77
4/28 誤字・描写修正
ラピティリカ様の練魔という、魔力に関する知識や実技の修練で訪れていた、西方バルガ騎士団訓練場。そこで提案された突然の模擬戦要請……今回の護衛依頼では、騎士や魔術師を相手にする可能性が高いとは言え、いきなり言われてもな……。
「シャフト、受けるの?」
アシュリーが心配そうな顔で聞いてくる。その後ろに、練魔の座学が行なわれていた平屋建てから、ラピティリカ様と3人の魔術師と思われる男達が出てくるのが見える。
「お主が黒面のシャフトかの?」
3人の魔術師の一人、落ち武者のような髪型の白髪禿頭、そして白い顎鬚は胸まで伸び、まさに魔術師、いや魔導師とも言えそうな貫禄のある老人が近づいてきた。
「そうだ」
「魔術師ギルド、バルガ支部、支部長のガラシモス・テミスじゃ」
貴族……か、俺の横に立つアシュリーが、「テミス伯爵です」と爵位を教えてくれた。
「ラピティリカ様に、魔術師の立ち回りを見せてやりとぉての、少してつどうてくれんかの」
「俺はラピティリカ様の護衛として、この場に居るのだが?」
「それは騎士団にやってもらうでの、貴様の力見せてみぃ、騎士団もラピティリカ様を任せるに足る力を貴様が本当に持っているのか、知りたがっておるわ」
「俺を護衛に選んだのは公爵閣下だが、その判断を騎士団が疑うのか?」
「公爵の判断材料はマリーダ商会と噂だけじゃろ、騎士団の気持ちも汲んでやってはどうかの、守るべき姫をぽっとでの傭兵に任せるんじゃ、心配にきまっとろうに」
…………しょうがない、騎士と魔術師の混合とはやってみたかった、これは正直な気持ちだ。出来ればこんな見世物のような状況ではなく、やりたかったが。
「いいだろう。だが、俺は手加減は出来ないぞ」
「死ななければ、ワシが癒したろう」
演習場に立つのは俺と騎士が二人、そしてテミス伯爵の後ろに居た若い魔術師が二人。模擬戦は1対4で行なわれる事になった。
ラピティリカ様とアシュリーは、特設の簡易天幕のしたで観戦モードだ。ラピティリカ様の横にはテミス伯爵が座り、なにやら色々と話をしている。演習場の周囲にはバルガ騎士団の面々が集まり、見学者の山が出来ていた。
テミス伯爵は、魔術師が取るべき行動や俺の動きを予想し、それに対する対処方法の例などをラピティリカ様に聞かせていた。一応は、実技の見取り稽古のような雰囲気にはなっている。しかし、ラピティリカ様も山茶花でしっかりと鍛えられているのだ。その辺の事は判断つくのではないだろうか?
まぁ、いい。今は目の前の4人だ。二人居る騎士のうち、一人は長剣と盾のスタンダードなタイプ、もう一人は盾無しの槍持ちだ。後ろに立つ魔術師二人は長杖にローブのこちらもスタンダードなタイプ。
準備が完了したところで、審判に立つ騎士団員から、模擬戦開始の声が上がる。
「始め!」
俺は模擬戦開始の合図と共に、前方へと走り出す。相手は騎士二人を前衛に、後ろに魔術師二人の隊列だ。左右に立つ騎士の間に魔術師二人が並んでいる。俺の目には4人の動きがしっかりと見えていた。
FPSと言うゲームにおいて、上級者とそれ未満のプレイヤーを分ける技術差の一つに、倒す順番というものがある。マップを進み、角を曲がった瞬間、前方に二名の敵が居たとしよう。上級者未満のプレイヤーは、倒す順番を考えずに最初にクロスヘアが一致した方を倒す。
しかし、上級者は目の前に敵が映った瞬間に、自分が敵に認識されているか否かを判断し、自分を認識している方、自分に対して攻撃の意思を持つほうから先に倒す。
この差によって何が生まれるのか? それは二人目に倒されるか否かだ。FPSというゲームは、敵と目が合ったコンマ数秒で生死が別れる。自分を認識している敵を倒さず、認識していない敵から倒せば、一人目を倒しているうちに高確率でもう一人によって自分は倒される。
そうならないように、敵を認識した一瞬で倒す順番を決定し、より危険度の高い敵から倒す。それが出来なければFPSで上にはいけないのだ。
では、目の前の4人の動きはどうだ? 騎士との距離はまだある。俺は無手の状態で駆け出しているので、何をしてくるのか判らず警戒しているのだろう。
後ろの二名の魔術師が魔言を唱え始めている。何を詠唱しているのか判らない以上、それは攻撃魔法と判断し、さきに魔術師を倒す!
