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GW忙しい、短いです。
歓楽都市ヴェネールの歓楽街へ入るための城門前には、ここまで通過してきた民家中心の市民街では見なかった警備兵の姿が見える。ここで身分を確認すると言うわけか、逆に考えれば、市民街は身分を確認しないとも言える。それは治安の関係上どうなのだろうか? とも思えるが、歓楽街が光り輝くほどに市民街が闇に包まれる。その関係性が、この都市の発展には必要だったのかもしれない。
城門に近付くと、警備兵が一人こちらへ歩いてくる。
「止まれ、身分証の確認と入都税を徴収する。この一団の責任者は誰か?」
この都市は入都税を取るのか……、城塞都市バルガの資料館でこの世界の事を調べているときに、都市や村によっては税を払わないと入れない場所があるとは知ったが、バルガも王都も徴収していなかったので、完全に忘れていた。
ラピティリカ様の護衛団には、俺とアシュリーも含まれている。したがって、警備兵が言う責任者とは、私兵の護衛団、団長となる。
その団長が警備兵と話をしている。馬車に乗っている貴族の照会やら入都税の支払いやらを全てやってくれている。
それでもギルドカードの提示は自分の手でおこなうが、貴族であるアシュリーやラピティリカ様は直接の提示はしなくてもいいようだ。
入都の審査を終え、城門を通過できるようになった。向かう先はヴェネールでの滞在先になる「栄光の都亭」だ。
「栄光の都亭」はヴェネールでも1,2を争う高級宿だそうで、本館となる石造三階建ての建物と、その奥に離れ家が何棟か建つ。俺達が宿泊するのは一番奥の離れ家となる。護衛団は本館に泊まり、数名の使用人達とラピティリカ様、そして直近の護衛である俺とアシュリーが離れ家という配置だ。
離れ家は木造二階建ての一軒家と言った感じか、二階部分は寝室で、一階部分にリビングや風呂、簡易のキッチンなどがレイアウトされている。離れ家の周囲は視界を遮るために樹木が植えられ、宿の敷地内だけが別の場所に感じるほどだ。しかし、逆にこの樹木たちが周囲への警戒を妨げている。
離れ家の中から周囲への警戒の視線も遮られるため、護衛をする面々にとっては守りにくい宿だった。離れ家の警護は24時間体制で護衛団が巡回警備する、屋内はラピティリカ様が在住中は俺達が、出かけている間は護衛団が警備する。護衛団の団長と細かい警護計画を確認し、明日に備えて俺達は休ませてもらう事にするが、その前にやっておく事がある。
それは、AN/GSR-9 (V) 1 (T-UGS)の設置だ。距離的に余裕はあるが、細かく人の動きを把握するため、本館の傍と離れ家への通路の中に設置し、より正確に人の動きが把握できるようにしておく。
◆◆◇◆◆◇◆◆
翌日から始まったラピティリカ様のスケジュールは、中々にハードだった。ヴェネールを含む周辺を治める小領主の邸宅を訪問し、ヴェネールに長期滞在する老伯爵夫妻のサロンに出席、夜は未婚の若い貴族やその子女が中心の晩餐会に出席し、交友を深める。
これが単なる貴族、もしくは有力貴族の三女ならば、ここまで忙しく動き回る必要はないらしいのだが、バルガ公爵家は魔導貴族なのだ。その三女であり、迷宮を一つ討伐した冒険者ともなれば、今後の嫁ぎ先が王族であろうとなかろうと、冒険者を率い、貴族を率い、そして魔導貴族を率いてこの世の害悪と戦う導とならなくてはならない。その血を、魔力を継承していかなければならない。
今回の外遊は単なるお見合い外遊ではないのだ、魔導貴族としてのラピティリカ様の生き様はすでに始まっている。
今夜の晩餐会を、護衛が待機する一角から見ていて気付いた事が一つある。
それは周囲の若い貴族の男性だけでなく、淑女たちも皆同じように、アシュリーに対して敬意? 畏怖? そんな表情を浮かべながらラピティリカ様と同等以上に扱っている、そんな風に見えていた。
領主や老伯爵夫妻はそうでもなかったが、それは爵位や歳相応に表情を隠せていたということだろうか、
1日目のスケジュールを消化し、「栄光の都亭」へと戻ってきた。団長と不在時に何かなかったか、外遊中に何か起こらなかったか報告し合い、明日以降の変更点などが無いかを確認する。
この間は、ラピティリカ様とアシュリーはお風呂へに行っている。もちろん周囲は護衛団が固めているし、俺のケブラーマスクに映るマップでも、風呂場で動く光点の動きを追っている……これは覗きではないよ?
「シャフト殿、他に何か気になったことはなかっただろうか?」
報告会も終わろうかと言うタイミングで、団長が最終確認を問いかけてきた。俺も一日立ち警護で過ごしていたため、肉体的な疲れは無いものの、暇ゆえの退屈さから眠気が瞼に重石となって掛かっていた。だから、とはいい訳だろうか。
「そういえば、若い貴族たちがアシュリーを随分と気にかけていたが、何かあるのか?」
聞くつもりもなかった言葉を発してしまった。
「あれ? シャフト殿はご存知なかったのですか? アシュリー殿、と言うよりはゼパーネル家ですね。彼女の……申し訳ない、何世代前かは存じ上げていないのだが、ゼパーネル永世名誉宰相殿の御威光は、親族への一切の権力を禁止してなお、尊敬と畏怖の目で向けられています」
ゼパーネル永世名誉宰相、エルフである彼の名を知る者は少ない。しかし、彼の姓を知らぬ者はこの国にはいない。クルトメルガ王国建国時より宰相として国内の安定に努め、エルフの平均寿命300歳を越えてなお生き続ける傑物。第一線こそ退いたが、王政に強い発言力を持ったまま、永世名誉宰相と言う彼だけに与えられた一代限りの役職を与えられている。
彼は、ゼパーネル家が後々にクルトメルガ王家に匹敵する、いや、それ以上の権力を得ることを防ぐため、ゼパーネル家は貴族でありながら爵位を持たず、役職を持たず、一切の権力から切り離された家系として、クルトメルガ王国に生きてきた。
アシュリーは、その次期当主候補の一人なのだそうだ。
そう言えば、アシュリーが貴族とは聞いていたが、爵位は聞いたことがなかったな……。
しかし、この話を聞いたところで、俺とアシュリーの付き合い方が変わるわけでもないだろう。
使用兵装
AN/GSR-9 (V) 1 (T-UGS)
この戦術無人地上センサーは、設置箇所から半径25mの範囲で震動・音響を感知し、ミニマップへと表示させる。このT-UGSは最大で2個設置する事ができ、俺の体を中心とした半径150mを越える場所でも、マッピングが出来ている場所ならば、T-UGSから半径25mを常に表示してくれる。