67
4/19 誤字修正
1/9 描写変更
昨夜はマリーダ商会のマルタさんとビルさんと共に、「クレベン」という高級料理店で夕食を摂った。ここは肉料理に定評があるそうで、注文はマルタさんに任せていたのだが、出てきたステーキにナイフを入れ口に入れると、肉厚なのに柔らかな肉片から溢れ出す肉汁が口一杯に広がり、前にいた世界でも経験した覚えのないほどの美味しい食事の一時を過ごすことができた。
食事の時まで仕事の話かよ、と思うかもしれないが、商人であるマルタさんやビルさんは当然ながら、俺も商売の話は結構好きだった、話題はもちろん魔水である。
俺の予定では明日から緑鬼の迷宮へ向かい、収穫祭で販売している迷宮弁当の売れ行きを確認したり、空魔石取りに参加しようかと考えていた。しかし、予想される迷宮の死は約2週間後ということで、明日から再び牙狼の迷宮に入り、魔水の汲み取りに挑戦しようと考えていた。
問題が一つあった。それは汲み取りの方法である。マリーダ商会で話している時は、ギフトBOXの大きさ無視で収納できる機能を使い、大きな防水荷袋を木枠に入れて魔水を貯めようかと考えていたが、水というものは結構重い、パワードスーツの性能をフルに発揮しても荷袋を持ち上げられない可能性があり、また持ち帰った後の事も考えると、色々と問題があることがわかった。
ではどうするか? その答えの当てが俺にはあった。マルタさんらには詳細は説明せず、五日後に帰ってくるので、大量の魔水の受け取り準備だけは進めておいて欲しいとお願いした。
そして二日後、現在地は地下二十階の門番部屋である。正道が明確に判っていればここまで早いのかと、改めて実感していた。地下道は連続ストレイフで進み、フィールドダンジョンはカワサキ KLR 250-D8で走り抜けた。
特にフィールドダンジョン区間は早かった、直角な林道などないため、正面に現出する魔獣・亜人種との追突事故にだけ注意し、俺が近づくことで湧き出てくる黒い靄は、完全に無視して走り抜けてきた。
地下二十一階は相変わらずの激しい大雨、打ちつけられる雨音は止む事のないノイズとなってダンジョンに響いていた。しかしそれは、俺の目には金貨の降る眩さと、響き渡る大金の音色にも聞こえていた。
TSSを起動し、ガレージから一台の車両を召喚する。眩い光の粒子は、地下二十階へと繋がる階段のある大岩の空間の中に、巨大な車両を出現させた。
それは、オシュコシュ M978 タンクトレイラーだ。これはアメリカ軍の運用するHEMTT(重高機動戦術トラック)と言う、8輪ディーゼルトラックシリーズの一つだ、主に軍用車両の燃料を輸送し補給するトラックで、タンクには2500ガロン(9500リットル)も容れることができる。
VMBには戦闘車両はないのだが、その代わりと言わんばかりの移動用車両があり、このM978もゲーム中では単なる棺桶である。一応、タンク内の燃料を他の車両に移すことが可能だが、今回は燃料の変わりに魔水を容れるつもりだ。
まずは、後部タンクの上部にあるマンホールのような蓋を開け、上から落ちる金貨――魔水の雨を受け入れられるようにする。タンク上部の穴のサイズは直径50cm程しかなく、この穴で魔水を容れていては効率が悪い。
俺はギフトBOXを召喚し、中から直径1mを超える大鍋を取り出した。これはバルガを出発する前に道具屋で買った大鍋を、鍛冶屋に持っていき中央に穴を開けてもらい、即席の漏斗のような器として使えるように準備しておいた。
これを穴の上に載せる。次に運転席に行き、エンジンスタートボタンを押してバックで大岩から後部のタンクだけを金貨――魔水の雨に晒す。
