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緑鬼の迷宮の収穫祭も残すところあと二日、一般開放された迷宮の内部は、まるで潮干狩りで賑わう海岸かのように、大勢の人が地下道に座り込み空魔石を掘っている。
大魔力石が外された迷宮には、魔物・亜人種ではなく空魔石が湧くようになる。そう一言で言っても、実際どのように湧いてくるのか? 魔獣たちは黒い靄に包まれて湧いてくるが、空魔石は迷宮内の地面や壁の5cm~10cmほど内部に湧くそうだ。
地面や壁の中で湧いた空魔石が、迷宮の修復力により外へと押し出される。それを見つけて拾ってもいいのだが、迷宮の内部構造は破壊することは難しいが、多少なら削ったり掘ることができる。それにより、この潮干狩り状態だ。
熊手とか持ってきてないよ……しょうがないので人の少ない――場所はないか、押し出されて湧き出たのを拾おうかとも思ったが、基本的に熊手などで掘らないと空魔石を取るチャンスはなさそうだ。今日のところは迷宮内をふらつきながら掘る様子を観察して楽しむとしよう。
緑鬼の迷宮は、アトラクションの大迷路かと思うほどの入り組んだ構造をしている。迷宮内を歩くには地図が必須だ。道行く人は皆、俺が描いたと思われる地図の複製をもっているのが見える。
マリーダ商会の迷宮弁当を持って歩いている人も見える。迷宮内の通路には基本的に灯かりがない、白光草も咲いてはいるが、多くの人が魔法の光玉を浮かべたり、ランタンを手に移動をしていた。逆に小・大部屋には何が光っているのか判らないが、魔法的な明るさで多くの人が休憩を取っている風景が見られた。
俺も大部屋の隅に座り込み、手に持って歩いていた迷宮弁当を開け、小休憩とする。食事を摂ったら一旦戻って、熊手が売っていないか探してみるか。
緑鬼の迷宮から自然界へと戻り、周囲を見渡せばすぐに売店が見つかった。迷宮弁当を売っていたマリーダ商会の反対側に、収穫祭用の小道具を販売する露天が出ていた。さっそく熊手を買おうと近づいていくと。
「あれ、アシュリーさん。こんなところで何をしているのですか?」
「いらっしゃいま――シュバルツさん!」
小道具を販売してる露天の売り子に座っているのは、アシュリーさんだった。
「ふふっ、ここは総合ギルドが出している露天なんです。迷宮を目の前にして小道具を買い忘れたマヌケさん向けに、総合ギルドが最終で露天を出しているんですよ」
どうやら熊手を用意し忘れたマヌケと一瞬で看破されたようだ……。
「そ、そうですか、とんだマヌケも居たものですね……」
「シュバルツさんは迷宮の方から来られましたが、今お戻りですか?」
「え? ええ、そうなんです。一稼ぎしましてね、外の空気を吸いながら休憩しようかと思い出てきました」
「お疲れ様です。私ももうすぐ休憩に入るのですが、一緒にお茶でも飲みに行きませんか?」
「それはいいですね、待ってますよ」
思わぬところでアシュリーさんと再会し、ちょっと恥ずかしいところを見せてしまったが、せっかくの機会だ、王都で買ったお土産も渡したいし、ご一緒させてもらおう。
アシュリーさんを待つ間、露天の横に移動し、なんとなく彼女の働く姿を見ていた。彼女の他にも、総合ギルド職員らしき男女が働いていた。それぞれが冬の寒さをしのげる上着に、共通の前掛けを着けていた。
しばらく見ていると、交代要員が来たのだろうか、新たにやってきた総合ギルド職員らしき人に前掛けを渡し、アシュリーさんは俺のところへ駆け寄ってきた。
「お待たせしちゃいましたか?」
「いいえ、アシュリーさんの働いてる姿を見ていたらすぐでしたよ」
「もう、何言っているんですか! とにかく行きましょ、美味しいパウンドケーキがでる天幕がこの先にあるんです」
思わず何も考えずに言ってしまったが、アシュリーさんは少し頬を赤く染め、それを見せないように前を向き、先へ歩いていってしまった。俺もすぐに後を追い、彼女の横に並んで、そのパウンドケーキが出るという天幕へ向かった。
アシュリーさんの言う天幕は、調理用の小さめの天幕の周りに、オープンテラスのようにテーブルと椅子が並べられた、洒落た喫茶店のような雰囲気の場所だった。
適当に空いているテーブルを探し、椅子を引いてアシュリーさんを促す。
