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怪獣とロボットの競演<コンピート>  作者: ルト
第一章:GZ<すべてのはじまり>
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第十三話:南極基地

 重厚なハッチの向こうに広がるハンガーには、黒山の人だかりができていた。

 全職員に集合がかけられたようだ。

 視線が集中する壁の一面、その中央にパイロットスーツ姿の青年が見える。

 彼は、拓也とバディを組んで出撃したはずの兵士だ。緊張した面持ちの彼は、隣の軍服をしきりに気にしている。

 壮年の男性、軍服の肩に走るリボンを見て、息が止まった。

――何があった?

 その存在だけで、ことの重大さを知らしめる。

 ざっくり言えば、基地で一番偉い人間だ。

 その地位は、ハンガーのような現場の最前線に「いてはいけない」域にある。

 それだけのことが起こったのだ。


「――軍曹。報告を」


 高官は短く求めた。

 硬直していた兵士は慌てて敬礼を取り、


「報告します! 我々第三遠征小隊は、南西方位の雪原にてGZ型を発見! 報告に帰還致しました! ――上等兵は追跡を志願し、監査を続行しております!」


 その短い報告に。

 ハンガーは奇妙な光景が広がった。

 集まる人々が揃いも揃って、ぽかん、と口を開けて兵士を見つめている。

 無理もない。バディを置き去りに帰還した、その理由がGZ型だ。

 GZ型だって? あの伝説の、南極基地が存在を希求する、雲をつかむようなあの怪獣?

 馬鹿げている。

 きっと誰もがそう思ったに違いない。

 しかし俺はそう思わなかった。

 それが拓也だからだ。

 あいつなら、そんなこともあるだろう。

 そして、高官も。

 彼は厳かにうなずき、爆発のような大声をあげる。


「聞いての通りだ。緊急事態宣言を発令する。各員、砕氷船の起動準備に入れ!」


 群衆のざわめきを叩き潰す、決断的な命令が放たれた。


「現時点をもって、南極基地を放棄する!」




 南極基地は、大雑把なスフィンクス像の上半身に似ている。

 ヤケクソのように築かれた巨大な基礎の上が三つのブロックに分かれるのだ。

 両腕には巨大なハッチがあり、補給船の収容、格納庫および機躰を射出するカタパルトを擁している。ヘリポートも備えているのだが、風雪に埋没して久しい。

 中央は無用の長物たる観測台を冠に、食堂やレジャー施設、各種研究室を含む居住区が設けられている。

 ハンガーや糧食貯蔵庫、そして基地の発電設備はどこかというと、右腕の中にある。

 砕氷船。

 この移動する前線基地こそが南極基地の核だ。

 最近やってきた補給が、増員に対応するための左腕の砕氷船だったのは、不幸中の幸いだろう。

 でなければ、二人部屋の船室に四人を押し込んでの航海になっていた。

 機密の処分、廃棄する器具の安全確保、私物の整理そして南極基地そのものの放棄。やることは山ほどある。

 廊下ですれ違う人々を見て、


「忙しそうだなぁ」


 機躰に乗るだけの俺はその手合いの仕事がない。


「他人はいいから、自分の心配をしなさい」


 澪の叱責が返された。

 整備用具をまとめたベルトを下げる彼女は、まだ仕事が残っているようだ。

 澪は首を小さく傾げる。


「搭乗者は全員機躰で出撃するんでしょ。大丈夫?」

「ああ。出撃前の整備に追われてると思って、澪の荷物もまとめておいたぞ」

「え? あ、ありがと」


 澪は少し顔を赤くしてバックパックを見て、俺にジトッとした視線を戻す。


「中身、見てないでしょうね」

「見るかよ」


 実は少し見た。

 私物は一袋分しか持ち込めないとはいえ、就寝時刻でもなければ部屋に出してあるものだ。

 音楽プレーヤーや私服、邪魔に退けてあったサバイバルパックを片付けるときに、少し下着が見えてしまった。

 そのパステルブルーは「見えた」であって「見た」のではないから、嘘はついていない。

 嘘じゃないんだ。


「とにかく受け取っとくわ。ありがと」

「いや、運ぶよ。すぐそこだ」

「え? ……あぁ、隼人は聞いてないか。整備員は大半が二号丸に移るの。予備パーツで一機でも多く機躰を組み立てるんだって」


 思わず言葉の継ぎ穂を失った。

 二号丸とは、新しく配備された砕氷船の仮称だ。

 運営に組み込まれていなかったため、まだ機材の置換が終わっていない。後始末に時間のかかる研究員が乗ることになっていた。

 徹底的にやる気らしい。だが、何を?


「隼人!」

「アンジェリカ?」


 パタパタと音を立てて、尾を引く金髪が駆けてきた。彼女の後ろに長身のゲルマン系女性がついている。特殊部隊の同僚だろう。ひょっとしたら、アンジェリカの言う「えげつない先輩」かもしれない。

 胸につけたネームプレートの図形は分からないが、少尉のようだ。小隊長。


「隼人! ……あの」


 アンジェリカは苦しそうに顔を背けた。

 胸に走った痛みは努めて無視したつもりだが、澪に隠すことはできなかった。

 何かを察したらしい澪は、顔を曇らせて唇を噛む。

 アンジェリカは振り切ったように顔をあげて、大きく口を動かした。


「対GZ部隊は、迎撃に出ることになった! おまえは砕氷船の直掩(ちょくえん)だよな?」

「あぁ、そういう通達かあったな」


 しかし、それを何故今確認するんだ?

