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怪獣とロボットの競演<コンピート>  作者: ルト
第一章:GZ<すべてのはじまり>
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第一話:ショック症状

 柔らかな肌からは、甘い匂いが香るようだ。

 むき出しの太ももは白く、細くも引き締まった腕はかぶりつきたくなるほど滑らかだった。

 危ういほどに細い腰の中央にあるへそが、艶かしくうねる。


「そんなに見ないで……恥ずかしい」


 紅潮した頬に指を添える。赤みがかった髪先がその手をくすぐっていた。

 俺は疲れに耐えかねて額を抱える。

 実際、本能のうずきは頭痛に近い。


「見せるつもりがないなら……人の部屋で水着姿になるな」


 手が剥がされた。

 艶やかな黒瞳が視界を埋める。単純に、美しい。

 眼前の目は笑みに緩む。


「ごめんね、怒らないで。でも、見てほしいのも、恥ずかしいのも本当だよ?」


 ひらりと離れてしまう。

 黒いチューブトップの水着が、無機質なワンルームに不似合いな華やかさを飾る。

 俺は無意識に鼻頭を掻く。髪先の触れた場所がくすぐったい。

 誘ってるのだろうか。

 誘っているのだろう。

 だが、俺の期待する誘いとはきっと違う。

 かつて、似たような形でその気にさせられ、抱き寄せようとした俺の顎に膝蹴りを返したのは、他ならぬ彼女だ。

 今でも鮮烈に焼き付いている。

 ひっくり返った俺を満足そうに見る、艶然とした笑み。

 ……だいたい、仮に俺の期待する誘いだったとしても、タイミングがあり得ない。


(みお)、何のつもりだ。俺がこれから哨戒だってことは、お前が一番よく知ってるだろ」

「もちろん。隼人(はやと)の『機躰(きたい)』は整備してあるよ。仕事上がりに開放的な気分になりたくなるのは、普通じゃない?」

「身も心も開放的になるのは結構だが、俺の部屋でやるな」

「ひどいなー」


 拗ねるような目から顔を背ける。

 これ以上見ていると、自分の下心が隠せそうにない。

 彼女がなぜ俺の部屋で艶姿(あですがた)を見せるのか。

――全くわからない。

 俺が好きなんじゃないか、と思ったことはもちろんある。

 しかし、過激な行動とは裏腹に、澪の態度は煮え切らない。

 ここで強引になれば、待っているのはまた膝蹴りだろう。


「とにかく、服を着てくれ」


 いつまでも挑発的な態度でいられると、聖人君子じゃいられない。

 軍服のジャケットが、思いがけない早さで奪われた。

 いつの間にか、目の前に澪が迫っている。

 手を伸ばせば届く距離。

 捕まらない蝶のように、ひらりと俺をかわして澪は逃げる。

 彼女は魅惑的な笑みを見せて、俺を笑った。


「えっちなこと考えたの、顔に出てる」


 ばさりと制服の上着を羽織って、パタパタと廊下を駆け去っていく。

 任務交代前の今、兵舎の廊下をうろつく人間はいないだろう。

 最後の一言が耳に痛い。

 なんだったのかと途方に暮れる。

 下着だろうが水着だろうが、諸肌を見せるあの光景は、抵抗しようもなくそそられるものがある。

 仕方がないだろう、俺だってまだ十代だ。この手合いをあしらえるような経験を積んでいない。

 こんなふうに澪で頭を一杯にするのが、彼女の目的なのだろうか?

 分からない。

 彼女のことは全く分からなかった。

 それから俺はため息をついて、疲れたような動きでクローゼットを開けてのろのろとパイロットスーツに着替え始め、終わり、歩きハンガーに着いて中心にうずくまる鈍色の合金兵器整備士と声を機体の点検ベルトを閉めヘルメット安全確認起動演習暗転閃光衝撃痛覚五感の復活。




