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翌日、俺は牙狼の迷宮にいた。王都から帰還して一日しか空けていないが、疲れを知らぬ俺の体に肉体的な休息は必要ない。精神的な休息さえとれればそれで十分だ。
それにTVがあるわけでも、ゲーム機があるわけでもないこの世界で、宿の個室に閉じこもっていても暇なだけだしな。
現在の階層は地下三階だ。清浄の泉を越え、地下三階のマッピングを100%にするために正道以外のルートを選択し探索している。
牙狼の迷宮では地下十一階まで降りたことがあるわけだが、迷宮の討伐を焦って進めては、いつ致命的なミスが生まれるか判らない。安全マージンを取る意味でも階層全域を把握し、手堅く進攻していく方針だ。
今回の探索日程は1週間を予定している。探索を終える頃には、緑鬼の迷宮で安全宣言が出されているだろう。探索を切り上げたら俺もそちらへ向かい、マリーダ商会が収穫祭に向けて準備してきた、迷宮弁当の評判や動向を見たいと思っている。
午前の内から迷宮に入り、夕食の休憩を摂る頃には地下六階にまで降りてきていた。正道から外れたルートの先にあった小部屋に、AEC装甲指揮車 ドーチェスターを召喚し、その中で休憩をとっている。
ここまで何度かの小部屋での休憩を繰り返し、わかったことがあった。それは小部屋の魔獣・亜人種の湧く位置が、ほぼ部屋の中央だと言うことだ。
大部屋の場合は数が多く、一度全滅させてからの再度湧いてくるまでの間隔も長い為、まだしっかりと確認できていないが。
小部屋の場合は1~2時間ほどで、迷宮の地面から黒い靄が立ち上り、それが魔獣・亜人種の姿を形となり、靄が晴れるとそこにソレが現出している。
この一連の流れをドーチェスターの覗き窓から観察し、小部屋での休憩をとる際には現出ポイントに向けて罠を張るようにしていた。
今回の休憩でも、小部屋の端に召喚したドーチェスターの中から中央部分を見ている。湧きあがる靄が晴れた瞬間に、俺はソレのレバーを引いた。
小部屋の中央で炸裂したのはM18クレイモア地雷だ。起爆によって内部に仕込まれた700個もの鉄球が、現出したばかりのゾンビ4体の体を粉々に吹き飛ばし、魔石を体から弾き飛ばす。
靄の包まれている間に攻撃を加えるとどうなるのだろうか? 次の機会にはそれの確認だな。そんな事を考えながら休憩を終え、ドーチェスターをガレージに戻し、魔石を拾い上げて再びマッピングを始める。アンデッドゾーンを進攻している事もあり、現在のメイン兵装は携帯放射器1-1型だ。
深夜から明け方にかけてのマッピング作業で、すでに地下九階にまで来ている。
1-1型によるアンデッドの処理にもだいぶ慣れたな、ゾンビ上位種の処理も危なげなく対応できるようになっている。地下一階から含めて大量の魔石を回収しつつ、翌日の昼頃には地下十階を越え、地下十一階に足をつけていた。
地下十一階はこれで二度目だ、前回は降りたところで引き返したが、今回はここを突破し、まずは清浄の泉のある地下十二階を目指す。
地下十一階のフィールドダンジョンは、前回同様に周囲には怪しい霧が立ち込め、通路を示す林道以外の場所は視界が遮られている。総合ギルドの資料館で確認してきた地図に寄れば……。
俺は開いていたTSSから表示させたキャプチャー画像を閉じた。
地図が地図をなしていなさ過ぎた……通路的な林道があるとは言え、明確な道として見えているわけではない。直線、曲線、曲がり角、地図には全てあやふやに描かれていた。
とりあえず、マッピングをしながら進んでいくしかないな。メイン兵装をP90とSCAR-Hに変更し、薄暗い林の中を進み始めた。
ここからの階層に出てくるのは、これまでの階層のミックス、そして上位種と資料館の資料では書かれていた。これまでは前方と後方だけを警戒していればよかったのだが、フィールドダンジョンでは360度の警戒をしなければならない、更には天井の見えない曇った空を見上げ、上空にも警戒が必要だ。
幅広な林道だが直線とは言い難い、緩やかな曲線の連続で続く林道の先から、これまで何度も聞いてきた足音が聞こえてきた。ダイアー・グラスウルフか――数は3匹、アンデッドゾーンで出会ったゾンビタイプは、咆哮に乗せた魔法攻撃である、魔砲の使用はなかったが、通常のタイプなら間違いなく使用してくるはずだ。
