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ゴブリンの巣穴の奥、小部屋のような空間でゴブリンの集団を排除した。までは良かったのだが、攫われていた女の人に声をかけてみると言葉が通じなかった。
当然ながら俺も相手の言葉がわからない、これはどういうことなのか……俺と彼女は顔を見合わせ沈黙してしまった。
マジでかー……こうもハードな異世界転移だとは思わなかった。CP補充の当てはなく、落ちた先では会話は成立しない。こういう異世界転移ものって言うのは、言語や文字は何故か通じちゃうってのが定番だろうが!
それは誰に向けての愚痴だったのか――白い花が発する僅かな光しかない部屋の中で、相手の顔もハッキリしないこの状況を続けるわけにもいかない。
どうするよこれ……言葉が通じないとか外国人じゃないんだから……外国人……?
そこで俺は一つの可能性を思いつき、彼女に背を向けると見られないようにTSSを起動し、コミュニケーション設定から自動翻訳をONにしてみた。この機能は全世界で常時接続が500万人を超えるVMBにおいて、ある意味必須な機能で、外国人プレイヤーとの共闘や、対戦をする上でのボイスコミュニケーションを補助する。これをONにすれば、俺は相手の言葉を話せなくても、相手の言葉は自国の言葉に翻訳されて耳に機械翻訳される。
せめてこいつが機能してくれれば……急に背を向けた俺に不安を覚えたのか、彼女が再び声を掛けてきた。
「--、--------?」『あの、どうかしましたか?』
奇跡だと思った。まさか異世界の言葉まで翻訳するとは……これで聞くことはできる、相手は翻訳機能なんて無いだろうから俺の言葉はわからないだろうけど。
「い、いや、なんでもないですよ、それより大丈夫ですか?」
俺は両手を横に振り、問題がないことを体で表現しつつ、ふたたび声を掛けてみた。
『オ、オルランド共用語は話せないのですか? 外国、外国の冒険者の方ですか? わ、私の言ってることはわかりますか?』
オルランド共用語ってなんだ? それに冒険者? これは言語が複数あるってことか、言葉を話せないのは意外と簡単に誤魔化せるかもしれない、それに冒険者か……やはりそういうのあるのか。
俺は言っている事はわかると頷いて返すと共に、喋るのは無理だとゼスチャーで返してみた。
『わ、私の言ってることは判るんですね? よかった、あ、ありがとうございます、もうだめかと思ってました……』
彼女の言葉に頷いて返しながら、手と足を縛っていた蔦のような紐を引きちぎり、横に寝た状態の彼女の上半身を起こした、抱き起こした彼女の顔が近づくとその顔がよく見えてくる。
間近でみた女性は、とても綺麗な人だった。 色白の白人系で、ミディアムボブくらいの長さだろうか、薄暗い中でも輝く艶やかな金髪に碧眼、この世界の人はみんなこんな造形してるんだろうか……それにこの服装って言うか、鎧? レザーアーマーって奴なのかな?
