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王都観光から帰ると、マリーダ商会の商館には城塞都市バルガへと運ぶ、沢山の荷箱・荷袋が積み上げられていた。
「シャフトさん、お帰りなさい。さっそくだけど、この荷をお願いできるかしら」
商館で待っていたのはマリーダさんだった。一緒に王都をまわった6人と別れ、ギフトBOXを召喚し荷をどんどん収納していく。ギフトBOXの目録画面にはUNKNOWNの表示が並んでいるが、このBOXには私物は入れていないのでリネームする必要は無いだろう。
1時間もかからずに積荷を収納し、これで後は明日の出発を迎えるだけだな。
翌朝、マリーダ商会に一時の別れを告げ、城塞都市バルガへ向かい出発した。マリーダさんやミネアには、また王都に来た際は必ず立ち寄るようにと念を押され、エイミーとプリセラには改めて礼を言われた。
バルガへ向かう荷馬車の数は1台となったが、積荷は全て俺が持っているため、御者台に俺とマルタさん、幌の中にはバルガから同行していた従業員たちが座っている。
荷馬車の周囲には、護衛として5人が馬に乗り追随している。内二人はアルムとシルヴァラだ。
彼女ら二人は、マルタさんの専属護衛として、城塞都市バルガへと拠点を移す事になっていた。俺としては、シュバルツとしてマリーダ商会に行きにくくなるので勘弁して欲しかったが、俺の都合で護衛の顔ぶれを代えてくれとは言えないからな……。
城塞都市バルガへの道中は何事も起きることなく、三日間を消化しバルガへ入都する事が出来た。
たった1週間ほど離れていただけだが、城塞都市バルガの町並みはとても懐かしく感じた。
マリーダ商会のバルガ支店へと到着し、積荷をギフトBOXから取り出していく。収納した時よりも早い時間で取り出し、あと残る仕事は……。
「マルタ、これで全部だ」
「ありがとうございます、シャフトさん」
「今から向かえばまだバルガの外へ出られる、今回の仕事はこれで終了で間違いないな?」
「ええ、これで当商会の商隊護衛依頼は完了となります。本当に助かりました」
「あれ? シャフトはバルガに残らないのかい?」
「あんたもマルタさんの専属護衛じゃなかったのかい?」
周囲の護衛に立ちながら、積荷の取り出しを見ていたアルムとシルヴァラが、俺達の話を聞いていたようだ。
「そうだ、俺は別の仕事があるからな、これでバルガを出る」
バルガを出る、なんて言うのは嘘八百な訳だが、王都への行きでシュバルツとしてバルガを出ている為、改めてシュバルツとして入都のチェックを受けないと、どこかで不都合が発生するかもしれない。
また、シャフトがバルガを出たことを明確にしておかないと、この都市のどこかにシャフトとシュバルツが同時に存在することになってしまう。
アルムとシルヴァラに偽りの別れを告げ、マルタさんには、「また後日」と目だけで挨拶を送る。
夕暮れにより城門が閉まる前にシャフトとしてバルガを離れ、銃器を一旦仕舞い、アバターカスタマイズから一瞬でシュバルツへと戻る。取り合えずバルガに戻るだけなので、護身用のFive-seveNだけを持ってバルガへと戻った。
これで本当の意味で城塞都市バルガへと帰還した。
◆◆◇◆◆◇◆◆
翌朝、俺は「迷宮の白い花亭」の個室にいた。今後の予定としては、牙狼の迷宮へのアタックを再開する事と、迷宮で見つけた魔法武器と思われる短剣の鑑定をおこなう。この短剣、王都で見てもらうつもりだったが、完全に忘れていた。
それどころではなかった、と言うのもあったが。
そして、そろそろあの返答をしなければならないだろう。
総合ギルドの敷地内に入り、まずは総合ギルド別館へと向かった。