このフィールドダンジョンではウォールランでの立体的な攻めは難しい、林道から林の中に入るか? しかし、そうなると今度はスライドジャンプが出来なくなる。
ならば、正面から撃ち合うか……。俺はすぐさまTSSを起動し、インベントリから正面からのぶつかり合いに必要な装備を取り出す。
すでにダイアー3匹は視界の先におり、向こうも此方を視認し戦闘態勢へと移行している。
俺の目の前に集まる光の粒子に焦ったのか、一匹のダイアーが此方へと走り出した。
迫るダイアーに向け、立った状態でP90をダウンサイトし、クロスヘアを合わせていく。左右に体を振りながら駆け寄ってくるが、右前に着地した瞬間を狙い、指切り2連射。
頭から肩口にかけて5.7×28mm弾を喰らわせ、まず一匹の動きを止めた。しかし、この1匹目の相手をしているうちに、後方の二匹は魔砲の体勢になっている。
俺は召喚の終了したソレを掴み、陰に体を隠す。
俺が構えたバリスティックシールドに、ダイアー2匹の魔砲が直撃した。
バリスティックシールドとはVMBの防御手段の一つ、CBSの実体版である防弾盾だ。幅58cm、高さ92cmの黒一色の無骨なデザインで、盾の上部には防弾ガラスの嵌った覗き窓がついている。
CBSと違い、防御できるのは基本的な銃弾と特殊手榴弾による攻撃くらいまでで、狙撃銃による銃撃や、対戦車ロケット、クレイモアやC4などの高威力の爆発物は防げない。
更には、盾自体に耐久値が設定されており、それが0になると破壊判定となり消滅する。耐久値を回復させる手段はなく、破壊判定を受けたらSHOPで買い直すしかない。
VMBでは、試合中にSHOPの利用は出来なかったが、この世界では何も問題なくいつでも買い直すことはできる。しかし、簡単に使い捨てられるほどのコストではないが。
ヘッドゴーグルに表示される耐久値の減りを確認しながら、魔砲を二つ直撃でも1割ほどしか減っていないのを確認する。VMBの頃より硬くなったか? いや、魔砲の攻撃力が銃器と比べてどの程度なのかが判らないので比べようが無いか。
判ったのは、バリスティックシールドで十分に防げると言うことだ。
魔砲の衝撃を受けきり、今度はシールドを立てて、その後ろで膝たちからP90をシールドの上部に乗せる。これでP90のブレを少しでも抑制し、俺の体は盾の後ろに隠す。
魔砲が防がれたことに憤慨したのか、ダイアー2匹は咆哮を上げて此方へと突撃を開始していた。
まずは、より近い方へと2連射、そしてクロスヘアを滑らせ後方にAimし、再び2連射。
外れることなく撃ちこまれた銃弾に、ダイアーたちは体勢を崩し、俺の左右を滑り転げるように通過していった。
ここから先、どのような状況で戦闘をすることになるか判らない、多少力任せな戦闘であったり、非効率な戦いもすることもあるだろう。色々な場面に備えて、VMBの何を使えば最善手なのかをいち早く判断する必要だがある。
今回はP90を片手で運用したが、片手の運用が前提ならば、ハンドガンの方が精度は高い。Five-seveNもいいハンドガンだが、もっと威力があり、かつ片手で運用できる ハンドガンの使用も考えねばならないだろう。
牙狼の迷宮の攻略は始まったばかりだ、考えることは沢山ある。
使用兵装
M18クレイモア地雷
米軍の使用する指向性対人地雷、湾曲した幅20cm弱の箱型で起爆すると内部の700個もの鉄球が扇状に発射される。爆破手段はリモコンによる手動爆破となっている。
携帯放射器1-1型
日本の陸上自衛隊に配備されているM2火炎放射器の改良型。ゲル化油を燃料に使うことで、射程は40mと類似種の中で最長のスペック、噴射回数も多く調整されている。ただしCP消費コストが高い。
FN P90
ベルギーのFN社製のサブマシンガン、特徴は人間工学に基づいた扱いやすいデザインと専用弾薬の5.7x28mm弾により、通常の拳銃弾と比べると剛体に対しては高い貫通力を誇り、人体などの軟体に対しては着弾した内部で弾頭が乱回転し、貫通せずに体内を大きく破壊する。
AEC装甲指揮車 ドーチェスター
第二次世界大戦時に使用されたイギリスのAEC社製の装甲指揮車、厚い鋼板に囲われた
キャンピングカーの様な居住スペースを後部に持つ装甲バスである。