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今日は緑鬼の迷宮が死ぬと予想される日の朝である。昨日は俺も露天で熊手を買い、迷宮内で潮干狩――空魔石堀りをしてきた。空魔石は無属性と同じ水晶のような石だったが、よく見ると内部に黒い渦のようなものが見える、ブラックホール的なものだろうか?
温度を見ると、とくに熱量を持つわけでもないようだ。掘り出した空魔石をポーチにいれ、更に堀り出そうと熊手を動かしていく。
そんな作業に追われた一日だった。
もうすぐ迷宮討伐を称える式典が始まる。会場は迷宮の入り口前だ、すでに大勢の人だかりが出来ている。即席の舞台が作られ、演台が置かれている。舞台の横には陣幕が張られ、バルガ公爵の紋章だろうか? 鷹と剣で形作られた紋章が陣幕には描かれていた。
舞台の横の陣幕から西方バルガ騎士団の面々が出てきた、どうやら式典が始まるようだ。騎士団の数は三名、先頭を歩くのは副団長のバトラー・ケイモン子爵だ、後ろの二名の騎士は緑鬼の迷宮で見た顔だが、名前は知らない。たぶん、部隊長とかそういうのだろう。 式典会場に集まった人々の歓声がどんどん大きくなっていく、次に陣幕より出てきたのは山茶花の四人だ。ラピティリカ様はいないようだが、フラウ、ミーチェ、マリンダ、ルゥの四名が赤色をベースに黄色のラインが入った、騎士服のような統一された服装で歩いてくる。あの服は、クランの礼服のようなものなのだろう。
演台を挟み、舞台の左右に騎士団と山茶花が座り、次に出てくるのは領主だろうか? 周囲の観衆と共に、次に現れる人物に期待を寄せて陣幕を見つめる。
「ここにいたかシュバルツ君」
しかし、俺はその人物を見ることができなかった。後ろから掛けられた俺の名を呼ぶ声に振り向くと、そこには総合ギルド職員のバロルドさんが立っていた。
「バロルドさん、お久しぶりです。何か御用でしたか?」
「その通りだ、君がバルガの総合ギルドで依頼を受けないので、連絡を頼んでいたのに無駄になってしまってね。緊急で確認したいことがある、少しいいかな?」
「ええ、もちろん構いませんが」
「では、ついて来てくれ」
式典を見ていたかったのだが、緊急の用件があると言われては断りようもない、バロルドさんの後を追い、式典をおこなっている舞台の裏側に建つ、総合ギルド用の天幕へと入っていった。
天幕の中には誰もいなかった、用件はバロルドさんから聞かされるということか。席を勧められ、テーブルを挟みバロルドさんと向かい合う形で座った。
「シュバルツ君は、バルガ領における迷宮討伐が何年ぶりか知っているかな?」
「数年ぶりだとは聞いています」
「4年ぶりだ、前回はもっと南にできた迷宮でね、そこ以来の収穫祭になる。バルガ領の領主、バルガ公爵閣下は今回の迷宮討伐を大変喜んでいてね」
それはそうだろう、討伐メンバーの中には自身の三女、ラピティリカ様が参加していた。これで彼女は山茶花での修行期間を終え、次は社交界へと進出し、有力な魔導貴族家へと嫁ぐことになるのだろう。この世界の結婚適齢期が何歳なのかは知らないが、貴族へ嫁ぐならば若い方がいいのだろう。血を残し魔導を伝えていくには、長い年月が間違いなくかかるだろうからな。
「それで公爵閣下は、今回の討伐に参加した全ての探索者を城へ招待し、晩餐会をおこなうと仰っているんだ」
「なるほど、辞退させていただきます」
「そう言うと思ったよ――しかし、私たちでそれを勝手に判断するわけにもいかなくてね、こうして直接聞かせてもらったというわけだ」
「お手数をおかけしました」
「いや、いいんだ。今回の迷宮討伐は、君の助けがなければ果たすことは出来なかっただろう。出来たとしてもそれは随分と先の話になったはずだ」
「俺は地図を作成しただけですよ」
「それが助けとなったのは間違いないということだよ、迷宮の情報を押さえておくのも限界がきていてね。多くの冒険者が来るようになれば、すぐに迷宮は拡張したことだろう。私達、と言っても君の助力を知っているのは極僅かだが、君にも正当な評価を得てもらいたいと考えている」
「いえ、それには及びません。十分な対価を頂いて、それに見合う仕事をした。ただそれだけですから、それに俺には果たしたい事があります、いらぬ評判によってそれを邪魔されたくはありません」
「わかった、欠席者名簿に加えておこう」
「名簿? 公爵閣下は俺のことをご存知なので?」
