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魔水の汲み取りから戻った翌日、城塞都市バルガから出ている、マイラル村行きの巡回馬車に乗るため、バルガ市内を西へ向かって歩いている。
まだ朝の早い時間なのだが、巡回馬車の停留所に近づくにつれ、周囲に同じ方向へと歩く人が増えてきていた。冒険者はもちろん、子供を連れた夫婦の姿もある。これは皆、停留所へ向かっているのだろうか?
停留所が見えてくると、あきらかに巡回馬車待ちと思われる行列が……これは巡回馬車に乗るよりも、自前の移動用車両を使った方がいいだろうかと考えたが、マイラル村と城塞都市バルガ間は多数の馬車が往復しているし、馬を持っている冒険者なども多数いる。
街道を大きく迂回して進んだとしても、どこで誰に見られるかも判らない、ここは大人しく巡回馬車を待つのが正解だろう。
バルガからマイラル村までの道のりは半日ほどかかる、同じ巡回馬車に乗り合わせた冒険者や、空魔石取りに行くのだという親子と暇つぶしの雑談をしつつ、数度の休憩を経てマイラル村へと到着した。
マイラル村は、収穫祭の会場として大変賑わっていた。決して大きな村ではないのだが、各母屋を宿として開放し、所狭しと様々な露天が建ち並んでいる。
迷宮の死が近いこともあり、マイラル村の村長宅にはバルガ領・領主、フランクリン・バルガ公爵も滞在しているのだと、串肉屋のおっちゃんが話していた。
収穫祭の盛りあがりを見せているのはマイラル村だけではない、ここから2時間ほど西に行けば、緑鬼の迷宮と探索本部のキャンプがある、そこまでの馬車で2時間の林道に天幕がいくつも張られ、多くの冒険者たちが野営をおこなっている。
マイラル村で宿を取れなかった来訪者向けの大型の天幕も建っており、比較的安い値段で宿泊することができるそうだ。
こうも多数の人が広い範囲で寝泊りする区画が出来上がっていると、当然良からぬ輩や諍いなども生まれやすいようで、騎士団だと思われる鎧を着込んだ騎士達と度々すれ違った。迷宮からマイラル村までを巡回警備しているのだろう。
俺もそろそろ寝るところを確保しなければならない、もう少しすれば日が落ちるだろう。完全に日が落ちる前に、宿泊用天幕に寝床を確保せねば。
収穫祭は文字通り祭りであった。日が落ちると、林道に建ち並ぶ天幕にカンテラが吊り下げられ、林道にカンテラの灯かりが何十何百と灯る。まるで縁日の提灯街道だな、どうやら収穫祭の夜の部が始まったようだ。
宿泊用ではない大きな天幕の入り口が開放されると、中は即席の酒場だ。料理店が出張してきているのだろうか、本格的な食事を出している天幕もあった。
大人向けの天幕ばかりではない、林道から覗いた天幕の中では、芝居だろうか? 今回の緑鬼の迷宮討伐の、創作劇を公演している天幕もある。
人形劇をおこなっている天幕もあった。猫の獣人人形が黒子に操られ、ゴブリンのような鬼をばったばったと倒している。もしや、ミーチェさんがモデルだろうか? それに引き寄せられ、人形劇を親子連れと一緒に見ていたが、劇の物語は領主の娘が仲間と共に迷宮の奥へ挑み、見事に主を倒して大魔力石を獲るというお話だった。
主……居なかったんだけどな……まぁ、創作だし、問題はそこじゃないか。そして覇王花や騎士団っぽい人形も出てきたが、俺っぽい人形は出てこなかった……。
期待してないよ? してないからね?
人形劇を見終わり、見物料を支払い林道に戻ると、林道には酒や食べ物の匂い、歓声をあげ騒ぐ声や、喜びを分ち合う声が聞こえる、何の楽器だろうか、何かを歌う声も聞こえる。
この世界にとって、迷宮が一つ討伐されると言うことが、どれほど喜ばしいことなのか、それを実感した気がした。林道に舞う美味しそうな匂いが鼻腔を擽り、お腹が空腹を歌う。
俺も何か食事を摂ろうと、幾つかの料理店の天幕を覗いていると
「あー! シュバルツにゃーー!」
魚を焼いた香ばしい匂いが漂う天幕の中から、俺の名を呼ぶ声が聞こえた。
「おー! シュバルツじゃないか! こっちこいよ!」
俺を呼ぶのは山茶花のミーチェさんとマリンダさんだ。そして、そのテーブル席にはルゥさんの姿も見える。ルゥさんは声こそ上げないが、無表情にこちらを見て手だけで「こちらに来い」と呼んでいる。
「しばらくぶりですね。こんな所で合うとは思ってもいませんでした」
「座る座る」
山茶花のメンバーが座ってるのは4人席だ。一人分が空いているので、そこへ座れとルゥさんがテーブルを手でパンパンやっている。酔ってるのか?