 そして、




 雪原を見つめる自分を思い出した。


『二号機、心拍数が上がっている。大丈夫か?』


 耳元のスピーカーからざらついた声がする。

 まるで、脳みその裏側を手袋でまさぐられたようだった。

 唾液が苦い。歯を噛み締めつつ、両腕が操縦桿に乗せられていること、両足がペダルに収まっていることを確認する。

 乗り込んだときは黒いガラスに過ぎなかったヘルメット一体型のHUDから、鮮明に雪原を眺めることができる。

 接続が完了した今、機躰の視界を俺に伝えているのだ。

 それらの思考をいつも通りに流せることを確認してから、管制官に無事を伝える言葉を編む。


「ショック症状、パターン116。接続完了、問題ない」

『パターン116了解。起動シークエンスを再開』


 ふぅ、と息をつく。

 そして、クロアチア語とギリシャ語が混じったような言語に母語にすり替えられたロシア人に黙祷を捧げた。

――パターン116は、短期的な過去のフラッシュバックだ。

 あれは『三時間前』の出来事になる。

 それにしても。

 澪との下りだけ嫌に鮮明だったのは、


「それだけ俺が意識してるとでも言いたいのか、この雪虫は」


 機躰は黙って暖機を続ける。

 所定の手順に従って、機躰はバーニアを吹かし、エルロンをパタパタと傾け、関節部を空回りさせた。連動して操縦桿のレバーや足踏桿がうねうねと動く。

 横たえたマンボウを頭に、横幅の広い身体を突き刺したような『機躰』。

 芸術的な対衝撃造形を描く外見は、モデリングに失敗したCGそのものだ。

 滑らかに進む機動テストからでさえ、整備の仕上がりを感じる。

 俺の第二の身体と言えるこの機躰には、文字通り余すところなく、澪の繊細な指が触れたのだ。

 そう思った途端、決して不快ではない悪寒に背筋が震えた。

 そして、その色々な意味で微妙な気分に、自分で気持ちがささくれ立つ。


『二号機、出撃シークエンス完了。怪獣GZ型の発見を祈る』

「あんたの祈りが届かないことを願うよ」


 管制官の無責任な祈りを一蹴して、ペダルを踏み込む。

――圧力。

 カタパルトは電磁の残光を残し、機躰を基地の外へ投げ出した。

 途端、散弾を浴びせられるような衝撃に、機躰が揺れる。安定しない。

 衝撃は間断なく続き、ぐらぐらと下降を余儀なくされる。

 鋼鉄の基礎は後方に消え去り、視界の全方位が白に塗り潰された。岩肌も今は氷雪の奥深くに閉ざされている。


 人類最後の大陸、南極。

 死と沈黙が支配する絶界だ。


 ガタガタと吹雪に叩かれる機体を制御し、スキーを履いた足を構える。

 飛沫を高くあげ、雪原に着地した。

 悪天候にカタパルト射出など正気の沙汰ではない。

 だが、『機躰』という狂気の沙汰を前に、そんな常識は必要がない。

 そもそも基地が備えるレーダーの探知範囲外まで出るのに時間をかけるのは無駄だ。

 もっとも、機躰をカタパルト射出するだけで探知圏外に出られるというのも皮肉なものだ。

 吹き荒れる雪という壁に、最先端の科学は屈した。

 ジジジ、と通信機がうなる。


『二号機を捉えた。聞こえてるか、隼人?』

『一号機コンタクト。よろしくな、拓也』

『おう。任せときな』


 僚機の姿はホワイトアウトした視界にも、レーダーにも捉えられない。通信によってかろうじて互いの座標を伝えるのみだ。

 操縦桿のスロットルを握る。

 息を吸い込むように機躰が震えた。

 腰部双発ユニットからジェットを噴射し、地吹雪をあげて雪原を進む。

 機躰全身に張り巡らされた総合早期警戒システムは、吹雪に混じる塵芥をいちいち捉えて、ちりちりとノイズを発している。

 昔は通信子機を楔に打って、基地と有線での通信を確保したそうだ。

 しかしそのほとんどが雪に埋もれ、潰され、ちぎられて、新たなノイズの原因になる。今では通信圏外に単身突入するのが当然になっていた。

 不安だ。

 何かが起こったとき、はるばる通信圏内まで引き返すか、奇跡的に友軍が現れるまで待つしかないのだ。


「馬鹿馬鹿しい」


 嫌な想像を打ち切って、グラスに意識を戻した。

 レーダーが自動的にノイズの幻を追ってはシグナルを見失う。

 合金の冷える音すら聞こえるようだ。

 白いドームに機躰ごと潰されたようなゼロ視界を、数値だけが進んでいく。

 風向きに逆らって打ち付ける雪の欠片からして、僚機は左前方を進んでいるらしい。

 すでに速度は亜音速に達していた。

 ただまっすぐに氷を滑って加速し続けるだけなら、この速度くらい造作もない。

 そろそろ旋回機動に移って巡航ルートに沿う必要がありそうだ。


『拓也、減速しよう。巡航ルートに乗せる』

『了解』


 スロットルを緩める。

 減速した機躰をGが絡め取り、ベルトだけが肉体を支えた。

 合金に覆われた機躰と違い、生身の身体は柔なものだ。

 ちりちりとノイズがついてくる。

 まるで減速した機躰に追いついたかのように。

 ノイズが迫ってくる。

――まさか。

 瞬間、

 ノイズだったものは、熱と質量をまといながら雪の幕を突き破り、機躰の背中に直撃した。

 ロボォ……ロボクレェ……!

 とツイッターで蠢いていたら、「ロボットと怪獣!」とネタを投げつけられたので書きました。ついでに私の好きなバトルをペタペタと。

 そういう話です。

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