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ヴェネールから王都への帰路、予想通りの三日目でラピテリィカ様を狙う襲撃が起こった。しかし、予想外だったのは”魔術師殺し”と呼ばれる毒草を利用した毒煙により、護衛団はおろか、ラピティリカ様とアシュリーは命の危険に曝されていた。
ラピティリカ様とアシュリーは、護衛団の団長に任せ。俺はまず、隣に設営されている使用人達用のテントへと向かった。
テントの出入り口の幕を上げ中を覗くと、使用人達は一番奥で集まり固まっていた。
「全員いるな、体調不良を起こしているものはいるか?」
俺の問いに、使用人達を纏めている年長のメイドが首を横に振って答えた。
「ならば、ここでじっとしていろ。襲撃が収まるまで出るんじゃないぞ」
「あ、あの……ラピティリカ様は……?」
「今はまだご無事だ、しかし毒煙を吸って倒れられた。いまは団長が見ている、この騒ぎはすぐに鎮める。その後は頼んだぞ」
それだけ言い、テントから出る。
少しでも早くこの場を収め、行動を起こさなくてはならない。一気に片を付ける!
襲撃してきた賊の数は11、この数は減っている様子がない。すでに護衛団は全滅しかかっていた。僅かの時間で、嬲りながらもきっちり殺して回っているようだが、それもここまでだ。
右手に握るスミス&ウェッソン E&E トマホークを前方で護衛員に止めを刺している賊の後頭部へと投擲する。休憩所に充満する死の空気を、鋭く切り裂きながら飛ぶトマホークの音に気付いたのか、賊が後ろを振り返るがその瞬間に額直撃し、頭部を大きく割りながら、更に後方にいた別の賊の背中へと吸い込まれていった。
一度の投擲で二人殺し、さらに次へと狙いを定めるが、賊たちも俺に気付いたようで、大きく散開しながら俺を包囲いていく。
オーバーコートからもう一本トマホークを抜き出し、囲まれる前に動き出す。まずはスペースのある左へと一気にスライドジャンプし、そこから前方へのストレイフジャンプと繋ぎ、3人目に接敵する。
「なにっ?!」
俺の急な高速移動に、接敵した賊がくぐもった驚きの声を上げた。ストレイフジャンプの半円起動からそのままトマホークをサイドスロー気味に投擲、それを弾こうとした賊の持つ、細身の長剣と共に首を斬り飛ばす。
噴き上がる血飛沫と共に、空中を横転する頭に目が行く。こいつら、口元に何かを着けている。ストレイフから着地し、地面に転がる頭が丁度こちらを向く。賊の口元にあるのは防毒マスクのようなものだ、左右に小型の円筒を付け、中央部分には緑色に鈍く光る石が嵌っている。
魔道具だ――風の魔石を利用して酸素を精製し、毒煙を吸い込まずに動けるようにしているのだろう。あのマスク、壊すのは惜しい。出来れば確保して、ラピティリカ様やアシュリーに回したい。
転がる頭に目を奪われた隙を、賊たちは見逃しはしなかった。左右からの同時攻撃が迫る。左手に握るトマホークを、振り上げるようにして左側へと投擲、手首のスナップだけで投げたような形だが、パワードスーツにアシストされたパワーならばこれでも十分な威力が出る。縦回転するトマホークは、長剣を振り上げ、がら空きとなっていた腹に刺さり、そのまま胸まで引き裂いた。
右側から突き出される刺突をスウェーバックで躱しながらCQC(近接格闘)の発動を意識する――、賊の胸に左右の連打を打ち、衝撃に前屈みになったところへ後頭部への右掌打、挟むように額へ左掌打からの膝蹴りを瞬時に叩き込み無力化する。
パワードスーツにアシストされた頭部を揺らす連続攻撃は、賊の首を折り顔は潰れ、防毒マスクを破壊していた……。
賊はまだ残っている! 腰からウェルロッドver.VMBを引き抜き右手に構え、左手は無手にて対応する。
残りの賊の位置を確認――、少し距離を置いて2人、前に4人……。
