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西方バルガ騎士団に護衛されながらの王都までの3日間、マリーダ商会の商隊護衛の時のような盗賊団の襲撃もなく、城塞都市バルガの東休憩所で一泊し、王都の西休憩所で一泊し、王都の城門が見える距離まで近付いてきたが何事もなかった。
王都の城門を通過するのは、バルガ公爵夫妻の馬車とラピティリカ様の乗る馬車、そして更に荷馬車が数台続き、騎士団とは別のバルガ公爵の私兵が、周囲の護衛として追従している。
王都へと入都したのは、日が暮れる1時間ほど前だ。王都内に働く人々が一日の仕事を終え、王都の街道には人々が溢れ出ていた。
王都の街道をゆっくりと進む馬車には、バルガ公爵家の紋章旗が掲げられ、その紋章旗をみた都民達の声が聞こえる、「バルガ公爵家だ」「まさか黒面のシャフトか?」「黒面だ……」「黒面が戻ってきやがった」……。
俺はラピティリカ様の乗る馬車の御者台に座っている。アシュリーは馬車の中だ、馬車を操っているのは専属の御者なので、俺は常に周囲を見渡しながら警戒している。
そのせいもあるのだろう、やたらと都民と目が合う。ラピティリカ様の乗る馬車は列の先頭だ、馬車の前に徒歩で道を作る私兵もいるのだが、その次に来る馬車の御者台に座る俺が異様に目立っている。
この隊列はバルガ公爵が決めたわけだが、どうやら俺がバルガ公爵家に雇われていると、周囲に知らしめる目的があったのかも知れない。
城塞都市バルガでのパレードでは、俺の事を”黒面のシャフト”などと口に出す市民はいなかった。少なくとも、俺のイヤーパッドはそれを捉えていない。しかし、昨年末の王都を騒がせた騒動を、王都の民はまだ忘れていなかった。いや、忘れるほど時は過ぎていない。
ヤゴーチェ商会が、王都の北で暴れていた盗賊団”鬼蓮”と共謀し、マリーダ商会の商隊への襲撃、関係者の誘拐。また、ヤゴーチェの自白と、崩壊した邸宅から発見された裏帳簿などにより、密輸や人身売買などが判明した。そして、一夜のうちに跡形もなく崩壊した、ヤゴーチェ商会の商館と邸宅の話題は、年を跨いでも冷める事はなかった。
その原因がアレだ……。
「おい、アレは……なん……だ?」
周囲を見渡す俺の視界に、一つの看板が見えている。思わず指差しながら、隣に座る御者に聞いてしまった。
「あれ? シャフトさん知らないんですか? 『王都に現れた黒い貴公子、黒面のシャフト』! 悪徳商会に攫われた少女達を救い、盗賊団を一人で壊滅させ、王都の悪を討つ、王都で人気急上昇中の演目ですよ」
「な、なんだと……?!」
俺は、通り過ぎていく野外演劇場に掲げられる、『黒面のシャフト』の看板から眼を離せずにいた。
なんとも言葉にし難い虚脱感を感じながら、馬車の列はバルガ公爵の邸宅に到着した。邸宅は王都の貴族街である第一区域にあり、クルトメルガ王国でも数家しかない公爵の爵位に相応しい、大邸宅であった。
バルガ公爵邸は三階建ての左右対称型の石造レンガ造り、赤茶のレンガ色と大きな白い窓枠が印象的な建物だった。
邸宅の正面中央にあるアーチ型の玄関前には、邸宅で働くメイド達が立ち並び、その中央には邸宅のまとめ役だろうか?
