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 急遽行なわれた模擬戦を終え、訓練場にある平屋建ての中に皆で集まっている。この木造の平屋の名称は、教練室と言うらしいが、要は学校の事務室と教室があるだけの建物だ。


 教室内には椅子と机がある訳ではないが、代わりに置いてあったのは大きなテーブルと、訓練場を模していると思われる、薄く砂の張られた砂盤が置かれていた。



 この砂盤を使い、簡単な作戦地域の模型を作り、戦術や細かい連携の議論などを交わすのだろう。

 面白い、こういう議論は大好きだ。俺が前の世界で所属していたFPSのプロチーム「POwDer」でも、こういったマップを表示させての初動の動きの議論や、どこで、だれが、どのように、といった細かい作戦を決める議論をよくしたものだ。



「では、先ほどの模擬戦の振り返りを始めようかの」



 テーブルの上座と思われる場所にテルミ伯爵が立ち、砂盤の上へと騎士や魔術師を模した駒を配置していく。俺が立っていた辺りには亜人種の駒が置かれたが……。



 そこからは、横に座るラピティリカ様への一問一答形式で、どのように動き、どの魔法を選択するべきだったのか、一人落ちた時点で次に取るべき行動は? など、砂盤の上に指揮棒のような白く細い棒で動線を引きながら、細かく検討を行なっていく。



 テーブルの周りに立つのは、模擬戦に参加した騎士や魔術師のほかに、ケイモン子爵も混じり、1対4以外のケースについても議論がなされた。

 模擬戦が終わった直後は、何をどうして振り返るのかと心配だったが、いつの間にか俺も積極的に口を出し、白熱した議論を交わしていた。






◆◆◇◆◆◇◆◆



「貴公、黒面の下には何を隠しておるのだ? 紅茶に煩い性格といい、先ほどの戦術論といい、ただの傭兵ではあるまい?」



 予定を大幅に超過し行なわれた模擬戦の振り返りと練魔を終え、バルガ騎士団の訓練場からバルデージュ城へと帰る道で、馬車の御者台に座る俺の横を、馬に乗って並走するケイモン子爵が問いかけてきた。



「別に何も、この仮面は醜い素顔を隠すだけの物だ。それ以外には何も理由はない」


「ならば、この依頼が終わり次第、バルガ騎士団に来ぬか?」


「断る」


「それは残念だ。先日の地図屋といい、貴公といい、近頃は騎士団に入ろうと言う若者が減っておってな、中々ワシも引退できん」


「それは俺のあずかり知らぬこと」



 そんなやり取りをしつつ、城へと戻っていった。




 翌日、今日は外出の予定はない。ラピティリカ様とアシュリーは更衣室に幾人かのメイドを連れ込み、さらには市内の高級服飾店から人を呼び、王都やヴェネールの夜会で着るドレスを合わせている。


 俺はその間、更衣室の外で立ち警護……。



 最初に護衛依頼の話を聞いてからと言うもの、まさか護衛と言う仕事がここまで地味だとは思わなかった。マリーダ商会の商隊護衛では、馬車に揺られながらの周囲警戒で一日が終わり、そしてあの事件だ。瞬く間に過ぎていった商隊護衛だったが、今回の要人警護は正直暇だ。

 これが王都やヴェネールの邸宅ならば、また少し違うのかもしれないが、バルガ公爵の本拠地でもあるバルデージュ城内では、いくら警戒しても危険のきの字もない。もちろん俺以外の多数の衛兵のお陰でもあるわけだが……。


 それに、もう一人の護衛であるアシュリーの存在も大きい。秘書官兼私室付女官として、ラピティリカ様の傍に張り付き、次の移動先の指示や、日程調整等を全て担当している。俺はもしもの時に武力を発揮し、ラピティリカ様を守る。ただそれだけなのである。



 明日には城塞都市バルガを出発し、王都へ向かう。行きの行程は、西方バルガ騎士団に護衛されながらの行軍になる予定だ。今回の王都外遊には、フランクリン・バルガ公爵も同行し、ラピティリカ様と共にクルトメルガ王城へと出向き、緑鬼の迷宮討伐の報告をおこなうとの事。王城では新年を祝う昼食会・夜会に、迷宮討伐を祝う夜会と連日出席し、そこでは緑鬼の迷宮の大魔力石ダンジョンコアの披露なども行なう予定だとか。


