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怪獣とロボットの競演<コンピート>  作者: ルト
第一章:GZ<すべてのはじまり>
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第十話:スノードームの恋心

『拓也、左から回り込め!』

『おう!』


 返事とともに、僚機の反応が吹雪のなかに呑まれて消えた。

 眼前には白熊にシャチを加えたような怪獣が牙を剥いて立っている。

 回り込むように滑りながら、アサルトライフルを向け、撃つ。

 怪獣は応じるように手のひらを広げ、

 氷弾を吸い取った。

 ぶるりと腕を震わせると、サイドスローで氷塊を投げ返してくる。

 こちらから突っ込む形になる偏差コースの豪速球。

 辛くもかわして、着弾した雪が爆発するように弾けた。

 足を回し、半回転して後ろ向き。スキーと進行方向を揃えて着地。


『厄介だな』


 答えはない。せせらぎのようなノイズが満ちる。

 この距離でも拓也は通信圏外だ。

 だが、怪獣は腕を向こう側にも向けていたので、拓也も戦っていることは間違いない。

 この怪獣は、肥大化した肉球の溝で氷柱を磨り潰し、氷塊に握り直すという、一瞥では理解しがたい何とも奇妙な特技を持っていた。放っておくと、雪原に直接手を突っ込んで(つぶて)を投げてくる。