彼女の着ているものはレザーアーマーの女性タイプで、袖はないが代わりに丸い小さな肩当が付いていた。腰はスカートタイプだが、その下にはズボンを履いている。一見してみると女戦士のような装いである。
そして、彼女はまだ小刻みに震えていた。助けられはしたが、まだ心は脅えたままなのかも知れない。それはそうだろう、つい先ほどまでゴブリンの集団に捕まり、その内の一匹に、頭の真横へと棍棒を振り下ろされ続けていたのだから……この世界のゴブリンが、俺の知っているファンタジーな設定のゴブリンとどれほどの差異があるのかはわからないが、こんな所に女を攫ってきてやる事なんてそう多くはない。
「もう大丈夫ですよ、大丈夫、大丈夫だよ」
言葉が伝わらないのは判っている。それでも言わずにはいられなかった。あまり性的な接触にならないように気をつけながら、彼女の肩を叩き、背をさすった。
彼女も、俺が落ち着かせようとしていることが判ったのか、俺の腕にしがみつきながらも、俯いて呼吸と体の震えを正そうとしていた。それはどのくらいの時間だっただろうか、10分か20分か、ほんの数分だったかもしれない。薄暗い小部屋の中で、優しくさする背から伝わる体の震えは止まり、彼女は俯いていた顔を上げ、真っ直ぐに俺と目を合わせてきた。
『私はクルトメルガ王国、総合ギルドのギルド調査員……見習いの、『アシュリー・ゼパーネル』と言います、あなたは?』
彼女に名を問われ、俺は自分の名を……。
◆◆◇◆◆◇◆◆
俺の名前は『斎藤 漣』、年齢は24歳、独身、彼女なし。 俺は、FPSという一人称視点でのシューターゲームをこよなく愛していた。学生時代からプレイし続け、いつしか大きな世界大会などにも出て賞金を得ることもあるほど夢中になった。だがこの手の趣味は中々仕事に結びにくい、それでもPCの周辺機器メーカーに、セミプロ兼営業担当な感じで就職していた。
FPSの大会は個人戦と言うよりチーム戦が主流だ、VMBにもいくつかの大会やリーグがあり、俺も所属チーム『P0wDer』のスターティングプレイヤー『シュバルツ』として活動していたが、丁度今の時期はオフ期間であり、殆どソロで遊んでいた。
アシュリー・ゼパーネルと名乗った女性に名を問われ、俺は日本人としての本名を名乗るか、それともFPSプレイヤーとしてのネームを名乗るか少し悩んだ。
「シュバルツ」
結局はプレイヤーネームを選択した、なんとなくだが今の俺は日本人の斎藤漣ではなく、FPSプレイヤーのシュバルツだと、そう感じたからだ。
『シュバルツさん? やはり聞いた事のない名ですが、高ランクの冒険者とお見受けします。助けてもらったばかりで申し訳ありませんが、私と一緒にマイラル村まで同行して頂けませんか? 私は総合ギルドの調査員として、マイラル村近隣の、はぐれゴブリン討伐後の実態調査へ来ていましたが、仲間と分かれて調査してる時に襲われ、この場所に連れて来られたんだと思います。至急仲間と合流し、今回の件を報告しなければいけません』
アシュリーは、まだ20歳前後に見える容姿だったが、とても仕事熱心な性格のようだ、つい先ほど命と尊厳の危険に晒されていたにもかかわらず、すでに切り替えて先を見ているようだ。俺は彼女の言葉に頷いて了承を伝える。
俺としても、人のいる場所へ行けると言うなら反対する理由は無い、言葉が伝わらない分、俺にとって都合よくアシュリーが行動してくれるのは有り難いのだ。
さっそくそのマイラル村と言う所へ向かおうではないかと立ち上がり、巣穴の出口へと移動を開始しようとしたが、アシュリーの言葉によって制止させられた。
『あ、シュバルツさんちょっと待ってください。私の道具袋か、装備がここに持ち込まれてないでしょうか? それにゴブリンメイジの討伐証を回収しないのですか? メイジクラスなら魔石も取れるはずですが』
討伐証? まいったなぁ、どの部分がソレかわからないぞ、それに魔石とは……いや、まさかそれってクリスタルのことか!? CPの取得がもしかしたら可能かもしれない、それは欲しい!
そんな俺の戸惑いや欲望には気づかないようで、アシュリーは薄暗い小部屋の中をうろうろと探し回っていた。
『う~ん、こう暗いとどこに何があるのか……そうだ!』
何かを思いついたらしく、彼女は胸の前に片手を当て拳を握りこむと、目を閉じ何かに集中しだした。
「~~~~、~~~~、『光よ』」
自動翻訳機能でも翻訳されない何かを唱え、最後に聞こえた声と共に握りこんだ手を開くと、そこにはソフトボールくらいの大きさの光の玉が浮かび上がり、アシュリーは更にソレを手の平から上へと軽く投げた。落下することなく中空に留まった光の玉は、白熱球のように小部屋を照らし、辺りの様子がしっかりと見えるようになった。
魔法で明かりを出したのか、すごい光量だ……俺は、間近で見せられた魔法に唖然とさせられたが、アシュリーは目的の物を見つけたのか、ゴブリンメイジと思われる死体の奥にあった布の袋へ小走りで向かっていった。
『あったわ~! よかった、中もまだ入ってる』
そう言いながら、アシュリーが布の袋から取り出したのは一本の短剣だった。俺は一瞬体が強張り、反射的に腰のM1911A1に手を廻したが、マガジンを交換していないことを思い出し、かすかに舌打ちした。
アシュリーがそれをどうするのか判らなかったが、もしもこちらへ向けるならMP5A4で……そう考え、その動きを追った。アシュリーは短剣を鞘から引き抜くと、逆手に持ち替え一気にゴブリンメイジの胸へと突き刺した。
何してるのこの人! 死体に短剣突き立てるとか超怖いんだけど!