俺としても空腹で堪らないので、座らせてもらい。客席のスペースを動き回っている給仕に声を掛け、何が注文できるのかを聞くと、収穫祭に出張してきてる料理店は基本的にお任せメニューになるそうだ。飲み物は酒か果実水か選べるようだが、この場で果実水とか無粋な注文はしない、空腹なので量のある食事とエールを注文し先払いの銀貨を払う。
「さすがシュバルツわかってるにゃ、果実水とか言ったら引っ掻いてるとこにゃ」
「シュバルツは来るの遅かったみたいだな! どこか行っていたのか?」
マリンダさんは大ジョッキほどの木製カップに注がれていたエールを、一気に飲み干していく。
「ええ、王都に行ったり、牙狼の迷宮を探索したりしてましたよ」
「牙狼はつまらない」
「あそこはだめにゃ、二十一階から進めないから誰も行かないにゃ、人が行かない迷宮は宝も少ないにゃ、周囲と上がってくるのだけ潰してれば、魔水を取りに行くぐらいしか旨味がないにゃ」
薄々感じていたが、やはり牙狼の迷宮って不人気迷宮なんだな……いつ行っても俺以外探索していないから、そうではないかと思っていたが。
「でも、魔水はいい稼ぎになりませんか?」
「魔水は高く売れるな! だけど、道具袋にも限界があるし、魔水漁りは迷宮を討伐する気のない、臆病者のする事って馬鹿にされるのさ!」
な、なるほど……魔水で大儲けを企んでます、なんて話はしないようにしておこう……。
給仕が料理とエールを運んできたので、俺も食事や酒を飲み、彼女らと歓談しつつ収穫祭の話を色々と聞かせてもらった。緑鬼の迷宮はすでに閉じはじめており、最奥からゆっくりと虚空へ閉じていっているそうだ。
予想される死は三日後ということで、三日後の朝には迷宮の入り口前で式典がおこなわれる。そこで緑鬼の迷宮の大魔力石のお披露目がされ、討伐メンバーとして山茶花や騎士団の功績が称えられる。他にも領主のバルガ公爵が演説をしたり、バルガ公爵の3女であり、討伐メンバーでもある山茶花のラピティリカ様の公式なお披露目の場ともなる。
この馬鹿騒ぎとも言える、「収穫祭もあと三日でおわりにゃ」と少し寂しそうにミーチェさんは言っていた。
翌日、俺は山茶花のクラン天幕で目を覚ました。昨晩の夕食を一緒に摂り、酒を飲みながらの歓談に時間をとられ、天幕を出る頃には宿泊用天幕を探す時間などなかったのだ。
これは寝ずに過ごすかと覚悟をしたが、ミーチェさんが山茶花のクラン天幕に招待してくれたので、そこで寝させてもらった。もちろん、普通に寝ただけだ。
山茶花のクラン天幕には、初めて会う女性冒険者も何人かおり、俺を連れ込んだミーチェさんはその人たちに連れ去られ、俺は天幕の端にスペースをもらい、そこで寝たわけだ。
「昨日はひどい目にあったにゃ」
「あんたが男連れ込むからでしょ!」
「にゃー……」
山茶花は女性冒険者のみのクランだが、もしや男関係に何か掟でもあるのだろうか? ここに長居するのは不味い気がしてきた。顔を合わせた山茶花の女性冒険者達に朝の挨拶をしつつ、ミーチェさんにお礼をいい、逃げ出すようにクラン天幕を出た。
ちなみに、マリンダさんとルゥさんは、ラピティリカ様の護衛依頼が続いているそうで、マイラル村の村長宅の方へと帰っていった。
飲料用の水ではあるが、水筒の水で顔を洗い、気持ちを入れ替えたところで迷宮の入り口方面へ歩き始めた。
昨夜の喧騒は消えたが、新たに聞こえてくるのは迷宮へ向かう人向けの掛け声だ。朝食を売り込む声、探索に必要な道具類を売り込む声、そしてそれが聞こえてきた。
「迷宮弁当はいかがですか~! ありがとうございます~!」
マリーダ商会の迷宮弁当を売り込む声だ、しかもこの声には聞き覚えがある……。
迷宮弁当の売り場は、入り口に近い場所にあった。スペースも大きく、どうやら弁当の販売と同時に空魔石の買取もおこなっているようだ。
マリーダ商会は収穫祭での魔石買取の優先権を得ている。空魔石を売る場所は、ここか、マイラル村内の買取所しかないそうだ。魔石の買取と同時に弁当の売り込みや、弁当をいれる籠の回収もおこなっているわけか。
迷宮弁当の売り場には、すでに行列ができていた。並んでいるのは主に一般の親子連れや労働者風の人たちだ、冒険者の姿も少し見えるが、この辺に売り込むのはこれから先の話だろう。
俺も行列に並び、順番を待ちながら売れ行きを見ていく。初めての試みにしては十分な成果が出ているように見える。籠の回収率なども気になるが、その辺は収穫祭が終わってからだな。
俺の順番が回ってくると、やっと売り子の顔が見れた。やはり、売り子で声を張っていたのは、エイミーとプリセラの二人だ。可愛らしいエプロン姿で接客をおこなっている。
当然ながら、彼女らは俺がシャフトだとは思いもしないだろう。弁当を注文し、籠の回収での割引などの説明を聞く。判り易く短く説明できている。これなら籠の回収も期待できそうだ。
何れはもっと安価で使い捨て出来る紙箱を作るとマルタさんは言っていたが、この世界の技術レベルがどの程度なのか、俺にはまだ判断しきれなかった。魔力や魔石を使用した、技術のブレイクスルーが思った以上に激しいからだ。
それでも俺の想像よりも早く、紙製の弁当箱が現れる気がしている。技術や生活水準が向上していく様を目前で見れる、体感できる、この感覚は非常に楽しい。
俺は今、生きる楽しみを実感している。