直進から右へと走る方向を変え、魔術師と俺の間に騎士を挟む。牙狼の迷宮で散々相手をしてきた、スケルトンメイジたちへの対処の一つだ。奴らは目の前の味方ごと魔法を放ってきたが、騎士相手にそれは出来まい。
剣と盾を持つ騎士を陰にし、パワードスーツの脚力を生かし、前方へと飛び上がる。
「なっ!」
騎士の陰から上に飛び出した俺のイヤーパッドに、驚愕する魔術師の声が聞こえる。魔術師の前には、火球と思われる直径50cmほどの火の玉が完成していた。あとは放つだけなのだろうが、騎士が邪魔でそれが出来ていなかった。
空中で前方宙返りをしつつ、その勢いを生かしながらオーバーコートに隠し持つ、S&Wトマホークを両手に握る。狙いは杖を握る右肩、投擲の意思を持った瞬間にケブラーマスクのレンズに表示される、投擲用のシングルラインを合わせ、右手に持つトマホークを投げ放つ。
「ぎやぁぁぁぁ」
騎士の目の前に着地したと同時に響く、その叫び声だけでヒットしたことを確信する。
「き、貴様!」
目の前に着地し、膝を曲げ姿勢が低くしゃがみこむ俺に対し、騎士の長剣が振り下ろされる。
トマホーク装備時のCQC(近接格闘)ムーブの発動を意識し、振り下ろされる長剣を迎えうつ、左手に持つトマホークで外側へと逸らし、同時に右手を握りこみ、訓練用の軽装鎧の上から騎士の腹に、パワードスーツでアシストされたボディーブローを打つ。
その衝撃に動きを止めた騎士へ、長剣を逸らした左手がショートレンジラリアットのように相手の首を打ち、打ち付けられた反動で右へ振られた騎士の顎を目掛け、腹を打った右手から流れるように右肘が振りぬく。
頭を揺らされ、膝から崩れ落ちる騎士を盾に、右肘を振りぬいた反動で回転しながら、目の端に捉えていたもう一人の魔術師へと左手のトマホークを投擲する。
VMBをプレイした時には、このトマホークで、何千、何万とキルカウントを積み上げてきたのだ、外すわけがない。
投擲されたトマホークは、もう一人の魔術師の足を膝から切断し、完成していた水球を放つ事もできずに、その場に崩れ落ちた。
これであと一人、そう思った瞬間に槍持ちの騎士が、気持ちの悪い加速の仕方で演習場の地面をすべり、真っ直ぐに突きを放ってきた。
なにかのスキルか? すぐさま後方へと飛び、突きを回避する。
崩れ落ちた騎士を挟み、槍持ちと向かい合う。オーバーコートから更に2本のトマホークを握る。この二本でトマホークは品切れだ。ラピティリカ様の目がある以上、ウェルロッドverVMBを発砲するわけにもいかない、トンファーとして使うか、特殊電磁警棒を使うかだ。
崩れ落ちた騎士を中心にし、あの加速する突きを出させないように、くるくるとお互いに回りだす。
試してみるか――回るのをやめ、こちらから一気に距離をつめる。足元には崩れ落ちて呻き声をあげる騎士がいるが、それの手前で飛び上がり、槍持ちごと飛び越えるようにして、直上からトマホークを投げ下ろす。
槍持ちは手に持つ槍を頭の上で旋回させ、投擲をしっかりと防いで見せた。やはり、しっかり見られるとトマホークの速度では防がれるか。まぁ、パワードスーツの力を十分に乗せて投げれば、もっと速度も衝撃力も上がるだろうが、それを防げるのかどうかを確認するのは別の機会だ。
槍持ちを飛び越え、振り返りながら着地する。その隙を逃すまいと、槍持ちの突きが繰り出される。
突き出された槍を、右手に持ちかえたトマホークの刃元で右へ逸らし、そのままグリップで首を打ち、体勢が崩れていくところに、更に左から掌底で耳を叩いて体を回転させ、完全に腰から落ちていく騎士の槍を掴み取る。
「死んでおけ」
倒れた騎士の顔の真横をかするように槍を突き刺し、これで終了だ。
「お終いだ、これで少しは安心できるか?」
簡易天幕に座るテミス伯爵に問う。
「――見事な物だな」
答えたのはテミス伯爵ではない、ラピティリカ様たちが居る簡易天幕とは逆の方にいる騎士団員達の山の中に、いつの間にかケイモン子爵が混じっていた。
「立ち上がらんか愚か者が! 西方バルガ騎士団たる者が、一人の傭兵に手玉に取られてどうするか! 戦場ならば死んでおるぞ!」
ケイモン子爵の怒声に、演習場に伏せていた騎士たちが、よろよろと立ち上がり、「いい経験になった」と悔しそうにこぼしながら下がっていく。
トマホークの直撃を食らった魔術師達は、騎士団の魔術師であろう団員に治癒魔法を受けていた。
一人は右肩から先が落ち、もう一人は左ひざから下がなかったが、治癒魔法で切断された体と言うのは再び結合するのだろうか?
治癒の様子を見ていると、どうやら繋がるようだが、相当に痛そうだ。
演習場に留まっている俺を心配したのか、アシュリーが駆け寄ってきた。
「お疲れ様、シャフト。怪我はない?」
「あぁ、何も問題はない。この後は?」
「一応、練魔の見取り稽古という事なので、一度向こうに戻って、今の模擬戦の振り返りを行なうはずよ」
そういって差すのは、演習場の横にある座学を行なっていた平屋建てだ。
「戦って終わらないとは、本当に模擬戦なんだな」
「当たり前じゃない、さ、しっかりとラリィに説明してくださいね」
何か別の戦いが始まりそうな予感がしつつ、とりあえず簡易天幕へ歩いていく。
簡易天幕に座るラピティリカ様はいい笑顔で迎えてくれたが、横に座るテミス伯爵の顔はなんとも言えないな、何か面白い物を見つけたかのような、そんな顔をしている。
とりあえず、投擲したトマホークを拾いつつ、簡易天幕へと向かった。