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地下十八階の清浄の泉で小休憩を取り、すぐに先へと進むことを選択していた。すでに探索開始から四日が過ぎていた、今回の到達目標は地下二十一階だ。
牙狼の迷宮は最高探索階層が地下二十五階、そして地下二十六階には迷宮の主がいると考えられている。今回の探索では、深度が浅いにも関わらず討伐することが半ば諦められている、地下二十一階から拡がる新しいフィールドダンジョンを目にする、これが目的でもあった。
その目的地は、もう目の前まで迫っていた。地下二十階の最奥にある迷宮の門を通り、かつて門番がいた門番部屋に入り、転送魔法陣を横目に地下二十一階へと降りていった。
階段を一段降り毎に大きく聞こえてくる音がある。イヤーパッドを通して聞こえる連続して地面を叩く音――地下二十一階は、ここまでと同じ夜の森だ。唯一つ違うのは、数メートル先の視界すら得られない程の、大雨が降っていた。
バケツをひっくり返したような雨と言うべきか、スコールと言うべきか、明かりのない林道に止むことなく降り続ける大雨、地面はドロドロに崩れ、唯一の灯かりとなる白光草も、強い雨により花を散らせていた。
「これはひどい……」
フィールドダンジョンは天候や時間も模倣する。この大雨も、過去にこの地方で降った数十年に一回の大雨だった。
他の迷宮にも、大雨ではないが降雨、熱波、吹雪など、様々な特殊な天候を模倣した階層があるそうだ。
俺の使っている銃器は、火薬を使って発砲しているわけではない。水に濡れても発砲はできると思うが、テストをしてみる必要はあるだろう。
階層の上下をつなぐ階段は、大きな岩をくり貫いたような空間に繋がっている。大岩が雨を遮ってくれているので、そこからAA-12を持った右手を外に出す。あっという間にずぶ濡れになった右手とAA-12を見て、ちゃんと発砲できるか心配になったが、バリスティックシールドで一応の防御をし、覗き窓から見ながらトリガーを引く。
大雨の林道に向かって飛んでいくFRAG-12を視認し、問題なく発砲するAA-12に一安心し地下二十階へと戻っていく。
地下二十一階以降の攻略は、緑鬼の迷宮の死を見届けた後だ。
地下二十階から地上への行程は、休憩込みで二日で走破した。途中のフィールドダンジョンは、階段までの林道が判明していたことで、カワサキ KLR 250-D8を召喚し一気に通過した。魔獣・亜人種は正面以外は無視し、最低限の戦闘で迷宮を脱出した。
城塞都市バルガに戻ってくると、緑鬼の迷宮はすでに安全宣言が出され、収穫祭は最高潮を迎えようとしていた。
宿に戻るにはまだ少し時間がある。先にマリーダ商会に行き、今回の探索で得た魔石の売却と無属性魔石の購入、それに魔法武器の腐毒の短剣の売却をマルタさんに相談するとしよう。
マリーダ商会で、アルムやシルヴァラと顔を合わせるかと心配したが、よく考えるとお客を迎える空間に護衛が立っているのを、これまで見たことはなかった。商会に近づいても、やはりそれらしき影は無い。たぶん倉庫か、直接マルタさんの傍にいるのだろう。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ、シュバルツさん」
店先にいた顔馴染みとなった従業員へと声を掛ける。
「マルタさんはいらっしゃいますか?」
「はい、ただいま呼んでまいりますので、奥へどうぞ」
もう何度も繰り返しているやり取りだが、こういう事の積み重ねが人間関係の構築には非常に重要だ。マルタさんには彼――マリーダ商会バルガ支店、支店長のビルさんとは今後もいい付き合いをしたいと思っている。
ビルさんはグレイアッシュの髪をオールバック風に後ろに流している普人族の男性で、俺よりも少し背が高い。温厚な雰囲気と仕事人間的な固さを併せ持つ男だ。
彼に連れられ、いつもの応接室で待っていると、すぐにマルタさんがやってきた。マルタさんと入れ替わるようにビルさんが退室しようとするが、「よろしいですか?」とマルタさんが同席の確認をしてきた。
「もちろんです」
王都からの帰り道で話し合っていたのだが、今後マルタさんは頻繁に王都とバルガを行き来し、収穫祭が終われば王都へと完全に戻る予定でいる。マルタさんがバルガにいない時に、俺の隠している部分をある程度知った上で、魔石売買などの取引をおこなう人間を増やす必要が出てきていた。
それが今後は彼になるというわけだ。俺が『魔抜け』であることや、何度か目にはしている”道具箱”と呼んでいるギフトBOXの仕様を説明し、それらを無闇に吹聴しないことを約束し、魔石売買の話へと移って行く。
「これはまた、随分と下層まで降りられたようですね」
マルタさんとビルさんが鑑定用ルーペを目に当てながら、まるで宝石鑑定をしているかのように魔石の輝きを確認している。
