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 王都での護衛二日目、今日のラピティリカ様の予定は、日中に冒険者クラン”山茶花サザンカ”の本拠地を訪問、そして午後には屋内演劇場にてオペイラと言う演劇をバルガ夫妻と共に鑑賞される……。このオペイラというのは、たぶん前の世界のオペラと同じ物だろう。

 オペイラは演劇と管弦楽曲によって構成されている、伴奏付きの劇だ。前の世界では本格的なオペラは見たことがないが、シアターなどで劇団の舞台は何度か見たことがある。ホール全体に響き渡る音の振動、舞台で躍動する役者達の動き、決してハッピーエンドばかりではないそのストーリー性、どれをとっても非常に洗練されたものだった。

 

 今夜のオペイラも、本当なら護衛の仕事とは別に、楽しみに思う事が出来ただろう、その演目が「王都に舞いおりた黒い貴公子、黒面のシャフト!」などというタイトルでなければな……。



 オペイラに加えて、今日は山茶花のクランハウスにも向かわなくてはならない。山茶花は、シュバルツとして共に緑鬼の迷宮討伐をおこなった仲ではあるが、シャフトとしては初対面となる。

 共に緑鬼の迷宮を攻めたメンバーとは、出来れば顔を合わしたくないなと思いつつ、ラピティリカ様とアシュリーの準備が出来るのを待っている。


 城塞都市バルガから王都まで、そして王都で1日が経過しているが、俺の見ているマップには怪しい光点が映る事はなく、不穏な会話などが聞こえてくる事もなかった。

 やはり、事が起こるとすれば次の滞在先であるヴェネールだろうか。



 そんな事を考えていると、どうやら準備が整ったようだ。二人が扉に近付いてくる。



「お待たせしました、ラピティリカ様の準備が整いましたので、山茶花のクランホームへ向かいましょう」



 扉から先に出てきたアシュリーに続いて、冒険者時代の装いである白い聖職服のようなローブと、銀色の光沢を持つ短杖を持ったラピティリカ様が出てくる。

 山茶花のクランハウスへは、単なる挨拶だけで向かうわけではないそうだ。ホーム内にある練武館で練魔を見てもらうのだそうだ。


 山茶花の当代クランマスターは、シプリア・アズナヴール子爵という女性の貴族だ。緑鬼の迷宮を攻略している時に聞いた話では、30代半ばの独身貴族で、婿をとって冒険者を引退するよりも、山茶花の成長やメンバーを守る事を選択したマスターなのだそうだ。



 バルガ公爵家の馬車に乗り、クランハウスのある第3区域へと向かう。俺は相変わらず御者台に座っている。やがて見えてくる山茶花のクランハウスは、石造レンガ造りの三階建て、まるでアパートメントのような長方形の建物だった。



「では、いってきますね」


「はっ」



 山茶花は女性だけのクランだ。そのホームであるクランハウスも男子禁制となっている。一応、練武館は別の建物で、そこで練魔をおこなう際には同行できるらしい。俺はラピティリカ様たちが戻ってくるまでは、御者台で留守番だ。




 1時間ほど立っただろうか、クランハウスからラピティリカ様とアシュリーの足音が聞こえる。そして、二人の前に誰かが歩く足音も聞こえる。

 

 き、聞こえにくい――二人の前にいるのが微かにわかるほど小さな、しかし、しっかりとした歩きで前へ進んでいる。この足音は、誰だ――?



「シャフト、お待たせしました。これから奥の練武館へ行きます」



 アシュリーとラピティリカ様がクランハウスから出てくる。そして、ラピティリカ様の横には長身の女性が立っていた。


 赤色を基調とし黄色のラインが入った騎士服、赤毛と言うよりも真紅に近い紅髪を頭頂部で結び、サイドポニーで横へ流している。しかも垂れ下がる髪は縦ロールだ……。



「君が”黒面のシャフト”かい?」


「シャフトだ」


「この王都では君の話題、と言うよりも演劇の話題で持ちきりだというのに、ご本人は不満かい?」



 紅髪サイドポニーの女性は噛み締めるように笑いながら、俺の肩を叩いてくる。



「山茶花のクランマスター、シプリア・アズナヴールだ、君も来なさい」



 アズナヴール子爵は俺と同じくらいの身長だ、叩かれていた肩にそのまま手を回され、問答無用で練武館へと連れて行かれる。いや、肩に手を回されているだけなのに、体の自由が利かない? 抵抗する事もできずに、俺達はクランハウスの裏へと向かった。



 練武館は平屋建てで、板張りの道場部分と弓道場のような射場が合わさったような場所だった。ここで射場に向かってラピティリカ様が魔言を唱え、的へ向かって魔法を放っていく。

 これはどういった練魔なのだろうか? 俺の目には的へ向かって魔法を放っているだけに見える。と言うかだ、俺の真横でアズナヴール子爵が色々とラピティリカ様に助言を飛ばしているのだが、最初に肩を掴まれてからずっとその状態が続いている。


 こういうスキンシップを取る人なのか、と思わなくもないが、依然として俺の体は自由に動かない。状態異常を掛けられている? いや、俺の体は、『魔抜け』の体は魔力による身体への異常は通用しない。つまり、この体の自由を奪われているのは、体術的な技術で封じられていると言う事だろう……。


 なぜ、俺が拘束されているのかわからないが、もしもラピティリカ様やアシュリーに危害を加えようとするならば、僅かに動く手首や指だけでウェルロッドVer.VMBを発砲し、この状態を脱出するしかない。