白銀の長髪、黒い執事服のような服装の美男子が立っている。普人種ではないな、顔が綺麗過ぎる、エルフか。
玄関前に止まった馬車の御者台から降り、ラピティリカ様達が乗るキャビンの扉を開ける。まず降りてくるのは、秘書官兼私室付女官として同行しているアシュリーだ。
彼女の手を取り、馬車を降りるのを補助する。続いて降りてくるのはラピティリカ様だ、同様に手を取り馬車から降りるのを補助した。
後ろに付く馬車でも、バルガ夫妻の護衛がキャビンに手を掛けている。
「お帰りなさいませ、旦那様、奥様、お嬢様」
「やぁ、フォルカー。変わりはないかい?」
「はい、旦那様」
このエルフのフォルカーさんは、王都のバルガ公爵邸の一切を取り仕切る家令なのだそうだ。
俺とアシュリーはフォルカーさんへの挨拶もそこそこに、メイドに案内されてラピティリカ様の私室、そして俺達の待機室になる部屋に案内された。待機室は私室の横につながり、常に傍に待機することができる。
「邸宅内は自由に歩けるのか?」
「は、はい! 旦那様や奥様の私室以外でしたら、護衛の方は自由に出入りする事ができます」
待機室へ案内してくれたメイドに、部屋の説明や邸宅の話を聞きながら、そう確認すると、まだ若いメイドの少女は俺の黒面を真っ直ぐに見つめながら、顔を紅潮させ答えてくれた。
……なんで俺、見つめられているんだ……?
いやまてよ……FPSのプロチーム、「POwDer」で活動している時にも、こういう視線をよく向けられた。男女関係なくファンの子達から向けられた目だ。
つまりだ……。
「黒い貴公子……」
メイドの子の小さな呟きが聞こえる……。
おかしい、シュバルツから目を逸らすために、戦闘行為や武力を示す依頼はシャフトと言う偽りの姿でこなすつもりだった。それがどうだ、いつの間にかシャフトの方が遙かに有名になってしまっている。
どうしてこうなった? そんなことを考えながら、公爵邸をマッピングしていく。邸宅内をマッピングしたあと、外へ出て敷地内も全て確認していく。
さらに敷地の端でTSSを起動し、インベントリから特殊装備を取り出す。
目の前に召喚された黒い補給BOXから取り出したのは、小さな白い円柱だ。
これは『AN/GSR-9 (V) 1 (T-UGS)』という、戦術無人地上センサーだ。円柱の下部から3本の足を開き、地面に設置する。
同時に、ケブラーマスクのレンズに映っているマップの横に、更に小さなミニマップが表示される。
このT-UGS(戦術無人地上センサー)は、設置箇所から半径25mの範囲で震動・音響を感知し、ミニマップへと表示させる。
さらに敷地の反対側の端へ向かい、もう一台のT-UGSを設置する。このT-UGSは最大で2個設置する事ができ、マップの横にミニマップが2個表示される。このミニマップは俺の体を中心とした半径150mを越える場所でも、マッピングが出来ている場所ならば、T-UGSから半径25mを常に表示してくれる。
俺がこの作業をしているのには理由がある。バルガ公爵邸内部の人の動きを完全に把握するために、レンズに映るマップの縮尺を固定すると、どうしても邸宅の外が表示しきれない、侵入者が突然邸宅内に出現するわけはない、必ず外から入ってくるのだ。
邸宅内を把握し、外部からの侵入にいち早く察知するためにT-UGSを設置している。
作業を終え邸宅に戻ると、公爵が俺を呼んでいると言われた。メイドに案内され、公爵の執務室へ向かった。
「失礼します。シャフトです」
「待ってたよ、シャフト君」
「お待たせしたようで」
「いや、構わないよ。護衛として敷地内を歩いていたそうじゃないか、何か気になる事はあったかい?」
執務室には、フランクリン・バルガ公爵と家令のフォルカーさんが待っていた。
「いえ、外に出たのは敷地を確認させて頂きたかっただけですので、それで用件はなんでしょうか?」
「それは、私からお話致します」
家令のフォルカーさんはバルガ家の家令として、すでに200年も仕えているそうだ。エルフの長寿さには驚かされるが、何よりもその忠誠心に驚く。そのフォルカーさんからの説明では、明日以降の外出や来客予定、出席する昼食会や夜会の予定、そして更に……。
「お、屋内演劇場ですか……」
「そうだよ、今話題の演目を是非見たくてね。日程が合えば行きたいと思っていたんだ」
「それは……」
「もちろん、『黒面のシャフト』だよ」
やっぱりそれか……