表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/307

80

5/1 誤字修正



 バルガ公爵の執務室から、ラピティリカ様の私室の隣にある護衛の待機室へと戻ってきた。基本的に、公爵邸に滞在している間は、この部屋で寝食を摂る事になっている。

 もう一人の護衛であるアシュリーは、食事はラピティリカ様や公爵夫妻と共に摂るが、寝る場所は同じこの待機室だ。


 待機室は、ツインベッドの置かれているベッドルームとリビングルームの二部屋で構成されている。他にもトイレはあるが、お風呂はない。

 この世界の風呂は、銭湯と似て非なる大衆浴場が一般的で、一部の貴族だけが邸宅内に風呂場を設けていた。当然ながら、公爵邸であるこの邸宅には風呂場がある。バルガ家の身内用と、ゲスト用だ。メイドたちにも、専用の小さな風呂場があるらしい。


 待機室にいるのは俺一人だ、隣の部屋にも誰もいない。俺が戻ってきた時にラピティリカ様の私室を掃除していたメイドに聞くと、アシュリーと二人でお風呂へ行ったそうだ。




 二人が戻ってくるのを待つ間はTSSタクティカルサポートシステムからアバターカスタマイズを選択し、オーバーコートやドイツ親衛隊黒服の上を外し、薄いラッシュガードのようなパワードスーツだけにする。下はズボンを穿いたままだが、もうすぐ一日の護衛が終わる、少しはラフな格好をしていてもいいだろう。



 執務室に呼ばれた際に、昼食会と夜会のドレスコードについて指定を受けた。護衛とは言え、社交界デビューする公爵令嬢に付き添うのだから、格式高い服装と言う物が要求される。特に準備がなければ、邸宅にあるものを貸してくれるという話だったが、装備を隠し持つ機能の関係から断った。


 アバターカスタマイズからファッションアイテムを漁り、SHOPで新たに購入しながら、装備を隠し持てて、ドレスコードから逸れない構成を考えていく。



 最終的に、昼の昼食会には黒のフロックコート、白いシャツ、グレーのベスト、黒のズボン、グレーのネクタイの組み合わせ。

 夜の夜会では黒のテールコート、白のシャツ・ベスト、ホワイトタイ、黒のズボンといった構成だ。


 VMBのゲーム内で、タキシードを着て銃器を発砲するプレイヤーを見かけた時は、頭おかしいのではないか? と疑った事があったが、まさか俺が礼服を着て、トマホークを握る時がこようとは思いもしなかった……人生とはわからないものである。



 アバターカスタマイズで色々と試着をし、これで決まったな、と満足したところで待機室のドアがノックされた。どうやら、アシュリーたちが戻ってきたようだ。



「シャフト、ただい――ま……」



 部屋に戻ってきたアシュリーは、開けた扉の前で立ち尽くしていた。風呂上りの石鹸のような香りが部屋の中に吸い込まれ、俺の下まで届いてくる。

 彼女の赤金の髪は湯に濡れ、透き通るような肌に吸い付いていた。髪を乾かすのは、この部屋で行なうのだろうか? 



「入らないのか? そこは寒いだろう? 濡れたままにしておくと、風邪を引くよ」


「あっ、そ、そうですね」



 湯あたりでもしたのだろうか? アシュリーの顔が少し赤く見える。アシュリーはベッドルームへと歩いていった、そこで髪を乾かすのだろう。

 俺はリビングルームに置いてある椅子に座り、TSSを弄っている。昼用のフロックコートは武器を隠す事ができるが、夜用のテールコートにはその余裕が余りない。

 刃物であるトマホークは王城同様に回収されてしまうだろうが、特殊電磁警棒もしくはウェルロッドver.VMBだけで十分だろうか? 他に何か隠し持つ余地がないかを考えている。



「シャフト、そういう服も持っていたんですね」



 気付くと、アシュリーがベッドルームの前に立っていた。



「公爵閣下に言われてね、明日以降の昼食会や夜会には礼服が必要だとね。こういった服装は護衛には適さないと思うのだが、ラピティリカ様に恥をかかせるわけにもいかないからね」