 ラピティリカ様の練魔は1時間ほど続き、その間この拘束は続いた。



「この辺でいいだろう、時間が合えばまた見てあげよう」


「ありがとうございます、マスター」



 これで終わりか。



「ラリィ、アシュリー、少しだけ黒面を借りるよ」


「え?」



 え? ラピティリカ様の練魔を一緒に見ていたアシュリーが、俺と一緒に変な声を出してしまった。この練魔の間、アシュリーの視線は俺とラピティリカ様を行ったり来たり、明らかに不機嫌に眉を寄せている。



「なに、ほんの少しだけさ」






「そろそろ、これの説明が欲しいのだが?」


「いいだろう」



 ラピティリカ様とアシュリーが練武館から離れ、ここには俺とアズナヴール子爵しかいない。やっと肩に回された手を外され、少し離れた位置で向かい合う。



「黒面のシャフト、単刀直入に聞こう。貴様、どこの闇ギルドの者だ?」



 は? 何を言われるかと思えば、そんなことを思われていたのか。



「俺が登録しているのは傭兵ギルドだけだ。闇ギルドなぞ知らん」


「そうかい? ならば、なぜ魔力を隠している?」


「な……」


「私は、技能《魔力感知》を持っている。貴様からは一切の魔力の流れが感知できない、貴様のように魔力を隠す奴は、闇ギルドの人間ばかりだ。大方、その黒面が魔力を隠蔽する魔道具なのではないか?」


「この黒面は、俺の醜顔を隠しているに過ぎない。しかし――、一人の護衛として仕事を果たすために、常に魔力は隠している。貴方のような存在からも、守るべき人を守る為にだ」


「その言葉、偽りないか?」


「ない」



 アズナヴール子爵との距離は3mしか開いていない。しかし、その3mが物凄く遠く感じ、練武館の空気が一気に冷えていくのを感じる。まるでスナイパーライフルのスコープを覗いて、僅か数ドットの変化を撃ち抜く為に集中しているときのような、そんな無音の緊張が走る。




「いいだろう、今は信じてやる。だが、闇ギルドが暗殺依頼を受けたのはわかっている。もしもラリィに何か起こって、貴様が生きのびるような事があれば、かならず私自らの手で貴様を殺してやろう」


「暗殺依頼? いい情報をありがとう、今はそれだけだ、失礼する」






 技能《魔力感知》だと? この世界に生まれたものたちが持つ、二つの特殊な能力。スキルと技能……スキルは何度か見たが、技能に関してはバルガの総合ギルドで出会った、レズモンドさんの《鑑定》ぐらいしか知らなかった。もしや簡単に口にしないだけで、この世界に生きる人々は魔力のみならず、様々な技能を利用し生きているのか。


 特殊な能力、俺のVMBだけが特別な能力ではない。この世界の人々には、魔獣には、亜人種には、魔力があり、魔法があり、スキルがあり、技能がある。決して驕るな、自分だけが特別だなどと勘違いするな、堅実に、聡叡に、粛々と、トリガーを引け。






◆◆◇◆◆◇◆◆






「闇ギルドか」


「はっ、山茶花のマスターが言うには、闇ギルドが暗殺依頼を受けた事までは判っていると言っておりました」



 山茶花のクランハウスからバルガ邸へと戻るとすぐに、俺はバルガ公爵の執務室へ向かい、アズナヴール子爵が言っていた闇ギルドの話を報告した。しかし、俺が暗殺者だと疑われた事は話していないが。



「フォルカー、王都でそんな依頼を受ける闇ギルドがいると思うかい?」


「いえ、最近は王都で闇ギルドが大きな動きをしたとは聞いておりません」


「となると、やはりヴェネールだろうね」


「王都での警戒も必要ですが、ヴェネールで間違いないでしょう」


「シャフト君、ヴェネールへの外遊を取りやめる事はできない、道中の護衛は増やすけど、夜会や邸宅での護衛はよろしく頼むよ」


「はっ」




 もうすぐ夕暮れの時間だ、そろそろ屋内演劇場に向かう事になる。


 待機室ではすでに着替え終えたアシュリーが待っていた。



「シャフト、公爵は何と?」


「ヴェネールで仕掛けてくる可能性が高い、王都の警戒も勿論重要だが、ヴェネールでは更に気を引きしめる必要がありそうだ」


「そう……わかったわ。ラリィを、守りきりましょう」


「勿論だ」



 これから向かう屋内演劇上は、第三区域にある野外演劇場と違い、第一区域にある。貴族かそれに近しい人しか入場できず、厳格なドレスコードが出されている。

 アシュリーは秘書官兼私室付女官ではあるが、護衛でもあるので、今夜は騎士服のような服を着ている。俺もベッドルームでテールコートに着替え、これでこちらの準備は終わった。


 アシュリーはラピティリカ様の準備を見に行き、俺は廊下に出て、二人が出てくるのを待つ。



 色々と考える事が増えたが、今一番に考えているのは、これから見せられるオペイラだ……。

GW中も、書き上がればいつもの時間に投稿していきます。


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― 新着の感想 ―
[一言] 「いいだろう、今は信じてやる。だが、闇ギルドが暗殺依頼を受けたのはわかっている。もしもラリィに何か起こって、貴様が生きのびるような事があれば、かならず私自らの手で貴様を殺してやろう」 では…
[一言] こんばんは。 赤い服に黄色のライン、そしてファミリーネームの響き···ちょっとシャ○(色合い的には逆シ○ア時代)を連想しますね。 それともシャ○の元ネタである『名前はシャンソン歌手、パーソ…
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