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異世界に落ちて2日目、俺の行先は俺の意思と関係ないところで、次々と決まっていくようだ。
「というわけでシュバルツ君、私達と一緒に、城塞都市バルガへ行かないか?」
初めて異世界の村へ連れられた時はすでに夜遅く、まっくらな夜道を連れられて宿屋まで案内されたが俺は一文無し、眠そうな宿屋のおばちゃんに、「一泊朝夕食事つきで銀貨2枚だよ」なんて説明されたって、貨幣価値はおろか、お金持ってないよ……おばちゃんの前で固まってしまったが、すぐにここへ案内してくれたバロルドという男性ギルド職員がお金を払ってくれた。
そして翌朝、なんとか朝食の時間に起きられた俺は、1日ぶりの食事が摂れると、宿屋の一階にある食堂に席を取ったところで、昨日出会ったレミさんとアシュリーさんがやってきて、一緒に食事をしながら話をしていた。
いや、話を聞いていた。
城塞都市バルガ? この村へは、巣穴での事の確認をするために連れてこられたが、その都市には何しに行くんだろうか? まさか俺、逮捕とかされちゃうのか?! 昨日の夜に、宿泊する部屋で簡単な聞き取りはされたが、やはり身分証やそれに類似する物を、一切持っていなかったのは怪しすぎたか……。
「シュバルツ君は、冒険者登録も探索者登録もしていないのだろう? 見たところ商人や職人でもないだろうし、身分証を作るなら一番近いのがバルガだ。そこで身分証を作るといい、ゴブリンメイジの帯もそこで換金しよう、冒険者なりに登録してから提出すれば、ギルドポイントも加算されるしな」
冒険者……はなんとなく判る、だが探索者ってのは何が違うんだろうか? しかし、どうやら逮捕されるわけではないようだ。たしかに身分証は欲しい、出来るだけ早くこの世界に溶け込んで知識を集め、元の世界に戻れるのか否かを確認したい。
俺はレミさんに頷き、その提案を了承した。俺達二人が会話しているその間、アシュリーさんは静かに黙々と食事を摂っていた……なんと言うか、お上品な食べ方するなこの人……しかし本当に美人だ。ミディアムボブな長さの金髪は、朝の光に照らされ、神々しいまでの輝きを放っており、元の世界で見た、染めた金髪や欧米人の金髪とはまた違う物のように見えた。
「そうか、同行してくれるか、では出発は食事を摂ってすぐだ。シュバルツ君は馬に乗れるか?」
俺は首を振ってそれを否定した。さすがにVMBに馬はいないしな、バイクとかならあったが……。
「ではアシュリー、馬車の手配を頼む。馬車だと半日は掛かるが、余計な荷物は道具袋に入れてしまえば軽くなるだろう、夕暮れまでにはバルガに入りたい。それと、村長から何か絵本の類を借りてきてくれ。道中でシュバルツ君にオルランド共用語の発音を教えてやるといい、聞き取りや読み取りが出来るならすぐに話せるようになるだろう」
「はい、了解しました。 では早速行ってまいります、シュバルツさんまた後で」
先に食事を終えたアシュリーは、すぐに食堂を出ていった。たしかに自動翻訳のおかげで聞き取りは出来るし、ヘッドゴーグル越しに文字を読めば翻訳文が表示された。これはVMBでのボイスチャットの翻訳だけでなく、テキストチャットの翻訳機能のおかげだ。発音やイントネーションが判れば話せるようになるのも時間の問題だろう。
元々VMBのみならず、他のFPSタイトルの国際大会にも顔を出していた俺は、英語を始め、西欧方面の幾つかの言葉も問題なく話すことが出来た。だからこそ、最初は自動翻訳機能をOFFにしていたのだ。
アシュリーさんが出て行くのを確認すると、レミさんの目が先ほどよりも少し鋭くなってこちらを見てきた。短髪褐色の彼女もとても美人なのだが、その気配は何かこちらを試しているような、深遠を覗こうとしているような、そんな雰囲気だった。
「早くオルランド共用語を話せるようになってもらいたい、色々と話を聞いてみたいからな。その短杖や、何故この付近に旅の道具も持たずにいたのか、何が目的なのか……な」
どうやら逮捕される可能性はまだゼロではないようだ……
「話したとして、とても信じてもらえるとは思えないけど。俺自身、この異世界に落ちた……落とした何かの目的はわからない。そして、俺もこの異世界で何が出来るのか、ここで生きていくのか、元の世界へ帰還することを目的にしていくのか、それはまだわからない……が、話せるようになったら、信じてもらえそうな作り話でも考えておきます」
俺は口元を緩め、真っ直ぐとレミの目を見つめ、伝わらないの承知でそう返した。
◆◆◇◆◆◇◆◆
ゆ、揺れがすごい……今俺が乗っているのは、馬車と言うか荷馬車だ。御者席にはレミさんが座り、馬車を操作している。
俺とアシュリーさんは、荷馬車に積まれた馬の餌の、乾草をクッションにして並んで座り、一冊の絵本というか、童話のようなものを読んでいる。というか読み聞かせられている。
しかし、荷馬車の走る道は綺麗に舗装されているわけでもなく、かといって荒れ道でもないが、時折跳ねるような振動で腰が浮く、そのたびに本も上下するので、これを半日も見ていたら車酔いならぬ馬車酔いをしそうだ……。
俺達が読んでいる本は、アシュリーさんが村長から借りてきたクルトメルガ王国の建国の物語、どの村や都市にも1冊は必ずおいてあり、小さな村では村長が村民の子供に読み聞かせるのが仕事の一つらしい、愛国教育の一環か?
