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その日、王都に衝撃が走った。深い眠りから強制的に目を覚まされる轟く爆発音に、跡形もなく崩れ落ちた商館の姿に、そして王都警備隊とクルトメルガ中央騎士団によるヤゴーチェ商会の捕縛劇に。
翌朝からおこなわれた崩壊した商館跡と邸宅後の捜索では、運がいいのか悪いのか、崩壊から免れた貴重品を入れる魔道具。魔道金庫の回収により次々と発覚するヤゴーチェ商会の悪行の数々、クルトメルガ王国では売買が禁止されている商品の密輸、盗賊団”鬼蓮”との関係、王都の幾つかの商会に対する犯罪行為、王国で禁止されている人身売買の記録、ヤゴーチェ商会の関係者は残らず捕縛された。
今後、騎士団による裁判を経て、極刑もしくは終身重労働の刑により、罪を償い続けることになる。
ヤゴーチェ商会崩壊調査の焦点の一つ、商館と邸宅の崩落原因は、最終的に不明のまま調査が終了した。ヤゴーチェ商会の犯罪が明るみになった原因の一つに、マリーダ商会への犯罪行為が発覚し、それに対処したマリーダ商会の護衛による、マルタ商会長の娘の救出劇があったことは判明している。
そして建物の崩壊時に、その護衛の姿が現地で確認はされたが、捕縛されたヤゴーチェ商会護衛団の証言によれば、直接建物に魔法を放つなどの行為は見ていないという。
ヤゴーチェ本人からは証言を得ることは不可能だった。彼は精神を壊し、まともに言葉を放つこともできない状態だという。ヤゴーチェはこのまま、状況証拠により極刑となる。
マリーダ商会に戻った俺は、マルタさんがちゃんと戻ってきているのを確認し、マリーダさんを含め、多数の商会関係者から揉みくちゃにされながら、感謝の言葉をこれでもかと浴びせられたが、さすがに眠気が我慢できず、まずは睡眠をとらせてもらった。
空腹で目が覚めた。時間を確認すると昼を少し回っている。深夜に邸宅に戻り、揉みくちゃにされながらも、そのままベッドで寝てしまった。客室のベッドに土埃や返り血が移ってしまっている。
休憩所での襲撃を含め、多くの人を殺した。冷静にその事実を思い返すと、やけに心臓の音が大きく聞こえてくる。しかし、それを悔やむつもりはない。俺はシュバルツとして、シャフトとして、この世界で新しく生まれ、そして生きていく、ただそれだけだ。俺は、俺の決断を支持する。
TSSを起動し、ガレージの移動用車両の燃料チェック、アバターカスタマイズがら着衣を着なおそうと思ったところで、指が止まった。
ヤゴーチェ商会から救出したメルティアに掛けてあげたオーバーコート、消えなかったな……。そして、インベントリのアバター衣装を探してもオーバーコートが見当たらない。
これはもしや、譲渡判定でも出たのだろうか? そのようなシステムがVMBにあった覚えはないが、現実として無くなっている。
とりあえず、ドイツ軍親衛隊の黒服を一度戻し、再度着なおす。これで汚れが全て消え、まるで新品のような状態に戻った、洗濯いらずなのは非常に助かる。
寝る時に唯一外したタクティカルケブラーマスクを被り、客室を出る。まずはマルタさんのところへ行って、現在の状況の確認だな。
「おお! 起きられましたか、シャフトさん」
また敬語交じりになってるよマルタさん、しかし、3度も命を救い、娘の命まで救って敬語は抜きで、とは言い難いか。
「おはようマルタ、なにか食べるものはないか? 空腹で目が覚めてね」
「すぐにご用意させましょう、どこで食べられます?」
「これを外すわけにはいかないから、客室へ運んでもらえると助かる」
マルタさんは自室の机に置いてある鈴を鳴らすと、邸宅で働くメイドがやってきた。お茶と食事の用意を指示し、退出を促す。
「シュバルツさん、本当にありがとうございました。このご恩を、いったいどうすればお返しできるのかわかりませんが、私にできることは何でもさせて頂くつもりです」
マルタさんは、俺の向かいに座り、テーブルに頭が付くほどに深く礼をしている。彼は俺をシュバルツと呼んだ。俺はケブラーマスクを外し――。
「マルタさん、顔を上げてください。恩だなんて深く考えなくていいですよ、更なる対価を求めて動いたわけではないんですから。商隊護衛として、マリーダ商会の護衛として仕事をした。ただそれだけですよ」
「しかし、それでは……」
「何か頼みごとがあれば、もちろんマルタさんにお願いしますよ。俺には、この国の知人や友人なんて数えるほどしか居ないんですから、頼りにしてますよマルタさん」
