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休憩所を襲撃してきた賊はほぼ全て殲滅した。残るは、一番後方で様子見をしていた男のみ。
「闇の霧」
今回のラピティリカ様暗殺の実行組織、クラン”槐”のマスターである、レイフの首をウェルロッドver.VMBで叩き折り、地に叩き潰したところでそれは聞こえた。
休憩所が再び濃い闇の霧に包まれ、数m先の視界すら取れなくなる。
「~~~~、~~~~、闇の目」
続いて何の効果があるのかわからないが、攻撃魔法ではない魔法を唱えるのが聞こえた。最終的に聞こえた魔法名から、夜目もしくはこの闇を見通す付与魔法だろう。
俺もケブラーマスクのレンズをFLIR(赤外線サーモグラフィー)モードに変更し、最後に残った男の位置を確認する。
奴は黒い霧に包まれる直前まで立っていた位置には既にいなかった。周囲を探すがいない、動く音もしない、マップにも動く光点はない。まさか逃げたのか? と思った瞬間に、後方で空気を切り裂くような微かな音が聞こえた。
背中に走る冷たい気配に、思わず前方へとスライドジャンプし、空中で振り返り後方を確認する。やはりいた、奴は無音で俺の後ろまで接近していた。
「おまえ、見えているのか? ”闇の霧”と『シャドウラン』からの背後攻撃を避ける奴は久しぶりだ」
男の声は若く、透き通るような高音気味の声質でありながら、ひどく冷たい雰囲気を持つ声だ。
「『シャドウラン』か……」
当然そんなものは知らない、スキルのようだが、無音での移動術だろうと見当をつける。FLIRモードでは近接戦闘はし難い、体の輪郭が少し朧げに見えるからだ。逆手に持つのは短刀か? 低温の青い筋が手の先に見える。
その青い短刀が急激に赤く色を変え、熱量を増していく。賊の男は全く届かない距離から、燃え上がるように赤く光る短刀を逆袈裟に振り上げた。
短刀に宿っていた熱が、剣筋をなぞって飛来する!
「くっ!」
飛来する赤い斬撃を体を反らして回避する。体勢をもどしてお返しとばかりにウェルロッドをダウンサイトし、クロスヘアを合わせようとするが――
「いない?!」
再び無音の移動術、『シャドウラン』で俺の視界から消えた男を捜す。が、見つける前にすでに懐へと潜り込まれていた。
「~~、~~~、~~、闇の炎」
右後方から聞こえる声と同時に、奴の手元から黒炎が噴射され、俺は黒い炎に包まれた。
すぐさま逃げるようにスライドジャンプし、火がつき燃えるオーバーコートを脱ぎ捨てる。脱ぐついでに左手で4本目のスミス&ウェッソン E&E トマホークを握ることは出来たが、ウェルロッドのマガジンはオーバーコートの内側ポケットに入れていた。
脱ぎ捨てて燃えるコートに、光る粒子のような熱源が微かに見える。マガジンが消滅している……。つまり、弾薬がいまある8発に制限された。
「これも有効ではないのか、噂以上だな”黒面のシャフト”」
「俺だけ名を知られているというのは、不公平じゃないか?」
「暗殺者が名乗るわけないだろう」
「その通りだな」
こいつから目を離すのは不味い、無音で動く上に速い。これ以上後手に回っては致命傷を受けかねない。
言葉少ないやり取りの一瞬に、トマホークを投擲する。同時にウェルロッドをダウンサイトし、クロスヘアを暗殺者に合わせる。
素で発砲しては避けられる可能性がある。トマホークへの対処の隙に撃ち込む!