10mほどの距離で対峙しているが、相手が動き出す前に先手を取っていく。ウェルロッドを半回転させ、長手――つまり銃口を前方に回す。比較的近い位置にいる右手の二人へ向け、トリガーを2連射-2連射。特殊消音銃として設定されているウェルロッドは、ほんの僅かな空気が抜ける音だけを出し、9×19mmパラベラム弾を賊の胸へと撃ち込んでいく。
突然崩れ落ちる仲間の動きに動揺した左手側の2人にも2連射-2連射。一発も外すことなく胸に吸い込まれる銃弾により、手前に立つ4人を射殺した。
「貴様、何故魔法が使える……」
残る2人の内、手前に立つ長身痩躯の男が呟くように声を出した。「栄光の都亭」を襲撃した賊同様に、黒頭巾と黒装束、そして口元には防毒マスクを着けている。
「”黒面のシャフト”か……その黒面、魔道具のようだな、それのお陰で魔術師殺しから助かったか」
「時間が惜しい、簡潔に答えろ。”魔術師殺し”の解毒剤は持っているのか?」
「ふんっ、持ってくるわけがなかろう馬鹿者がっ。貴様のせいで槐は終わりだ。だが、貴様を殺れば俺の序列も上がる、それで許してやろう」
「序列……? そういえば、ヤゴーチェもそんな事を言っていたな、あいつも、ラヴィアンローズに潜り込んだ3人組も、全て貴様らの仲間か?」
「ヤゴーチェ? あぁ、王都で調子こいてた商人か、3人組とやらは知らんが、この俺を、闇クラン”槐”のマスター、レイフ様をあんなのと同じと思うなよ?」
ご丁寧に自己紹介か――レイフの言葉を聞き流しながらも、ウェルロッドのマガジンを交換し、手に入れた少なくない情報を精査していく。
まず、こいつらはこの場に解毒剤は持ってきていない。いや、そもそも解毒剤を持っているのかも怪しい。ラヴィアンローズでの晩餐会に潜り込んでいた3人組は、やはり無関係か?
断定するのは時期尚早ではあるが、今は次だ。こいつらとヤゴーチェは同一組織に組していた。現状で槐が組しているのは、闇ギルド”サボテン”から連なる組織だ。つまり、ヤゴーチェも槐もサボテンへ入るため、若しくはサボテンを頂点とした組織内の地位上昇を常に考えているわけか。
レイフが腰に付けている道具袋と思われる腰袋から、まるで手品のように大きな曲刀を抜き出すのを見つめながら、更に後ろに立つ一人の黒装束は一体誰なのか? あいつがサボテンから来ている男で間違いないだろうか、そう考えた瞬間、レイフが滑るような急加速でこちらへ迫ってきた。
「『ダッシュ』!」
小さく呟くように、しかし力強く、レイフがそう呟いたのが聞こえた。
勢いに乗せ袈裟切りに振られる曲刀を、ウェルロッドで弾き頭部への左掌打を放つが、レイフはヘッドスリップで外側に逃げながら回転し回避と同時に腹部への回転斬りへと変化していく。
その斬撃をウェルロッドで受け、さらに裏から左手で押し勢いを止め、ウェルロッドの短手側でレイフの喉を狙う。
「くっ!」
防毒マスクでくぐもった声が鳴る。喉を突き、そのままウェルロッドを廻し頭部を左右からの連打、意識を半ば飛ばしたところで前蹴りの要領で鳩尾を蹴り抜く。
「ぐぼぁっ」
防毒マスクの中に嘔吐したかのような声を上げ、体をくの字に曲げ動きの止まったところで、首の裏にウェルロッドを叩き落し、レイフを完全に停止させた。
これで残るはあと一人。
使用兵装
スミス&ウェッソン E&E トマホーク
アメリカのS&W社が販売している投擲可能な近接武器の手斧で、全長は40cmほど、斧刃は斧頭の突起を含め20cmほどになる。
ウェルロッドver.VMB
WWII(第二次大戦)で特殊作戦用に開発された消音銃で、見た目は近接武器のトンファーと酷似している。弾丸は9×19mmパラベラム弾。この銃は実際に開発されたモデルを元に、VMB用にオリジナル武器として発展させたもので、ボルトアクションから、自動で装填をおこなうセミートオートマチックに改良されている。また、その形状を利用して、近接武器のトンファーとしても使用できる。