「それはもちろん! なんでも相談してください。私も、マリーダも、なんでも相談にのり、全力で対処いたしましょう」
そして、俺が寝ている間の王都の状況や、助け出したミネアたちの話を聞いていると、こちらへ向かってくる足音が聞こえる。マルタさんにも目配せし、ケブラーマスクを被る。
「失礼します。シャフトさまがお目覚めになられたと聞いて参りました」
マルタさんの自室に入ってきたのはミネアだ。その後ろからは、ティーワゴンを押してメルティアも入ってくる。
「シャフトさま、昨夜はありがとうございました」
ミネアはピンクのドレスを着ていて、顔を赤くしながら綺麗なカーテシーと呼ばれるスカートの両端を摘みあげて膝を曲げる礼を見せてくれた。
マルタ夫妻は商人であり、当然ながら貴族ではないのだが、有力な商人の娘は貴族へと嫁入りすることも多々ある。第一魔術学院に通っているミネアも少なからず魔術の素質があり、成人すれば貴族家へと嫁ぐことになるのだろう。その為に幼少の頃より礼儀作法を習っているのだ。
彼女にとって礼儀作法に則った礼をみせるのは、最大の謝辞なのだろう。
俺も立ち上がり、ボウアンドスクレイプで礼を返す。片足を引いて、片腕を腹の前に水平に曲げる礼の仕方だ。
「無事で何よりだ。あれからちゃんと眠れたか?」
「はい! お父様が帰られるまでは不安でしたが、すぐに戻られましたので、先に休ませていただきました」
ミネアに椅子を勧め、俺も座りなおすとメルティアが紅茶を出してくれた。ケブラーマスクを外すわけにもいかないから飲めないけどな。
ミネアは随分と顔が赤いが、熱とかは大丈夫なのだろうか。マルタさんに確認してみると、恥ずかしがってるだけだと笑われた。怖がらせてばかりだと思っていたが、知らないうちに好かれていたか。
軽く雑談をしていると、メルティアが俺のオーバーコートを持ってきてくれた。洗ってから返そうと思ったらしいが、生地や仕立てが余りにも上等な仕上げの為、安易に洗わえずに返すことにしたそうだ。
オーバーコートを受け取り、内側のポケットに入れていた銃器や特殊手榴弾が、全て消えているのを確認した。やはり受け渡せるのはアバター衣装だけか?
消えないものがあるという事実は、VMBの使い方に別の道が開けたことを意味するが、衣装関係は男性用の俺のサイズしかないから、売ったりするのは無理だな。
マルタさんは、俺がケブラーマスクを外すつもりがないことを悟り、「大事なお話があるから」とミネアとメルティアに退室を促した。ミネアは全然話し足りないようだったが、しぶしぶと出て行った。
それからは紅茶を飲みながら、ヤゴーチェの邸宅から連れ出した4人の今後についてなども確認をした。
まずはエイミーとプリセラの二人だが、この娘達は同郷で、王都の北の村から出稼ぎで王都へ向かっているところを襲われ、捕らわれてしまったそうだ。村に帰っても居場所がないということで、マリーダ商会で預かることにしたそうだ。売り子かメイド見習いか、何ができるのかを見極めて決めるらしい。
双子の獣人族、アルムとシルヴァラは王都の北にある大都市を拠点に活動していた冒険者だったそうだが、討伐依頼で向かった先で襲われ捕まってしまったと……。
彼女達は依頼失敗に対するペナルティーの罰金と、捕縛用の魔力攪乱リングの解除費用などで、マルタさんに借金をしたそうだ。当分の間はマリーダ商会の専属護衛として働くらしい。
「なるほどな。それで、バルガへ戻るのは予定通りに?」
「いえ、まだ商会内が落ち着いていないので、もう一日だけ王都に滞在します。本来は明日の朝に出発する予定でしたが、明後日の朝に変更したいと思っています。構いませんか?」
「もちろんだ、俺は商隊の日程に合わせて動くだけだ」
「それと、シャフトさんには王都警備隊と中央騎士団から詰め所に出向くように言付かっております」
えっ? もしかして、やりすぎたかな……。
「……用件は?」
「どうしました? 用向きは簡単な聴取と、報奨金の受け渡しですよ」
俺の不安がケブラーマスク越しでも伝わったのか、マルタさんは笑いながら説明してくれた。盗賊団”鬼蓮”の団長、ルノードの討伐報酬と、ヤゴーチェ商会の捕縛協力として報奨金が支払われるらしい。
なんだよ、そんなことか……まぁ、助かるといえば助かるな、今回は完全に持ち出しで弾薬を消費してるし、C4の爆薬は結構数消費したが、あれは威力が高い代わりに一つ辺りのコストが結構高い。
一番最初の目的だった王都の散策がてら、詰め所に向かうとするか。