その猟奇的な行動に驚かされたが、アシュリーは慣れたような手つきでゴブリンメイジの胸を開き、中から白っぽい直径2~3cmほどの石を取り出した。そしてゴブリンメイジが首に巻いていた帯をその首から引き抜くと、こちらへ持ってきてくれた。
『シュバルツさんどうぞ、討伐証と魔石です。残念ながらこれは無属性の魔石ですね、先ほどエアボールを唱えるのが見えたので、風属性が取れるのではと思いましたが……ですがこの帯は中々良い物ですね』
そ、そうか……俺の為に魔石とか討伐証を回収してくれただけか……しかし、これが魔石か、似てる、実際に手に取ったことはなかったがクリスタルに似てる。でもこう手に持てちゃってるってことは、CPとして回収できていない……やはり無理なのか? それにこの帯、これどうすればいいんだろう?
俺は手渡された魔石と帯をマジマジと見つめ、とりあえず小さく折りたたんでマガジンベルトのポーチへと押し込んだ。そして、さりげなく周りを見渡す振りをしながらM1911A1を腰から引き抜き、アシュリーから見えない様にマガジンを交換し、腰へと戻した。
これで残ってるマガジンはMP5A4用のが2本、できれば補給BOXの召喚などは見られたくないな、この力をこの世界に住人がどう捉えるのか不明なうちは隠したいからな。
そんな俺の挙動に不審を覚えたのか、それとも魔法の明かりで視界が確保され、俺の姿がしっかりと見えたことで疑問に思ったのか、アシュリーが俺の姿を上から下へ、下から上へと首を上下させながら聞いてきた。
『ところでシュバルツさん、さきほどのゴブリンを斃したのは……魔法ですか? 見たところ魔術師には見えませんが、魔力誘導体、杖はお持ちになってないのですか? それとも……まさかその黒い短杖は魔法武器、魔道具の類ですか?!』
この人は次から次へと俺に色々なキーワードを提供してくるな……魔術師、魔法武器、それに魔道具か……。
俺の持つMP5A4について説明しようにも、俺の言葉はアシュリーには通じない、しょうがないので俺はMP5A4を指差し、意味ありげに頷いてみせた。
『すごい! やはり魔法武器の類なのですね! 私、これほど強力な魔法武器ははじめて見ました! 遠くバイシュバーン帝国には魔道兵器と言う物があるそうですが、シュバルツさんはバイシュバーンから来られたのですか?』
アシュリーの興奮する様に、俺は苦笑で返すしかなかったが、アシュリーは勝手に何か解釈してくれたようで、「質問ばかりですみません」とあまり追及しないことにしてくれたようだ。だが、新たに出てきた帝国の名は、俺の出てきた先を誤魔化すいい隠れ蓑になってくれるだろうか……。
使用兵装
M1911A1
ジョン・ブローニングが設計しアメリカのコルト社が開発したM1911の改良型、一発でも敵の動きを止められる威力を求められ開発された45ACPという大口径弾を使うハンドガン
MP5A4
ドイツのヘッケラー&コッホ社製のサブマシンガン、世界でもっとも使用されているサブマシンガンであり、そのバリエーションも非常に多く。軍隊、警察、対テロ部隊等、幅広く活躍する名器である