は、どこまでが錯覚だったのか分からない。

 今も口から血を吹いていることもあり得る。

 生身の感覚が遠く、脂汗が引いたかも感じられない。

 心配そうに機躰ごと肩を落とすアンジェリカに、何かしてやれないかと思い、


『なぁ、アンジェリカ。お前は俺を好きだと言ったけど、それって、勘違いなんじゃないか?』


 嘘を残すことにした。


『……どう、いうことだ?』

『だから、刷り込み効果だよ。思い出してみろよ。アンジェリカが俺を好きなんじゃないかって思い始めたの、拓也に何か言われてからだろ?』

『うぇ……? あ……うん……?』


 アンジェリカは曖昧な返事をする。

 どうやら思い当たる節があるらしい。

 うまいぞ、と思った。

 つかまえた、と。


『冷静になってみな。澪ともっと話したいと思わなかったか? 拓也は? 部隊の仲間と話して楽しくないか?』


 首を引いてアンジェリカは応えたらしい。そんな感じに機躰が揺れる。

 俺も、肩をすくめるジェスチャーを機躰に伝える。


『つまり、そういうことだ。拓也にしてやられたな』

『えー、あぁ、あう……うう……』


 アンジェリカは、プルプルと震えていた。彼女の機躰ごと。


『たぁあくやめぇぇ――ッ!』


 地団駄。

 見えないのをいいことに、声を殺して笑った。きっと今の笑顔を見られたら、一瞬ですべてバレてしまう。

 アンジェリカはすっかり想いを冷まして、怒りに燃えているようだ。拓也には悪いが、このくらいの責任は取ってもらう。


『アンジェリカ。お前に、ぜひ頼みたいことがある』

『ん、なんだ? できることならやってやるぞ!』


 朗々と溌剌な、普段のアンジェリカ。

 彼女になら託せる。


『拓也を――この船を頼む』


 ペダルを柔らかく蹴り込んだ。

 船縁から飛び降りた機躰は、一瞬で風雪に洗われ、計器が狂ったように躍り、天地が失われる。

 砕氷船の進む轟音が少しずつ遠ざかっていく。


 白に呑まれた。

 いつものことだ。

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