 その氷は盾にも使えるようで、虎の子である粘弾グレネードを四発も無駄にしてしまった。あと二発。

 薄れていた吹雪が舞い込み、怪獣を再び押し隠す。

 埒が明かない。

 もう三十分もこうして無為に撃ち合っている。

 時間をかけるほどショック症状リスクのあるこちらが不利になっていく。

 祈るような思いで、アサルトライフルを再び撃った。

 低温な氷柱の反応がノイズすら残さず忽然と消える。

 まだ吸われていた。


 やってられない。


『……いい加減に』


 背負ったスキー板のロックを外す。

 すらりと予備を左手に抜き、


『――しやがれッ』


 投げた。

 耐寒・耐衝撃合金製の鉄板はノイズを貫き、

 唐突に静止する。

 命中した。


『うらぁああああ!』


 転進。

 左手にアサルトライフルを構え直し、弾幕を厚くしながら間合いを詰める。

 吹雪に赤が混じった。

 肉球の溝にひしゃげたスキー板が詰まり、怪獣の指が氷柱に弾き飛ばされている。

――今だ。

 跳躍し、スロットルを開ける。

 流星のように飛んだ機躰でペダルを回し、踏んだ。

 蹴る。


 足に取り付けたスキー板は槍と化し、穂先が怪獣の頭部に痛撃として突き刺さる。

 白目を剥いて傾いだ怪獣、というものを、俺は初めて見た。

 グリップを引いてパッドを傾ける。機躰の半身を返し、口内と胸部に粘弾を撃ち込んだ。

 衝撃。

 片足のスキーが歪んだ機躰は、着地できず転倒した。

 ゴロゴロと冗談のように後転を繰り返し、ほとんど雪玉となったところで緩やかに止まる。

 吹雪とは違う理由で、視界がゼロに塞がった。

 ばり、と雪が剥がされる。視界が開けた。

 そこに立つ無機質な機躰の装甲が、なぜか、笑いをこらえているようにしか見えなかった。


『……いやぁ、いい活躍だった』

『役立たずめ』


 拓也の声は、今度こそ隠しようもなく笑った。




 機躰は怪獣技術の結晶だ。

 一騎当千の膂力と、燃料すら不要な運用能力。

 怪獣の器官を用いた兵器を、繊細な電気的制御――電極を刺してカエルの脚を動かすアレだ――に頼ることなく扱いうる汎用性。

 まるで英雄物語のような性能の『機躰』は、怪獣技術史に比して、驚くほど早くから実用された。

 技術的に可能になると同時に配備され、瞬く間に対怪獣戦闘の切り札として広く世界に運用されるようになったのだ。

 そこには、機躰が強力だからとか、象徴的な希望だからとか、そんな夢のような優しい理由は存在しない。

 単純に、機躰を使った方が怪獣退治が『安くつく』。

 センサーをロートルで値段を抑えても、最新の航空システムと炸薬を積んだミサイルを膨大に消費して、ようやく怪獣を撃退できる。

 それも、戦艦や戦艇で防衛戦線を構築したうえで、だ。

 にも関わらず、戦艦や戦艇、場合によっては爆撃機すら、怪獣の身振りひとつで砕かれる。


 かように、怪獣退治はとにもかくにも金が掛かる。

 たとえ怪獣の死骸が大きな利益を生むとしても、それは軍費を抑えた世界経済にとって、コストパフォーマンスの悪すぎる出資だ。

 ヒーローが世界に望まれるのは、彼が唯一無二だからではない。

 ヒーローがやってくれたほうが、安く済むからありがたいのだ。


『ひねくれてるなぁお前』


 怪獣の死骸を手分けして抱える拓也は、俺の認識を総評した。

 ロボットで人類を守るなんてヒーローみたいでいいじゃないか、と彼は太平楽なことを言う。


『戦艦って言や、怪獣は海から来るんだったか?』

『統計的には。南半球を中心として海沿いが件数は多い。――話を逸らすな』

『最初に逸らしたのはそっちだろ。なんだっけ? 機躰は臨終?』


 それじゃ間違ってない皮肉だ。


『機躰は技術的に未完成で、人間を使って臨床的に運用する段階じゃない、って。俺たちはモルモットだって言ったんだ』

『そうそう。で、アンジーが俺たちのアイドルとかなんとか』


 全然違う。


『俺たちがヒーローのモルモットなら、精鋭の特殊部隊に所属するアンジェリカはモルモットのヒーローだ、って言ったんだ。……わざとやってんだろお前』


 拓也は笑うばかりで答えなかった。


『いい娘じゃないか、アンジー。自分でも気づいてなさそうだけど、あんなにお前になついてるんだから脈アリだろ。元気印でお前にぴったりだ』

『余計なお世話だ。そういう問題じゃない』


 アンジェリカとの時間を作った先日の手回しについて、拓也に詰問していたのだ。


『俺たちはショック症状のモルモットなんだ。必要以上に感情を持つべきじゃない。惚れた腫れたは持っての他だ』


 原因も対策もまるで分からないから、パターンナンバーをつけて情報を集めている。

 いつ“母語を書き換えられたロシア人”の二の(てつ)を踏むか分からない。

 肩をすくめる拓也が目に浮かぶほどの呆れ声。


『それは理由にならないな。お前は戦場ジャーナリストの結婚を禁じるのか?』

『……それは、』


 確かに、その通りだ。


『だいたい、搭乗者同士なら接続リスクはお互い様だ。民間人よりむしろマシだろ』

『そう、かも、しれない、けどなぁ』


 むぅ、と拓也が唸る。


『じゃあ、どういう問題なんだ。誰か他に好きなやつでもいるのか?』

『いない』


 自分でも驚いたくらい、口が勝手に答えていた。

 深呼吸してから、続ける。


『いないさ、そんな相手は』


 でも、

 という口から出そうな言葉を呑み込んだ。

 後に続くのは、逃げ腰なことが丸わかりな言い訳だけだった。

 レーダーは白紙のままだ。航路図は基地までまだまだ距離があることを示している。

 背負う怪獣の死骸も……状態に問題なし。

 拓也が心配を払拭しようとばかりに笑う。


『ま、俺だって無理やりくっつけようって動いたわけじゃない。アンジーにその気がないなら、お前に引っ付いたりしないだろ』


 拓也は、アンジェリカと俺の休日を合わせただけ。併せて、俺のところに行ったらどうだと口添えした程度だ。

 そこで実際に俺の部屋に来たのも、丸一日過ごすことにしたのも、アンジェリカ自身が決めたこと。

 そもそも自由が信条のアンジェリカだ。(そそのか)したくらいで、なびくような性格じゃない。

 それとも、と拓也は窺うように囁いた。


『それとも、アンジーを好きになれない理由でもあるのか?』


 無言を貫く。

 頭のなかをめぐる色々な理屈に目を(つむ)って、アンジェリカのことを考えれば――確かに、可愛いやつだとは思う。

 乱暴さに繋がるほど粗雑なところと、人の話を聞かないところが珠に瑕だが、それを取ったらアンジェリカじゃない。

 だが、そうかといって好きになれるかと問われると、


『やっぱ、ダメだろ』

『熟女が好みだったのか』

『違う。……アンジェリカがダメとかじゃないんだ。俺は、お前とは違うな。誰かを好きになんてなれないよ』


 拓也と俺は、根本的なところで違っている。

 俺は“傷痕(スカー)”だ。

 それ以上には、もうなれない。


『そうか……』


 拓也は、ゆっくりと言った。


『分かった。親しくなる機会を作るみたいなことはもうやめる。俺だって損だしな!』

『そうしとけ』

『でも』


 笑ってしまった俺に冷や水を浴びせるように、拓也は声を引き締める。


『アンジーがお前に歩み寄ろうとしたときは、俺はアンジーの味方をするぞ』


 俺は、

 その言葉に返事をすることができなかった。

 俺が無言になることを見透かしたように、拓也はため息を吐いて声を漏らす。話を変える。


『あーあ。家でガラスグラウンドのニュースを見てたころは、怪獣なんて他人事だったのに……世の中変わるもんだよなぁ。まさか、機躰なんてモノに乗って自分が直接対決するなんて……夢でしか見なかったぜ』


 見たのかよ。

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