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アシュリーを待機室のベッドに寝かせ、休憩所で回収した賊共の死体と、護衛員達の遺体の引渡しを行なうべく、再び玄関ロビーへと向かう事にした。
廊下を歩きながら、ではどうやって引き渡すか……ここまで運んできたはいいが、ギフトBOXの情報を開示するか? それとも何か別の方法を考えるか……。悩みつつもロビーに着くと、バルガ公爵家の家宰であるフォルカーさんが待っていてくれた。
「待たせたかな」
「いえ、それでは倉庫へ向かいましょう」
フォルカーさんの白銀の長髪を後ろから見ながら、邸宅の外に建つ倉庫へと向かった。公爵家の倉庫は敷地内に複数建っており、案内されたのは荷馬車が数台直接入れるほどの広さのある倉庫だった。
「こちらに一度出していただき、後はこちらで調査と弔いを行ないます」
「了解した。できれば、この倉庫に少しの間だけ一人にしてもらえるだろうか? 死体と遺体、それに移し替えて運んできた荷物などは、特別な事情のある魔道具に納めてある。それを使うところは出来れば見せたくない」
「畏まりました。準備が出来たらお声を掛けてください」
スムーズに倉庫で一人になれたことで、TSSを起動し、ガレージからモーターハウスのコンチネンタルを召喚する。倉庫が広い建物でよかった……出現したコンチネンタルの後部へ回り、リアハッチを開放する。
コンチネンタルの後部はガレージになっており、車高がそれほど高くないクーペタイプなどならば、格納することができる。と、カタログには書いてあった。
実際にはハッチを上げて内部を見てみると……洗濯機と乾燥機があった……。
いやいや、今は気にしないでおこう。車庫スペースは十分な広さがあり、ここへインベントリから三つのギフトBOXを取り出した。これで仕込みは完了だ、ギフトBOXはコンチネンタルの備品と言う事にして、やり過ごすことにする。
倉庫から出て外で待つフォルカーさんに声を掛けると、フォルカーさんは既に他の使用人達を呼び寄せていたようで、男性の使用人が中心に集まっていた。横には棺の積まれた荷馬車も見えた。
「準備が完了した。倉庫の中に大型の魔道具を出したが、これは俺がさるお方からお預かりしている大切な物だ、無闇に触らないように注意してくれ。また、今日ここで見た事は魔道具の公開まで内密に」
「畏まりました。彼らには私からもきつく言いつけておきます」
「それでは始めよう」
倉庫へ使用人達を引き入れると、彼らは一様にシルバーのコンチネンタルの姿に、目を見開き釘付けとなっていた。リアに回り、開放したままにしてある車庫スペースに置いたギフトBOXから、まずは荷馬車から移し替えた荷物を取り出し、女性の使用人達に邸宅へと運ばせる。
護衛員の遺体は布で包んであるので、俺がギフトBOXから取り出し、複数人数で丁重に運び、棺へと降ろしていく。
最後に賊共の死体を取り出し、倉庫に並べていく。倉庫の中が血だらけになるかと思ったが、フォルカーさんが魔言を唱えると、倉庫に広がる血が操られ、用意されていた壷の中へと移動していく……魔法の柔軟性は本当に高い、改めてそれを実感した。
最後に回収した武器類を取り出していく――。
「シャフト様、この短刀も賊の持ち物ですか?」
フォルカーさんが手に持つのは、あの暗殺者の短刀だ。城塞都市バルガの総合ギルドで出会った鑑定係のレズモンドさんのように、短刀に手を当て黙考している。
「その短刀は、賊の内の一人が持っていたものだな、それが何か?」
「この短刀は”闇の刃”という魔法武器です。私の技能、《解析》からみえる性能から考えると、これの持ち主は闇ギルド”サボテン”の暗殺者のはずです。どの死体でしょうか?」
「その一番酷い奴だ」
俺が指したのは頭部が前後に分断され、ぐずぐずに崩れている一番損傷の酷い死体だった。すでに顔を確認する事もできず、フォルカーさんも眉を寄せながらその頭髪を掴み、崩れた顔を見ていた。俺の位置からはフォルカーさんが掴む、ブラウンの短い髪だけが見えるが、それは暗殺者と言う職種には似合わないほどのツヤがあった。
その後、フォルカーさんは賊たちの検分を終え、足早に公爵の下へと報告に向かった。俺は最後まで残り、賊の死体を運び出したところで、また倉庫で一人にさせて貰い、コンチネンタルをガレージへと戻した。
倉庫から邸宅へ向かい歩いていると、公爵邸の庭に湧水でできた池があった。使用人に聞くと、そこの清水はとても美味しく飲めるらしい。
「すまないが――」
◆◆◇◆◆◇◆◆
待機室に戻ってくると、アシュリーはベッドの上で上半身だけを起こし、窓の外の風景を眺めていた。そろそろ夕暮れの時間だ、空がゆっくりと赤みを帯びていく。
「起きていたのか」
「おかえりなさい。ずっと寝ていたから、目が覚めちゃった」
「そうか、丁度いい。厨房でティーセットを借りてきた、用意しよう」
「ありがとう、楽しみだわ」
庭で湧き水を見たときに、俺は自然とそれで美味しいお茶を淹れたいと思った。それを飲ませたいと思った。
美味しい紅茶を淹れるにはまず水だ、空気を多く含んだ新鮮な水が一番だ。それを沸かし、沸騰したところで予め温めておいたポットへ移す。
茶葉も色々と種類があったが、さすがは公爵家に置かれる茶葉だ。どれも芳醇な香りを放ち、最高級茶葉だと知れる。その中でも茶葉の大きさを確認し、茶葉が細かく砕かれたブロークン・オレンジペコと呼んでいた形状の茶壷を幾つか選び、さらに俺が淹れたい紅茶に合う茶葉を、厨房の料理長やメイドに聞きながら探してきた。
ティーセットを借り、ミルクを少しもらって待機室まで戻ってきたのだ。
ミルクをミルクピッチャーだと思われる食器に入れ、温度を常温にするべく少し放置する。温めてきたポットに茶葉を入れていく、俺とアシュリーの2杯分だ。
湧き水を沸騰させたお湯を注ぎ、ポットに蓋をして蒸らす。時間にして3分ちょっとだろうか、ポットの中では茶葉たちがジャンピングと言う対流運動を起こして、ポットの中を踊っている事だろう。
頃合だろう。ベッドルームに運び、ツインベッドの間にあるナイトテーブルへとカップを置いていく。
「いい香りがするわ」
「香りが強く出る茶葉を選んできた」
カップも勿論温めてある、ポットから入れたての紅茶を注いでいく、その色は濃い赤褐色だ。注ぐ前から香る芳醇な香りがポットから放たれ、ベッドルーム中にその香りが舞い広がった。
さらにそこへミルクピッチャーからミルクを注ぎ、赤褐色からクリーミーブラウンに変るまでたっぷりと淹れる。
「どうぞ」
「ありがとう、――シュバルツ」
「今はシャフトだ」
「うん、それは判っているの。でも、ちゃんと貴方にお礼が言いたかったの、私は貴方に助けてもらってばかりだわ」
「気にするな…………俺が、自分の意思で君を助けたいと思って行動しただけだ――それは、あのゴブリンの巣から何も変っていない」
俺はケブラーマスクを外し、腰を下ろした自分の寝るベッドの上へと置いた。マスクの下は素顔のシュバルツだ。
「温かいうちに飲むといい、風味が飛んでしまうよ。でも火傷には注意な」
「ありがとう――美味しい」
あぁ、確かに美味しい。この味は、中々忘れられない味かもしれない。