 更には、王都のバルガ公爵の邸宅での昼食会・夜会と予定が詰まっている。俺の護衛任務の本番は王都入りしてからになるだろう。アシュリーに聞かされた出席予定の昼食会・夜会の数々に、嫌気が差すほどだ。



 そんな明日以降の憂鬱な日程を思い出していると、通路の向こうからこちらへ近づく足音が聞こえてくる。


 扉の前から動き、近付く者の前に立ち塞がるように廊下に立つが、それが誰かわかるとすぐに道を開け、横へ待機した。



「ご苦労さま、ラリィは中かしら?」


「はっ、少々お待ちくださいませ」



 更衣室のドアをノックし、アシュリーを呼ぶ。



「アシュリー、エメラーダ夫人が来られている」



 通路からやってきたのは、バルガ公爵夫人のエメラーダ・バルガ様だった。エメラーダ夫人はラピティリカ様と同じ金髪、そして翠眼のエルフだった。スレンダーな体系で長い髪を後ろで纏め上げ、シニヨンに似ているヘアースタイルにしていた。歳はバルガ公爵と近いと聞いているが、とてもそうとは思えないほどに若々しい、20代前半ほどに見えるご婦人だ。


 この世界は、異種族間で婚姻を結ぶ事に対して、特に忌避感を持っていない。生まれる子供は混血、ハーフになるのか? と思いきや、ハーフというのは存在しない、父親か母親の種族として生まれてくるそうだ。



 エメラーダ夫人と夫人の私室付女官のシエラ・ケイモンという赤毛の女性が更衣室へと入っていく。シエラはバルガ騎士団副団長、ケイモン子爵の孫娘だ。

 

 更衣室の中がやたら騒がしくなるのが聞こえる。俺は、エメラーダ夫人とは殆ど会話をしていないのだが、アシュリーとは知った仲のようで、楽しげな話し声が聞こえる。


 王都、そしてヴェネールへの外遊には夫人も同行する、バルガ公爵は王都までだ。夫人には夫人の専属護衛が居るので、俺が護衛する必要はないのだが、もしも事が起こればそうも言っていられないだろう。夫人の護衛とはお互い様になるだろうが、彼女の近辺にも注意を払っておくつもりでいる。



 しかし、あれだ。さっきから更衣室の中で、随分とキャーキャー楽しそうにしている声が響いている。やれ大きくなっただの、形がいいのだの、細くてうらやましいなどと、ラピティリカ様が感嘆の声を上げているのが聞こえる。一体、何を見てそんな声を上げているのだろうか?





 翌日、いよいよ王都へと出発する日となった。バルデージュ城内に西方バルガ騎士団が整列し、出発式典がおこなわれる。新年を祝い、迷宮討伐を祝い、そして新たな一年へ向け、さらなるバルガ領の発展のため、日々の努力を休むことなく行なうのだと、バルガ公爵が演説をしている。


 この日はバルデージュ城の城門が大きく開かれ、市民が城の周りに、その沿道にと集まり、これから行なわれるパレードを見ようと、新年の始まるを祝うイベントに自分も参加しようと集まってくる。


 やがて、多数の騎士団員に護衛されながら、バルガ市内のパレードが行なわれた。沿道には大勢の市民が集まり、迷宮を討伐した姫を一目見ようと、自分達の誇れる領主を見ようと集まっていた。

 バルガ公爵夫妻とラピティリカ様は幌の付いていない儀装馬車に乗り、朝早くからパレードを見に集まった市民へと、手を振っている。


 俺とアシュリーは少し離れたところでパレードの列に並び、歩いている。パレードの護衛はラピティリカ様の兄であり、バルガ公爵夫妻の長男、バルガ騎士団のスティード・バルガ団長が中心に行なっている。

 彼はこの後バルガに残り、公爵の代行として、バルガ領の統括を行なう。王都までの護衛を率いるのは、副団長のケイモン子爵だ。


 そしてバルガを一周するパレードも終わり、城門を抜けて一路王都へ向けて出発となる。バルガ夫妻やラピティリカ様もそれぞれの馬車に乗り移り、スティード団長に見送られながら、まずは城塞都市バルガの東の休憩所へ向け出発した。








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