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バルガ公爵の三女、元山茶花のラピティリカ様の護衛任務に就いたのはいいが、俺と共に護衛として就く女性は、ギルド調査員のアシュリーさんだった。
俺は今、バルデージュ城のサロンから移動し、ラピティリカ様の私室の隣にある護衛用の個室に待機している。二人いる男女の護衛は、役割が明確に分かれていた。
男性が言葉そのままに身辺警護、行く先々に付き添い、対象を武力を持って警護する。女性は秘書官兼私室付女官である。女官とは、仕える高貴な女性の身辺の用務を補助する役目を持つが、召使いとは違い貴族が勤める官職である。
つまり、アシュリーさんが護衛として呼ばれたのは、ある程度の護衛能力を持つ貴族であり、秘書官として、私室付女官として、十分な能力を有していると判断されたほか、ラピティリカ様と親しい仲であることが理由であった。
俺は基本的にはラピティリカ様の私室には出入りできない。私室に立ち入るのは、呼ばれるか、不測の事態が起きたのみである。アシュリーさんは待機室と私室を往復しながら秘書官として色々と仕事をしていた。
俺はそれを見ているだけである。いや、一応仕事はしていますよ? ケブラーマスクのレンズに映るマップを見ながら周囲の動きを監視したり、集音センサーで周囲の話し声を聞いていたり、今もアシュリーさんとラピティリカ様が私室で話をしているのを聞いている。
「アシュリー姉様は、シャフトとはお知り合いだったのですか?」
「彼とは……総合ギルドの調査で向かった先で出会ったのよ」
「そうなのですか! でも、姉様は……その……彼の素顔を見て、怖くはありませんか?」
「素顔?」
「はい、私は山茶花で色々な迷宮や討伐に参加しました。もちろんアンデッドとも戦闘をしました。今では、それらに恐怖を感じることはありません。ですが、生きた普人種の素顔に恐怖したのは初めてです……」
「ラリィ、貴方はこれから社交界に出ていくのよ。アーク王子の妃として見初められるかもしれないけれど、その前に、多くの魔導貴族や有力貴族と会うのよ。彼らの外見に、口先に惑わされてはいけないわ。
同じように、シャフトの外見で判断してはだめよ。彼はとても信頼できる人よ、きっと、何が貴方に起こっても、必ず守ってくれるわ」
「そうでしょうか、黒面のシャフトの噂は聞いています。ヤゴーチェ商会を皆殺しにし、館を吹き飛ばしたのも彼ではないかと皆噂しています」
「そうね、総合ギルドにも彼の戦闘記録が届いているわ。数字だけ見ると、非常識としか言いようのない死者の数だったわ。でもねラリィ、彼は同時に6人もの攫われた女性を救い出しているのよ。しかも内4名は、現場に居合わせただけの無関係な少女達だと書かれていたわ。残忍なだけの男が、無関係な人助けなんてするかしら?」
「それは……わかりません」
「だからよ、ラリィ。しっかりと見極めなさい、シャフトも、これから会う全ての貴族たちも」
「――はい、姉様」
いつのまにか、マップを見ることをやめ、目を瞑りながら天井に顔を向けていた。
俺に殺人鬼の一面があるとか、容赦のない破壊行為をおこなうとか、そんなことを彼女に知られる事に恐れる必要など、どこにもなかったようだ……。
アシュリーさんの足音が近づいてくる、待機室に戻ってくるようだ。
「シャフト、気分転換にテラスへ向かうわ」
「了解した」
アシュリーさんはそれだけ言い、再び私室へと戻った。俺も椅子から立ち上がり、待機室から出て廊下に出る。部屋の外には衛兵が立っているので、ラピティリカ様が移動することを伝え、私室の扉の前に立つ。
アシュリーさんには、俺がシュバルツだとバレた後、待機室で二人だけになった時に色々と話をした。