 アンジェリカの肩に手を置いて、女性が俺に微笑んだ。


「アンジェリカはウチの任務から外すから、彼女をお願いしたいの」

「えっ!?」


 驚いて飛び上がったのはアンジェリカだった。

 彼女も初耳だったらしい。


「な、なんで? あたしがみそっかすだからか!?」

「バカね、あんなの冗談に決まってるでしょ。理由はもっと単純。あなたが一番若いから。つまり、機躰との接続経験が少ないからよ。――『私達』のノウハウを、誰かに引き継いでもらわないといけないもの」


 ただの保険だけどね、とウインクに本音を隠して見せる。

 驚いたのは俺だけではないようだ。

 澪の困惑した瞳が見えた。

 視線の向こうで、考えていることが同じだと悟る。

 彼女は――対GZ型の特殊部隊は、GZ型との戦闘を目的としている。

 全滅を前提としての戦闘を。

 徹底的にやるつもりなのだ。

 撤退戦を。逃亡を。


 疑問がパタパタと嵌まっていく。

 基地がひたすら哨戒を繰り返していたのは、GZ型が南極の地にいると推測していたからだ。

 だから「最悪の敗北」を避けることに全力を尽くしていた。

 つまり、基地が怪獣の魔手に落ち、最新の研究成果が失われることだけはないように。

 南極は研究にうってつけの局地であり、怪獣技術発展のためには多くのサンプルが必要だ。

 今ではないいつか、GZ型を超克するために。

 不自然な天候不順や怪獣の増加といった異常が重なり、GZ型の存在が濃厚になるにつれ、警戒と研究のサイクルを早める必要が出た。南極基地の増員はそのための手段だ。

 加速したサイクルは、対GZ型の特殊部隊を招くに至る。

 接続適性の高い彼らは切り札だ。

 勝つためではなく、負けないための。逃げ切るために最も確実な手段としての。

 不安が鎌首をもたげた。

 拓也は、そんな相手を追跡しているのか?


「心配してもしょうがないよ。私達にできることをやろう」


 澪が見透かしたように言葉をかけてくれる。

 いや、俺だけに言ったわけではないかもしれない。彼女の顔も大きな不安に覆われていた。

 なにか言おうとして、


『一号丸、出航シークエンスを開始する! 搭乗員は直ちに乗船せよ!』


 雑音混じりの放送に断ち切られる。

 雑音が混じるのは、再生する音声情報に欠損が生じたからだ。

 通信系統が混乱しているのかとも思ったが、違う。既に砕氷船は基地から切断されているのだ。

 今の基地には予備電源しか残されていない。


「ねぇ、二人とも……」


 そう口を開いた澪は、続く言葉を忘れたように戸惑った顔をした。

 ぎこちなく笑みを浮かべ、俺とアンジェリカの肩を押す。


「うぅん、なんでもない。気を付けてね」


 ハッチに直接接舷されていた砕氷船はもはや離れ、頼りないタラップが延びているはずだ。


「澪」


 振り返って、彼女の腕を取る。

 目を丸くした澪に、


「澪はなにも心配しなくていい。いざとなれば俺が、」


 遮られた。

 口に澪の細い指が乗せられ、言葉を封じられる。

 彼女は笑う。

 穏やかに、少し悲しそうに。


「後で、ね? 次に会ったときに、聞くから。私にも言いたいことがあるし」


 指は離されたが、封をされた言葉は出てこない。

 澪は頷いて、逃げるように体を翻す。廊下を進んでいく。

 いざとなれば。

 遠い背中に言葉を向ける。

 いざとなれば、俺が守る。

――あのゲームのときみたいに。

 だから、澪は俺に言わせなかったのだろう。


「あの……はやと? 急いだほうがいいんじゃないのか?」


 アンジェリカは、俺を見上げていなかった。

 苦い笑みが浮かぶ。

 俺は結局、この子に何をしてやれたのだろう。


「あぁ、行かないとな。俺たちにも、役目はあるんだ」


 ハッチを抜け、キャットウォークのようなタラップを渡ってハンガーへ。

 アンジェリカの機躰は予め一号丸に搬入されていた。その事実に傷ついたようなアンジェリカに、かける言葉も見つけられない。

 彼女と別れ、自分の機躰につく。


「今日は澪主任の整備じゃないから、気を付けろよ」

「それは最悪だ。コケないようにしないとな」

「言いやがる」


 言い返されて笑う整備員を尻目に、ベルトを締める。

 こちらにとっては冗談ではない。

 今日の機躰は別物と考えた方が良いだろう。澪と他の技術者では、それだけ腕に開きがある。

 というよりも、根幹として『機躰の整備』に対する考え方が違うのだ。

 澪は革新的な手法を使う。あの風雲児は、紛れもなく人類の未来にまで必要とされるだろう。

 俺のような一般兵が命を使うには、ふさわしい。

 ごごん、と重たい音が装甲を伝って響く。

 砕氷船が出航したらしい。間もなく二号丸も続くだろう。


『機躰を出撃シークエンスに乗せる。準備はいいか?』

「大丈夫だ」


 有線で繋がった管制官に返事をして、機躰に体を預ける。

 操縦装置に四肢を置いた。グリップ、ペダル。

 その向こうには、操り人形(マリオネット)のように縛られる怪獣がいる。


「接続!」


 ばつん、と。

 ショック症状に呑まれ、俺という自我は消滅した。

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