「ありがとうございます」
「いいえ」
そんな些細なやり取りをしながら俺も対面に座り、近くにいる給仕に声を掛け、フルーツパウンドケーキとダージリンティーを頼んだ。アシュリーさんも俺と同じでいいらしい。
紅茶とケーキを待ちながら、雑談に興じる。彼女との話に話題が尽きることはない、俺は初めての収穫祭で見た、感じたことの話をし、彼女もまた、数年ぶりの収穫祭の盛りあがり振りを話してくれた。
給仕がケーキと紅茶を持ってやってきた。フルーツパウンドケーキはドライフルーツと蜂蜜の香りがふんわり漂うケーキだ。アシュリーがそれを見て満面の笑みを浮かべている。
俺としてはダージリンティーに興味が湧く、ティーポットから注がれる濃い目のオレンジ色、湯気と共に立ち上がる強いマスカットフレーバーが鼻腔を擽る。
アシュリーさんはさっそくケーキにフォークを入れているが、俺は紅茶からだ。一口飲めば判るさわやかな香りと味、美味い。たぶん初夏に摘まれた二番摘みの茶葉だろう、産地にもよるだろうが、ダージリンはこの時期のが一番美味しいと俺は思っている。
フルーツ系のケーキとの相性もいいはずだ、さわやかな香りとほのかな渋みはフルーツケーキの甘みをさらに引き立てることだろう。アシュリーさんの表情を見れば、満足していることがよくわかる。
「美味しいです」
アシュリーさんは食事を始めると、殆どしゃべらない人だ。一口ごとに表情を変えながらニコニコと色々な笑みを魅せてくれる。
「そうだ、アシュリーさん。先日、王都へ行ってきたのですが、その時に寄ったお店でアクセサリーを買ったんです、受け取ってもらえますか?」
「私にですか?」
「ええ、これです」
いつアシュリーさんと会えるかわからなかったので、王都の服屋で買ったアクセサリーはフィールドジャケットの内ポケットに入れたまま活動をしていた。俺はそれを取り出し、アシュリーさんの前へと差し出した。
この世界には包装紙というものがまだないようで、アクセサリーは小さな木箱に容れられ、リボンとまではいかないが赤い紐で綴じられている。
「ありがとうございます、開けてもいいですか?」
「もちろんです、気に入って頂けるといいのですが」
アシュリーさんが赤い紐を解き、木箱の蓋に手をかける。そーっと蓋を開けていき、中に入っている物が判ると、頬に喜色を浮かべ蓋を外し、中から取り出したのは。
「ルビーのネックレス……」
「貰って頂けますか?」
「はい、ありがとうございます。私、アクセサリーを贈っていただいたのは初めてです」
どうやら受け取ってもらえたようだ、髪飾りやイヤリングも考えたのだが、アシュリーさんはギルド調査員として活発に活動している。髪飾りやイヤリングでは、激しい動きをしたときに落ちてしまわないかと気になってしまった。リングやネックレスなら落ちる心配はないだろうと考え、長さはチョーカータイプで、小指ほどの大きさの大魔力石と同じオーキーズカットされたルビーをあしらった、ネックレスに決めた。
俺は椅子を立ち、彼女の後ろへ回ると
「よろしいですか?」
「はい」
アシュリーさんからネックレスを受け取り、首にまわした。
「ありがとうございます。でも、これ高かったのではないですか? この鎖、ミスリルのように見えますが、本当に頂いてよろしいのですか?」
「ええ、ミスリルチェーンに魔力を内包した天然ルビーだそうです」
この一本は確かに高かった、ヤゴーチェ商会関係で獲た報奨金がなければ買えなかっただろう。しかもあの時は更に6個も買ってしまった。いや買わされた? ので、もっとお金を支払うことにはなったが。ちなみに、他の6個はこれほど高価なものではない。
高価過ぎるものを贈るのもどうかとは思う。しかし、あの時に思い出した赤金に輝く彼女の髪に合うアクセサリーはこれしかなかったのだ。そして、その判断は間違っていなかったと、今俺は確信している。
「とてもお似合いですよ。さて、そろそろ戻りますか?」
「え? あ、はい! そろそろ交代の時間になりますね」
「では、戻りましょう」
席を立ち、俺とアシュリーさんは再び露天の方へと歩き出した。ここの支払いは紅茶とケーキが来た時に済ませてある。俺が注文したので俺が支払った、何も問題はない。