そんなクルトメルガ建国の物語は要約すると、500年ほど昔に生まれた一人の冒険者が、圧政に苦しむ民衆を救うため、新たな国を興すことを決意し、その為の土地や資金集めの為に、数々の地下迷宮へ挑戦する探索者となり、オルランド大陸の南西部に広がる、多くの地下迷宮を制覇し、浄化し、そこに国を興した。そして圧政に苦しむ多くの民を受け入れ、それに怒った他国の圧力を跳ね返し、平和な国を築き上げたと言う。
つまり、地上で活動する人を冒険者、地下迷宮で活動する人を探索者と、そう言い分けてるわけか……やることは同じモンスター狩りのような気もするが、何か明確な違いがあるのだろうか。
アシュリーさんに一つ一つ文字の発音や、イントネーションを教えてもらいながら、荷馬車は軽快に城塞都市バルガへと向かっていた。このまま何事も無く、バルガへ到着すると思っていたが、どうやらそうも行かないようだ。
俺の耳に何かの駆ける音が複数聞こえる、マップはマスクされていて、検索可能範囲には光点はない、もう少し遠いか。
「な、にか、来、ます」
俺は御者台に手をかけ、立ち上がりながら何かの接近を、レミさんとアシュリーさんへ伝えた。
「シュバルツさん本当ですか? 周囲には何も見えませんが……」
「な、にか、駆ける、音が、きこえ、ます」
「アシュリー! この辺で襲われるとすれば『グラスウルフ』だ、狙いは我々よりも馬だろう、一度止めて迎えうつぞ!」
そうレミさんが判断すると、荷馬車を止め、御者台から飛び降りた。レミさんは御者台に寝かせてあった大きな剣を持ち上げると、鞘から剣を抜き放ち八相に構えている。その剣は両手持ちを前提としつつも、刀身は1mほどで両刃で刃幅がやや広い、クレイモアと呼ばれる大剣だった。
アシュリーさんもまた、荷馬車に詰んであった袋の中から……
おいおい、袋よりも長い剣が出てきたんだが? しかも丸い盾まで、どう見ても袋より大きい……あれはアレか? いわゆるアイテムボックスとか無限袋とか、そういう異次元ポケット的な袋か?
アシュリーさんの武器は、刀身70cmほどのショートソードと丸盾のバックラー装備のようだ。アシュリーさんは剣を鞘から抜き、荷馬車の後方へと警戒を強めている。
「シュバルツ君、君の戦い方が判らないので中衛を頼む。それとグラスウルフはどちらから来る?」
俺は荷馬車の上に膝立ちになり、MP5A4の安全装置を3点バーストに廻す。そしてレミさんに指し示すように、街道の北側に広がる林の中を指差した。俺のマップには、すでに光点を捉えている。
数は3匹程度だか、移動速度が速い! 林の木々の向こうに、チラチラと黒い犬が見えてきた。体長は1.5mほどだろうか? もうすぐ林を抜けてくる。
「攻撃、します!」
俺は発砲開始を宣言し、3匹の先頭へ狙いをつけ、胴撃ちで二度トリガーを引き2連射した。グラスウルフは思ったよりも速い移動速度だったが、この程度の速度をエイムできないようでは、高速3次元機動もできるVMBでは撃ち勝てるはずもない、先頭を難なく撃ち抜き、そのままクロスヘアを後続へ滑らせて、2連射-2連射、グラスウルフ3匹は自分の走る勢いのまま転げ回り、そのまま動かなくなった。
「すごいな……(報告どおりの、属性不明の魔法攻撃か、やはり魔法武器か)。 シュバルツ君、見事な腕前だな、グラスウルフの皮はどうする? 剥いで持ち帰れば金になるが」
「いいえ、先を、いそぎ、ましょう」
剥ぎ取ればって、そんなことやったことないし……この世界では当たり前に出来ることのように、皮を剥ぐなんて言われても、俺には当たり前に出来ないことだ。 それを知られるわけにはいかない、もうすでに常識が足りてないとか知識がないとは思われているようだが、それを更に出来ません、知りませんと積み上げる必要はない。そうして俺達は再出発し、その後は何事もなく城塞都市バルガへと到着した。
使用兵装
MP5A4
ドイツのヘッケラー&コッホ社製のサブマシンガン、世界でもっとも使用されているサブマシンガンであり、そのバリエーションも非常に多く。軍隊、警察、対テロ部隊等、幅広く活躍する名器である