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 西方バルガ騎士団副団長、バトラー・ケイモン子爵をテラスへ送り出し、城内とテラスの境に残っているのは、俺とティーワゴンを押すメイドだけだ。



「ついて来い」



 メイドを連れ、テラスに建つガゼボへ向かう。ガゼボでは既にケイモン子爵が座っており、挨拶やら外遊日程の話やらを始めているのが聞こえている。


 テラスに建つガゼボは、円筒型に配置された柱と屋根だけで構成される、東屋のようなパビリオンの一種だ。ここに建つガゼボは柱と柱の間に、90cmほどの高さの柵が設置されており、出入り口が明確になっている。

 俺はガゼボの中には入らず、護衛として紅茶を準備しているメイドの動きを監視している。



 メイドが持ってきたのは、どうやらレモンティーのようだ。ティーワゴンからレモンを取り出し、小さな果物ナイフでスライスしていく。茶葉の入っている茶壷から、茶葉をティースプーンで掬い、ティーポットへ入れていく。1杯、2杯、3杯、4杯、5杯。



「容れ過ぎだ」


「え?」



 思わず言ってしまった一言に、メイドの動きが止まる。ティースプーンを持つ手が震えて、今にも落としそうになっている。



「出すのは3人分だろう? ポットに入れるのは出す人数分の回数でいい。予備のポットはないのか?」


「ご、ございます」


「出してくれ、一応、一人分の茶葉の量はスプーン1杯と言っても、2g~3gだぞ? それは知っているか?」


「は、はい」


「ならば、ポットに容れるのは出す人数分だけにしておけ」



 ふと気になり、ポットに触ってみると最初のポットも二つ目のポットも、冷たい磁器製のものだった。


 

「美味いお茶を出すにはポットも温めておくべきだ、知っているか?」


「い、いいえ、それは存じ上げておりません」


「ならば、注ぐお湯は沸騰したてが一番だと知っているか?」


「も、申し訳ございません」


「いや、いいんだ。ならば、お湯の温度はどうなっている?」


「ど、道具袋に入っておりますので、十分な温度を保っていると、お、思います」


「出してくれ」


「は、はい――」



 メイドの顔が若干青くなっている気がするが、ワゴンの下にあるのだろう、道具袋の中から出されたお湯が入っているポットを受け取り、蓋を開けて中を見てみる。

 沸騰したて、とは言えない感じだな。十分な温度はあるようだが……。


 空のティーポットにお湯だけを入れ、数分だけそのままにする。その行為を見ているメイドは、何をしていいのか判らず、手先を震えさせながら次の指示を待っているようだった。もういいだろう、すでに多めに茶葉が入ってしまっているポットにお湯を移し、空になったところでメイドに手渡した。



「とりあえず、これでいいだろう。茶葉を容れてくれ」


「は、はいぃ」



 メイドが恐る恐る、茶壷から茶葉をティースプーンで掬い、温めた新しいティーポットへ入れていく。次に、茶葉の入ったティーポットにお湯を注ごうとしたが。



「待て、容れる量は一人分、約150mlほどの3人分だ。それは大丈夫か?」



 もはや、メイドに返す言葉はなかった。目に涙を溜め、首を横に振っている。



「貸してみろ」



 メイドからお湯の入ったポットを受け取り、ティーポットへと注いでいく。 


 お湯を注ぐ事で、ポットの中にジャンピングと呼ばれる、茶葉の対流運動がおこる。いま、ポットの中の茶葉たちは、浮き上がる茶葉と沈む茶葉に分かれ、それが時間と共にポット内をまわりながら浮き上がり、沈んでいく。

 そして約3分ほど待てば、全ての茶葉が底に沈み、茶葉の旨味が全て溶け出すのだ。それをメイドに説明しながら、トレイにガゼボへと運ぶティーカップとレモンを並べ――



「貴公、黒面に似合わず紅茶に煩いのだな」



 気が付くと、ガゼボで外遊の打合せをしているはずの3人が、俺とメイドのやり取りを見つめていた……。



 

 この時ほど黒面を被っていた事に感謝した事はない。今の俺の素顔は、真っ赤に燃え上がり、大量の汗を噴出しながら、心臓が大音量で脈打っている。は、はずかしい……。



「シャフトにそのような趣味があるとは、思いもしませんでしたわ。レモンの入れ方にも何か一言あるのですか?」



 ラピティリカ様が、にこやかに微笑みながら聞いてきた。そこに恐れる様子は一切ない。緑鬼の迷宮で見た、自然体に近いラリィの姿がそこにあるようだった。



「はっ、ティーカップに紅茶を注ぎ、お飲みになる直前にレモンを容れて下さい。軽くかき回し、すぐに引き上げるのがよろしいでしょう。長くティーカップの中に沈めておくと、皮の苦味が出てしまい、味が変わってしまいます」