これで後は一日ほど放置だ。大鍋型漏斗を使っても、9500リットルもの金貨――魔水を貯めるのは相当時間がかかるだろう。1時間辺りの降雨量が判らないので、正確な数字は当然出ないのだが、タンクを満タンにするには1時間辺りの降雨量を100mmで考えても四日はかかる。
とりあえず、今回は1/4の約2400リットルの魔水を持ち帰るのを想定している。魔力回復薬の原料として使用するのは1本辺り200ml程度、2400リットルも持ち帰れば12000本分である。
魔力回復薬は売値で金貨1枚、100,000オルもする、それが12000本分である。原価は聞いていないので判らないが、かなりの収入になるのは間違いない。
魔水を貯めている間の1日は、地下二十階の転送魔法陣で他の探索者が降りてこないとも限らないので、大岩付近にとどまり、射撃練習や備品の購入、インベントリの整頓など、すぐにM978をガレージに戻せる場所で過ごした。
VMBの力の実験ついでに移動用車両の二重召喚を試したが、これは無理だった。M978を新たに購入し、2台で魔水を回収できれば……と言う考えは不可能ということだ。
三日後、俺は予定通りに城塞都市バルガに戻ってきた。すぐにマリーダ商会へと向かい、マルタさん、ビルさんの二人と、信頼できる従業員を複数引き連れ、マリーダ商会の倉庫へと来ていた。
倉庫の護衛には、アルムとシルヴァラの姿が遠巻きに見えた。やはり倉庫の護衛についていたようだ。一瞬、アルムと目が合ったが、すぐに興味なさそうに目線は外れて行った。
離れた距離で見ても、アルムとシルヴァラの二人は目立っていた。彼女達は狐系の獣人で、金髪と銀髪の絹のような美しい光沢を発し、共にボンデージ系の皮鎧とスカートを装着していた。太ももの後ろに見えている頭髪と同じ色の尻尾が、興味ないふりをしつつも興味心身に左右に揺れていた。
倉庫の中には俺とマルタさん、ビルさんの3人だけが入り、その他の人たちは外で待機だ。アルムとシルヴァラを含め、専属護衛たちは倉庫の外を厳重に見張ってもらう。これは、アルムたちに中を見られないようにするのと、他の商会に盗み見されないようにするためだ。
倉庫の中にいるのが俺達3人だけになったところで、TSSからM978を召喚する。想像していた以上に大きい物が出現したことに驚いたのだろう。マルタさんもビルさんも、目を見開き声を失っている。
倉庫の中には予め魔水を入れるための樽を用意しておいてもらった。高さ90cm、胴回りで70cm程の200リットルは入る樽を並べてもらった。
俺はM978のリアに回り、リアハッチを上部に持ち上げ、排水ホースを取り出す。このホースには、前の世界のセルフスタンドのにあるようなノズルとレバーがついており、レバーを握ればタンク内の燃料などがノズルから排出される。
ノズルを樽の中にいれ、レバーを握り魔水を排水していく。魔水が流れ出す音を聞いて我に返ったのか、マルタさんとビルさんが駆け寄り、歓声をあげながら魔水を少量汲み取り調べている。
「たしかに、たしかに魔水です。これはもうなんと言葉にすればいいのやら……」
「商会長、私も言葉が見つかりません」
マルタさん達が感動しているのを横目に、どんどん樽に魔水を入れていく。最終的に12樽に魔水を入れ終え、あとは従業員達に任せることになる。
排出完了と同時にすぐにガレージに戻し、M978の痕跡を完全に消し、従業員達に倉庫に入ってもらった。
「さぁ君達! あとはよろしく頼むよ! 厳重に蓋を締めて、荷馬車に積み込んでくれ。明日の朝一で王都へ運びますよ!」
城塞都市バルガでは、これほどの量の魔水を一度には捌ききれない。一旦王都へ運び、魔術師ギルドと錬金術ギルドに売り込むことになっている。もちろん、俺の名前は一切表にはでない。
魔水の受け渡しを終え、俺は宿へと戻った。明日からは緑鬼の迷宮の収穫祭だ。