「ようこそおいで下さいました、鑑定係のレズモンドです」
「こんにちは、レズモンドさん」
別館で働くギルド職員のレズモンドさんは、《技能》の<鑑定>を所有しているちょび髭老紳士だ。彼は手で触るだけで<鑑定>により、触ったものの詳細がわかるという。
「今日はレズモンドさんにアイテム鑑定をお願いしにきました」
「畏まりました。1アイテムにつき、1,000オル。銀貨一枚を頂きますが宜しいでしょうか?」
「ええ、見て頂きたいのはこの短剣です」
俺は銀貨一枚と共に、牙狼の迷宮で手に入れた短剣を差し出した。レズモンドさんは、「拝見したします」と短剣を受け取り手を当てている。
「ありがとうございました、鑑定が終了いたしました」
鑑定は一瞬だった。<鑑定>で見るとどのように見えているのかは判らないが、短い時間で全てが見える《技能》なのだろう。
「こちらの短剣、銘は腐毒の短剣、魔力消費型の魔法武器でございます。腐毒は対象者への干渉型の毒でございます、この短剣に魔力をこめると――このように刃に腐毒が湧きます。これに触れると皮膚や体内を腐らせる効果があるようです」
レズモンドさんはそこまで説明すると、湧き出た腐毒を布巾のようなもので拭き取り、短剣を返してくれた。続いて白紙の鑑定書に効果を書き込み、サインをして鑑定書を作成してくれた。この一連の流れがアイテム鑑定依頼というわけだ。
「この鑑定書を見せれば、武具屋などで相応の価格で買い取って頂けるとは思いますが、毒系統の魔法武器は暗器としてや、暗殺に用いられることも多く、買取はもちろん、販売することも少ない物でございます。こういった魔法武器を収集しておられる方などに、直接売りに出されるほうがよろしいかと」
「ありがとうございます、助かりました」
ちょっと処分に困る品にはなったが、マルタさんにでも売却先の相談をしてみよう。レズモンドさんに改めて礼を言い、俺は次の目的地へと移動をした。
次に向かったのは、ギルド職員が事務仕事をする事務棟だ。
「こんにちは」
「こんにちは、本日はどのような御用でしょうか」
事務棟に入り、ロビー正面のカウンターに座る受付嬢に、職員の呼び出しをお願いした。
「待たせたかな、シュバルツ君」
「いいえ、レミさん」
「君から来てくれるとは思わなかったよ。バルガを離れたと聞いて、逃げられてしまったかと思っていたのだが」
俺が呼び出した職員は、総合ギルド調査員のレミさんだ。緑鬼の迷宮が討伐された直後、俺はレミさんにギルドへの勧誘を受けた。その時は返答を保留したが、王都での騒動を経て、俺の腹は決まっていた。
「レミさん、お誘い頂いた件ですが、お断りします」
「そうか、残念だ」
「ですが、迷宮の地図は提供しましょう。あくまでも、俺が探索できる範囲になりますが」
「そうか……それは助かる。描いた地図は直接私に持ってきてくれ、司書を通すと君の名を隠し通せなくなりそうだ」
「助かります」
話はこれで終わりだ。
覇王花からの勧誘を断り、ギルドからの勧誘も断った。これで俺は、シュバルツとしての後ろ盾を失ったことになるだろう。
しかし、俺はこの世界で地位を求めているわけでも、覇を唱えたいわけでもない。
今の俺の生きる目的、目標、意味があるとすれば、それは迷宮の討伐だ。
俺をこの世界に落とした何者かの意思が、俺を迷宮の主に据えてこの世界の害悪としようとしたならば、俺はそれに抗おう。
この世界の意思が俺の自由を受け入れていると言うならば、俺は自分の意思でこの世界の害悪を潰そう。
この俺の意思を邪魔すると言うのなら、覇王花がどれ程の力と名声を持つクランであろうとも、ギルドがどれ程の権力と組織を持っていようとも、シャフトと言う偽りの姿によって邪魔するものを撃ち斃す。