「~~~、~~、~~、闇の穴」
俺は、奴は手に持つ短刀で弾くか、体を反らして回避すると思ったが、奴の取った対応は防御魔法だった。
奴の前に熱を持たない大穴が現れ、トマホークが吸い込まれていく。対遠距離物理攻撃魔法か、弓矢への対処同様にトマホークを処理された。このまま発砲しても一緒に吸い込まれるだけか、構えを解き近接戦に切り替える。
腰には特殊電磁警棒があるが、左手は無手の方がいいだろう。警棒とトンファー系の二刀流は殆どやったことがない、CQC(近接格闘)のムーブにどのような動きがあるのか判らない。この状況で、そんな不安定な動きは死に直結しかねない。
ウェルロッドを逆手に持ち替え、前方へのスライドジャンプと共に、勢いを乗せてウェルロッドを左右からの2連撃。奴は後ろへ上半身を晒しながら後退し、避けていく。
追撃の前蹴りは手に持つ短刀の腹で受け止められたが、奴の想定以上のパワーだったのだろう。少しだけ食いしばるような声を出し耐えられたが、勢いそのままにウェルロッドで胸への逆手突きを狙う。
接近しての体の中心を狙った逆手突きは、ちょっと体を反らした程度で避けきれるものでもない。中心こそ外されたが、奴の右肩を捉え逆手突きを入れると同時にトリガーを引く。
「ぐぅっ!」
逆手突きからの左掌打は後方へ飛ばれて避けられたが、その状態では魔法は無理だろ!ウェルロッドを逆手から正規へ廻し、ダウンサイトからクロスヘアを合わせる。
奴の着地の寸前を狙い、2連射。
俺が何かしらの遠距離攻撃を使っていると見抜いていたか、奴は短刀の腹を銃弾の射線に重ねたが、防げたのは一発のみ。もう一発は右わき腹付近に着弾した。
やれる! こいつには背後にいる依頼人の事を聞き出さねばならない。捕縛できると判断し、ダッシュで近付き意識を飛ばすウェルロッドの一撃を狙う。
大振りになった俺の振りを見て、奴の目が嗤った気がした。
「解放!」
その一言を奴が放った瞬間、俺と奴の間を見るように闇の大穴が開き、同時に俺の右手が斬り飛ばされた。
「ぐぁぁぁっ!」
この世界に落ちて、初めての明確な負傷は右手を切断させる斬撃、それを成したのは奴の短刀ではない。俺が投擲し、闇の穴に吸い込まれたトマホークだ。
肘と手首の間ほどで切断された右手は、ウェルロッドと共に闇の中へ飛んでいってしまった。
その動きを視線が追ってしまった隙を、奴が見逃すはずもない。
脇腹に激痛が走る、奴の蹴撃が脇へ入り、何か嫌な音が聞こえた気がした。肋骨が折れたか? 蹴り飛ばされ、地に打ちつけられる。
仰向けに倒されたと思った瞬間には、腹の上に重い物が乗ってくる。マウントポジションだ。奴は俺の腹に乗り、すかさず左手で俺の首を絞めてくる。
「これで魔法は使えまい? これでお終いだ、我々の覇道を邪魔するゴミめ。女狐共々、邪神の下に送ってやるわ」
奴は逆手に持つ短刀を、俺の胸へと振り下ろす。その振り下ろされる手を左手で押し込み、右脇腹へと短刀を誘導する。
「ぐぅぅぅ!」
短刀は右脇腹に刺さり、左手の首締めが外れ、奴の顔が俺のすぐ前にまで近付く。
「悪あがきを――」
「邪神に会ったら言っておけ、俺をこの世界に落としたのは失敗だったなってな!」
「なに――」
俺の目の前にある奴の頭へと左拳を向け、人差し指の付け根を押し込む。
瞬時に展開される不可視の盾、厚みを持たない薄い膜のようなCBSが、奴の頭部を前後に分断した。
使用兵装
スミス&ウェッソン E&E トマホーク
アメリカのS&W社が販売している投擲可能な近接武器の手斧で、全長は40cmほど、斧刃は斧頭の突起を含め20cmほどになる。
ウェルロッドver.VMB
WWII(第二次大戦)で特殊作戦用に開発された消音銃で、見た目は近接武器のトンファーと酷似している。弾丸は9×19mmパラベラム弾。この銃は実際に開発されたモデルを元に、VMB用にオリジナル武器として発展させたもので、ボルトアクションから、自動で装填をおこなうセミートオートマチックに改良されている。また、その形状を利用して、近接武器のトンファーとしても使用できる。
サークルバリアシールド(CBS)
VMBオリジナルのバリアシールド、左人差し指の付け根に展開スイッチがあり、エネルギーが続く限り、VMBではあらゆる攻撃を防ぐ円盾状のバリアを張れる。消費したエネルギーは時間による自然回復もしくは回復アイテムで回復させる。