「そうね、でも、とても似合っていると思います」


「そうかい? ありがとう。でも、あまり着慣れていなくてね、少し窮屈だよ」


「でも……その黒面だけは合わないわね、私は――黒面よりも貴方の――シャフトよりもシュバルツのほうが、似合うと思います」



 今、ケブラーマスクの下の素顔は、ゾンビフェイスではない。アバターカスタマイズを弄くる時に、設定を一度クリアにしてから色々と着ていたからだ。椅子から立ち上がり、ゆっくりとケブラーマスクを外す。

 もしかしたら、アシュリーから見れば、俺がケブラーマスクを被っていようと、ゾンビフェイスで素顔を隠していようと、そんな事は何も意味のないことだったのかもしれない。



「似合ってますよ」


「あり――「アシュリー、シャフト、紅茶を入れていただきましたの、一緒にいかがですか?」



 不意に俺の後ろにある、隣の部屋と繋がる扉が開き、ラピティリカ様が声を掛けるのが聞こえてきた。

 ラピティリカ様には俺の背中しか見えていない、本当の素顔であるシュバルツの顔は見られていない……。すぐにケブラーマスクを被りなおし、ラピティリカ様に声を返す。



「よろこんで、頂きましょう」






 翌日、バルガ公爵夫妻は、王城で行なわれる新年の式典に出席するために邸宅を出発していった。ラピティリカ様は第一区域の有力貴族の邸宅で、未婚の子息子女のみの昼食会に出席される。爵位を持つ貴族は一切いない、言わば本番前の練習のような昼食会だ。


 今日の昼食会の主人は、キャプシーヌ・マドラステスという老淑女だ。伴侶をすでに亡くされ、その爵位は子息が継いでいる。今は次世代の貴族子女の為にこうしてささやかな昼食会を開き、マナーなどを学ばせているそうだ。



 マドラステス邸へ入る時には、やはり武器の回収がおこなわれた。刃物ではない特殊電磁警棒や、ウェルロッドVer.VMBは回収されずに済んだが、フロックコートから出されるトマホークには、武器の預かりをしていたメイドも苦笑いを浮かべていた。


 昼食会の会場は、敷地内にあるマドラステス邸とは別の建物だ。石造2階建てながら、外から見ても二階に立ち並ぶテラスや窓の並びは壮観だ。日が落ちれば、室内の灯かりに照らされ、とても幻想的な光を放つ建物なのだろう。


 ラピティリカ様とアシュリーを、一階の化粧室へ案内し、ここからは先に二階に上がり、あとは幾つかある護衛の待機スペースに引きこもるだけだ。

 昼食会の間は、ラピティリカ様の傍にアシュリーが立つ事になっている。


 立食形式の昼食会とは言え、基本的には顔合わせや会話が主だ。会場には少数ながらも音楽隊の姿も見える。この世界の音楽は、まだしっかりとは聴いたことがないが、笛と弦楽器のようなので、クラシック的な音調はそうは違わないだろう。




 階下の化粧室から準備を整えた子息・子女達が、次々に二階のフロアに上がってくる。やがて、ゲストが全員そろったのだろう。ラピティリカ様とアシュリーの姿も見える。最後に女主人であるキャプシーヌ・マドラステス夫人が入り、昼食会の開始を告げる。

 音楽隊により緩やかな音楽鳴り出し、ぎこちない動きながらも若い貴族の男子たちが、恥ずかしげに付き添いの女官に耳打ちをしている女子達へと近付いていく。



 そんな若者達の姿を見つめながらも、周囲の警戒は緩めない。会場のマッピングは一瞬で終わり、細かい人の動きを監視し、音を聞き、話声を聞いていく……。



 何を聞いたのかは、恥ずかしすぎるので伏せよう……。




 王都での日程一日目、まずは昼の昼食会を終え、一旦バルガ邸へと戻る。今夜はバルガ公爵が主催する晩餐会が、邸宅でおこなわれる。今度はそれに備えなければならない。


 この護衛依頼、思った以上に忙しい仕事になってきた……。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