「シュバルツさん、もしやこの魔石は……オーガですか?」
「どれがオーガから取ったものかはわかりませんが、オーガも討伐しています」
「それは素晴らしい、さすがは商会長が差しで取引されるお方です」
「シュバルツさん、オーガも倒されたとなると、すでに地下二十一階を?」
「ええ、見てきました。あれは進むのに苦労しそうですね」
「牙狼の迷宮が攻略できないのは、あの大雨が原因でございますからな、視界が悪く、武器を握るのもままならない程の大雨に、足を取られ、体調を崩し、満足に休息も取れないと聞きます」
「ええ、それでも地下二十五階まで降りたパーティーがいたというのは驚きです」
「約25年ほど前の話ですね。当時バルガで一番のクランだった冒険者パーティーが挑んだのですが、門番が倒せず、死者を出しながらの撤退をおこなったそうです」
「そのパーティー以外は門番まで行けなかったわけですか」
「そのクランは、その探索で解散となりました。その後、クランのリーダーだった人物が総合ギルドに加入し、牙狼の迷宮の地下二十一階以下の進入を一時期禁止しておりました」
「探索を禁止? 確かに、あの大雨を準備無しに進むのは自殺行為でしょうね」
「その通りでございます。しかし、近年になってから地下二十一階に降る雨が、魔水であることがわかりまして、進入禁止が解かれ魔水の取水目的で降りる探索者が時折見られるようになりました」
「魔水?」
「はい、魔素を十分に含んだ水でして、貴重な魔力回復薬の原料や錬金術の材料として重宝されております」
「なるほど、汲んでくれば買い取ってもらえるのかな?」
「ええ、それはもちろんでございます! しかし、どのように――あっ」
その後は魔石の売却をし、売却金の半分を無属性魔石で貰い、魔水取水用の大型の箱と防水布袋を用意してもらうことにした。
俺のギフトBOXを使えば、大きさを無視して収納することができる。普通の探索者たちが持ち歩く道具袋には収納数に限界があり、更に大きすぎる物は収納しきれないのだ。
俺にとって魔石以外の副収入の少ない牙狼の迷宮だったが、まさに降って湧いた金の種に、思わず討伐の予定を遅らせようか、などと皮算用を始めるのだった。
忘れるところだった。
マルタさんとビルさんを加え、魔石の売買と魔水の取水計画が纏まり、あとはお茶でも頂きながら雑談するだけのまったりした雰囲気を楽しんでいたのだが、俺がここへ来た目的の一つを完全に忘れていた。
「そうだ、マルタさん。以前、牙狼の迷宮で魔法武器を拾いましてね。すでに総合ギルドで鑑定をしてもらい、鑑定書もあるのですが、売却先に困っておりまして、何かご助言いただければなと」
「ほぅ! 魔法武器はその特性によって、取引価格は雲泥の差がございます。まずは拝見させて頂いてよろしいですか?」
腐毒の短剣は、あらかじめマリーダ商会に向かう前にギフトBOXから取り出し、鞘が無いので布で刃を覆い、フィールドジャケットの内側に入れていた。
短剣を取り出しマルタさんに渡すと、「失礼します」と彼は一つ断りを入れて布を外し、魔石鑑定の時に使っていたルーペで入念にチェックをしている。
なんだが、昔どこかで見た骨董品の鑑定待ちの心境でそれを見ていた。
「鑑定書もよろしいですか?」
「もちろんです」
一緒に持ってきていた鑑定書も見せ、マルタさんは「うんうん」頷いている。ビルさんも横から短剣と鑑定書に目をやっていた。
「レズモンド様の鑑定ならば間違いはないでしょう。刃渡りが10cm程度しかございませんので、用途としては暗器程度の使い道しかありませんでしょうが、全体のデザインは非常に良いですね。少し預からせて頂いてもよろしいでしょうか? 魔法武器をコレクションしている貴族の方にお声を掛けてみます」
「ええ、そうして頂けるのならば、是非お願いします。私が持っていても使えませんし、飾る趣味も場所もありませんから」
これでマリーダ商会にきた目的は果たしたな、そろそろ日も暮れてくるので、商会をお暇しようと思ったが、マルタさんに夕食に誘われたので、ビルさんも加えて、バルガの料理店へと向かうことになった。
使用兵装
MPS AA-12
アメリカのミリタリーポリスシステム社が開発している、フルオート射撃が可能なSGで、低反動で片手でも制御できるのが特徴。ドラムマガジンを採用し、装弾数32発。作中での弾丸は特殊弾薬のFRAG-12という小型グレネード弾を使用している。
バリスティックシールド
CBSの実体版である防弾盾。幅58cm、高さ92cmの黒一色の無骨なデザインで、盾の上部には防弾ガラスの嵌った覗き窓がついている。耐久値が残る限りは使用できる使い捨ての盾。基本的な銃弾と特殊手榴弾による攻撃くらいまでは防ぐ防御性能を持つ。
カワサキ KLR 250-D8
伝令や偵察活動に使われるオフロードバイク。米国海兵隊や特殊作戦部隊で使用されている