「ではそのように、ライラ用意してください」


「は、はい、お嬢様」



 このメイドはライラと言うのか……。




 ガゼボの中で、「美味しい」「旨い」と感嘆を上げる声が聞こえるが、無視だ無視。メイドのライラと共に、ガゼボの外で待機する。



 思えば、マリーダ商会で飲むお茶は十分美味しかった。しかし、バルガ市内の料理店や喫茶店のような場所では、かなり味の差があるなとは思っていた。茶葉の品質なども十分に考えられるのだが、根本的にお茶の入れ方、紅茶の入れ方の文化が発展している最中なのだろう。


 そんな考察をしながら、護衛一日目を過ごしていくのであった。






◆◆◇◆◆◇◆◆






 護衛期間中、俺とアシュリーはバルデージュ城内で寝泊りをするわけだが、アシュリーはラピティリカ様の私室付女官として、この待機室で寝泊りする。俺は少し離れたところにある、衛兵用の就寝室を利用していた。

 本来は2段ベッドが2対で4人が寝れるのだが、バルデージュ城に滞在する数日だけは俺一人で利用する事ができるよう、配慮してくれたようだ。


 今後の日程は、明後日には王都へ向けて出発する、王都で数日過ごし、次に向かうのが王都の東にある大都市、ヴェネール。ここはクルトメルガ王国最大の歓楽都市なのだそうだ。どこかで聞いた覚えのある都市だと思ったが、都市の話を聞いているうちに思い出した、ヤゴーチェがマルタ夫妻の娘、メリアやメイドのメルティアを売り払おうとした高級娼館のある都市だ。


 ヴェネールにも数日滞在し、最後に王都へ戻り、再び数日滞在後に城塞都市バルガへと戻る。バルガ領や王都はそれほど危険ではないらしい、ヤゴーチェのような輩もいたわけだが、公爵家に手を出すほどの度胸がある組織は少ないそうだ。

 問題があるとすればヴィネールだ。ここは大歓楽都市として、多くの貴族が集まり、毎夜のように夜会が開かれ、王都では口に出来ないような高度な交渉ごと、政治、経済を始め、様々な話題が表裏入り混じり世間話のように語られる。


 もしも、ラピティリカ様に直接の危害が加えられるとすれば、このヴェネールへの外遊日程の間だろうと言うのが、騎士団と公爵の共通した認識だった。しかし、危険があると考えられても、ここを避けるわけにも行かない、ヴェネールを避けての社交界デビューなど、貴族にあるまじき行為なのだそうだ。


 貴族の世界なぞ、よくわからないなと思いながらも、貴族であるアシュリーも、かつてはヴェネールで社交界に出たのだろうか? そもそも、彼女のゼパーネル家とは、一体どのような家柄なのだろうか? 今まで決して口にしてこなかった疑問が湧いたが、アシュリーに直接聞く事はできなかった。なんとなく、その話題を避けている、そう感じたからだ。




 今日の予定は、午前から昼過ぎにかけて、ラピティリカ様は修練の予定となっている。バルガの魔術師ギルドから講師を呼び、城外にある西方バルガ騎士団の訓練場で、座学と実技の練魔をおこなう。


 ラピティリカ様は現在17歳だそうだ、迷宮討伐と言う大成果を挙げられ、修行期間を一応終えられたわけだが、その能力はまだまだ伸びる。魔導貴族としてより良い魔力の血統を紡ぐ為、今後は戦場に出る事はないが、女性として、貴族として、そして魔術師として決して弛まぬ日々の努力が求められるのだ。



 そんなラピティリカ様の練魔を横目に見ながら、俺は座学を行なっている訓練所の平屋建ての周囲を巡回し、ついでに外にある演習場で訓練をする騎士団の様子なども見ていた。

 今回の兵装は近接戦が主だ、彼らのような騎士と戦闘になった場合、手持ちの近接武器の、どのCQC(近接格闘)を発動させるべきか。1対多の場合は? 騎士と魔術師の混合の場合は? そんな事を考えながら巡回警備を行なっていた。




「模擬戦?」


「そうなのよ、講師に来ていただいた魔術師ギルドの支部長が、黒面のシャフトがどれ程やれるのか、騎士団と魔術師ギルドの魔術師を含めた混合で、模擬戦を見せて欲しいって、それがラピティリカ様の見稽古にもなるって……」



 座学が終わり、実技練魔のためにラピティリカ様やアシュリーたちが出てきたかと思えば、これだ……。




 


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[一言] このお茶の話好きでたまに思い出して見にくる
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