ゾンビフェイスの事、覇王花の事、レミさんからのギルド加入の誘いを断った事、単独で迷宮を攻め続けている事、そしてシュバルツとして自由に行動する為に、シャフトという偽りの分身を作り上げた事を。
彼女はそれら全てを黙って聞き、受け入れてくれた。
そういえば、一つだけ条件を出された。俺は、シャフトの時は彼女を「アシュリー」と呼ぶ、彼女も俺を「シャフト」と呼ぶ、そこまではいい。だが彼女は、シュバルツの時も「アシュリー」と呼ぶようにと条件を出してきた。
もちろん快諾した。
私室から出てきたラピティリカ様と、その後ろにつくアシュリーを連れ、テラスへと向かい先導する。すでに城内の主要な場所のマッピングは完了しており、テラスの位置もしっかりと把握している。
テラスがあるのは城の三階から外へ出て、張り出した二階部分の屋上だ。そこには円柱型のオニオンドームの屋根が掛かる、ガゼボが建っている。ラピティリカ様とアシュリーは、ガゼボにあるテーブルに座っていく。俺は少し離れたテラスの入り口で立ち警護だ。
テラスに来てティータイムだろうか? と思ったが、どうやらお茶を飲みながらお勉強のようだ。分厚い本を広げ、何かを確認している。
聞こえてくる話し声によれば、どうやら見ているのは貴族の紋章を集めた図鑑のようだ。今後の夜会などで会う貴族を判断するために、紋章を覚えているのだろう。正確には覚えなおしか?
しばらく警護をしながら周囲を見渡していると、城内からテラスへ向かう足音が聞こえてくる。城内からやってくるのはティーワゴンを押すメイドと、その前には西方バルガ騎士団の副団長、バトラー・ケイモン子爵が歩いていた。
ケイモン子爵とは、緑鬼の迷宮の討伐で出会った騎士だ。以前はシュバルツとして会っているので、シャフトとしては初対面となる。迷宮で出会ったときと同じ、白銀のフルプレートメイルにスティード団長と同じ、細かい意匠が施されている。しかし、団長は青いラインだったが、ケイモン子爵のは鎧と同じ白銀だ。
「この先におられるのはラピティリカ・バルガ様だ、何用か?」
俺はテラスの入り口を体で塞ぎ、白髪、白髭を綺麗に整えた老騎士へと問う。
「西方バルガ騎士団副団長、バトラー・ケイモンだ。ラピティリカ様に外遊日程のご報告に参った、取り次ぎ願おう」
「待たれよ」
テラスと城内の境にケイモン子爵とメイドを待たせ、ガゼボへ向かう。俺が近づいていくのに、すぐにアシュリーが気付いた。
「何かありましたか?」
「騎士団の副団長殿が外遊日程の報告に来ている。それと、メイドがお茶を運んできた」
「シャフトさん、お通ししてください」
俺の報告に答えたのはラピティリカ様のほうだ、俺のゾンビフェイスを見てからの、少し怯えた様子は既にない。どうやら、そこは乗り越えているようだった。
「畏まりました」
俺は、片腕を腹の前に水平に曲げ、片足を少し後ろに引く、ボウアンドスクレイプの形で小さな礼をし、再び城内との境に戻った。
「副団長殿、お待たせいたしました。ラピティリカ様がお会いになるそうですので、どうぞお進みください」
「ご苦労。ところで、貴公が”黒面のシャフト”か?」
「黒面は私の名前ではございませんが、シャフトです」
「ほぅ、ラリィ様を頼むぞ」
「はっ」
この人は、俺がシュバルツだとは気付かないようだ。頭を下げながら、ケイモン子爵が先に進むのを待つ。
待機室でアシュリーと話しているとき、彼女は初見で俺がシュバルツだとわかった理由を、明確には教えてくれなかった。聞いても透き通るような白い肌を紅潮させて「秘密です!」なんて恋する乙女みたいな返答をされても、色々と困る。俺まで何か恥ずかしい気持ちになってしまった。
「あ、あの~、私も行ってよろしいでしょうか?」
顔を上げると、ティーワゴンのバーを握り締めて、メイドが恐る恐る聞いていた。