「いや、討伐に参加した全員の名前が載る名簿があるだけでね。討伐に関し、どのような役割を担っていたかなどは記載されていないよ。総合ギルドの職員も多数が招待されているが、こちらも職務があるのでね。何人かは欠席せざるをえない、君の名もその中に入れておくよ」
「そうですか、ありがとうございます」
公爵に目を付けられるなんて事になれば、牙狼の迷宮の討伐が更に遅れかねない。魔水目当ての金策もおこなうが、それに気付かれても不味い。
異世界で汲み取り業者になりました。なんていうのはお断りだ。
バロルドさんと随分と話し込んでしまった。天幕の外から、一段と大きい歓声が聞こえる。少し前までは誰かが演説する声も聞こえていた。たぶん、あれがバルガ公爵の声なのだろう、騎士団を称え、山茶花を称え、自身の娘であるラピティリカ様を称えていた。
その後に起こった歓声ということは……
「――死んだか」
バロルドさんの呟きだ。
その瞬間は見れなかったが、いま一つの迷宮が死を迎えた。止むことのない歓声が続く、怒号のようにも聞こえるが、そこに込められた思いは何なのだろうか? 今だ鳴り止まぬ歓声を聞きながら、そんな事を考えていた。
◆◆◇◆◆◇◆◆
クルトメルガ王国は新年を迎えていた。この世界には”正月”という言葉はなかったが、新年を祝うという習慣はあった。ちなみに、クリスマスや大晦日はなかった。
俺は城塞都市バルガのマリーダ商会の応接室にいた。今日は1月14日、昨日まで牙狼の迷宮を探索していた。正確には正月休みと称して3日まで休息を取り、その間はアシュリーさんと食事にいったり、マリーダ商会で魔水の売り上げを確認したりと、中々に忙しい日々だった。
牙狼の迷宮では地下二十一階に、オシュコシュ M978 タンクトレイラーを設置し、魔水を貯めながら上の階のマッピングを100%にすべく探索をしていた。
王都の魔術師ギルドや錬金術ギルドへ売却した魔水は、魔力回復薬の売値に対する魔水の原価は約2割と言われたそうだ。マルタさんは元々知っていたそうだが、どうもぼったくり価格な気がする……更には持ち込んだ量が多すぎて、ギルドの予算を大幅に超過しかねないと言うことで、当分の間は分割購入と言う形で契約を纏めてきたそうだ。
俺とマルタさんの分け前は6:4で分けることに決まっていた。マルタさんには、「個人で白金貨(10,000,000オル)を持つような冒険者はそうそういませんよ」と言われた。
物の価値が前の世界と同一ではないので、正確な例えではないのだが、1オル=1円ほどの貨幣価値だと思っている。
魔水の在庫は、今回の探索で更に増えた。今後は価格の暴落を起こさないように小出しにしながら捌いていく予定である。売るのはマリーダ商会で俺は取り分を貰うだけだが。
「シュバルツさん、御呼び立てして申し訳ありません」
「いいえ、それで、緊急の用件と聞きましたが?」
「はい、お預かりしていた魔法武器の腐毒の短剣ですが、買い手が見つかりました」
「おお、それは良かった。でも、それが緊急ですか?」
「いいえ、その際にですね。短剣とは別に、先日の王都での襲撃事件の話になりまして、その御方が、是非シャフト様に短期間の専属護衛依頼を出したいと……」
「……そういうことですか」
シャフトは王都の傭兵ギルドで登録後、城塞都市バルガに入出し消息を消している状態だ。もしかしたら、傭兵ギルドに行けば俺宛の伝達か何かがあるのかもしれないが、最後に俺を雇っていたことになる、マルタさんを伝にと考えたのだろう。
「冒険者はランクCから指名依頼があると聞きましたが、傭兵にもそういう制度が?」
「いいえ、ギルドランクが設定されているのは冒険者だけです。傭兵は単純な募集と傭兵ギルドからの紹介が主になります」
傭兵と言うのは、単純に言えばサブ職業だ。メインとして冒険者や鍛冶師などの生産系ギルドに従事しつつ、サブ職業として傭兵や研究職のギルドが存在している。生産系ギルドには冒険者ランクとは違う、技術者等級制度があり1級鍛冶師や3級皮職人などと分かれているそうだ。
「シャフトよりも、高ランク冒険者を指名すればいいのではないでしょうか?」
「普通ならそうする事が一般的です。ただし、冒険者は傭兵ギルドに加入していなくとも商隊護衛などは受けれますが、傭兵ギルドの資格がないと、特別な場所への出入りなどができません」
「特別な場所と言うのは?」
「貴族の邸宅で開かれる晩餐会や、王城です」
なんだろう、いやな予感がする。
「その依頼主は、どちら様ですか?」
「…………フランクリン・バルガ公爵閣下です」
そう来たか……断っちゃまずいかなこれ……。